君は〇〇霊


和気の家系に生まれた者はほぼ全員が九泉に近く、見える側として生まれる。
だが、稀なことに和気の父は違った。
そして嫁いできた母ももちろん。

もしかしたら、生まれてくる子どもが見える側とは思わなかったのかも。


「ママ、あれ。」

「ん、なぁに?」

家族3人で公園へ来ていて、
和気は砂山で遊んでいるのを両親がベンチから見守っていた。

小さい和気が指差すのはブランコ。
風があったからか、2つとも揺れていた。

母が和気に歩み寄り、

「ブランコ乗りたいの?」

「んーん。」

和気は首を振って、奥のブランコを見つめる。

「あのおばぁちゃん。昨日からずっといるね。」

口を開け、呆然とする母に父が駆け寄ってきた。

「ねぇ、もしかしてこの子……」

「血を引いちまったみたいだ…


_________________クソッ。」

思い出したくなかった。その時の親の口を。



それから、

「ねぇパパー、あそこに」

「うるさい!もう、何も喋るな…」

「近くに霊がいるなんて、気味が悪いわ。」

「どうして、僕たちの子どもが……」

そんなことを幼い子供の前で、絶望した表情で話す。
自分の子に涙を流して、

『どうして生まれてきたの』

なんて、両親は口を揃えて言う。



そして遂に、
和気が高校生になり、
一夜にして親二人は姿を消した。

残された和気は行き場を失い、
近くの家の、
あまり関わりのなかった祖父の家に辿り着いた。


「じぃちゃん!
ポケットにティッシュ入れないでって言ったでしょ?!」

「あーすまんすまん。」

「もぉーー。」

案外、祖父との生活は今までのどんな生活よりも充実していた。
祖父も見える側の人間だから、どんな相談も快く受け止めてくれていた。


そんな中、
学校からの帰り道、
和気は交差点前で歩を止めた。
信号が赤だからではない。

目の前に立っていた。
生みの親が。

正確には歩いていたのだろう。
後ろ姿しか分からなかったが、あれは親だと、和気の直感が告げていた。

「母さん、父さん…?」

和気はその大きな瞳で二人の姿を見据える。
振り返った彼らの表情は______



二人は和気を認識してから走り出した。
青信号の歩道を渡る。
和気は彼らに手を伸ばす。

「待って!」

その瞬間、


──────────ドンッ


鈍い音がそこ一帯に響き渡った。
目で追っていた二人の姿は消え、代わりに大型トラックが目に入る。
和気はその場に倒れ込み、額にじわじわと痛みが走る。
額から頬を伝うのは赤い液体。

「キャー!」
「事故よ!」
「誰か!救急車を!」

外野の声が飛び交う。
しかし和気の耳には入ってこない。
どれも和気の鼓動に掻き消される。

和気は身体を起こし、両膝を地面につけた。

そして和気の付近には今まで見たことのない形の霊達が現れる。

黒く、
ネチネチと音を立て、
和気の側に居座る。

「もうこれ、、助からないんじゃ…」
「そんなこと言わないであげて!子供の前で…」

和気は反対車線へと転がった二人の体を視認する。
何一つ、動かない人形。
反対側の歩道には同じ制服を着た人がいた。
しかし、和気にとってそれはどうでもいいこと。


「な……んでぇ…………」


絞り出した声は震え、言葉として成っていなかった。

どうしてここに居たのか、
それは分からなかったし、知りたいとも思えなかった。


***


意識が段々と取り戻されていく。
その事故の景色は遠ざかり、代わりに音楽室特有の、木製の匂いが香る。

「_____け、____わけ!」

和気は目をぱっと見開く。
体は天を見上げていて、目の前には宵の顔。
弍番の時の状態を思い起こされる。

(同じだ…!)

和気は上体をばっと上げる。
今回は宵が避けて頭の衝突は避けられた。

「あっ、ぶねぇな!」

和気はふと頭を触る。
すると、フードが脱げていることに気付いた。

「_________前に。俺、言ったろ。髪切れって。
折角切ったんだから________見せろよ。」

宵は和気の首元でしわくちゃになったフードを下に引っ張る。

「よい______」

一風変わった空気が二人の間で流れ始めた時、


「んっんー。お取り込み中の所すみませんが…
あの……人間さんで合ってます…?」


二人の前に屈んでいるのは、

「ばっ、ばばばバッハ?!」

「あっ、はい。バッハです。」

もう既に宵は話していたのか、何一つ驚いた顔はしていない。
驚いているのは和気だけだった。

(バッハ…バッハなの…?!
正直音楽室って聞いて肖像画のベートーヴェンかと思ったら……)

「残念。バッハです。」

和気は何だか期待を裏切られたような気分になる。
バッハは自分の顔を手で覆い、涙を流し始めた。

「一時期私の髪型が校内で大流行しましてね。
その時にあることないこと噂されまして…
不服ながら怪異としての仕事はさせて頂いてます。」

「仕事って?」

「人間を怖がらせたりと…
先程堪能されたと思われますが…」

思い当たるのはあのフラッシュバック。

「あー……あれか…。」

和気は頭を抱えた。
それに合わせるように、バッハも地面に座り込み、土下座する。

「はい…すみません…。
でも私もこうしなければ七不思議の座に居られないんですよぉ…」

「なんか、、大変そうですね…」

和気とバッハの二人が話している間、宵は大きなピアノへと近付いていた。
ピアノの端の、一番高い音のなる鍵盤を押す。
あまりにも高いその音は、はっきりと耳に入ってこない。
和気もバッハも、二人で話し続けていた。
二人を一瞥した宵は眉を顰めて、

「なんだよ。
お前と会ったの、
──────────初めてじゃなかったんだ。」

そう。
宵もあの時、あの曲によって記憶を見せられたのだ。

制服を着て、カバンを手にしていた、
生前の記憶。





「____い。よ_____。ねぇよい!」

やっと己を呼ぶ声を認識できた宵は慌てて振り返る。
そこには泣き喚くバッハの背中を摩り慰める和気がいた。

「ベートーヴェンじゃなくたって良いでしょ…
私だってなりたくてバッハになったわけじゃないんですよぉ…」

「あっ、う、うん。つらいねぇー…」

和気は宵に目をパチパチとしてアイコンタクトを取る。
なんとなく察するが宵は悪戯心が働き、首を傾げる。
すると、

『た・す・け・て』

口パクで訴えてきた。

「ふっ………ははっ!」

宵は和気とバッハの身体を引き離し、和気の肩に手を置いた。

「力がなさそうなら、コイツに用はないな。
行こうぜ。和気。」

「うっ、うん!」

二人はそろりそろりと扉へと向かう。
地面に水溜りを描き、泣き崩れたままのバッハを残して、

「「失礼しました〜。」」

扉を閉め、音楽室から去る。

「ある意味厄介だったね…」

「んーー」

宵は隣の和気の顔を覗く。
髪を切ったことでその美貌が顕になり、月明かりによく映えていた。
宵は額の傷跡を視認し、目を逸らした。

「そうだな。」

なんとか繕おうとして絞り出したかのような言葉を吐き捨てた。