君は〇〇霊─僕らの名と君の魂─

「あっ、あそこ。」

「ポンポン見つかんじゃん。」

廊下にある水道。
五つある蛇口の一番左端の下に金庫がはまっていた。

「なんかこう簡単に見つかるとスリルがねぇな。」

「そんなものいらないでしょ。」

引いた目をする土御門。
と言っても宵に対する温度はいつもと変わらず冷たい。

『回答者:
Q.あなたは今どこにいる?
1 学校
2 家
3 黄泉の国
4 その他』

分かりきった質問。
だから和気は背を向けなかった。
それを宵は許さなかったらしい。

「和気、後ろ向け。」

「え?でもこんな質問なら」

「和気。」

「……。」

宵の言う通りにしてから、金庫の開いた音が聞こえた。
そして、宵の苦笑も。

「_____はは。
なぁ、いいだろ。
まだ一個足りねぇけど、
もう思い出したわ。苗字。」

和気は振り返る。
その背は、宵が小さくなったように見せる。
どこか、消えてしまいそうで。

「思い出したって、でもまだ集めきれてないんじゃ」

「元から思い出せそうではあったんだよ。ただその引っ掛かりが解けただけだ。なぁ壱番。俺のはもういいだろ。」

『うーん。おにぃさんが望むなら別にいいけど…。
いいの?それだと、他の人からは分かんないままだよ。』

「だめ!」

声を発したのは和気だった。

宵は振り返って和気と目を合わせる。
虚な目で。

「だめだよ。宵。
宵からちゃんと、全部教えるって、約束したじゃん。」

和気は宵の両頬を挟み、顔を近付けた。

「僕との約束、破るの?」

宵の目が大きく開かれ、その瞳に和気を映す。

「僕は宵のこと、信じてる。」

宵に光が灯った。
口を開けて、閉じて、小さく口角を上げた。

「悪ぃ変なこと言った。そうだよな。」

宵は和気の両手に自分のを添えた。

「お前は、お前だけは俺のことを…」

「ん?なんて?」

宵が小さく呟いた言葉、それは和気には聞こえなかった。

(はぁ。どっちが依存なんだか。)

土御門の心の呟きは誰にも聞こえなかった。
宵は先程手に入れたカードを和気に見せて笑う。

「んじゃっ、次行こーぜ。」

見せたカードに書かれた文字は『や』。

「なぁ土御門、和気の名前って何文字だ?」

「____これは言っていいのかな。」

「別に壱番に禁止されてたわけじゃねぇからいいだろ。」

少しの躊躇いの後、土御門は口を開いた。

「三文字。」

「____そ。ならあと和気の分と俺の分入れて2つか。」

宵は足を動かし、それに二人も続いた。

「んじゃーこの調子でどんどん見つけて」

『みぃつけた』

再びあの声が聞こえる。
三人の体は硬直し、辺りを見渡す。
だが一向に姿は見つからない。

「どこだ。」

「声が聞こえたのに…」

土御門の視界に映ったのは、窓から伸びてくる巨大な手。
その手が向かう先は、

「和気くん!」

「…っ!」

和気を強く押す。
前屈みになった和気を宵が支えたが、その手は土御門を掴んでいた。

「くそっ。気味の悪い手だな…。」

土御門が必死に抵抗しても、その手は開かれない。

(縛られてて呪文も効果ないだろうし…どうすれば…)

『がぁう、ぃがう、
これじゃぁなぁぃ。』

「は?」

窓の奥から聞こえてくる陸番の声。
陸番の言葉が理解できない。

「大和くん!」

『これは、きらい。おまえ、きらい。
ぃんなに、すかれてぅ、おぁえ、きらい。』

土御門を掴んでいた手はゆっくりと解かれた。
呆気に取られる土御門を他所に、陸番の指は和気を指差す。

『おまえ、も、きらい。きらい。きらい。きらい。』

次に陸番が指さしたのは宵。
ただ、宵だけは何かが違ったよう。

『おぁえは………ふへへっ』

その手は宵へと向かって行く。
宵は支えていた和気の手を取り、

「走るぞ!」

その合図で三人は一斉に駆け抜ける。
背後から迫る陸番の魔の手から逃げるために。

「おい土御門、さっきみたいにできねぇのか!」

「僕にだって限界はある!このままだと力を消費する一方だ!」

「走って撒くしかねぇのかよ!」

「ぅわっ!!」

和気が急に止まり、宵は和気の手を離してしまった。
和気の右足が泥沼のような黒い液体に埋まっていた。

「なにっ、これ、出れなっ…。」

「和気!」

歯を食いしばり、土御門は陸番へと手を向ける。

「使うしかっ…」

土御門が呪文を唱えるより前に、彼等の前には金色に輝く光が生まれる。
和気はその光に懐かしさを感じる。

「あれは…」

光の中からは神衣を纏う美しい女性が。
彼女は陸番へと手を向けた。
その瞬間、陸番の動きが止まる。
女性は和気へと振り返り、優しい笑みを見せた。

「あの時の、」

肆番と対峙した時、和気の前に現れた女性。
彼女だった。
女性は、土御門と宵を一瞥してから消えて行く。
呆気に取られている状態を宵が打ち破った。

「今のうちにっ!」

いつの間にか消えた泥沼。
行く手を妨げるものは何も無い。
無我夢中に彼等は駆けて行った。

***

「はっ、はっ、」

「あいつ、もしかしてお前が前言ってた」

「うんっ、そうっ、やっぱ神様っ、なのかなっ、」

息を荒らした和気はゆっくりと顔を上げた。
そこには二年B組という札が掲げられており、

「戻って来ちゃったな…僕のクラスの、隣…」

「ねぇ、このクラスにも金庫ありそうじゃない?」

土御門が扉を開けてそう言った。
実際のところ、このゲームは和気と宵のゲームだ。
だからこそ、土御門のクラスであるB組に引かれる要素はない。
ただ、土御門ではなく、このB組はカレの教室でもあった。

「そうは思わない?落ちこぼれさん。」

「他の呼び方あんだろが。」

土御門は教室に入り、すぐに足を止めた。
扉を開けてすぐ左の机。
それに視線を落として。

「どうしたの?」

和気と宵も教室に入り、それを覗き見る。

「わぁお。」

「堂々と置いてんなぁ…。それも二つかよ。」

隣同士に並んで机の上に置かれた金庫。
宵は屈んで右側の金庫の文字を見る。

「どれどれ〜?」

『回答者:和気
Q.親について
1 好き
2 嫌い
3 無関心
4 その他』

「……。」

宵はそれを読みおえてもだんまり。
何も言い出せなかった。
肆番を解き明かしたあの日、和気から両親について聞かされていたからだ。

「_____別に、隠すようなことでもないよ。最後がこんな質問なんて、拍子抜けだなぁ。」

和気は平然と三のボタンを押した。
宵と土御門は追いつかずただ待っているだけ。

──────────カチャッ

「……そっちは?」

隣の金庫。
和気は変わらぬ様子で文字を見る。

『回答者:宵
Q.和気について
1 罪悪感
2 協力者
3 不信感
4 その他』

(なーんだ。僕のみたいに『好き』『嫌い』とか入ってたらよかったのに。けど、変わった選択肢だな…。)

これなら目を背けなくても構わないだろうと思い、和気は動かなかった。

「和気、後ろ見とけ。」

「え?」

後ろを見ろ、つまりはそういうこと。
驚きか、悲しみか、和気の頭の中は混乱に陥る。

(なんで…こんな質問の答えを、僕に隠すの。そう言えばさっきの質問も……)

和気は後ろを向いて宵に背を見せた。
脳内には先程見た一〜三の選択肢。

(どれも当てはまらない、と思ってるのは間違いなのかな。)

──────────カチャッ

「お?開いた開いた〜。和気もういいぞー。」

「_____うん。」

宵の前にある金庫を覗き見ても、その扉は大きく開かれており宵が何を選んだのかは分からなかった。
宵は和気の金庫を指さして、

「ん。」

カレの意思を汲み取った和気は一歩前に踏み出してその扉を開けた。

「『き』。あらき…?」

文字を組み合わせて自身の名を探そうとするもの心当たりがなく、脳内にて総当たりで探して行く。
和気の問いに答えようと土御門が口を開いたが、言葉を出したのは一歩遅かった。

「ちげぇだろ。

──────────あきら。じゃねぇの?」


「あきら…?」

その言葉を繰り返してから、土御門が和気の肩に手を置いた。

「うん。照らすって漢字の…照。
思い出せた?照くん。」

「あきら、照…。」

いつかに失われた記憶、その一部が蘇っていく。

『照くん一緒にお絵描きしよ〜。』
『照くんお父さん役ね。』
『照ー。夏休みの宿題終わった?』
『ここ見せてくんね?頼むよ照ー。』

そして、祖父の家へと流れ着いたあの日、

『よぉ来た。これからよろしくな、照。』

高校一年生というステージに立てた和気。
そんな彼の頭に優しく手を置いて迎え入れてくれた祖父。

「____そっか。そうなんだ。そうだった。
僕は、
────────和気照だった。」

撃ち抜かれたように綺麗に空いていた穴。
その隙間にピッタリ入ったピース。
自分のものにしてみれば和気は思わず乾笑いを溢す。

「はは、今思えば名前似合わないや。」

和気の呟く背後で、土御門は彼へと伝えたい言葉を飲み込んだ。

(僕は、君にぴったりだと思うのに…。)

手に持つ3枚のカードを眺めてから、和気はハッと思い出したかのように振り返った。

「宵は?苗字…。」

右手に『し』のカードを持つ宵。
宵はそれを二枚の真ん中に挟んで和気に見せ、自身の顔を隠した。
和気は並べられた文字を読んで目を丸くする。

「______もしかして…」

「あぁ。俺も、陰陽師の家系。」

宵の背後にある廊下側の窓に亀裂が走り、大きく開かれた手の平が現れる。
和気がカレを引こうと手を伸ばす。
その手が触れる前に宵は陸番の手へと振り向く。
和気の伸ばされた手は行き場を失い、宵を通り過ぎた。

「俺は蘆屋宵。蘆屋道満の子孫だ。」

宵は陸番へと自身の名を強い口調で言い放った。
陸番の手はピクッと動き動揺を見せた。
だが数秒もしないうちにその手が窓へと引っ込んで行く。

『ぁぅっ……ぁ…』

「陸番さん、もう終わり。負けだよー。負け負け〜。」
嘆く陸番に応えたのは教室の扉から姿を現した、

「壱番…。」

「初めから名前取ってたら良かったのにぃ〜。わざわざこのゲームを選んだのは陸番さんだよ?」

ぶくぶくと膨れ上がる手。
それを見て壱番は悪戯っ子の笑みをする。

「おめでとうおにぃさん達。生き残ったみたいで良かった。」

陸番に壱番の指先が触れた。
たちまち陸番の手が空気へと溶けていく。
呆然とそれを見つめる僕らへと壱番は振り返り、

「今度はボクとも遊んでね。おはじきとかさ。あっ、ボクお手玉得意なんだ!今度見せてあげるから持ってきてよ!」

「おはじきって…。」

「ジェネレーションギャップだ…。」

「ジェネ…なに?」

宵と和気の呟き。
そして壱番が分からないだろう聞き慣れない単語を疑問に思いつつ口にする。

「あいや何でもないよ。」

「そ?じゃぁ気を付けて帰ってねぇ〜。」

陸番はいつしか完全に姿を消しており、壱番は入って来た扉から廊下へ行こうとする。

「あっ、待って!」

「なに〜?」

「僕らはどうやって帰ればいいの?」

壱番は一度きょとんとした顔をして、直ぐに納得する。

「あ〜。おにぃさん達がこっちの世界に入って来た所に行けばいいよ。じゃあ〜ね〜!」

壱番は廊下へと出て、直ぐに左へと曲がる。
壱番を追って和気も廊下へと顔を出すが、そこには誰の姿も見当たらなかった。

「なら行こーぜ。」

後ろから歩いて来た宵が和気の肩二回叩いてから廊下を歩いて行く。
それに二人も続いて行く。

「おい和気。」

「ん?」

「何かあんなら言えよ。変に遠慮される方が気持ち悪ぃわ。」

そうは言われても、易々と口を開けることはしづらかった。
だからこそ生まれた沈黙。

「_____ったく…答えたくねぇことはそう言うから。」

いくら伺おうとしても前を歩く宵の表情は見えない。
それがある意味良かったのかも。

「_____蘆屋って…蘆屋道満ってさ、確か安倍晴明のライバルだったよね?」

宵と土御門が同時に頷く。

「そっか。何となく、分かった。」

(だから二人仲悪そうだったのかな…。)

和気が勘違いを起こしていることに、誰も気付けない、訂正できない。
それはライバルなんて関係ないとは。

(なら宵も陰陽師の家系ってことで…。)

「宵も大和くんみたいに何か術とか使えるの?」

「んーまぁまぁ。てかお前覚えてねぇの?前に土御門が……あ、いや…やっぱ何でもねぇわ。」

和気は首を傾げてから、ふと横を向いた。
窓に映る自分。
よりももっと遠くにいるだろうソレ。

「照くん?」

窓を見る和気の視線を土御門が右手で遮った。
声のする左へと和気は顔を向ける。

「その…今までの解き明かしてきた七不思議の過去を、僕は見てきた。けど、陸番、名取さんについては何も…何も知れなかったなって…。」

「ふーん。」

土御門は目を細めて、落ち込む和気を見下ろす。

(やっぱり、君は優しいね。)


宵の背を見てふと思った。

(もしこのまま、漆番も解き明かしたら…僕らの関係は…宵は……?)