その後、
────土御門くんは何も言わずに屋上から去った。
取り残された僕らは僕の下校のため靴箱へと向かう。
和気はさっきまで七不思議と戦っていたことが実感されないまま、回らない頭で何か話そうと切り出した方
「宵は初めて?七不思議と会ったの。」
階段を降りる一人分の足音が響き渡る。
隣に並ぶはずのカレからの返答は来ない。触れるべきではない質問だったかと思われたが、
「俺が霊になってからは初めて。」
何とも引っ掛かりのある答えが返ってきた。
「ってことは霊になる前は?」
途轍もなく気になるがそれを見せないよう強張った声で尋ねた。
数人だけ残る寂しい教室前の廊下を歩く。
夕日はもう半分以上沈んでいる。
窓から差し込む光は既に橙色ではなく赤色に近しかった。
「______霊になる前の記憶が、あやふやなんだ。
断片的には覚えてっけど
自分が何者なのかも、よく覚えてない。」
和気は夕日を見るふりをして宵の表情を盗み見た。
夕日の光が宵の顔を照らしている。
元々の褐色に近い髪色が夕日によって茜色に染まっていた。短髪だからか夕日の光は髪で遮られず、美しい顔にまで及んでいる。
和気の中での出会ってからの宵は、
生意気で
意地悪で
何か隠していて
世間が言うイケメンとやらで
笑顔が似合う
そんな印象だった。
だから初めて見たのだ。
そんな顔を。
只々、その時の
カレの表情は
_________________儚かった。
宵は校門まで付いて来てくれて、和気を送り出した。
カレへと手を振ろうと振り返った時には、宵の表情はいつものように戻っていた。
生きていると勘違いしてしまいそうな顔で。
宵は和気を送り出してから校内へと戻って行く。
屋上を見上げ、先の出来事を思い出した。
(他にも協力してくれるやつがいりゃあ、
早くできると思ったんだけどなぁ。)
顔を上に向けていると、視界には生い茂った緑色が映った。それを辿れば、天へと真っ直ぐに立ち誇る楠木が胸を張っていた。
宵は立ち止まる。視界に見えたのだ。
ベンチで囲われた楠木の根本。
そのベンチの上には和気が嫌と言うほど目に焼き付けている怪異という類いのモノたちがいた。
黒く小さくネチネチと。
だが和気が言うモノとは全く異なっていた。
ベンチ上に立つ怪異達は形が黒いだけでなく、どんよりとしたオーラを放っていた。
和気が言うモノはただ色が黒いだけ。オーラなんてない。
決定的に異なる。
宵はソレらを一瞥して歩き出す。
そんなモノ見ていないかのように真っ直ぐ向いて。
知らぬふりをするかのように。
***
次の日、和気はいつものように通学する。家の門を潜り、平和な道を歩いて行く。
間に合う距離でもなかったため、点滅し終わった信号機の前で止まる。その信号機で止まっているのは和気だけだ。
和気の足元に未だに慣れない黒い怪異達が蔓延って来て、一歩下がった。
先を歩く生徒達の後ろ姿を遠くから眺めていた。
車側の信号機が黄色になったその時、
「_________ッッ!!!」
和気に人工的に作られた風が吹く。
黄色信号の割に猛スピードで、もし人がいたら形も残らないほどの速さで通ったトラック。
トラックは和気に風を与えただけではなかった。
「いっ……た…ぁ………」
直接傷つけられた訳ではないのに、和気は右側の額を抑える。
そこにあるのは一筋の傷跡。
信号が青になり音が鳴る。
(嫌なこと、思い出しちゃったな。)
後ろにいたはずの人達が和気を通り過ぎて行く。
***
「んだよおせぇな。」
「______宵。」
宵は校門まで和気を迎えに来てくれていた。
校門の塀に背を預けて待っていてくれたカレを見て、和気は強張っていた体の緊張を解いた。
校内と外部の境界線、その先で宵が己を待っていてくれた。
その事実だけでも嬉しかった。
和気は境界線を跨ぎ、歩き出した。
宵もその隣に並ぶ。
「昨日のでビビって学校休むんじゃねぇかと思った。」
「はぁ?!ビビってないし!」
「はいはいそーですね。」
「ちょっ、何それ?!」
周囲から見れば和気は1人。
だが和気にとっては2人なのだ。
今まで1人で過ごしていた学生生活は既に変化していた。
***
2人がB組前の教室を通った時、
「_カラ__ケ行かなーい?」
「___こうよー。」
「_つち__どくんも___くよね?」
「うーん……」
鮮明に賑わった声が聞こえて来た。主に女子達の。
今までも聞いたことがあったがそのまま流していたのだろう。
聞き覚えがあるのに今回ははっきりと脳に留まった。
おそらく中心にいるのは昨日の彼。
そのまま通り過ぎ、和気の教室へと歩いて行き、
B組の開いた扉に視線を移す。
案の定、女子生徒達が彼を囲んでいた。
ただ、驚いたのは土御門と目が合ったこと。
元から和気がいるのをわかっていたかのように朗らかに笑んでいた。
和気は自分の席に着く。
「もうあいつと関わるなよ。」
「大丈夫だよ。土御門くんと僕なんかが…」
「_____人の注目を浴びる者と名の奪われた者が混じると、他者からの視線で時空が歪む。」
「_______誰にも見られてなかったらいいってこと?」
「…………良い悪い関係なくあいつと関わるなって。」
「ん、分かった。」
宵は和気から視線を逸らしてぼそっと呟く。
「けど……
あいつの和気への執着は……」
今日も授業が始まる。
だが隣や後ろ、なんなら上に、
宵は暇なのか小言を呟きながら側にいた。
「あいつ寝てんぞ。バレねぇかなー。」
「さっきあの先生ズラ直してた。草。」
「黒板のあそこ、共助じゃなくて公助な。」
確かに和気のそばにいることを約束し、それを守ってくれている。だが学生生活を邪魔して欲しいわけではない。
苛立ちを心のうちに募らせて行く一方。
そして数学の授業。
先生の声と共に宵の他生徒の白髪を数えるゲームの声が聞こえていた。
ペンを走らせていると、急に側から声が聞こえた。
「ばか。ここ、途中式抜けてんぞ。答えマイナスになっちまうだろうが。」
貶し言葉は置いといて、珍しくもそんなことを言ってくれた。
(_____言いたい。)
ちらっと右隣の間近まで来た宵の顔を覗く。
「まぁ、略してもいけっけど…ほらここ、記号変わってねぇじゃん。略すのは慣れてからにしろバカが。授業真面目に受けるか俺の話聞くかどっちかにしろよ。」
何か言っているが正直伝えたいという欲が勝ってしまい、宵の声は耳には入っても通り抜けて行く。
宵に向けていた顔を落とし込んだ。
そして視界に入る。
宵と和気の媒体を。
和気は手を動かす。
『ありがと』
ノートの端っこにそう記す。
(ん……)
何だか照れ臭くて、隣にいる宵から視線を避けるかのように黒板に向けた。
感謝を伝えたかった。それは果たせた。
このむず痒ささえどこかに消えてしまえば。
すると、目の前の自分の机から頭が現れる。
短い茶黒い髪。さらさらで触ってみたくなるような。
それは段々と上がって来て、
「……っ?!」
机の上にカレの顎が置かれた。
カレは顔をにんまりとしていて、まるでイタズラに成功した猫のように見えた。
「やっぱり。ちゃんと聞いてんじゃん。」
「〜〜〜〜〜っ!」
和気はきりっと宵を睨んだ。
(何なんだ!こいつ!)
その視線を受けても尚、うざったい笑顔を浮かべる。
側にいる僕の霊がこんなやつなんて。
------------
それでも
初めて友達と言えるような者が現れて、勘違いしてしまっていた。
───僕らには七不思議と戦うという使命があるのに。
目の前に積まれているのは、
制服を着た無数の動かぬ人々。
不自然な角度となった四肢。
赤い跡。
人であるはずの体は、
本能がこれは人ならざる物だと訴えていた。
和気の背が一気に冷え、
これが夢ではないことを理解する。
和気は震える瞳で見据えた。
人の形を模した、
_____________七不思議が肆番を。
何故こんなことになったのか。
時は遡る。
------------
────土御門くんは何も言わずに屋上から去った。
取り残された僕らは僕の下校のため靴箱へと向かう。
和気はさっきまで七不思議と戦っていたことが実感されないまま、回らない頭で何か話そうと切り出した方
「宵は初めて?七不思議と会ったの。」
階段を降りる一人分の足音が響き渡る。
隣に並ぶはずのカレからの返答は来ない。触れるべきではない質問だったかと思われたが、
「俺が霊になってからは初めて。」
何とも引っ掛かりのある答えが返ってきた。
「ってことは霊になる前は?」
途轍もなく気になるがそれを見せないよう強張った声で尋ねた。
数人だけ残る寂しい教室前の廊下を歩く。
夕日はもう半分以上沈んでいる。
窓から差し込む光は既に橙色ではなく赤色に近しかった。
「______霊になる前の記憶が、あやふやなんだ。
断片的には覚えてっけど
自分が何者なのかも、よく覚えてない。」
和気は夕日を見るふりをして宵の表情を盗み見た。
夕日の光が宵の顔を照らしている。
元々の褐色に近い髪色が夕日によって茜色に染まっていた。短髪だからか夕日の光は髪で遮られず、美しい顔にまで及んでいる。
和気の中での出会ってからの宵は、
生意気で
意地悪で
何か隠していて
世間が言うイケメンとやらで
笑顔が似合う
そんな印象だった。
だから初めて見たのだ。
そんな顔を。
只々、その時の
カレの表情は
_________________儚かった。
宵は校門まで付いて来てくれて、和気を送り出した。
カレへと手を振ろうと振り返った時には、宵の表情はいつものように戻っていた。
生きていると勘違いしてしまいそうな顔で。
宵は和気を送り出してから校内へと戻って行く。
屋上を見上げ、先の出来事を思い出した。
(他にも協力してくれるやつがいりゃあ、
早くできると思ったんだけどなぁ。)
顔を上に向けていると、視界には生い茂った緑色が映った。それを辿れば、天へと真っ直ぐに立ち誇る楠木が胸を張っていた。
宵は立ち止まる。視界に見えたのだ。
ベンチで囲われた楠木の根本。
そのベンチの上には和気が嫌と言うほど目に焼き付けている怪異という類いのモノたちがいた。
黒く小さくネチネチと。
だが和気が言うモノとは全く異なっていた。
ベンチ上に立つ怪異達は形が黒いだけでなく、どんよりとしたオーラを放っていた。
和気が言うモノはただ色が黒いだけ。オーラなんてない。
決定的に異なる。
宵はソレらを一瞥して歩き出す。
そんなモノ見ていないかのように真っ直ぐ向いて。
知らぬふりをするかのように。
***
次の日、和気はいつものように通学する。家の門を潜り、平和な道を歩いて行く。
間に合う距離でもなかったため、点滅し終わった信号機の前で止まる。その信号機で止まっているのは和気だけだ。
和気の足元に未だに慣れない黒い怪異達が蔓延って来て、一歩下がった。
先を歩く生徒達の後ろ姿を遠くから眺めていた。
車側の信号機が黄色になったその時、
「_________ッッ!!!」
和気に人工的に作られた風が吹く。
黄色信号の割に猛スピードで、もし人がいたら形も残らないほどの速さで通ったトラック。
トラックは和気に風を与えただけではなかった。
「いっ……た…ぁ………」
直接傷つけられた訳ではないのに、和気は右側の額を抑える。
そこにあるのは一筋の傷跡。
信号が青になり音が鳴る。
(嫌なこと、思い出しちゃったな。)
後ろにいたはずの人達が和気を通り過ぎて行く。
***
「んだよおせぇな。」
「______宵。」
宵は校門まで和気を迎えに来てくれていた。
校門の塀に背を預けて待っていてくれたカレを見て、和気は強張っていた体の緊張を解いた。
校内と外部の境界線、その先で宵が己を待っていてくれた。
その事実だけでも嬉しかった。
和気は境界線を跨ぎ、歩き出した。
宵もその隣に並ぶ。
「昨日のでビビって学校休むんじゃねぇかと思った。」
「はぁ?!ビビってないし!」
「はいはいそーですね。」
「ちょっ、何それ?!」
周囲から見れば和気は1人。
だが和気にとっては2人なのだ。
今まで1人で過ごしていた学生生活は既に変化していた。
***
2人がB組前の教室を通った時、
「_カラ__ケ行かなーい?」
「___こうよー。」
「_つち__どくんも___くよね?」
「うーん……」
鮮明に賑わった声が聞こえて来た。主に女子達の。
今までも聞いたことがあったがそのまま流していたのだろう。
聞き覚えがあるのに今回ははっきりと脳に留まった。
おそらく中心にいるのは昨日の彼。
そのまま通り過ぎ、和気の教室へと歩いて行き、
B組の開いた扉に視線を移す。
案の定、女子生徒達が彼を囲んでいた。
ただ、驚いたのは土御門と目が合ったこと。
元から和気がいるのをわかっていたかのように朗らかに笑んでいた。
和気は自分の席に着く。
「もうあいつと関わるなよ。」
「大丈夫だよ。土御門くんと僕なんかが…」
「_____人の注目を浴びる者と名の奪われた者が混じると、他者からの視線で時空が歪む。」
「_______誰にも見られてなかったらいいってこと?」
「…………良い悪い関係なくあいつと関わるなって。」
「ん、分かった。」
宵は和気から視線を逸らしてぼそっと呟く。
「けど……
あいつの和気への執着は……」
今日も授業が始まる。
だが隣や後ろ、なんなら上に、
宵は暇なのか小言を呟きながら側にいた。
「あいつ寝てんぞ。バレねぇかなー。」
「さっきあの先生ズラ直してた。草。」
「黒板のあそこ、共助じゃなくて公助な。」
確かに和気のそばにいることを約束し、それを守ってくれている。だが学生生活を邪魔して欲しいわけではない。
苛立ちを心のうちに募らせて行く一方。
そして数学の授業。
先生の声と共に宵の他生徒の白髪を数えるゲームの声が聞こえていた。
ペンを走らせていると、急に側から声が聞こえた。
「ばか。ここ、途中式抜けてんぞ。答えマイナスになっちまうだろうが。」
貶し言葉は置いといて、珍しくもそんなことを言ってくれた。
(_____言いたい。)
ちらっと右隣の間近まで来た宵の顔を覗く。
「まぁ、略してもいけっけど…ほらここ、記号変わってねぇじゃん。略すのは慣れてからにしろバカが。授業真面目に受けるか俺の話聞くかどっちかにしろよ。」
何か言っているが正直伝えたいという欲が勝ってしまい、宵の声は耳には入っても通り抜けて行く。
宵に向けていた顔を落とし込んだ。
そして視界に入る。
宵と和気の媒体を。
和気は手を動かす。
『ありがと』
ノートの端っこにそう記す。
(ん……)
何だか照れ臭くて、隣にいる宵から視線を避けるかのように黒板に向けた。
感謝を伝えたかった。それは果たせた。
このむず痒ささえどこかに消えてしまえば。
すると、目の前の自分の机から頭が現れる。
短い茶黒い髪。さらさらで触ってみたくなるような。
それは段々と上がって来て、
「……っ?!」
机の上にカレの顎が置かれた。
カレは顔をにんまりとしていて、まるでイタズラに成功した猫のように見えた。
「やっぱり。ちゃんと聞いてんじゃん。」
「〜〜〜〜〜っ!」
和気はきりっと宵を睨んだ。
(何なんだ!こいつ!)
その視線を受けても尚、うざったい笑顔を浮かべる。
側にいる僕の霊がこんなやつなんて。
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それでも
初めて友達と言えるような者が現れて、勘違いしてしまっていた。
───僕らには七不思議と戦うという使命があるのに。
目の前に積まれているのは、
制服を着た無数の動かぬ人々。
不自然な角度となった四肢。
赤い跡。
人であるはずの体は、
本能がこれは人ならざる物だと訴えていた。
和気の背が一気に冷え、
これが夢ではないことを理解する。
和気は震える瞳で見据えた。
人の形を模した、
_____________七不思議が肆番を。
何故こんなことになったのか。
時は遡る。
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