君は〇〇霊─僕らの名と君の魂─

(やっぱり、いない、か……。)

少し先に見える校門。
そこに自分を待つ彼の姿はなかった。
和気の脳内には土御門の発した言葉が蘇る。

『徹夜明けってことだよ。』

和気は小さく「うーん」と唸った。

(霊にもそういうルールみたいなのがあるのかな。)

校門を潜ってから、背後に足音が響く。

「おはよー!」

女の声。
どうやら先にいる手を振った女子生徒の友達のよう。
だがしかし、その足音が横切る瞬間、和気はの右肩に衝撃が走った。

「わっ!」

すると、走りすぎたその女子生徒は前屈みに転けそうになった。
和気は立ち尽くしたまま。

「えなになにどうしたの?!」

「分かんない。誰かにぶつかった気がしたんだけど。」

「いや誰もいないじゃん。」

「そうなんだよねぇ。」

「まぁいいや。行こっ!」

学校玄関へと走って行く二人。
続々と校門からやってくる生徒達。
和気はその場から一歩も動かないでいた。
そして何人かとまた肩がぶつかる。

理解した瞬間、
和気の顔はみるみる恐怖に歪んでいく。
残された時間は、僅かのようだった。

***


「起立。礼。お願いします。」

「「「お願いします。」」」

1限の授業の始めの挨拶。
皆が言葉を終えてから席に腰を座らせる。
だが敢えて、和気は座らない。
一番後ろの席とは言え、気付く者は居るはずなのに。

「では前回の続きの九十八ページ開けてくださーい。」

「先生そこ前やりましたー。」

「え?!」

「次は百二ページからって言ってたじゃーん。」

「「「あはははは!」」」

楽しい
明るい
元気な
教室。
その中に溶け込めた自分。

そう、

『────────思いたかった?』

どこからか聞こえてきた声。
その声の源を探ろうと見渡しても、自分以外の椅子に座った生徒達しか見当たらない。

「____なに…だれ…?」


『ふへへ』


宵がいないせいで朝から和気の足元に蔓延っていた黒いアレらが和気の机の上と攀じ登る。
それらは黒板の方へと向き、歪な動きを見せる。
嫌悪感を抱いた和気は数歩下がる。
和気が転かした椅子の音が教室に響いた。
それなのに、誰も気付きはしない。

「ほんとに何なの、急に…」

和気の前に突如として現れた空中に浮かぶ鏡。
鏡は和気を映す。
怯え切った己の顔が視界に入った。

『ふへへ
ふへへへへ
待ってたよぉ』

鏡の真ん中にはヒビが入る。
そのヒビはみるみる大きくなり、その綻びを白い手が突き破る。

「……ッ!」

和気は立ち尽くしたまま。
その手は和気へと向かう。

和気が身構えると、机にいたソレらが大きな壁へと姿を成す。
質感の感じられない、無機質の黒い壁を。
だがその壁は、白い手を完全に阻むことは出来なかった。

壁を突き破って、その手は和気の顔を覆い隠そうとする。
その手が和気に触れる瞬間、
和気は指の隙間から見える、壁が再び形を成し、穴を埋めようとしている様子が見えた。

(だれかっ、たすけ)


***


「っん〜…んぁ?また屋上かよ。」

宵は背を伸ばし、天に昇る太陽を体で見上げる。
背中で感じるコンクリートの感触。
宵は右手の人差し指でコンクリートを撫でた。

「_____はぁーー」


──────────バンッ

「なんだ?!」

大きく吐き出した溜息。
それを遮る扉の音。
校内の暗闇から陽の当たる屋上へと現れた人影。

「んだよお前か。」

宵は眉に皺を寄せつつ目を細めた。

「悪かったって昨日は。俺だって校門まで送りたくはあったんだぜ?」

俯いて脱力し切ったかの様子の彼を、宵は怒っているのだと受け取った。
だが、彼に動きは見られない。

「おい和気?どうし」

和気は突然足を動かし、そのスピードは段々と増していく。
地面に座っていた宵は驚き、手をあたふたさせるだけ。

「はっ?!だからごめんって!」

和気は走ったまま、宵に飛びついた。
宵は体制を崩して再び横になる。

「いててて…」

見上げればそこには和気の顔が。
だが、どこか……

「おい和」

「ねぇ。宵は僕のこと、見えるよね。」

「はぁ?何言って」

和気の顔をよく見ると、確実にいつもの穏やかさはなかった。
瞳は何かが狂ったかのようにぐるぐると描かれ、顔色も悪い。

「_______和気、ほんとにどうし」

「僕の声聞こえるよね。
僕の匂い感じるよね。」

和気は両膝をついたまま、宵の両頬を両手で覆う。
そのまま顔を近付け、和気の荒い息遣いが感じられる。
このまま喰われるのではないか、そう思わされるほどに近い距離。
狂気じみた言葉。

「僕のこと考えてくれるよね。
僕のこと、理解してくれるよね。」

和気の鼻先が宵のに当たる。

「宵。宵。宵。
ねぇ。
僕のことだけ、考えてよ。____宵。」

突如として放たれた言葉。
そして、雑音となった、宵の苗字。

「なんっ、声。俺の、苗字、なんで…」

知るはずも無い宵の苗字を和気は口にしていた。
音は雑音となっても。

「何でお前が、知って…」

宵の瞳、そして口が震える。

「ねぇ、宵。

──────────僕を…」

「和気くん!」


屋上に響いた足音。
それと和気の名を呼ぶ声。

「土御門?!」

土御門は和気に覆い被されている宵を引っこ抜き、

「離れろ変態がっ!!」

軽々しく投げつけた。
転がされた宵は上体を起こし、

「どう見ても襲われてんの俺だろ!」

「はぁ……」

溜息を吐く土御門。
宵は立ち上がり、彼の元へと歩いて行く。
一方、和気は膝を地に付けたまま両手を宵を手繰り寄せるかのように動かす。
そんな和気を土御門は軽く止める。

「宵、宵。」

「_______なぁ、そいつ」

「取り憑かれてる。」

「多分、陸番だ。」

土御門は宵へと視線を移した。

「さっき、俺の苗字を言ってたから。」

「_____あぁ。そういうこと。
七不思議とは言え未遂で終わってるからまだ良かった。この程度なら簡単に祓える。」

「そうか…。」

宵は安心した声で呟く。
そんな宵に土御門は不敵にも笑った。

「てことで、祓ってあげなよ。君が。」

宵はゆっくりと目を大きくした。

「なに?
あぁもしかして、力が残ってないの?
それとも、
落ちこぼれさんにはできないのかな?」

なんて笑い混じりに言う。
宵は肯定も否定もできず、立ち尽くすだけ。
答えを待っても一向に出ず、土御門は再び溜息を吐いた。

「なんで和気くんは、こんなヤツを選んだの。
僕の方が絶対、力になれるのに。」

土御門は立ち上がり、宵の胸元を掴んで引き寄せた。

「お前もお前だ。
和気くんの隣にいられながら何してんの。
何の役にも立ってないじゃ無いか、なんなら足引っ張ってるんじゃないの?」

どれだけ睨んでも、土御門はびくともしない。
なんならどこか誇らしげにも見える。

宵が舌打ちをする。
その直後、和気の足元には先程壁となっていたはずの黒い怪異達が現れた。
その4体はゆっくりと表面積を増し、和気の体を包んでいく。
その様子に驚いたのは土御門。
だが彼はそれを止めようとしない。

「あ?何が足手纏いだよ。寝言は寝て言え。」

息を荒くしつつも、宵は苦し紛れに笑った。


***


「___おー目覚めたか。ったく、心配させやがって。」

「和気くん?!良かったぁ…。」

光を感じて開いた瞼。
視界に映るのは青空と二人の顔。

「あれ、僕…」

「さぁて、話してもらおうじゃねぇの。
何があった。」

未だはっきりとしない頭で、和気は口を開いた。

「確か…」

***

「ふぅーん。で、その手に顔掴まれた後の記憶は?」

「…ない。」

宵はしゃがみ、座る和気の肩に手を置いた。
微笑みながら和気の耳元に顔をやったかと思えば…

「_______はぁ?!
覚えてねぇの?!あーあ。悲しいなぁ〜!」

「えなに?!どういうこと?!」

和気は耳を塞ぎながら宵へと振り向く。

「俺にあーんなことしといてさっ。」

「なに?!僕は一体何したの?!」

「そんなっ、口では言えねぇよ。そんな破廉恥なコト…。」

「はぁ?!?!何恥ずかしがってんの!」

あんなことがあったにも関わらずじゃれ合う二人。
彼らの様子を土御門は傍観していた。
モヤモヤとする心を置いて、土御門は前に出た。

「和気くん。分かってると思うけど、君の存在が薄れてきてる。」

和気も一気に体の力が抜け、そこに立ち尽くした。

「うん。
まだ苗字は奪われてないみたいだけど、やっぱり、時間がないみたい。」

「何だ。良かったじゃねぇの。」

明らかにムッとした表情の和気。
和気は怒り口調で、

「何が良かったなの。」

「気長に待たずに済む。次陸番が来た時にケリをつけりゃあいい。」

「ちょっと、僕の苗字がかかってるんだよ。なんなら宵だって名前取られちゃうんじゃ」

「取られねぇよ。俺は、半端者だから。」


一際大きな風が吹いた。
気温や日光の強さに対して、冷たい風が。

和気と土御門の髪が揺れる様を、影は映している。
ただ、宵だけはその世界にいなかった。

***

「えっと…僕はいいとして、大和くんはいいの?授業。」

「僕の中での最優先は和気くんだから。」

「あーうん。そっか…。」

「きっしょ。ストーカーがよ。」

「消えたいのかな?」

彼らがいるのは中庭。
木々からは風で揺れる葉の音だけが聞こえる。

「確かに、宵が言った通り一石二鳥だね。陸番が現れるのを待つ間に漆番を探すの。」

「だろ。まじ俺ナイスアイデア。」

「はいはい。」

なんて適当に流しつつ、

(まだ調子に乗って…けど……
こっちの方が、似合ってるよ。)

宵にバレないように、小さく微笑んだ。
そしてふと、和気は眉を上げる。
見覚えのある景色が目に入った。 

「あっ、ここだよ。僕が漆番と会ったの。」

「ほーん。こんなところにぃー。」

宵はそのまま辺りを見渡す。
無論、もう見当たらないのだが。
宵が石を探す姿を見て、その石との会話が脳裏によぎる。

『貴方…。
そう…。
名を奪われたのね。
あの子のように。』

『私にはまだ、力が残されているの。
だからまだ、あの子に戻せない。』


疑問ばかりが生じたあの時。
無意識に口が動いてしまった。

「ねぇ、宵はさ、」

「ん?」

宵は顔を和気へと向ける。
何を聞かれるのかさっぱり分かっていない、何の気もないかのような表情で。

「漆番にも、何かっ」

和気は震える手で自身の口を塞ぐ。
一方状況が理解できていない宵は首を傾げた。


(何、言おうとしてんの。
待つって、宵から教えてくれるのを待つって決めたのに…。)

「和気?」

呼ばれた彼の意識は戻る。

「あっ、ぁあいやっ、えっと…ううん。何でもない。」

「_______そ。まぁいいや。取り敢えず探そうぜ。」

何も気にすることのない素振りを見せる宵。
そんな彼の様子に和気は安堵して彼の後を追い歩き出す。
ただ、
宵が胸元のシャツをぎゅっと掴んだ様子を、土御門は見ていた。


***


「なぁー。つまんねぇ。」

どれ程時間が経っただろうか。
彼等3人は延々と中庭を歩き回り、石を探してきた。
和気と土御門は投げやり気味になった宵へと視線を移す。
それを感じ取った宵は、

「だって何も起こんねぇじゃん!陸番は来ねぇし漆番も見つかんねぇし…。」

「駄々っ子が。」

顔を顰めた和気の代わりに口を開いたのは土御門。
おそらく和気の言いたい事と等しかったのだろう。

キーンコーンカーンコーン…

「あ、チャイムだ。」

土御門は思い出したような表情をして、和気の肩を人差し指で叩く。

「終学活、一応行っとかない?もしかしたら出席確認とかもあるかもしれないし。」

「そうだね。行こっか。」

歩いてきた道を戻り、3人は靴箱のある正面玄関へと入る。
校舎の中に入ると、外よりも涼しい風が後ろから吹いてきた。
その風が止む頃には、
彼等はその場から忽然と姿を消した。
「ちゃんちゃかちゃ〜ん!
嬉しい?嬉しいでしょ!ボクにまた会えて!ふふっ!」



「「「──────────は?」」」


蛍光灯が点滅し、再び灯りを灯す。
夏のはずの辺りの空気は一気に冷たく感じた。
太陽が一瞬にして沈んだようだった。

「えっ、夜?!」

「何でお前が此処にいんだよ。お前は昼の学校には現れないはずじゃなかったのか。壱番。」

「ふふんっ。」

何故か誇らしげに声を漏らす。
壱番の袴の色はより深い、漆黒へと染まっていた。

「そうだね。けどボクら七不思議はね、自分よりも数字が高い番にはど〜んな理由があっても、逆らえないの。」

地震のような揺れが起きる。
崩れた和気の体を宵が支えた。
支えてくれた宵に包まれるがまま、和気は体を宵の胸へと預ける。

「でも良かったじゃん。取り返せるチャンスだよ。」

壱番は下駄で遊びながらそう言う。
和気は震える目で壱番を見つめた。

「んじゃ!ルール説明をしてあげる!」

「ルール説明?」

「ん。今からおにぃさん達にはゲームをしてもらうよ。なんと!勝った暁には自分の名をゲット!」

「裏が分かりやすいけど、一応聞いとくね。
負けたらどうなるの?」

「さぁ〜。陸番さんが望む結果、ってことだけ。」

和気は思い出す。
先日、この壱番が言っていた言葉を。

『陸番さんは“近い子”を取り込むために現れて、名を奪う。名前の通りでしょ〜?『名取さん』って。』

(名前を奪う…本当にそれだけなの…?名取さんの目的って…。)

今そんなことを考えている場合ではない、そう思い和気は頭を軽く横に振って、

「______ゲームっていうのは?」

「この学校にある文字の書かれたカードを見つけて、その文字を並べ替えるんだ。そしたら、名を取り戻せる。勿論、そんな悠長に待ってあげられないけどね。陸番さんから逃げながらだよ。」

「ほーん。なんとなく分かった。」

「ちょっと待って。」

それまで黙っていた土御門が口を開く。
彼は手を挙げてその場を制した。

「僕も参加なの?僕は名を奪われていないんだけど。」

「あー…確かに、考えてなかったや。でもどうしよっか。もうこっち側に呼んじゃったし……。」

宵は和気を抱きしめたまま首を傾げ、かと思えば急にニヤニヤし始めた。
そんな彼に和気は引き気味になっているが、そんな事宵は気付かない。

「なに?お前1人だけ帰ろっての?和気もいんのに?
ふ〜ん…んまっ!俺は別にいいけどぉ〜?」

嬉しそうに浮かれ始めた宵。
いつものように土御門も嫌な顔をする、ことはなかった。
当たって落ち着いた顔で、和気へと視線だけを馳せた。
和気は口に手を当てて考えている様子。

「そっか、大和くんは名を取られてないし、ここにいる必要なんてないんだ…。
ごめんね、大和くん。巻き込んじゃって。」

土御門はゆっくりと口を開け、何も発する事なく再び閉じる。


『そんな顔で、そんなこと、言わないでよ。』


「けど、」

和気は言葉を続かせた。
宵に巻かれている腕をそっと振り解き、土御門へと体を向けた。

「正直に言うと、僕は、
大和くんも一緒にいてほしいな。」

土御門は一瞬だけ、瞳孔を揺らす。
それから瞬きをして、普段と変わらない笑顔を取り戻した。

「和気くんがそう言うなら、ここにいるよ。」

「えっ?!いいの?!嬉しい、ありがと!」

和気の喜びに満ちた顔を見て、土御門も同じ表情をした。
そんな彼らをよそに宵は誰にも聞こえないよう、小さく呟いた。

「いやらしい奴め。」

***

「じゃ、メンバーに変更はなしね。」

壱番は手を合わせて目を瞑る。
そして片目を開けて、

「あっ、あと言い忘れてたけど制限時間はないよ。」

宵が腕を上に上げて背伸びをする。

「俺たちが名を取り戻すか、陸番に捕まるかの2択か。」

「うんうん。そろそろ始めていいー?陸番さんにボクが怒られちゃう。」

和気は宵と土御門へと視線を送り、2人の頷きを得た。

「_______いいよ。」

答えを受け取った壱番はニンマリと笑顔を作る。

「ふふっ。じゃあ始めよう。
名を取り戻すがため、最恐の七不思議から逃げるがいい!」

壱番は天を見上げて腕を広げた。
そして子供らしい無邪気な声で大きく言い放つ。

「鬼ごっこのぉ〜はじまりはじまりぃ〜!」

『ふへへ』

校内に響いた気味の悪い声。
それが、このゲームの始まりの合図だった。