君は〇〇霊─僕らの名前と君の魂─

カシャカシャカシャ

場に合わない音が鳴る。
だが、現代人ならば馴染みのある音。
そして、音が鳴る方向からそれに合わせて光も放たれていた。

二人は硬直し、ぎこちなくそちらへ顔を向ける。
光源にはとっても見覚えのある一人の影。

「わぁ和気くん髪切ってまた一段と可愛くなってる。」

「_______大和くん…」

土御門は校門を軽々と跳び越え、和気の元へと行く。

「やっぱり可愛いなぁ。初めて会った時を思い出すよ。」

憂ながらそんなことを抜かす土御門の空気に、二人は置いていかれる。

「どうしてここに?」

「昼間にあんなことを話したんだから、今夜にでも学校行くんだろうと思ってね。
あと2分遅かったら僕も学校に入ってたよ。」

そう言い袖を捲って腕時計を見せる。
時刻は3時58分。

「そうそう。君、確か宵って言ったっけ。」

宵は睨みつけるように土御門と顔を合わせる。

「和気くんから聞いた時、聞き覚えあるなと思って調べたんだけど…
君、____の家系だったんだね。」

和気と宵、二人の思考が止まる。
土御門が発しただろう言葉が、和気の雑音となった名を聞いた時と同じ音色を奏でたのだ。
そのことだけで、脳内にはいくつもの疑問が生まれていく。
そんな二人に構うことなく、土御門は淡々と告げる。

「君が_____家の人間なら、
そりゃぁ僕でも知ってるよ。それに、君の噂は有名だった。」

土御門は、薄ら気味悪い笑顔を浮かべた。


「納得がいったよ。
和気くんの周りの、不出来なアレらが何なのか。

____家の落ちこぼれさん。」






「落ち、こぼれ?どういうこと?」

姓は雑音。
それでも“落ちこぼれ”という言葉ははっきり聞こえた。
他にも疑問は浮かんだが、今はそれどころではなかった。
和気は正面に顔を向け、


目を見開いた。
宵の表情に。

「よ」

手に、痛みが走った。

「──────────ぃ」

和気は両手を振り解かれた。
それは、他でもない宵によって。

行き場の失った手を、震わす。
だが、宵の方がよっぽど震えていた。

宵は和気に向かって歩き始める。

和気の肩に軽くぶつかってから、
宵は再び校舎へと歩を進めていく。

和気は一歩遅れて、宵へと振り返る。
その口でカレの名を呼んだ
──────────はずだった。


宵は止まることなく、校舎の前へと辿り着く。
そして何故か中庭のある右へと曲がった。

(『宵、どこに行くの。待ってよ。』)

いくら心で思っても、口にしなければ届かないのに、
今の和気はそれが出来なかった。

宵の姿は並木によって見え隠れしていた。
そして、
ある一本の木を過ぎた時、宵は忽然と姿を消した。


姿が消えてからやっと、和気は喉から声を出せた。

「よい…。」

土御門が、
見かけは優しく、和気の肩に手を置いた。

「アレは、和気くんも聞いたことがある姓だよ。」

なんて、土御門は宵のことを指示語で示した。

「そっか。土御門くんは陸番の影響を受けないんだね。」

「まぁね。晴明の子孫だから。
本来ならアレも影響を受けない筈なんだけど、
やっぱり落ちこぼれだからかな。」

土御門は門を押し開く。
校内の外側に出てから、土御門は和気に手を出した。

「この時間帯は危ないから、家まで送るよ。」

和気はその手に自分のを被せ、

「ありがとう。」

実際のところ、和気には自分を自分で守る力がない。
だからこそ、
霊が活発になるこの時間に共にいてくれることに、確かに安心感を覚えた。
しかし、

この手の感触は、
和気が求めているものではなかった。


***

土御門と和気は手を繋いぎ、二人で暗い道を歩く。

「アレについて、知りたい?」

アレというのは宵のこと。
そして、答えは勿論、、

「うん、知りたい。」


「_____良ければ僕が」

「でも、
本人から直接聞く。
宵もきっと、
それを望んでるから。」

和気は土御門に顔を向けて、作り笑いを浮かべる。

「そう。」

土御門はそれだけを言葉にして、唇を噛んだ。

和気は歩きながら、反対車線を覗いた。
参番によって微かに薄れてきた記憶が、鮮明に蘇ってしまったからか、親の死骸とその景色が重なる。

(でも、、何か…違和感が……。)



それから少し時間が経った頃、土御門に関して、引っかかっていたことについて切り出した。

「大和くんさ、
さっき“初めて会った時を思い出す”って言ってたよね。」

「うん。」

「それっていつ?
僕が髪短かったのって1年生の前半辺りまでだったと思うんだけど。」

土御門くんに対しては、不思議と躊躇なく質問攻めができた。
土御門が和気にとって特別なのだろうか。
あるいは______

土御門は人差し指を和気の口元ギリギリに当てた。
唐突なことに驚いた和気は立ち止まる。
土御門からは甘い空気が漂っていた。

「和気くんは知らなくていい事。」

息が掛かるほどの高い距離に、
彼の顔がある。

「だから、

__________ね?」

目を薄めて、彼は優しく笑む。

(ぁ…これは……。)

その笑顔には何かが込められていた。
だが、和気にはそれが何なのか分からなかった。

***

その後、
土御門は言った通り、和気を家まで送り届けた。
玄関の門に着いてから、土御門は左手の小屋を軽く一瞥していたように見えた。



次の日、和気は制服姿で玄関で靴を履いていた。

「おい____。今日は土曜やぞ。学校なかろう。」

「うん…まぁ……」

祖父は神妙な面持ちをしてから、軽く息を吐いた。

「気ぃ付けてな。」

「_____うん。」

和気は玄関の扉を開けて出て行った。
スクールバッグなんて持たずに。
ただ、会いたい人に会いに行くために。

部活着を身につけている生徒達の中、一人制服姿の少年が進んで行った。


***


昼時の校門。
昨日、最後に宵と別れた場所。
そこを通っても、案の定、カレの姿はない。
そして、
屋上、廊下、靴箱、中庭
探す限り全ての場を探したが、

「どこにもいない…。」

中庭の爽やかな風を受け、木漏れ日を浴びて歩いていた。
そう、昨日カレが姿を消した場所。

「そう言えば、
夜の間宵はいないってことは、
学校のある時間だけ宵も存在するってことなのかな。」

和気は右左を向いた。
独り言を言っても、今は誰もそれに乗って来てはくれない。

「変な感じ…。」

そう言い俯いた。
そして、視界に奇妙な物が入る。
いや、それ自体は奇妙ではない。
なんというか…

「______なに、これ。」

足を止めて己の右下の辺りにある石へと視線を這わせる。
縦長の重たそうな石。
それが垂直に地面に刺さっていた。
ギリギリ形をまだ保てている程のヒビを入れて。

「こんなとこに石なんてあったっけ。
誰か置いたのかなー。」

なんて言って、自分を誤魔化す。
和気は周りを見渡して、その石をチラッと見る。
和気には分かっていた。
その石が異質であると。

(直感、、本当に直感だけど…これ、絶対やばい…。)

禍々しい、というよりは寧ろ逆な気がする。
宵がいないからか、今まで見て来た黒い霊達が再び和気の足元から生えて来た。
その石と和気の間に立ち、ネチネチと音を立てる。
不意に、中庭の奥に目をやる。
木の枝から、笑顔の頭が逆向きに吊るされて左右に揺れていた。
またその奥にも、地面からいくつもの手が生えている。
すぐに視線を逸らし、石へと向けた。

(宵がいつもは一緒だから、
こんなに怖いのに会うの久しぶりだな。)

和気はしゃがみ込んで、石を見つめる。

(そっか。
もう宵と一緒にいるのが、当たり前になってたんだ。)

和気は無意識に、その石へと手を伸ばす。
宵とは何の関係もない石。
ただの石。
それでも、何故か触れたいと思ってしまったのだ。

和気の指先が触れる直前、

『だめよ。』

「えっ、」

『触れてはいけないの。』

和気は辺りを見渡す。
人の影は一切見当たらない。
もしや、、

『私よ。貴方の前にある、』

「石?!」

驚きのあまり立ち上がり、距離をとる。

『ええ。驚かせてしまいごめんね。』

「あぁ、いや、大丈夫、です…。」

(この石も霊とかなのかな。だったら僕が見えるってバレたらダメなんじゃ…)

『貴方…。
そう…。
名を奪われたのね。
あの子のように。』

「名。あの子……もしかして…!」

『あら、ごめんなさい。』

その石はだんだんと空気と溶けていき始めた。

『終わったみたい。
それと、
貴方はまだ知るべきじゃない。何もかも。』

石は話しつつも消えていく。
和気は恐る恐る足を動かして、近くに寄った。

『私にはまだ、力が残されているの。
だからまだ、あの子に戻せない。』

「何を、何を言っているのか、分からない。
“あの子”って…?」

和気は地面に両膝をついて、石に問う。
けど、もう遅かった。

『どうか、全ての』

その石は完全に姿を消した。
和気は成す術なく、ただそれを見送る。

「何だったの。それに、“あの子”って…。」

僕はその石があった地面に手を置いた。

「宵。君は一体……」



そして、和気は何もせずに、ただただ呆気に取られたまま校門へと歩いて行く。
俯いていた和気は、
通り過ぎたそれに気付かなかったようだ。

──────────本当に?

校門から直ぐそこにある並木。
その中にあった、

「な、まえ。なま、え。わけ。
ちょうだぃ。おいでぇ。ふへへっ。」

──────────黒い人影に。