君は〇〇霊─僕らの名前と君の魂─



「ふははは!」
「水浸しじゃん!」
「ほら汚いものは洗わないとー!」


回らない頭で、水によって俯いた顔を上げた。
目の前には昔の制服を纏った3人ほどの女子生徒。
高笑いで自分の座る席の前にいた。
髪から水が滴る。
そして脚にも。

(____スカート…?)

和気が履いているのはズボンではない。
スカートだった。

(もしかして、これが伍番の世界?)

和気は目の前にいる長髪の生徒をチラッと見た。
その視線に気付いた女子生徒は、

「チッ、何見てんだよっ!」

和気の左頬を平手打ちした。
その部分が赤くなる。
和気はひしひしと感じる。

(_______痛い?)

確かに、痛みが感じた。
現実かと疑ってしまう程に。

「さいあくぅー。手濡れちゃった。」
「きったなぁーい。」

視線を周囲に向けた。
彼らは和気を笑っていた。
学校の古い音でチャイムが鳴る。
それでも、誰も動かない。
和気を見て笑うだけ。

「部屋の湿気高いねー。」
「何でだろーねー。」

笑い混じりにそんなことを言っておいて、視線は和気に注ぐ。

(何だか、似てる。)

和気の脳内には弍番と対峙した時の記憶が蘇る。
弍番が描いたあの目。三日月の瞳。
生徒達の光瞳と、似ていた。

「あっ先生来る。」
「帰ろ帰ろー。」
「手消毒したいんだけど。」
「いや部屋を消毒しないとー。」

扉が開いて、若い男の先生が入ってくる。
視線を和気に向けてから、直ぐに戻した。

「はい起立。」
「知らんぷりしてんじゃん。」
「かわいそおー。」
「思ってないくせにぃ。」

「気をつけー礼。」

礼をした瞬間、和気は気付いた。
机に書かれた言葉の数々。
黒と赤のマジックで書かれただろう人を貶す文字。

(現実じゃない。僕に対してじゃない。分かってる。でも…。)

他の生徒達が取り出している数学の教科書を漁ろうと机の中に手を入れた。
中にはくしゃくしゃにされた紙やゴミが入っていた。
けれども教科書を探そうと手を動かす。
何か気持ちの悪い感触が走った。

「ぃっ!」

手を引いて、机から出した。
手に何かが付いたまま。
視線を手に付いたそれに移す。

「ひっ…!」

それを振り払って床に落とす。
和気は椅子をガタッと鳴らして立ち、引いた。
皆の視線が和気に集まる。
だが、そんなこと和気は気にしてなんていられなかった。
床では奇妙に動く緑色の芋虫が。
顔を顰める和気を生徒達が見て笑う。
教師もそれを見て、

「静かにしろ。畠中。」

立ち上がり椅子に腰掛ける。
右を向けば窓があり、そこには廊下の景色と共に、
和気の魂が宿る身体が映った。
女性ものの制服を纏った見知らぬ顔の男子生徒。
そこで、漸く理解した。
自分は自分じゃなくなったと。
別人になったと。

(この身体が、七不思議伍番…?畠中?)

そしてふと、土御門の発言が脳裏を過った。

『伍番に会えるまで戻って来れないなんて言われてるけど…』

(そうだ、この学校にいる。
伍番を…畠中というこの人を探さないといけないんだ。)

和気は再び、鏡に映る自分の姿を見つめる。

(見覚えが……。)

***

何もできなかった社会の授業が終わり、生徒達が騒ぎ始める。
そして先程の3人の女子生徒が立ち上がり、こちらへと向かおうとしているのが見えた。
気味の悪い笑みを浮かべて。

(やばいっ…!)

和気は立ち上がり、直ぐ隣にある扉から教室を去った。
皆んなが和気を観察する中、和気はその中を潜って行く。
この身体の持ち主を探して。
廊下にいる生徒達の視線と笑いを受けながら、和気は走る。

走れば揺れるスカート。
スースーと感じる足。
男性にしては長い髪。

生徒たちが自分を笑っているのが何故か、
この魂の持ち主がどんな人か、
何となくだけれども察してしまう。

廊下を走り、
階段を登り、
教室を見渡す。

それでも、この身体の持ち主は現れない。
必死に探し回っている中、

キーンコーンカーンコーン

チャイムが響き渡る。
だが、和気はそんなこと気にせずに走っていた。

…ーンコーン

・・・・・・

「_____え?」

チャイムが鳴り終わった後、
和気の身体、と言うよりは意識の方が正しいだろうか。

元のクラス、元の椅子に座っていた。
そして再び始まるのは地獄の授業。

消しカスを投げられ、
暴言が綴られたくしゃくしゃの紙を投げられ、
笑われ。
今までも一人ではあったし、霊達に苦しめられていたが、このように虐められることはなかった。

そして気付いたことが一つ。

「であるから、社会のテストではここが_____」

(……同じ、社会の授業。)

授業の教科は社会。
そして内容も先程と全く同じ。
同じことを繰り返していた。

(肆番と同じ、ループだ。)

和気は立ち上がり、再び廊下を駆けていく。
今回は先程回った場所とは違う所へ。

(つまり僕は、
この10分だけの休憩時間で伍番を探さなきゃいけないんだ…!)

和気は学校の中を駆け回る。
嘲る目。
訝しげな目。
忌み嫌う目。
色んな視線を受けながら、
校内に大きな足音を響かせる。

もしもここから出られなかったら、
これを繰り返したらどうなるのか、
いつまでも伍番を見つけられなかったら、
伍番はそもそもいなかったら、
色んな思いが和気を焦らせ、恐怖へと導いていく。

(そもそも、僕の目的は陸番なんだし、
こんな怖い想いしなくたって…。)

和気の脳内に過るのはあの日から側にいて支えてくれた彼だった。
和気は頭を横に振る。
雑念を払うために。

「ここも、ここもいない…
どこにいるの、七不思議伍番…」

キーンコー…
ーンコーン

目を開ければ、
やはりここ。

(やっぱループに陥ってる…。)

授業中、和気は次の10分でどこに行くべきかを考えていた。
そしてチャイムが鳴ったと同時に走り出し、見つけることなく戻される。

それを何度も、
何度も、
何度も、
繰り返す。

10回ほど繰り返した後の授業、

(もう他に見てない場所なんてないんじゃ…。もしかして校舎の外…?いや、それはない、気がする…。この授業が終わったら次はトイレ探しに行こうか、な……)

和気はふと思い付く。
何故今までそう考えなかったのだろうか。
この授業が終わったら?
そんなこと構わなくたっていいじゃないか。
ここ和気の世界ではないのだから。

和気は立ち上がり、

「せんせ……」

一斉にその教室の者達が和気に顔を向ける。
目の前にいる生徒も、体を動かさず頭を180度回転させて。
全員が人間離れした動きで和気を見る。

「_____え…

───────────────いぃったっ…!」

鉄パイプで殴られたかのような衝撃が和気の頭に響いた。
ガンガンと鳴る頭を抑えてもそれは消えない。
数秒後、落ち着いてきたと思い
頭を上げれば、

「_____なんで…。」

和気は椅子に着席している。
向けられた無数の顔も元に戻っている。
先程の出来事が、無かったかのように。


─────────────バリッ


何処からか聞こえてきた、ガラスが割れるような音。
嫌な気がしつつ、恐る恐る割れた方向を見る。
それは運動場が見える窓。
だが割れたのは窓では無かった。
世界だ。

「________なに、あれ…。」

運動場、そしてその先の景色がまるで大きな怪獣に喰われたかのように、真っ白になっていた。
そしてその引きちぎられた部分が、ゆっくりと侵食されていた。

その瞬間、和気の背に悪寒が走る。

(だめだ。だめだ。)

「だめだめだめだめだめだめだめだめだめ!」

周囲の視線は再び和気に。
そして頭に……

「うっ、ぃっ………。」

和気は顔を上げる。
そして、また同じだった。

***

「っはっ、はっ、はっ、いぃっ…!」

廊下の真ん中、和気は勢いよく地面へと倒れ込む。
手を付けて立ちあがろうとする。

「あははは!廊下にゴミあんだけどー。」
「掃除ちゃんとしてくんないとさー。」

その声のする方を見れば、後ろの男子生徒。
そして態とらしく前に出された足。

「きっも。」
「こっち見んなよ。」

「うっ、やめっ、!」

頭に重みがかかり、廊下に強く打つ。
和気の様を側で笑っていた他の男子生徒の靴が、頭上にある。

「男のくせにそんなもん履いてんじゃねぇよ。」
「普通んなもん男は履かねぇの。」

その生徒は足で和気頭を地面に擦り付ける。

(早く、早く、早くっ、

──────────────鳴って…!)


キーンコーンカーンコーン…



「もう…………ぃたい。」

何度も繰り返したループの中、
椅子に座っていた和気は咄嗟に口を手で押さえる。
どこからともなく漏れ出た言葉。
確かに自分の口から出てしまった。
その言葉。
遂に自分にも、世界にも、限界が近づいて来たのだろうかと思い、教室の半分まで喰われた景色を横目で見つめた。

(最後に、会いたかった、聞きたかったな。)

「─────宵。」



ゆっくりと目が開かれた。
それと同時になるのは学校のチャイム。
和気は毎度のように立ち上がり、廊下へと走り出す。
今回は目的地を確かに持って。
周囲の声も、足の感覚も、何も今までと変わらない。
なのに何故、

──────────バタンッ

こんなにも、期待を抱けているのだろう。

「やっと、会えた…。」

「_______驚いた。よく屋上だって気付いたね。」

そこに立つのは、白い世界を見下ろす和気。
淀んだ瞳でこちらを見据えた。
顔は自分のだというのに、魂が違えばこんなにも別人に見えるのだと感じる。

「あなたが、畠中さん…?」

「うん。
七不思議なんかになっちゃったけどね。」

和気は彼の元へと歩いて行く。
彼は柔らかい笑みを浮かべた。

「僕を探し出せたのは君が初めてだよ。」

「_____このまま僕があなたを見つけられなかったら、どうなっていたんですか。」

「嫌な想像はしない方がいい。
それより良いことを考えてよ。
って言っても、こんな状況でそんなこと考えらんないか。」

「僕はこの世界から出たい。お願い。
元の世界に返して。」

その時、あの音が鳴る。

キーンコーン…

『また戻される』そう恐れてしまいそうだが、何故だか和気にはそうは思えなかった。
案の定、音は途中で止んだ。
その間も和気は彼を見つめていた。

「七不思議にとってはね、
自分たちの力を破られることは、
僕らの力が奪われる事と同義なんだ。」

「つまり、僕が」

「そう。けど別に、僕は七不思議なんて座に執着してない。僕はただ、知って欲しかったんだ。僕のことを。」

彼の視線が向かっている、侵食されて行く世界を和気も目で追った。

「そんなちっぽけなことで悪い怪異にまでなっちゃったけどね。」

目を瞑って笑ったように見せかける。
彼は和気、ではなく、和気の後ろを指差した。

「そこの扉をもう一度開けて。そしたら帰れるよ。
じゃあね。ばいばい。」

やけにあっさり切り出された別れの言葉。
和気は後ろを振り返ることはしない。
ただ、ボロボロになったように見える自身の身体、その中にいる畠中という人を見据える。

「辛かったよ。皆んなの標的にされて。」

和気は身体の前で両手を組む。
手には力が込められていた。

「別に、誰かに危害を加えたわけでもないのに。」

和気は下を俯いて、下半身に纏っているその服を指先で触る。

「このスカートが気に触るらしいね。

──────────可愛いのに。」

畠中の瞳が、静かに揺らぐ。
その中に、少しばかり光が灯った。

「わっ、分かるでしょ。男なのにそんなもの履いてるからだよ。冷やかしなら早く出て行っ」

「何で無理して早く帰そうとするの。」

払いのける動作をした畠中の手が止まり、下ろされる。
一度開かれた彼の口はすぐ閉じて、もう一度ゆっくりと開いた。

「分かっちゃうんだ。
本当に、君には驚かされるよ。」

どこか、諦めたかのような顔に変わっていた。

「僕はこの苦しみを知って欲しかった。けど、誰かの存在を犠牲にしてまで知って欲しかった訳じゃない。僕だって、もう嫌なんだ。それに、君には帰る場所があるんでしょ?君をここに繋ぎ止めたくはない。」

畠中はもう一度その扉を指さした。
彼の言いたい事を汲み取った和気は頷く。

「分かった。」

体の向きを変え、彼の望むまま歩き出す。

「待って。
どうして、屋上だって気付いたの。」

足を止めてから、

「たまたま思い出しただけだよ。僕の大切な人との秘密基地みたいなものなんだ。」

再び歩き出した。
その扉の取手に手をかけてゆっくりと回す。
だが、その扉をまだ開けなかった。

「ねぇ、そんなよそよそしくしないで。
初めて会ったわけでもないんだからさ。」

和気は振り返る。
親しい間柄の人にしか見せないような、柔らかくも自然な表情で。
そして、和気の目の前には本当の姿の彼が。
そして自身の身体も元に戻っている事が分かる。

「それも、気付いたんだ。」

忘れられたと思っていた人が、ちゃんと自分を覚えていてくれたような、そんな表情。
それでも、彼らの対話は長くは続かなかった。

──────────バリッ バリバリッ


世界に再び割れ目が入り、屋上の半分までもが飲み込まれる。
凄まじい勢いで侵食して行く白い世界。
そして屋上の地は全面白い雲に覆われた。
より白く濃い、狂気きじみたそれが和気へと向かって行く。

「早く行って!早く!」

和気は決断の瞳で、扉を開けた。
扉からは吸い込まれるかのように風が吹いており、和気もそのまま引き寄せられる。
真っ黒なその先に和気は片足を乗せると、

「できたらで良いから、また屋上に来て。
あの時間に。
…僕に……!」

最後まで言い切れなかった。
なぜなら彼の身体は丁度縦半分に侵食されたから。
それでも、和気は畠中の思いを受け取った。

「もちろん!けど、」

和気は声を荒げる。
もう身体の少ししか残っていない彼に届くように。

「僕の前でくらい、取り繕わないでっ。
ありのままで、“私”って言ってよ!」

顔は半分しか見えない。
それでも、

「_____っ…うん…!」

可愛らしいその笑顔は和気の瞳に映った。