君は〇〇霊─僕らの名前と君の魂─


翌日。
学校には4限終了のチャイムが響き渡り、昼休みとなった。
生徒達は立ち上がり、弁当袋を持って椅子を寄せ合う。

そんな中、少年はゆっくりと立ち上がり、扉へと向かう。

(B組…だったよね。)

少年は隣のクラスの扉から中の様子を伺った。
生徒達の話し声で賑わっており、少年には居た堪れなかった。
見渡した限り宵の姿は見えず、引き下がろうとした時だった。

(放課後まで待とうかな…。)

「どうしたの?」

初めて聞く声だった。
少年は後ろを振り向き、彼と目が合う。

「誰か探してる感じ?」

(あれ…この人って確か…)

そう、彼は学年1のモテ男。
勉強もスポーツも完璧で、文武両道。
輝く金髪にかっこいい佇まいだけでなく、
性格も打ちどころのない超人。
ただ少年は周囲に関心がなさすぎるせいで名前を知らなかった。

己とはかけ離れすぎた存在に声をかけられ、少年は手を動かし慌てふためく。

「あっ、ぁえっと……。B組に宵って人、いません、か…?」

彼は腕を組み、目を瞑って首を傾げる。

「うーーーん。多分うちのクラスじゃないと思うよ。
や、2年にそんな名前の人いたかな〜…」


「あっ、わ分かりました。すみません、ありがとうございます。」

少年は恥ずかしさのあまりすぐにその場を立ち去り、自分のクラスへと戻る。

彼はそれを見送ってから小言を呟いた。

「聞いたことがある気がするけど…。
まぁいっか。」

彼は口元を両手で隠して耳を赤く染めた。

「やっと話せたね。_____くん。」

少年の名前を口にした。なのにその声は彼以外には雑音にしか聞こえない。
テレビが砂嵐を見せた時のような音を。


***


少年は自分の教室に戻ってから周りの様子を観察する。
1人で昼食をとっている者はいない。皆新しいクラスで楽しく食べている。

少年は弁当袋を片手に教室から退室し、階段へと向かう。

(そう言えば、2年の棟のは行ったことなかったな。)

少年は階段を上がり、目の前の扉を開けた。

(屋上。)

扉を開けた先には、またあの後ろ姿が。

「宵?」

カレは鉄格子に手をかけたままゆっくりと振り返った。

「わぁお。誰かと思えばお前か。」

少年は屋上へと足を踏み入れた。
宵は手すりに腕を置いたまま、暗い笑顔でこちらを見る。太陽からの日光の具合なのか、カレ自身なのかはわからないがカレの表情は黒味がかっていた。

「昨日の話の続き……

______の前にひとつ聞きたいことがあんだ。」


「な______なに?」

カレの雰囲気に気圧されたからか少年の声は震える。

「お前の姓、なんて言う。」

待ち構えたにも関わらず振ってきた質問は呆気に取られるような物で、単なる名前をきくものだった。
少年は少し上がっていた肩を下げた。

「和気だよ。」

宵は腕を組んでから少し俯き、睨むようにこちらを見る。

「名は?名を教えてみろよ。」

(何だよ。上から目線で。)

「名前は_____」




「_________えッ」


「やっぱりな。予想が当たってた。」

宵は段々と少年に近づいて行く。
少年は頭を抱えて何やらぶつぶつと呟く。
知っているはずなのに知らない己の名。

「僕は_____…
なんでっ、なんでっ!なんで分かんないの。
僕はっ
僕は和気、、、なに?」

少年は体をふらふらとさせ、足がおぼつかなくなる。

「なんで、わかんないの…僕の、自分の名前がっ……」

宵はいつのまにか少年の前に立っていた。
少年が気付き顔を上げた時、宵は少年の両肩を掴む。

「落ち着けって。俺と一緒だ。」

「______ぇ?」


上げた少年の顔は涙と絶望の表情とで酷い有様だった。宵はその表情を見て、

「______くそっ。」

強く抱きしめた。

「一緒って…どーゆー」

「俺は姓の方だけどな。
俺もお前も名前を取られたんだ。」

「それって…」



宵は和気の体を離して向き合った。

「あれから昨日、お前の教室に行って出席簿見たんだよ。そしたらお前の名が塗り潰されてた。」

「え_____?」

「お前の名前が存在しなくなってんだ。
かと言って、誰も知らないわけじゃねぇ。お前自体は存在してるからな。けど名前を知ってても伝えれない。
誰かが言ったとしても雑音にしか聞こえないし、書かれたとしても文字が認識できなくなる。
もうお前は名前を手放されたんだよ。」

「_____ッ…どうしたらいいの…」

「だから!七不思議に会いに行くんだよ。」

(七不思議…?それって、よくある噂話の…)

宵は隣のベンチに腰を下ろした。

「何番かは知らねぇからしらみ潰しになるけどな。
昨日の話に戻るけど、」

座ってから和気に手を出す。

「学校でアイツらに怖がるお前の側にいてやるから、
七不思議のやつを説得するのに協力しろ。」

和気は少し躊躇った。
だが教室や廊下、学校中に溢れるアレらを思い出して勢いよく宵の手を掴んだ。

「分かった。協力する。」

和気は宵の隣に腰を下ろした。
そして向き直る。

「僕は七不思議を明かすのに協力して、名を取り戻す。」

「俺は学校でいる間お前の側にいる。そして七不思議から姓を返してもらう。」

宵は和気に握り拳を見せる。

「これからよろしくな。和気。」

「うん。宵。」

2人は拳を交わした。

おそらくこの時からだった。
この学園で
彼らに
変化が訪れたのは。





昼食を食べながら、2人は談笑していた。
七不思議のことではなく、ただの世間話。

和気が学校ではずっと1人なことや屋上から見える運動場で遊んでいる生徒たちのこと…そして、


「お前さ、髪切った方がいいぞ。」

「えっ、や…恥ずかしいよ…」

「恥ずかしくなんてないだろ。」

宵は和気の髪の毛を耳にかけてやる。
普段は隠されているその美貌が少しだけチラついた。

宵本人も驚いていると、和気がぷいっと反対方向を向いた。

「ほらな。顔良いんだから、見せねぇと勿体ねぇだろ。

「_________そっ……か…。」

***

和気は昼食を食べ終え、立ち上がる。

風が吹いてきて、和気の髪を揺らす。
だが宵の髪は靡かない。
聞くか聞かぬべきか悩んでいたことについて
決心したかのように宵に向き合い、口を開いた。


「君は、霊なの?」

座ったままの宵は上目遣いで和気を見つめた。
少し肩を落とすように息を吐いてから、










「はっ______流石は和気の家系だな。」

(僕の家系のこと知ってるんだ…)

「あぁ。俺は霊だ。」

つまり…

「そっか…死んじゃったんだ、ね。」


不憫に思いながらそう言うが、宵から返ってきた言葉は想定外のものだった。


「はぁ?何でそーなんだよ。」

和気は首を傾げた。

「え?死んだから霊になったんじゃないの?」

「あー、そう言うことか…。
いや、俺は」

キーンコーンカーンコーン…

本当に、嫌なタイミングでチャイムは鳴る。

「やばっ次体育じゃん…!」

和気は弁当箱を持って走り出す。

「宵!行こ!」

「ほーい。」

和気は先に扉を通り屋内へと行った。
宵は後を追うように歩いて行き、後ろにいる6匹程の暗く澱んだアレらに吐き捨てて行く。

「悪ぃな。和気にお前らのことは言わねぇぜ。
あいつはもう俺のだ。」


***



体育の授業。
それはB組と合同で行われると和気は初めて知る。
だが自分のクラスにもB組にも知り合いはいない。
影も薄いから意識されることなどないと和気は察していた。


生徒達は体育館で整列する。
和気は一番後ろ。
少し後ろには床に座る宵がいた。

「なーなー。あいつなに?」

後ろにいたはずの宵が和気の側にやってきた。
そして指差す方を見てみれば、昼前に世話になった王子様キャラの生徒が立っていた。

「なにもないでしょ。」

(何かしてる様子でもないし。)

彼は只々先生の話を真面目に聞いていた。

「いや、なんつーか…」


和気は気にも留めなかったが宵はその生徒を見つめる。
すると、


目が合った。




「ははっ。」

宵は小さく笑い声を漏らす。その声は誰にも届いていない。
顎に手を置き見つめ返す。

(あいつも

_________こいつ側の人間か。)



宵は和気の隣にそっと寄る。
その瞬間、王子様の表情が一変した。

「うぉー。こっっわ。」

「ちょっと宵、静かにしてよ。」

和気のその言葉をきくこともなく、宵は少しばかり後ろに下がったかと思えば、

「和気ーーー!!!放課後また屋上なーーー!!!」

和気の肩がビクッと上がった。
そして宵への怒りを内に秘める。

宵のこの声を聞いているのは自分だけだと、
和気はそう思っていた。