君は〇〇霊─僕らの名と君の魂─

幻想の夜の学校。
その終末は案外直ぐに訪れる。

「照くん、そろそろ元の世界に戻ろう。」

「漆番さんがいなくなっちゃったから、この世界の均衡が崩れちゃったんだ。」

「お早くお戻りを…私めもそろそろ限界ですので…。」

目元を赤くした和気は振り返る。

「壱番、参番…。」

壱番と参番の様子から察するに、現状をこの二人が維持してくれている、と言うことだろう。
土御門は和気の前でしゃがみ、取り出したハンカチで目元の涙を拭う。

『「照くん、あいつはあいつで目的を果たせたんだ。君も、名を取り戻すっていう目的が果たせたんだから、それで良いんじゃないかな。」』

(_____なんて、言える訳ないもんね。
僕なら君のことを、こんなに悲しませないのに…。)

そして土御門の視線は和気の肩。
白色になった式神達へと向かう。
式神達は何かを感じ取ったのか和気の肩へと埋もれ消えて行った。

「和気くん、戻ろう。」

和気へと差し出す土御門の手。
弱々しく手を乗せた和気。
いつにも増して軽く感じられる和気の体を土御門が引き上げる。
背を小さく丸めた和気を土御門が連れて行く。
開かれた玄関扉を前に、和気の足が止まった。
和気は振り返る。
後ろにいたのは苦い顔をする七不思議の二人だけ。
会いたくて、けどもうこの世にいないカレを、ただ想う。

「いっそ、全部幻だったら良かったのに。」

あんなにも不気味に思えたこの空間が、今となっては離れがたく感じる。

(まだ宵がここにいるんじゃないかなんて…夢物語だ。)

和気は右足を動かす。
そして一瞬にして、二人の人間が姿を消した。
何もないその空間に、風が吹いた気がする。
参番は隣の背の低い子供に顔を向ける。

「壱番殿?」

「いやぁ〜…ボクら怪異はこういったことだと人間の世界に干渉できないのが、やっぱりしんどいなぁ〜って。」

「_____あなたの言う前回は置いといて、
今回に関しては、干渉せずとも良いかと。」

知っているかの様な口ぶり。
それもそのはずだ。
壱番もそのことを思い出す。

「あぁーそっか。参番さんはおにぃさん達の過去を見たんだっけ。」

壱番は参番を見上げる。
その瞳で、真っ直ぐに見つめて訴えかける。

「私の口からは何も言いませんよ。と言うより、言う必要がないとでも言いましょうか。」

「ふーん……何さ、教えてくれたって良いでしょ。」

壱番と参番は気付かない。
カレらの上、屋上。
ずっと様子を上から観察していたのは壱番の言う前回。
伍番ではなく、正しく言うならば、

(畠中さんとの時みたいに、なって欲しくないんだもん…。)

***

現世では既に夜。
丁度良い涼しさと、暑苦しく感じさせる虫達の声。
転移された後どうなったのかも知らず、目を開ければ靴箱の前に立っていた。
虚ろな目をしたわ和気の隣で、時間を確認しようと土御門が制服のポケットに手を入れる。

「あっ!土御門先輩だ!」
「こんばんは~!」

靴箱の裏から現れたのは見知らぬ四人のジャージを着た生徒。
瞬時に氷の瞳を溶かし、彼女達へと振り返る。

「こんばんは。部活終わりかな?」

「はい!」

「そっか、お疲れ様。気をつけて帰ってね。」

「ありがとうございます!」
「さようなら~!」

彼女達が背を見せ、土御門の溜息が聞こえた。
そして遠のいた彼女たちの声も。

「隣の人も先輩かな~。」
「かっこよっかたよね~。」
「話しかければ良かったぁ…。」

人に認識されている。
名を取り戻したからこそ。
だが和気の表情は曇ったまま。
何も言わない和気の手を、土御門も黙って引いて歩く。

「漆番も消えたし、あと数年は噂話は出てこないと思うよ。」

「_____壱番と参番は?」

「七不思議関係なく怪異として居続けるはず。ただ、漆番が消えた時に何でか陸番も消えたんだ。それがどうしてか……」

その理由を和気は知っている。
だがそれを口にはしない。

(もう、全部がずっと昔に、過去の話に感じる。)

学校から遠なるにつれ和気を覆う空気が重くなる。

(結局、何も分からないまま。
どうして霊になったのかも、生きていた頃のことも、何もかも。約束し)

「照くん。」

名を呼ばれて顔を上げる。
それは見慣れた場所。
彼はまた、ここまで送ってくれたのだ。

「大和くん、ありがとう。それじゃ。」

さっぱりとした別れを告げて、玄関門から家へと歩いていく和気。
あまりにもその背中が弱く、土御門は声を出した。
小さく、聞こえるかもわからない声量で。

「僕だけ、バッドエンドじゃないか。」

***

「ただいま。」

「照ー。醤油どこに置いたか知ら…おい照。」

玄関扉を開けてから現れた祖父。
だが祖父の言葉は途中で止まる。
なにせ、こんなにもひどい顔なのだ。
そしてまた、和気の目元から涙が溢れ出す。

「じぃちゃん。あのね、僕…」

祖父は和気の肩に手を置いた。
和気の視線はその手へ、そして祖父の顔へ。
年を取り皴が多く乗る顔。
だがそれは、とても朗らかだった。

「急ぎじゃねぇなら、先に寝ろ。落ち着いてから話聞いてやっから。」

「____うん。」

今はその言葉が、夜の空気で少し冷えた身体を温めてくれたようだった。

***

電気を消した暗い部屋。
畳の上に敷かれた布団。
その中に包まれた和気。
目を閉じては開け、それを繰り返す。

(寝れるわけ、ないじゃん。)

「宵。」

カレの名を口にして再び目を閉じると、突如体が沈んでいく。
睡魔とはまた違うような…

***

「あの子でしょ?」
「二年B組の?」
「男が好きっていう…」
「苗字難しくて覚えてないけど確か名前が、」
「『宵』だっけ?」

和気の意識が戻る。
身体だけが置き去りにされたかのような感覚が脳に張り付いていた。
見慣れた学校の景色。
そして二年生の教室の前の廊下。
ただ、廊下にいる生徒たちに見覚えはない。
和気の思う二年生の中には。
そして廊下の端を歩く、音楽の教材を持った宵。
曇った空の下、冷ややかな視線が宵へと向けられる。

「噂だからほんとかわかんないけど。」
「でもほぼ確じゃない?私も彼氏から聞いたし。」

聞こえているのかいないのか、宵は教室へと入って行った。
一番右の一番前。
扉からすぐの席に宵は座り、次の授業の用意をしようと机の中に手を入れる。
怒ることも悲しむこともせず、何を考えているのか読めない無表情。

「_に行こ_」
「でも__じゃ_」
「なら__」

「なぁ宵~。」

不意に呼ばれた宵の名前。
宵は目の前の生徒へと顔を上げる。
そしてクラス全員の視線を背に受ける。

「今日の夜さ、学校できもだめしするんだけど来てくんね?」

「___なんで俺?」

「お前ん家でっけぇ寺?みたいなのあんだろ?そーいうの詳しそうだし。」

宵の瞳が一瞬揺れる。

「なんで知ってんだよ。」

「中谷から聞いたぜ?なー?」
「宮地、余計な事言うなよ。お前も嫌だったら断っていいからな。」
「いや行こうぜ?七不思議であんだろ、願いが一個叶うやつ。あれで宵のあれもさ、治るかもしんねぇじゃん。」

教室が一気に静寂となった。
その宮地という生徒だけがなんとも思っていない様子。

「なぁー宵頼むよ~。」

『んだよ、病気みてぇに…。』

どこからか、そう聞こえた気がした。
宵の心の内の声のように。

「何のことか分かんねぇけど。何時に来ればいい?」

「やりぃ!十一時校門前集合な。」

キーンコーンカーンコーン…

***

「なぜだ?!」

和気は身体ではなく意識を声の聞こえた後ろへと振り返った。

「この程度の術もこなせないとは。一族の恥さらしが。」

そこは広い庭園。
地面に敷かれた砂利が音を立てる。

「コホッ、コホッ…。」

「父さん、やっぱり宵には無理なんだ。もう…。」

「あぁ。少しでも希望を持っていた私が馬鹿だった。」

去り行く父の背を、宵は両膝を地に付いて睨みつける。
そしてもう一人の男も、二度宵を一瞥してから父の後を追う。

「クソがっ。俺にも、力があれば…あんなやつ…。」

砂利を握りしめ掴んだ物を右手の池に投げ入れる。

ポチャン

宵の感情とは反して、静かな音色が生まれた。

***

「宵おせぇ~よ。早く行こうぜ!」

校門前で手を振る宮地。
声を抑えるよう言っている中谷。
そして怪訝な顔で宵を見る三人の男子生徒。

「どうせなんであいつがいんだとでも思ってんだろな。ざまぁねぇな。」

宵のその小声は和気にしか聞こえていなかった。

***

「けどラッキーだったな。鍵開いてて。」
「わんちゃん開いてんじゃねって噂マジだったなー。」
「だからって校舎の中も開いてんのはまずくね?」
「それなー。」

暗い廊下、とは言え六人も人がいるからか恐怖心は誰も感じていないようだった。
宵にとっては害のなさそうな怪異が視界に映るが、一切動揺はしていない。
前に五人、少し空いた後ろにいるのは宵。
五人の会話には入らず、窓から中庭を見渡しているようだった。

「てか宮地、七不思議何あんのか知ってんのかよ。」
「いやぁ?あんまり。屋上のやつと、階段?あとD組の椅子だな。」
「あとあれだ、『名取さん』だっけ?」
「お前ら一番大事なの忘れてんじゃん。」
「え?」
「漆番だろ?」
「あー!『石守さん』だ」

バタッ

宵は前を向くとともに足を止めた。
宮地の言葉が途中で途切れ、背筋の凍る音を立てて、五人の人間が地面に横たわっていた。

「___は?」

そして彼らの前には黒い物体が。
何とか人型を保とうとしている生きた泥。

『ふへへ。おぅかえ、ぃたよぉぉ??いっょぉ?』

宵はポケットに手を突っ込み形代を取り出し、前に掲げた。
だが宵は眉間に皴を寄せるだけで何も起こらない。

「__チッ。」

宵は一歩後ずさる。
すればその生き物も一歩距離を詰める。

「クソったれ!」

宵は振り返り走りだす。
背後からは悍ましい気配が追いかけてくる。

「親父のせいで力も残ってねぇし…てかあいつなんだよ、ただの怪異じゃな…」

階段を降りながら口を手で覆った。

「まさか…『名取さん』…?なら俺の苗字は…」

宵の顔が一気に青ざめる。
玄関を出て中庭へと駆けていく。
何かに引かれるかのようにまっすぐ走る。
偶然、奇跡、それとも必然か。
宵はそれを目にし、風を切っていく。
その石の前でつまずき倒れるが、そんなことを気にしてはいられない。
腹を地面につけたまま重たいその石を持ち上げる。

『力が欲しい、アレを追い払って欲しい、自由に生きたい』

願いは様々、一つに絞り切れていなかった。
だがそれが原因ではない。
あまりにも突き刺す力が強かったのだ。
地面に再び突き戻された石には大きなヒビが入る。
その石から放たれた眩しい光が宵を包み込んでから、石は光とともに姿を消す。
背後に迫っていたはずの『名取さん』も一緒に。

(あぁ__)

そして和気もやっと理解する。

地面に倒れたままの宵。
その宵を見下ろす宵。

(そっか__そういうことだったんだ。)

意識に身体が追い付いて来たように感じる。
カレの背を見ていると、立ち尽くす宵が振り返る。
目が合った。
気のせい、とは考えづらいほどしっかりと。
和気が宵へと手を伸ばす。

「宵…!」

一度の瞬きの後、その景色は変わる。
和気は木目の天井へと手を伸ばしていた。
カーテンの中から薄明りが差し込み、時計の音が大きく脳内に響く。
冷静に起き上がり、時計を見ながら寝室の扉を開けた。
廊下を歩き、玄関扉に降る外の青白さを見据える。
和気は制服のまま玄関で靴を履いていた。

「照?」

安心する声。
和気は振り返る。

「すぐ帰ってくるから。ちょっと出掛けるね。」

祖父は目を瞑って頷いた。

「帰ってから話すから。きっとびっくりするよ。」

和気は腫れた目で無邪気に笑い扉を閉める。

***

「私を助けてくれた君が、バッドエンドで終わるはずないもんね。」

学校の屋上に人影が残る、まだ陽の上り切っていない空の下。

(今なら分かる。陸番の時の宵の二つ目の質問。一でも二でも三でもない。)

和気はある場所へと無我夢中に走る。
太陽が町の隙間からじりじりと這い上がっている。

(屋上で宵といる時、宵はずっとあの建物を眺めてた。何でだろうってなったけど、大した理由なんてないと思ってたから…!)

川が流れる橋の先。
病衣を纏った人影が見えた。
和気は息を切らしながら駆けて行く。
彼等の間には光を放つ暖かな太陽が。

(じぃちゃんに聞いたことがあった。霊っていうのは亡くなってなきゃそうは言われないって。だからあんなにも否定してたんだね。)

「君は死んでなんかなかった。
君が奪われたのは”魂と体のコネクター”だ。」

自分を納得させるかのように、荒れた息遣いで呟く。
病衣を纏う彼は足が絡まったのか手を地面に付けた。

「宵!!」

「いってぇ…。」

上体を起き上がらせた宵の体を、横から和気が抱擁する。
宵の浮かせた臀部が再び地面についた。

「うぉっ、勢いつえぇわ。」

宵は和気の頭の上に手を置いた。
笑いながら髪をくしゃくしゃとする。
彼にもどこか安堵な、そして満足気な表情が伺える。

朝陽が昇った、雲一つない景色。
学校の屋上にある三体の影。
川の岸辺にある一人の人影。
誰一人として、彼らの邪魔をする者はいない。


________ドクンッドクンッドクンッ

和気は右耳を彼の心臓に当てる。
熱い体。早い心音。風で揺れる髪。朝陽が示す宵の影。

「宵が、生きてる…ここに、いる…。」

「ははっ。お前こんな力強かったんだな。」

宵は和気の両肩を持って自分の胸元から離す。
それを察して俯こうとする和気の顔を両手で挟んで持ち上げた。

「てか隈取れてねぇじゃん。寝ろっつたろ。」

宵が撫でる目元には隈と赤みが残っていた。

「寝れるわけないじゃん!だってあの夢見せたの宵でしょ!」

「はははっ!」

悪戯が成功した幼子のように声を上げて笑う宵。
それを自身で落ち着かせ、和気と向かい合う。

「和気、答え合わせだ。俺は霊じゃねぇ。なら俺はなんだったでしょう。」

「なにそれ。当てたらなんかくれるの?」

期待せず、ただ悪戯のお返しのつもりだった。
だから、

「んー…。ならまた、一緒にいてやるよ。」

そんな答えが返ってきてくれるとは思わなかったよう。
和気は一度上がった口角を降ろして口を尖がらせた。

「何さ上から目線で。相変わらずだけど。」

視線を合わせた二人。
数秒は持ったが堪えきれずに二人とも笑い出してしまった。
宵は顔を傾けて小さく微笑む。
彼が待ち望んでいるのだから、和気は口を開けた。


「『君は生き霊』、だったんでしょ?」


宵は溢れてきた笑顔を前面に出して、再び和気の髪を激しく撫でた。