アンケート ― 選ばないという選択 ―

翔の準備は整っていた。



PCの画面には、美佳の端末への接続ログが表示されていた。タイムスタンプが数秒おきに更新され続けていた。接続は切れていなかった。



「やり方を説明します」と翔は言った。「端末に届いているデータを、ここのPCで同時に受信できるようにする。美佳さんの端末で直接見るより、こっちで見た方が痕跡を残さずに済む」



「向こうに気づかれない?」



「気づかれない、とは言い切れない」と翔は言った。「ただ、通常の接続の範囲内に見せることはできる」



美佳は頷いた。「やって」



翔がケーブルを美佳のスマートフォンに接続した。PCの画面が切り替わった。ファイルのリストが表示された。

多かった。



美佳は画面を見た。ファイルの数は三十を超えていた。最古のタイムスタンプは、二年三ヶ月前だった。LAPISのアンケートに最初に答えた日の、翌日だった。



「ずっと来てた」と美佳は言った。



「ずっと」と翔は言った。「ただ、ファイルの中身が変わっています。最初の一年と、最近とで」



「どう変わってる」



翔は最古のファイルを開いた。



数字の羅列だった。選択のログだった。美佳がLAPISのアンケートで選んだ回答が、そのまま記録されていた。どの問いに何秒かけたか、何度選び直したか、最終的に何を選んだか。



「これは分かってた」と美佳は言った。



「次を見てください」と翔は言った。



半年前のファイルを開いた。



形式が変わっていた。選択のログではなかった。テキストデータだった。



対象:三枝美佳

分類:設計者候補・最高位

現状評価:接触段階

次フェーズ:提示



美佳は読んだ。



朝倉が画面を覗き込んだ。有栖川も立ち上がって来た。



「評価されてた」と朝倉が言った。怒りではなく、確認として。



「接触段階、というのが」と有栖川が言った。「@LAPIS_echoのDMのことだと思います。次フェーズの提示が、設計者としての位置づけ」



「つまり」と翔が言った。「美佳さんへのアプローチは、計画の中にあった」



美佳はファイルを見続けた。



次のファイルを開いた。三ヶ月前。



現状評価:提示済み・保留中

備考:予想外の抵抗。ただし関心は持続している。

方針:待機。対象は自ら動く可能性が高い。



「予想外の抵抗」と美佳は声に出した。

自分が断り続けていたことが、向こうから見れば「予想外の抵抗」だった。そしてそれでも「関心は持続している」と判断されていた。



「対象は自ら動く可能性が高い」──美佳は今夜、この建物に来た。



翔が次のファイルを開いた。二週間前。



現状評価:接近中

備考:周辺人物の調査継続。副次的接触を開始。

副次的接触対象:宮下ユリ



部屋の中が、静かになった。



翔がキーボードから手を離した。



副次的接触対象、宮下ユリ。二週間前から、



ユリへの接触が始まっていた。美佳に直接届かないなら、美佳の周辺から──そういう設計だった。



「ユリさんに場所を教えたのは」と朝倉が言った。



「Aライン側の人間」と美佳は言った。「彩音さんじゃない」



美佳はスマートフォンを見た。接続は続いていた。



最新のファイルを開いた。今夜のタイムスタンプだった。



現状評価:収束段階

備考:対象、建物内に到達。予定通り。



「予定通り」と美佳は言った。



翔が美佳を見た。朝倉も見た。有栖川も。



美佳は画面を見ていた。



今夜ここに来たことが、予定通りだった。翔が単独で動いたことも、三人が続いたことも、向こうの計算の中にあった可能性があった。



美佳は息を吐いた。



「怒ってる?」と朝倉が静かに聞いた。



「怒ってない」と美佳は言った。「ただ──」



言葉を探した。



「予定通りだとしても」と美佳は言った。



「今夜ここに来たのは、自分で決めた。そこは変わらない」



翔が小さく頷いた。



「それと」と美佳は続けた。「予定通りだということは、次の予定もある」



有栖川が「ええ」と言った。「最新ファイルの後に、もう一つあります」



翔が画面を操作した。



タイムスタンプは、今から十分前だった。



次フェーズ:対話。

場所:現在地。

時刻:今夜。



四人が顔を見合わせた。



建物のどこかで、音がした。



一階だった。扉が開く音だった。



足音が、階段を上り始めた。