恋の魔法と2人の秘密

 しばらくの無言の後、無言に飽きた様子の綾香が口を開いた。

「ねえ、何か面白い話ない?」
「嘘だろ。無茶振りにも程があるって」
「なんでもいいよ」
「それが一番困るんだから」
「お母さんみたいなこと言わないでよ」

 冗談なんかではなく、本当に困る。面白い話なんて無いし、そもそも同じ学校に通ってるんだから話なんて、ほとんど筒抜けだ。

「逆にあるか?面白い話」

 苦し紛れに切り返すと、綾香は目を瞬いた。人に振っておいて、自分は振られないとでも思っていたのだろうか。これで多少は考える時間が出来た、と内心密かに思っていると、綾香は少ししてから何か思いついた様子を見せた。

「先月、3組の小林さんが学校で飛び降り自殺したじゃん?」

 『面白い話』と振ったにも関わらず、返って来たのは飛び降り自殺の話だった。それも同い年の、隣のクラスの女子の話。一瞬喉が引き攣ったが、何とか返事をする。

「あ、ああ。放課後に学校の屋上から飛び降りたっていう話だよな」
「そうそう。実はあの子、直前まで飛び降りそうな気配が全くなかったんだって。同じクラスの子が言ってた」
「逆に飛び降りそうな気配ってなんだよ」
「ほら、病んでるとかだよ。そういうのが一切なかったらしいの。寧ろ、最近はキラキラしてたんだってさ」

 いつの間にボタンを押したのか、注文でチョコレートケーキを追加した綾香。彼女は、注文を受けた店員がある程度離れたのを見計らってから言葉を続ける。

「恋の魔法ってすごいよね。『あなたのためなら死ねる』なんて歌の歌詞をよく聞くけれど、案外嘘じゃないなと思ったよ」
「小林さんは、誰かのために死んだって言いたいのか?」
「あははっ、柊斗がそれを聞くの?」

 可愛らしい笑い声。可憐なそれは、俺の心臓を激しく鳴らすには十分だった。

「小林さんが屋上から飛び降りるのを、誰よりも近くで見てたじゃん。柊斗でしょ?小林さんの彼氏って」
「・・・・・」
「ちょっと。そんな怖い顔で睨まないでよ」

 綾香は心底『心外』といった顔で首を振った。
 運ばれてきたチョコレートケーキを堪能しながら、変わらない様子で言葉を続ける。

「も~、何をそんなに怒ってるのよ…。『面白い話をして』って言ったの柊斗じゃん」
「そもそもそれは、綾香が先に…っていうか、面白い話、って」
「え、うん。面白い話でしょ?」

 人が少ないせいか、綾香の声はよく聞こえた。

「『別れ話をしただけで元カノは飛び降り自殺をして、それを幼馴染に知られていた』なんて、柊斗にとっては面白い話じゃない?」