アンケート ― 選ばないという選択 ―

有栖川との約束の朝、美佳は三十分早く店に着いた。

開店前のカフェは静かだった。椅子をテーブルから下ろして、カウンターを拭いて、豆を量りながら、美佳は今日聞くことを整理した。

聞きたいことは三つあった。

一つ。ミオは今、どこにいるのか。

二つ。設計を知っている人間が、止めた後にまた手を加えることがあるか。

三つ。彩音の周囲に、有栖川が知らない人間がいるか。

三つとも、答えが返ってくるとは限らなかった。でも聞かないより、聞いた方がいい。美佳はそういう判断を、最近少しずつ、早くできるようになっていた。

十一時に朝倉が来て、十一時十分に有栖川が来た。

有栖川はいつも通り、グレーのコートを着ていた。店内を一度見渡してから、美佳と朝倉のいるカウンター席に向かった。荷物を置く前に「お時間をいただいてありがとうございます」と言った。

「こちらこそ」と美佳は言った。「コーヒー、飲みますか」

「いただきます」

美佳はコーヒーを三杯淹れた。有栖川の前に置いてから、自分も席についた。

「聞きたいことが、いくつかあります」

「どうぞ」と有栖川は言った。「答えられる範囲で、答えます」

美佳は最初の問いから入った。

「ミオさんは今、どこにいますか」
有栖川は少し間を置いた。コーヒーカップに手を伸ばしてから、止めた。

「分かりません」と有栖川は言った。「連絡が取れなくなって、半年以上経ちます」

「自分から連絡を絶ったんですか」

「そう思っています。ミオさんは、姿を消すことがある人でした。深く考えすぎたとき、自分を守るために、一度全部を断ち切ろうとする。そういう傾向がありました」

「以前にも、あったんですね」

「一度だけ。LAPISの設計の途中で、三週間、連絡が取れなかったことがあります。その後戻ってきたとき、ミオさんは少し変わっていた。何かを決めた、という顔をしていた」

朝倉が「何を決めたか、聞きましたか」と口を挟んだ。

有栖川は朝倉を見て、少し考えてから答えた。

「聞きました。でも答えてもらえなかった。『まだ言えない』と言っていた」

まだ言えない。

美佳はその言葉を、静かに受け取った。

スマートフォンの画面が、頭をよぎった。問いは、答えより先に存在してはいけないの? 本文を消したまま送信されたメッセージ。まだ言えない、と判断した誰かの手。

「二つ目を聞いてもいいですか」と美佳は言った。

「どうぞ」

「設計に深く関与した人間が、一度システムを止めた後に、また手を加えることはあると思いますか」

有栖川はその問いを聞いて、少しだけ表情が変わった。変わった、というより、固まった、という方が近かった。

「状況を、もう少し教えてもらえますか」
美佳は翔から共有された情報を、順序立てて話した。

タイムスタンプの二回目の更新が手動だったこと。操作者がサーバーの設計に深く関与していた人間だと判断できること。その操作と男性の端末への最初の接続が同じ日時であること。

有栖川は話を聞きながら、一度もメモを取らなかった。ただまっすぐ美佳を見て、全部聞いた。

「設計に深く関与していた人間、というのが、ミオさんを指している可能性があると思っているんですね」

「可能性の一つとして」と美佳は答えた。

「ミオさんが止めようとした人間なのか、続けようとした人間なのか、あるいは両方なのか、まだ分かりません」

有栖川は少し考えてから言った。

「ミオさんは、止めようとした人間です。それは私が確信を持って言えます」

「でも」と美佳は言った。
「でも、止めようとした人間が、止めた後に後悔することはあると思います。自分が止めたことで何かが失われたと感じたとき、また触れようとすることは」

「あり得ます」と有栖川は静かに言った。

「ミオさんに限らず。設計した人間は、自分が作ったものを完全に手放せないことがある」

沈黙が、少しの間流れた。

朝倉がコーヒーを一口飲んだ。その音が、静かな店内によく聞こえた。

美佳は三つ目の問いに移った。

「彩音さんの周囲に、有栖川さんが知らない人間がいると思いますか」

今度の沈黙は、少し長かった。

有栖川はカップを両手で包んで、テーブルの一点を見た。答えを探しているというより、どこまで話すか測っているような間だった。

「います」と有栖川は言った。「一人、心当たりがある人間がいます」

「彩音さんに嘘をついている人間ですか」

「嘘をついているかどうかは分かりません。ただ、彩音さんが把握していないところで動いている人間だと思っています」

「どんな人間ですか」

有栖川は少し迷ってから、話し始めた。

「LAPISの開発に、末端で関わっていた人間がいます。ミオさんの直接の関与者ではない。でもシステムの一部を、外側から触っていた。ミオさんはその人間のことを、詳しくは話してくれませんでしたが、一度だけ『怖い人がいる』と言っていました」

「怖い、というのは」

「ミオさんの言葉なので、正確には分かりません。ただ私が受け取った印象では──その人間は、善意の人間を使うのが上手い、ということだったと思います」

善意の人間を、使うのが上手い。

美佳は彩音の顔を思い浮かべた。

「その人間の、名前や特徴は」

「名前は知りません」と有栖川は言った。

「でも一つだけ、ミオさんから聞いた特徴があります」

有栖川は少し間を置いた。

「女性だと言っていました」

朝倉が、かすかに息を吸う音がした。

美佳は動かなかった。

女性。

第3章の終わりに、彩音の近くで目撃されていた人物の記述が、頭の中で動いた。黒いコートの女性。第2章からずっと、美佳の視界の端にいた人物。

「その女性が、今も動いていると思いますか」と美佳は言った。

「分かりません」と有栖川は答えた。「でも」

有栖川はここで初めて、コーヒーを一口飲んだ。

「彩音さんの@LAPIS_echoに、技術的な手伝いをしている人間がいると聞いたとき、私は最初にその女性を思いました」

三人は少しの間、何も言わなかった。

店内のBGMが、低く流れていた。客はまだ誰も来ていなかった。

美佳は手元のコーヒーを見た。もう冷めていた。

「有栖川さん」と美佳は言った。「その女性を、調べることはできますか」

「やってみます」と有栖川は言った。「ただ、時間がかかると思います。ミオさんが話してくれた情報は、断片的なものしかない」

「分かりました」

「美佳さん」と有栖川が言った。

美佳は顔を上げた。

「気をつけてください。善意の人間を使うのが上手い人間は、善意のある人間に近づくのも上手い」

美佳は少し考えてから、答えた。

「私が善意の人間かどうか、まだ分からないですけど」

「だから言っています」と有栖川は静かに言った。

有栖川が帰った後、朝倉と二人でカフェに残った。

「黒いコートの女性」と朝倉が言った。「彩音さんの近くで見た、あれか」

「たぶん」

「美佳はどう思う」

美佳はカウンターを拭きながら、少し考えた。

「彩音さんは本当に、知らないんだと思う。自分の善意が使われていることを」

「うん」

「でもだからといって、彩音さんが無関係とは言えない」と美佳は言った。「知らなかった、は免罪符にならない場合がある」

朝倉は何も言わなかった。

美佳も、それ以上言わなかった。

言い過ぎた気がして、でも撤回する気にもなれなかった。

拭き終えたカウンターを、もう一度だけ拭いた。