君は〇〇霊─僕らの名と君の魂─

聞きたいことを聞いてもいいと言う許可が降りたとは言え和気は口を割りづらく、これといった話もしないまま靴箱のある玄関口へと辿り着いた。

「多分、ここから外に出たらいいってことだよね。」

歩き進める和気、そして背後にいる宵と土御門。

「はぁー長かったぁ〜。こんなデスゲームみてぇなのは懲り懲りだっ」

宵の言葉途中で途切れる。
足を止めた和気にぶつかったからだ。

「ん?どした?」

「______あれ…。」

宵は体を傾け、和気の指差す先を見る。
ゆっくりと宵の口が開いて、表情が変わる。

「___この世界に来てから陸番とは違う、変な気配があったんだ。」

「まさか、こんなに早く会えるなんて…。」

『私も同感。けれど、貴方達のお蔭で力が失われた。』

声がするのは目の前。
玄関の大きく開かれた扉の先にある、コンクリートに突き刺されたヒビ割れた石。
当然、ソレの正体にもう気付いている。

「力…?」

(そう言えばあの時… 『私にはまだ、力が残されているの。』って…。)

『そう。私は七不思議をまとめる怪異。七不思議の総力は私と等しい。』

「それが失われたから今ここに現れることができた、と。」

『ええ。土御門の子。』

土御門の片眉が跳ねた。
顔には出さないようにしているが、空気が動揺を誘っている。

『そして七不思議が崩壊しかけた今、やっと、貴方に返せるわ。』

和気の背後で足音が聞こえた。

『蘆屋の子。』

目の前を通り過ぎる宵の背を見つめる和気。
“返す”
それが何を指すのか、勿論和気は知らない。
七不思議から返してもらいたいものが、宵にとっては二つもあったのだ。

『私のせいで、本当に御免なさい。何を思われても妥当なこと。』

宵は校舎と外の境界線を跨ぎ、石をすぐ側で見下ろす。

「別に、俺がルールを守らなかったのは事実だ。俺にお前を責める権利はない。けど、返してくれんだよな。」

『勿論。ただ…』

「ただ?」

『和気の子よ、貴方に頼みたいの。』

「僕?」

己の顔を指差して頭を傾げる和気。

『私だけでは出来ないから、手伝って欲しいの。』

「僕じゃ駄目なのかな?」

和気を庇う様に入って来たのは土御門。
彼も石へと近付く。

『貴方は力が強すぎる。その前に私を祓ってしまうかも。』

「______君は七不思議。それも漆番だ。
力が失われているとはいえリスクが無いはずはない。」

『察しの通りよ。和気の子。貴方には私を、漆番の噂の様にして欲しいの。』

七不思議が漆番の噂。
それは願いを叶えると言うもの。
石を地面に突き刺すことによって。

「ってことは、僕が願えばいいってこと?」

『いいえ違うわ。もうそんな力はないもの。貴方には、私を、解き明かして…いや、殺して欲しいの。』

和気の口が開いて閉じてと繰り返す。

『私はこんなモノになる為に生まれた訳じゃない。
____ただ、一つ懸念が。
私の蓄えられた悪きモノが貴方に降り掛かる可能性が』

「それはねぇよ。」

宵の頭上を電灯が照らす。
影のないカレは堂々と宣言した。

「___よ」

「俺が保証する。和気。頼む。」

振り返った宵はいつにも増して真剣な顔。
漆番を解き明かせば、2人の関係は確実に変わる。
それを知っていても、カレの願いを断りたくはなかったようだ。

「分かった。」


両手を石に添える。
質感としては至って普通の石。
一つ違うのは纏う空気だけ。

「本当に、いいの?」

『勿論。この日をずっと待ち望んでいたわ。』

和気は重たい石を持ち上げる。
放っていた神々しさは感じられず、どこか喜びさえ感じる。
そして、悲しみも。

和気は石をコンクリートへと振り下ろす。

『ありがとう。人の子らよ。』

石は強く打ち付けられた。
瞬間、耳と目で石が完全に真っ二つに割れたのが分かる。
足の隙間からは白と黒の光が飛び出し、和気へと向かう。
ただ、それを視認するよりも前に白い光にだけ包まれた。
視界は真っ白。
何も見えなければ感じない。
ただ、誰かの声だけが聞こえた。

「こんな所に狐さん?」
「可愛い。」
「神の遣いって本当なのかなぁ。」
「また無視されちゃった。」
「何で私だけなんだろう。みんな一緒なら…。」
「私の名札取られちゃった。私も…」

『辛かったのね。しんどかったのね。』
『私はそばにいてあげることしかできないの…。』
『体が重たい。』
『動物の私はあの子を助けられない。』
『私はもう死んでしまう。せめてあの子の側に…。』
『あの…石に…。』

白い光はゆっくりと消えていく。

(そっか。そうだったんだ…。だからあなた達は…。)

白い光が過ぎ去り、現実へと引き戻される。
そして次に襲ってくるのは黒い光。
先程の白い光は和気に漆番の記憶を見せた。
と言うことは、

(これが、漆番の言ってたっ…!)

目を瞑り顔を腕で覆う。
だがいつまで経っても黒光は届かない。
薄らと目を開ければその光は何処にもない。
ボロボロとゆっくり落ちていく石があるだけ。

「ぇ…?」

和気の足元には見覚えのある黒い霊達。
宵が側にいる時はこのずっと張り付いていた黒い霊達も、そこら中にいる悪霊達もいなかった。
それが今、ここに姿を現しているのだ。

「あれ、何で…。」

「これは怪異でも悪霊でもねぇ。」

声がするのは左側の頭上。
黒いソレらはゆっくりと左へ向かって行く。

「こいつらがお前の側にい始めたのはお前の両親が死んだ時からだろ。」

「何で、知って…僕、そこまでは言ってな」

和気は顔を上げて宵を見る。
儚くて、今にも泣き出しそうな顔の宵を。

「お前の親は、救える命だった。あの事故現場に、俺もいたんだ。」

和気の肩が跳ねる。
そして和気の側にいた黒いモノたちが宵の身体を這って行き、肩に乗る。

「あの事故で本当は、お前は親と一緒に死ぬはずだったんだ。それを俺がこいつら、式神で助けた。黒いのはお前を助けた時に…あぁいや、その後もか。取り敢えず悪いのを吸収しちまってるからだ。」

そっぽを向いて、小声で

「陸番のは防げなかったけど…。それに、始めは俺も誰の式神か分かんなかったし。姿を変えてまでお前を守ろうとする理由も分かんなかった。」

と言ったのが聞こえた。
宵はしゃがみ、地面に尻をつける和気と目線を合わせる。
だが宵は和気の視線から逃げる。

「もし俺にちゃんと力があれば、お前の親も救えたはずだったのに。」

(あぁそっか。知りたくなかったけど、気付いちゃった。知っちゃった。最後の問題。宵が何て答えたのか。)

「そん時はそいつがお前を守護できる様になる頃よりも前だったから。」

宵が顎で和気の後ろを指す。
恐る恐る振り返れば、何度か目にした神衣を纏う女性。
彼女の正体も、もう察していた。
女性は優しく微笑んでから、宵の肩に乗る式神達を指差す。
式神の黒い体がゆっくりと白色に変わっていき、浄化されているのが伝わる。

「あんがとな。」

女性は何も言わず姿を消した。
白くなった式神達は宵の身体を降り、再び和気の元へとやって来る。

「照くん、覚えてるかな。伍番の件が片付いた後家に帰ってから、おじぃさんが言ってたでしょ?夕方に式神を送ったのは僕かって。」

和気は小さく頷いた。
そしてまた、この状況で何も知らないのは自分だけなのだとも痛感した。

「あれ、実は僕じゃなくて、」

「俺な。まだ力が残ってるのか確かめたかったから。」

宵は和気の頭の上に手を置いてくしゃくしゃと髪を揺さぶる。

「お前伍番の時まじで大変だったんだぞ。その式神が俺のだってバレて土御門が『僕のに変える〜』なんて駄々捏ね始め」

「黙れ。」

少し雑に扱われてるこの感覚も、今となっては少し懐かしい気もした。
最近は七不思議案件が立て続けにあったからだろうか。

「はははっ、はぁー…。そっか。宵。僕を助けてくれてありがとう。おかげで今、宵と一緒に居られる。」

喜びと安心、それを宵に与えようとする和気の笑み。
宵は瞳孔を開き、小さく笑う。
かと思えば何かを思い出したかの様に一気に暗い表情に移ろう。
ふと消えていく石を向いた。
それはまだ四分の一程の形が残っている。

「ねぇ宵。僕、まだ宵に聞きたいことがあるんだ。でも、先に聞かせて。

─────漆番が消えたら、宵はどうなるの?」

掠れた声で、確かに宵に伝えた。
和気は消え行く石を見つめるだけ。
宵を視界に入れるのが、正面から答えを突き付けられるのが怖かったのか。

「どうってこたぁねぇよ。在るべき場所に、帰るだけ。」

「それって…」

(もしかして、本当に、成仏して…この世界から…)

今までの宵の言葉がふと蘇る。
今までのカレの言葉。
自身は霊ではないと否定する言葉の数々。

「宵、結局君は…。
______宵?」

下のコンクリートを見つめていた和気は顔を上げて宵を見る。
カレは自身の手の平を見つめており、その手は粉雪の様に消えていく。

「宵っ?!」

和気は突き刺したはずの石へと顔を向ける。
だがそこにはもう何もない。

「やっと、返してくれたな。」

「待って!お願い!宵お願い!まだ逝かないでっ、まだだめだよ、まだ、もっと、一緒に…」

気にせず涙を溢れさす和気に反して、宵の表情は落ち着いていた。

「僕まだっ、宵のこと何も知らないっ、まだ聞きたいこと知りたいこと話したいこといっぱいあるのにっ…!」

和気は両膝をついたまま宵の手を掴もうとする。
しかしそれは触れることなく透き通る。

「なぁ和気。本当はさ、お前が俺に話しかけてくれたあの日から、お前のこと駒に使ってやろうと思ってたんだ。死んだとしても俺のせいじゃない、良い様にだけ使ってやろうって。」

「よい…?」

「けど、お前に惹かれてった。参番ん時に記憶を思い出すよりも前から。お前があの時助けたやつだって知らなくても、俺は…」

宵の身体はもう縦半分が既に消えており、原型は消え失せた。

「今そんなのどうだって良いよ、お願い。まだ、まだ駄目だよ。消えないで。何もしなくたっていいから、側にいて…。」

和気は気付いていないが、傍観する土御門の側には壱番と参番も立っていた。
眉間に皺を寄せ、彼ら2人の様子を憐んでいるかのような。

「お前にはもう名が戻った。だから俺の代わりなんてすぐできんだろ。その顔だし。」

「違うよ、違うよ…。僕にとって宵はもう、友達以上なんだよ…。宵の代わりなんて、誰もいな」

和気の額に冷たい感触が当たる。
それは紛れもない、宵の人差し指。

「時間がもうねぇから…。お前が知りたいことはお前が自分の目で見ろ。」

「何、言って…」

「ちゃんと寝ろよ。隈、できてんぞ。」

宵はそう言って和気の目元にその人差し指で触れる。
だがその指も
優しい笑みを浮かべて、カレは完全に消えた。
泣き喚く和気を残して。