休み明けの月曜日。
いつにも増して意識が朧げだった。
和気は背を伸ばして、その重たい足で校門を跨ぐ。
そこにはいなかった。
今までは校門で出迎えてくれていたのに。
「よい。」
誰も聞いていない。
小さな声で呟いた。
学校に入れば今までと同じように視界には黒く澱んだ生き物達が蔓延る。
和気は下を向いて、耳を抑えた。
(約束…したじゃんか。)
***
それからは静かな授業を受けて、
静かな休憩時間を経て、
寂しい昼休みになった。
弁当箱を持って屋上へと登って行く。
恐る恐る扉を開けた。
そこには、
──────────誰もいない。
「_______はぁ…。」
和気自身、淡い期待を抱いていた。
ここでなら、カレに会えるのではないかと。
「よい…。」
「─────ん?」
視界に映るのはその声の持ち主の顔。
数センチ程の距離で、目の前には横向きにカレの顔。
和気は目を点にする。
和気の開いた口が閉じない。
数秒その沈黙が流れた後、
「_______よっ…ぃ…?」
「おう。」
宵は何でもないかのような顔でそこにいた。
「______おはよ?」
「はよ。」
(・・・・・・ん?)
「え、宵?」
「宵。」
宵は自分の体を真っ直ぐに起こし、地面に足をつける。
「ほんとのほんとに?」
首の後ろに手を置いて、めんどくさそうな顔をする。
「だぁからそうだっ」
「よい!」
宵の言葉を終わるの待たずに、
和気は宵へと飛びついた。
「うわっ」
「会いたかった…!よいっ、よいっ!」
和気は顔を宵の胸に埋める。
「ごめん、ごめん…嫌だったのに、責めるみたいにいっぱい言って…ごめん…。」
和気の頭に優しい感触がした。
宵はゆっくりとその頭を撫でる。
「いや、いいよ。俺も、その…
お前にずっと隠してたし……。悪かった。」
宵は手を止めて、和気の肩に自分の頭を擦り付けた。
震える声で、はっきりと伝える。
「ちゃんと話すから。待って欲しい。
お前にはちゃんと、言わなきゃなんねぇから。」
和気はまた頭に疑問を浮かべる。
それでも、今回は責め立てるようなことは全くしない。
***
「ってことで、次に向かいますのは七不思議が伍番でございます。」
いつもの屋上のベンチ。
そこに腰掛けている二人。
宵は指5本立てて、和気に見せる。
「ほうほうそれは?」
「乗っかんのかよ。」
笑い混じりにつっこみ、宵は天を見上げて記憶を辿る。
「『廃れたD組の椅子』
3年の教室の上の階に昔使われてた教室があんだ。そのD組の教室にその椅子はある。」
「あー。確かにあったね。あの階誰も行かないんじゃないかな。何もないし。」
「そ。けど人気がないってことはそれに比例してより厄介な霊がいんだよ。人気のない神社に行ったらダメっつーのと一緒。」
「あー!」
宵は和気お弁当の中にある卵焼きをつまみ食いし、嘆く和気の額にデコピンを打った。
「今日の放課後、行くぞ!」
「______はぁ…はぁーい。」
二人はいつも通りに戻れた。
和気を振り回す宵。
宵に振り回される和気。
この関係が、二人にとって案外心地良いものだった。
***
その日の授業終わり。
人気のない廊下を学校の王子様が歩いていた。
いつもなら騒がれる存在であるが、その廊下に人はいない。
黒い霊や怪異は他の廊下よりも蔓延っているのに。
王子は3年D組と、掠れた文字で書かれた札を確認した。
そしてその教室の扉に手を掛けた。
息を吸って、ゆっくり吐く。
緊張のあまり表情が固くなる。
(彼と会う前は、いつもこうなっちゃうな。)
王子は自分の頬に手を当てて顔を揉む。
目を見開き、その扉の先にあるであろう人物を思い出し、扉を開けた。
「やぁ、和気くん。」
「えっ?!大和くん?!」
「ゲッ。」
「ちょっと宵!」
彼を見ると土御門の表情は自然と和らぐ。
和気が自身のクラスで座る席と同じ席。
そこに和気は腰掛けており、霊が和気の肩に手を置いていた。
「なんで下劣な霊が和気くんの側にまだいるの?」
「んなの俺の勝手だろ。俺達に口挟んでんじゃねぇよ。」
そう言宵は和気の背後から和気の肩を抱擁する。
「チッ」と舌打ちをした土御門は強い足音を立てて二人の元へと歩いてきた。
「もうそろそろ君の役目も御免じゃない?」
宵の体がピクッと揺れた。
それに和気も気付く。
「このままじゃ陸番から取り返せないでしょ?なんならもう一つのその“宵”って名前も取られちゃうね。」
土御門は宵の腕を和気から払い除け、手首を掴んで持ち上げる。
和気からは見えない宵の表情を、土御門はしっかりと見やる。
「ほんと、滑稽だね。」
土御門は軽く一笑する。
「いっそのこと、僕がお前を消しンムッ」
土御門の言葉は封じられた。
和気の右手によって。
「やっ、大和くん。もう、黙って。」
和気が土御門のその見開かれた瞳を真っ直ぐに見つめる。
驚いたのは土御門だけではない。
彼に掴まれている宵もだった。
土御門は手の力を緩めて下ろした。
だが、和気の土御門の口を塞ぐ手は下りなかった。
数秒の沈黙。
それにたえかねたのは、、
「あーもー!いいって、和気。惨めな片想いでもさせてやろうぜ。」
「なっ…!」
「え?」
和気は宵へと振り返り、その手を離した。
「かっ、かかか____もいなんて…!勝手なこと言うなよ霊ごときがっ!」
「はいはいそうでちゅねー。」
「はっ、はぁっ?!」
会話に置いていかれる和気。
その手を宵が掴んで引き寄せた。
「んで、
結局何しに来たんだよ。つか何でここにいるって分かった?」
土御門のあたふたしていた手は止まり、肩の力を抜く。
目を閉じて、再び開眼する。
「和気くんのことなら何だって分かるよ。
それに、流れ的に伍番に行こうとしてることなんて直ぐに察した。」
土御門は視線だけを和気に送る。
それを受けた和気も構えた。
「伍番はあまりにも危険だ。陸番の次に。リスクが大きすぎるんだ。」
土御門の視線は宵へと注がれる。
その棘が張り巡らされたような鋭い視線を。
「どうせ、君の目的は陸番と漆番なんだから。」
宵の眉はみるみる皺を作っていく。
土御門に迫られた時の宵は、いつもこんな表情をしていた。
和気は宵の表情をチラッと見て、カレと似た表情に変わってしまった。
(あーもう…!)
和気は宵から離れ、土御門へと近付く。
彼の胸に握り拳で軽くドンドンと叩き、上目遣いで土御門の顔を睨む。
「大和くんも変なこと言わないでよ!
僕は宵から直接聞くまで待ってるから…!」
怒りで顔が赤くなった和気。
彼なりに怒っているつもりでも、その様子は土御門には効果がなかったようだ。
(わっ、わぁぁぁー!わっわぁぁ!!
かっ、かぁっ……!)
土御門の瞳にはピンク色のハートが浮かび揺れる。
それでも、彼の前だからか平然を取り繕う。
「______ご、めん…。」
必死にその感情を抑えて口にした。
だが和気はそんなこと知る由もない。
(大和くんの口からはたくさんの宵への疑問が出てくる。それでも、、)
和気は宵へと振り返る。
首を傾げる宵。
もう既に和気は、決断出来ていた。
『キーンコーンカーンコーン
5時です
キーンコーン……』
3人は同時に窓を見る。
日が沈みかけた夕方。
大きな太陽が赤々と光を放つ。
その赤い丸の上を2羽の烏が過ぎ去る。
美しく見え、不気味でもあるような、そんな景色。
「伍番に会いにいくなら早くした方がいい。壱番が鍵を開けてくれるだろうけど、時間が経てば霊達が活発になる。」
土御門は廊下へと視線を送る。
和気と宵もそれに続いた。
窓越しに見えるのは黒い塊達。
それらがゆっくりと動いていた。
「_____その、伍番に会える椅子に座ったら、僕はどうなるの?」
「簡単に言うと意識が異世界に飛ばされる、らしい。噂だけど、七不思議にとって噂は事実に近い。伍番に会えるまで戻って来れないなんて言われてるけど…
覚悟はしておいて。」
和気の首筋に汗が伝う。
「安心しろって。お前の身体は俺が護っといてやっから。」
1脚ずつ椅子に座っていく和気の側で、宵は自信満々にそう言い放つ。
そんな宵に、土御門は怪訝な目をする。
「いや。僕が結界を張っておくよ。破られても僕が、和気くんを護る。」
「寝言は寝て言えよ。こいつの相棒は俺なんだよ。黙って引っ込んでろ。」
「あははー…。」
和気はまた、椅子を引く。
目の前で睨み合う二人に笑いつつ、
「二人とも、ありが」
バシャーーーーー
椅子に座った瞬間、
自身の身体に冷たい水が掛かった。
「──────────ぇ?」
いつにも増して意識が朧げだった。
和気は背を伸ばして、その重たい足で校門を跨ぐ。
そこにはいなかった。
今までは校門で出迎えてくれていたのに。
「よい。」
誰も聞いていない。
小さな声で呟いた。
学校に入れば今までと同じように視界には黒く澱んだ生き物達が蔓延る。
和気は下を向いて、耳を抑えた。
(約束…したじゃんか。)
***
それからは静かな授業を受けて、
静かな休憩時間を経て、
寂しい昼休みになった。
弁当箱を持って屋上へと登って行く。
恐る恐る扉を開けた。
そこには、
──────────誰もいない。
「_______はぁ…。」
和気自身、淡い期待を抱いていた。
ここでなら、カレに会えるのではないかと。
「よい…。」
「─────ん?」
視界に映るのはその声の持ち主の顔。
数センチ程の距離で、目の前には横向きにカレの顔。
和気は目を点にする。
和気の開いた口が閉じない。
数秒その沈黙が流れた後、
「_______よっ…ぃ…?」
「おう。」
宵は何でもないかのような顔でそこにいた。
「______おはよ?」
「はよ。」
(・・・・・・ん?)
「え、宵?」
「宵。」
宵は自分の体を真っ直ぐに起こし、地面に足をつける。
「ほんとのほんとに?」
首の後ろに手を置いて、めんどくさそうな顔をする。
「だぁからそうだっ」
「よい!」
宵の言葉を終わるの待たずに、
和気は宵へと飛びついた。
「うわっ」
「会いたかった…!よいっ、よいっ!」
和気は顔を宵の胸に埋める。
「ごめん、ごめん…嫌だったのに、責めるみたいにいっぱい言って…ごめん…。」
和気の頭に優しい感触がした。
宵はゆっくりとその頭を撫でる。
「いや、いいよ。俺も、その…
お前にずっと隠してたし……。悪かった。」
宵は手を止めて、和気の肩に自分の頭を擦り付けた。
震える声で、はっきりと伝える。
「ちゃんと話すから。待って欲しい。
お前にはちゃんと、言わなきゃなんねぇから。」
和気はまた頭に疑問を浮かべる。
それでも、今回は責め立てるようなことは全くしない。
***
「ってことで、次に向かいますのは七不思議が伍番でございます。」
いつもの屋上のベンチ。
そこに腰掛けている二人。
宵は指5本立てて、和気に見せる。
「ほうほうそれは?」
「乗っかんのかよ。」
笑い混じりにつっこみ、宵は天を見上げて記憶を辿る。
「『廃れたD組の椅子』
3年の教室の上の階に昔使われてた教室があんだ。そのD組の教室にその椅子はある。」
「あー。確かにあったね。あの階誰も行かないんじゃないかな。何もないし。」
「そ。けど人気がないってことはそれに比例してより厄介な霊がいんだよ。人気のない神社に行ったらダメっつーのと一緒。」
「あー!」
宵は和気お弁当の中にある卵焼きをつまみ食いし、嘆く和気の額にデコピンを打った。
「今日の放課後、行くぞ!」
「______はぁ…はぁーい。」
二人はいつも通りに戻れた。
和気を振り回す宵。
宵に振り回される和気。
この関係が、二人にとって案外心地良いものだった。
***
その日の授業終わり。
人気のない廊下を学校の王子様が歩いていた。
いつもなら騒がれる存在であるが、その廊下に人はいない。
黒い霊や怪異は他の廊下よりも蔓延っているのに。
王子は3年D組と、掠れた文字で書かれた札を確認した。
そしてその教室の扉に手を掛けた。
息を吸って、ゆっくり吐く。
緊張のあまり表情が固くなる。
(彼と会う前は、いつもこうなっちゃうな。)
王子は自分の頬に手を当てて顔を揉む。
目を見開き、その扉の先にあるであろう人物を思い出し、扉を開けた。
「やぁ、和気くん。」
「えっ?!大和くん?!」
「ゲッ。」
「ちょっと宵!」
彼を見ると土御門の表情は自然と和らぐ。
和気が自身のクラスで座る席と同じ席。
そこに和気は腰掛けており、霊が和気の肩に手を置いていた。
「なんで下劣な霊が和気くんの側にまだいるの?」
「んなの俺の勝手だろ。俺達に口挟んでんじゃねぇよ。」
そう言宵は和気の背後から和気の肩を抱擁する。
「チッ」と舌打ちをした土御門は強い足音を立てて二人の元へと歩いてきた。
「もうそろそろ君の役目も御免じゃない?」
宵の体がピクッと揺れた。
それに和気も気付く。
「このままじゃ陸番から取り返せないでしょ?なんならもう一つのその“宵”って名前も取られちゃうね。」
土御門は宵の腕を和気から払い除け、手首を掴んで持ち上げる。
和気からは見えない宵の表情を、土御門はしっかりと見やる。
「ほんと、滑稽だね。」
土御門は軽く一笑する。
「いっそのこと、僕がお前を消しンムッ」
土御門の言葉は封じられた。
和気の右手によって。
「やっ、大和くん。もう、黙って。」
和気が土御門のその見開かれた瞳を真っ直ぐに見つめる。
驚いたのは土御門だけではない。
彼に掴まれている宵もだった。
土御門は手の力を緩めて下ろした。
だが、和気の土御門の口を塞ぐ手は下りなかった。
数秒の沈黙。
それにたえかねたのは、、
「あーもー!いいって、和気。惨めな片想いでもさせてやろうぜ。」
「なっ…!」
「え?」
和気は宵へと振り返り、その手を離した。
「かっ、かかか____もいなんて…!勝手なこと言うなよ霊ごときがっ!」
「はいはいそうでちゅねー。」
「はっ、はぁっ?!」
会話に置いていかれる和気。
その手を宵が掴んで引き寄せた。
「んで、
結局何しに来たんだよ。つか何でここにいるって分かった?」
土御門のあたふたしていた手は止まり、肩の力を抜く。
目を閉じて、再び開眼する。
「和気くんのことなら何だって分かるよ。
それに、流れ的に伍番に行こうとしてることなんて直ぐに察した。」
土御門は視線だけを和気に送る。
それを受けた和気も構えた。
「伍番はあまりにも危険だ。陸番の次に。リスクが大きすぎるんだ。」
土御門の視線は宵へと注がれる。
その棘が張り巡らされたような鋭い視線を。
「どうせ、君の目的は陸番と漆番なんだから。」
宵の眉はみるみる皺を作っていく。
土御門に迫られた時の宵は、いつもこんな表情をしていた。
和気は宵の表情をチラッと見て、カレと似た表情に変わってしまった。
(あーもう…!)
和気は宵から離れ、土御門へと近付く。
彼の胸に握り拳で軽くドンドンと叩き、上目遣いで土御門の顔を睨む。
「大和くんも変なこと言わないでよ!
僕は宵から直接聞くまで待ってるから…!」
怒りで顔が赤くなった和気。
彼なりに怒っているつもりでも、その様子は土御門には効果がなかったようだ。
(わっ、わぁぁぁー!わっわぁぁ!!
かっ、かぁっ……!)
土御門の瞳にはピンク色のハートが浮かび揺れる。
それでも、彼の前だからか平然を取り繕う。
「______ご、めん…。」
必死にその感情を抑えて口にした。
だが和気はそんなこと知る由もない。
(大和くんの口からはたくさんの宵への疑問が出てくる。それでも、、)
和気は宵へと振り返る。
首を傾げる宵。
もう既に和気は、決断出来ていた。
『キーンコーンカーンコーン
5時です
キーンコーン……』
3人は同時に窓を見る。
日が沈みかけた夕方。
大きな太陽が赤々と光を放つ。
その赤い丸の上を2羽の烏が過ぎ去る。
美しく見え、不気味でもあるような、そんな景色。
「伍番に会いにいくなら早くした方がいい。壱番が鍵を開けてくれるだろうけど、時間が経てば霊達が活発になる。」
土御門は廊下へと視線を送る。
和気と宵もそれに続いた。
窓越しに見えるのは黒い塊達。
それらがゆっくりと動いていた。
「_____その、伍番に会える椅子に座ったら、僕はどうなるの?」
「簡単に言うと意識が異世界に飛ばされる、らしい。噂だけど、七不思議にとって噂は事実に近い。伍番に会えるまで戻って来れないなんて言われてるけど…
覚悟はしておいて。」
和気の首筋に汗が伝う。
「安心しろって。お前の身体は俺が護っといてやっから。」
1脚ずつ椅子に座っていく和気の側で、宵は自信満々にそう言い放つ。
そんな宵に、土御門は怪訝な目をする。
「いや。僕が結界を張っておくよ。破られても僕が、和気くんを護る。」
「寝言は寝て言えよ。こいつの相棒は俺なんだよ。黙って引っ込んでろ。」
「あははー…。」
和気はまた、椅子を引く。
目の前で睨み合う二人に笑いつつ、
「二人とも、ありが」
バシャーーーーー
椅子に座った瞬間、
自身の身体に冷たい水が掛かった。
「──────────ぇ?」

