君は〇〇霊

二人が向かっているのはB校舎の裏の階段。
今いるのは3階。

(土御門くんが言ったのが何階だったのかは分かんないけど…
降りていけば分かるかな。)

真っ暗なはずの廊下は昇る満月と夜空に咲く光で照らされていた。
静かな廊下に和気の足音だけが響く。
隣を歩く宵の足音はない。
音は否定するが、和気は確かに宵が側にいると感じていた。

***

B校舎は、月の光が及ばず、暗闇に包まれていた。
壱番や参番によって解かれた緊張が再び蘇る。

「あのバッハが参番なら、肆番もそんなに怖くないのかな。」

「______さっき、
お前が寝てる間に先に俺が起きて、アイツと話してた。
七不思議は肆番からがホンモノだってさ。
だから…」

宵は和気の後頭部をガッと掴んで、自分に向かせた。

「気ぃ抜くなよ。」

別に和気が倒れているわけでも、意識を失っているわけでもないのに、宵は和気の視界を独り占めした。

「________うん。」

和気は宵の手をそっと降ろして、再び歩き始める。

***

「ここが、例の階段…」

目の前には屋上に繋がる階段と2階へと繋がる階段の二つがある。
屋上に繋がる方は使わなくなった机が置かれ、侵入禁止と書かれた紙が貼られていた。

「何か変わったところがある訳でもなさそう。」

宵は和気の前を通り過ぎ、右側の階段を降り始めた。
和気もそれに続いて行く。

「ねぇ宵。
さっきの参番の曲聞いて、何か思い出した?」

階段を降る音が響く。
音はそれだけ。

「______お前は。」

2階へと辿り着くが、
二人はそのまま1階へと階段を降り進める。

「僕はね、1年生の時の、
親が死んだ夢を見たよ。」

「…なに、感傷にでも浸ってたか?」

嘲笑うかのように宵はそう言うが、宵の心情を察したのか和気はそれを聞いても朗らかに笑む。

「いや、悲しい訳じゃないよ。
でも、久しぶりに会った肉親が目の前で死んじゃうとね。嫌でも頭にこびり付いちゃう。」

「_________そ。」

………

(何でだろ。宵の背中が、小さく見える。)

和気ばかりが話をさせられ、和気は宵の隣へと降り、

「宵はどうだっ」

「待て。」

宵が右腕を横に上げたことで、和気の進路を阻む。
1階へと続く階段を降りたはずが、下にはまだ階段がある。

「ここって一階じゃ…」

和気は隣にいる宵の顔を覗き見た。
彼は苦しそうに笑っている。
何に対して苦しんで、何に対して笑っているのか分からない。

「さっき言ったよな。何か思い出したかって。」

「うん…」

宵は和気の手を取る。

「あぁ、思い出した。
完全に生きてた時の記憶をちゃあんとな。」

宵は和気の手を握る力を強め、振り返る。
それに引っ張られて和気も円を描くように周って同じ向きを見た。

「もちろん、七不思議のことも。」

宵は勢いよく階段を登りだす。
踊り場まで登ってからも速度は落とさず、折り返しの階段も登り続ける。
ここを登れば、

(3階のは…ず……。)

次の上へと続く階段の踊り場には、机も、侵入禁止の文字もない。
さらに、さっきいた2階から見えた、理科準備室と書かれた札も、変わらずそこにあった。

「また、、2階、?
そんな…
もしかして_______」

「七不思議が肆番、『あの世への階段』だったっけな。
夜中にこの階段を使えば、2度とこのループから出られなくなるっていう噂。
思い出せても、
解決策なんざ元から知らねぇが…。」

和気は宵の手を振り解き、左の登り階段へと向かう。

「ちょっと待ってて。」

階段を登り、踊り場に着き、再び登る。
階段を登ると、段々と人影が見え、速度を弱めた。
そこにいたのは─────宵。

宵は顔に冷や汗を浮かばせて顔を曇らせていた。

和気の体は一気に冷える。
内心の焦りは隠せない。
自分がこの“異常”に閉じ込められたと。

「ループって…この2階を繰り返すんだよね。」

和気は早足で宵の手を握り、再び階段を登り始めた。

「おい和気。何するつもりだ。」

和気は階段の上を見上げたまま登って行く。

「しつこくループしてたらっ、
肆番が諦めてくれないかなって思って。」

「はぁ?!」

和気は息切れしつつも登り続ける。
次は宵が和気に引っ張られていた。

「自分の陣地でうるさくされてたらっ、
腹立ちそうじゃない?」

「いやいやそーいう問題じゃねぇって。」

「それにっ、ただのループってことないでしょ。
ずっと繰り返してたらっ、何かしらっ、ある、はずっ!」

「そうとは限らねぇだ、ろ……」

何回目かも分からないループを繰り返すと、
和気が言ったように変化が訪れた。
薄っすらと見える2階の景色。
二人はゆっくりと登り、それを目にする。

「なに、これ……」

確かに場所は2階、理科準備室の札もある。
だが、明らかに違う。

景色が全て赤黒い。
先程の白い床や壁なんて無い。
学校であるはずなのに雰囲気が全く異なる。

「ある意味予想的中…ってか?」

和気は何かを決心したかのような表情を見せ、宵の制服の袖を掴む。

「和気?」

そして、
階段ではない、廊下へとそこから逃げるように走り出す。

「まさか…!」

和気は進んでいく。
しかし、

薄っすらと廊下に何かがあるように見え、
下を向こうとする。


「やめろ!和気!」

宵は己を引く和気の手を掴み、逆に引き寄せた。
和気は引かれた力のまま、宵の胸へと収まる。

「えっ、宵?!____わっ!」

そして、
和気はその場から離れようとするが、宵が和気を抱きしめたことで動きは止まる。

「見るな。何も。
俺は後ろ歩きで行くから、
お前はそのまま、
まっすぐ歩け。
階段に戻るぞ。」

「え、なに」

宵は抱きしめる力を強め、和気の紡ぐ口を体で封じた。
一歩ずつ、
ゆっくりと下がって行く。
和気もそれに合わせ、階段へと再び戻って行く。
宵の言葉も、和気を取り囲む腕も、
震えているように感じた。


和気が宵の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で、

「急にどうしたの。
地面に、
________________何があるの。」

宵が和気を抱きしめていた片腕が、和気の後頭部へと移り、ぐっと引き寄せた。
宵も自身の頭を和気の肩に置き、和気の耳元で声を絞り出す。

「……今は、黙って進め。」

小さな足音が鳴る。

和気は、
宵が何を見たのか、
何「察したのか、
分からなかった。

遂に元の階段まで辿り着いてから、宵は和気の体を離し、一際大きな声で言い放った。

「なに急に走ってんだよ?!勝手なことすんな!」

「あでっ」

宵はその勢いのまま和気の頭上にチョップをかました。
解かれた腕から和気は脱出し、後ろを振り返って先程走った廊下を見る。
そこにはまた赤黒い空気が漂うだけで、特別変わったことは何もない。

その様子を見た宵は、和気の手をぎゅっと握り、階段を登り始めた。
和気の脳に推測が立てられた時、

「お前は何も見てねぇんだから、悪い想像すんなよ。」

和気は手を握り返し、

「_____うん。」

階を繰り返すほど辺りは赤黒さがますます増して行く。
このまま行けばどうなるのかは分からない。
それでも、二人は黙々と登り続けていた。

「もしかして、、腹は立っても諦めてくれなかったのかな。」

「そーゆー問題じゃねぇだろ。」

「えぇ?」

「俺の記憶が正しけりゃぁ、
階段から逃げちゃダメなんだ。一度狙われるととことん追い詰める。
あと、壱番や参番みたいに噂で形成されてる。
それも、壱番が言ってたみたいに歴史が長い。」

「_________ねぇ。
宵も生きてた時の記憶思い出したなら、、
噂、聞いたことないの?」




「ない。」

「そっ、、かぁ…」

(そう言えば、
宵も名が奪われたことも、死んだことも、
僕は詳しいこと、何も知らないんだ。)

それはもちろん、今日感じた『宵の夜間』についても同じこと。
宵が纏う空気が異質だからか、
聞きたくても聞き出せずにいた。
きっと尋ねることができても彼はさりげなく逸らすのだろうが。

(ねぇ、宵は何をそんなに隠してるの。)

また2階に辿り着き左側の階段へと体を向けた時、
宵の体は硬直する。

「まずっ____!」

宵は慌てて和気の顔を見る。

だがもう遅かった。
和気もそれらを目にしたのだ。
瞳が激しく揺らぐ。

「宵が、さっき、隠してくれたの、これだよね。」

フードを被っていたら隠せたかもしれなかった。

生徒らしき人々の体。
そしてその奇妙な形となった四肢。
それらが階段の上に乱雑に置かれていた。
赤い染みを付けて。

和気の脳内で、親の最後の様と重なる。

「結局、見せちまった。ごめん。」

「いいよ、隠そうとしてくれてありがと。」

和気は宵の手を握る力を強くする。
宵は苦しい表情をする。

「何でこんな、、酷い事に。」


「これじゃもう進まないね。」

なぜならそれらは階段前面を埋め尽くし、
足の踏み場なんてものはなかったから。

「いーや。あくまで噂、怪異。
これも、それで見せた幻。」

宵は和気手を繋いだまましゃがみ込み、反対側の手で落ちている“腕”に触れた。
しかし、それは存在せず、宵の手をすり抜け、床に触れる。

「ほら、登れる。
そ、れ、と…
ここに来て急にこんなのが出たってことは…」

宵は顔を上げて、階段の踊り場を見る。

「お出ましだ。」

和気もそれにつられて踊り場へと顔を向ける。
踊り場には、
何度ループしても現れなかった人影が…

「……肆番。」

宵は制服のポケットに手を突っ込み、構えた。
そこに立つのは弐番と同じような、黒い人形と、
それに赤い跡。
そう、形は弐番と同じ。
だが決定的に違う。
何かが違う。

弐番よりも遥かに、異質だった。


「_________なぜ」

突如として話し出す。
話せるとは思えなくて、二人は肝を抜かれた。

「なぜ貴方たち人間は、
ありもしない嘘を語るのか。」


「_______え?」
「_______は?」

その人形には、目も口も描かれていない。
もしくは暗闇のせいで見えないだけか。
人形は話を続ける。

「ただの憶測。ただの偶然。
なのに、何故そうも……」

「なにを______言って…。」

何のことかさっぱり分からず、和気は震えてそう言ってしまう。

「分かりませんか。少年。
ならば見せて差し上げましょう。」

人形は手を伸ばし、和気へと向ける。
その瞬間、人形から現れた黒いモヤが和気へと襲いかかる。

「待てっ!」

宵は和気を自分の後ろへと押し、前に出る。
ポケットから手を出し、一枚の紙を摘み出したが、
ポケットから出した拍子に破れてしまう。

もう遅かった。
そのモヤは宵を通り抜け、和気を包み込む。
宵は振り返り、和気へと手を伸ばす。

「わけっ!」

モヤを押し除け、和気は宵の伸ばされた手に、同じく伸ばす。

「よぃっ…!」

和気の指先が、宵の指先を掠めるがモヤは和気の体を侵食し、宵の指先と離れる。

「よっ」

和気は顔全面までもモヤに覆われ、息を止める。
モヤはみるみる球体を作り出し、一人の少年を封じ込めた。