君は〇〇霊─僕らの名前と君の魂─

「___でさー」
「______たらしいよ〜」
「____さいっ___じゃ__」
「あ__のろ____れてるんじゃ___」



(どこ、だろ。)

モヤに包まれて手放した意識は瞬時に戻ってきた。
だが、何も感じない。
暑くも寒くもない。
手も足もないように感じる。
何の匂いも感じない。
自分がどこにいるかも分からない。

だが、自分の視界からだろう世界が和気には見えていた。
改装される前の校舎。
そしてそのうちの一室の教室。
それに重なるように、誰かの声や音も聞こえてくる。
教室にいる生徒の制服は今とは違う、古いものだった。

「そういば丁度去年もあったよね。」
「あったあった。」
「え?そうなの?」
「うん、先輩も落ちたらしいよ。」


「呪われてるんじゃない?

─────あの階段。」

和気は教室を見渡した。
2年E組。
そして、黒板の隣に貼られたカレンダーに視線は惹きつけられる。

19⬜︎7年 4月 22日

そこには赤色で『避難訓練』と書かれていて、
21日まで数字に線が入っているから、おそらく今日はその22日。

「避難訓練の時絶対誰かあの階段で落ちるよね。」
「だよね。」
「今回落ちた子は腕が骨折したんだってさ。」
「うわー。」
「先輩は足が折れ曲がったんだって。」

女子たちが輪になって話しているところに、次は男子のグループが合流する。

「それ毎年らしいぜ。
一昨年の先輩も、その前も、
避難訓練の時に階段で落ちたらしい。」
「やばー。」

「ほら、呪われてるんだって。」

「もうあの階段使えないね。」

「きっと、

あの世に連れて行こうとしてるんだよ。」


和気は廊下からその教室の様子を俯瞰しているようだった。
不思議な事に、視点は動かせた。
和気は視界の端に、何かが立っているような気がする。
そちらを見てみれば、彼らの声を聞いている人が、
和気以外にもう一人。
長い髪にぼろぼろの制服。
顔すら髪で覆われ、見えなかった。
だが、彼女は透けていた。
完全に実態となっていない。

(ってことは、この子も怪異か霊…)

「どうして…」

その女性はぽつりと呟いた。
生徒たちが通り過ぎても、誰も気にも留めなかった。

その一言の後、
和気と彼女はそのままに、生徒や校舎の様子が何百倍もの速さで時を刻んでいく。
時計の針は間に合えないほどに早く。
生徒たちも現れては消えて、何をしているのか視認できない。
校舎は段々と衰えていったかと思えば、改装されたのか見覚えのある状態にもなってきた。

だが、、

「あの階段____」
「みんな落ちて______」
「腕が_____」
「足も___」
「やっぱり___呪われて___」
「毎年この日に_____」
「あの世に連れ去ろうと_____」
「そ___そう」
「B校舎の裏の階段_____」



例の階段に関することだけは、鮮明に聞き取れた。
そして和気も察する。

和気は立ち尽くしたままの女性に視線を移す。
時を経るごとに彼女の体は黒く塗られていっていた。

「あなたは、怪異でも霊でもなかったんだ。」

女は顔を手で覆い隠して、上げた。
瞬時に、和気の全身に蔓延る感覚が戻る。
手を軽く上げてみれば、しっかりと和気の手の平が視認できた。

「私は何もしていない。
黄泉の里に連れて行こうなど考えてもいない。
ただ、そこに存在しただけなのに…」

項垂れる女性へと、和気は恐る恐る近づく。

「ただの階段なのに…
彼らのせいで、こんな、化け物に…
私はっ___」

和気はその女性の強く握られた拳を拾い上げ、両手で包む。

「─────あなたは何も悪くない。」

和気は顔を上げて、女性の髪で隠された瞳を見据える。

「大丈夫。悪くない。あなたは何も悪くない。」

和気は眉を下げて朗らかに笑む。

「避難訓練の日は、生徒達が滅多に使わないあなた…
階段を、全員で駆け降りるんだ。
慣れない階段だもん。そりゃ誰かしら転けちゃうよ。」

和気の背中にそっと手が置かれた。
その暖かな空気が和気を背後から覆い、橙色の空気が、その女性の髪に流れ、
女性の前髪は耳にかけられた。

「僕はあなたに関する噂は聞いたことないよ。
大丈夫。あなたは怪異なんかじゃない。」

和気を纏っていた暖かな空気が光る。
和気もそれに気が付き、振り返る。
その光は形を模した。

神衣を着た、美しい女性だ。
彼女は優しく、和気に微笑んだ。

「だ、、れ、、、」

その女性は光を放ちながら、柔らかい風を吹かせた。
和気が手を握る女性にまで風は及び、髪が靡かされ、
素顔が顕になる。

光を放つ女性は和気の両頬を包み、近づいてくる。
和気は呆気に取られた。
光が眩しくて、和気は目を瞑る。
その時、世界は再び暗闇に。
目の前にいたはずの女性は消え、代わりに、

「_______宵?」

和気は両肩を宵に掴まれていた。

「和気…
和気っ
____________和気。」

宵は和気の意識が戻って来たのを確認してから、疲弊し切った様子で抱きしめた。

「わっ、はは。
苦しいって、宵。」

「うっさい。黙れ。ふざけんな。バカアホ。
心配させやがって。」

(初めて、こんな弱った宵見たな…。)

和気を包んだはずのモヤも、階段に置かれていた四肢も、それらは綺麗に消えていた。
周りの景色の赤黒さはなく、普通の夜の学校だ。

和気はゆっくりと顔を上げる。
気付いたのか、宵もそれに続いた。

階段の踊り場。

そこに、確かにいた。
なのに、姿はもうなかった。

「宵、あの」

「あぁ、肆番か。
お前がモヤから出てくる時に消えた。」

「_______そっか。良かった。」

「良かった?」

宵はいつの間にか和気から離れており、
腰に手を当てて和気発言を疑う。

「あと、あれは肆番じゃないよ。」

和気は階段の床にそっと触れる。

「ただの階段。それに噂が憑りうつっただけ。」

和気は立ち上がる。
そして宵と向き合い、

「参番も肆番も、会えたけど…どうする?宵?」

宵は和気の手を掴み、無理やり手を繋げた。

「宵?」

「_________校門まで送る。」

和気は歯を出して笑った。

「うん。」

二人はその階段を降りて、
立ち去った。


『ありがとう』

階段に薄らと女性の声が響く。

それを和気は気付かない。
そして、、

過去に飛ばされ、時が過ぎる学校の中で見た人物にも気付かなかった。
土御門や和気自身それと、

暗い顔で、一人廊下の端を歩いている、

生きている宵のことを。

***

廊下を歩いている時、和気はふと思い出したように宵に尋ねた。

「記憶を思い出したんだったら、
__________宵の姓のことも?」

「いや、どんな家だったかは思い出したけど、
それに関してはさっぱり。」

「そっかぁ。」

呆気なく終わった会話。
この時は、
只それだけだった。


***


「でもその光ってる女の人は消えちゃったんだ。」

「ほーん。」

二人は校門へと歩いて行く。
七不思議に会うために来たこの道も、始めはあんなに怖がっていたのに今では何ともない。

「あれじゃねぇの。お前が会いたがってた“神様”。」

「いやそんなわけ……」

なんて冗談まじりに言うが、

「確かに。」

「だろ。」

宵の言葉に不覚にも納得してしまった。なぜなら、

「僕の家で祀ってる神様は、天照だ。光…
あの女性も光ってたし、、」

考えれば考えるほど謎は深まって行く。

「んーーー。」

和気は熟考しているというのに、相反して宵は後頭部に手を組んで鼻歌まで歌っていた。

「ちょっと、宵も一緒に考えてよ。」

「だって俺お前ん家のこと知らねぇし〜。」

「は?!知ってるでしょ?!」

「だーかーらー知らねぇって。
あくまで俺と近い家系ってことしか知らねぇんだよ!」

校門まであと少し。
だが和気は足を止める。
確かめるように呟いた。



「_________“俺と近い家系”?」


自分が失言したことを認識した宵は、慌てて自身の口を押さえる。
しかし、もう遅い。

「ねぇ、宵。」

和気は宵に近づく。
宵は一歩一歩と後ずさる。

それでも、宵は和気の手に掴まれた。

今夜までは、重たい前髪で隠されていた筈の
和気の澄んだ瞳が、
霊であるカレをしっかりと捉える。

「生きてた時の記憶、思い出したんでしょ。
そろそろ教えてよ。

──────────宵のこと。」

ジリジリと和気は進む。
遂に宵のもう片手も手に取り、カレの逃げ道を完全に消し去る。

「宵は何で死んだのか、僕が聞いた時否定してたよね。
あれはどういうこと。
どうして陸番以外の七不思議とも会いたいの。
いつからこの学校に霊としていたの。
どうして僕も宵も名が奪われたの。
どうして……


あの日、僕と手を組んだの。」

和気は両手の握る力を強くする。
それを和気は見ているが、弱める気なんてさらさらなかった。

「宵がずっと隠し事してたのは知ってる。
仲がいいからって全部話してなんて言わない。

でも___



──────────寂しいよ。宵。」


和気はゆっくりと顔を上げる。
視界に映るカレの表情は、
苦しそうだった。

宵が口を開いてから閉じる。
そしてまた開いた。

「和気。俺は」