死に魅せられた高校生たちは今日も誰かと生きている

 夕日に染まる校内は、安心感に包まれていた。
 西校舎の窓ガラスが橙色に燃え、廊下は薄い血の膜を張ったように赤い。グラウンドから聞こえるサッカー部の声もどこか遠い。世界が一度、曖昧になる時間帯。

 そんな時間を、3人は噛み締めていた。
 ロングヘア―の少女とボブカットの女の子、そして中性的な顔立ちをした男の子。この3人は校内で有名だった。
 
 『変な人ホイホイ』

 誰が言い出したのかは分からない。けれど、そのあだ名は妙に正確だった。
 駅前で待ち合わせをすれば、必ず1人はナンパされる。人気のない路地を歩けば、後ろから足音が増える。スマートフォンのカメラが、遠慮なく向けられる。知らない内に、掲示板や動画サイトに勝手な見出しで盗撮写真が上がっている。

 言うなれば、天性の人を寄せる才能である。歩くだけで視線が集まり、立っているだけで噂になる。本人たちが何もしていなくても、世界が勝手に意味を見出す。

 断っても、断っても、寄ってくる。
 隠れても、隠れても、見つけられる。

 望んでいない愛情の押し売り。
 悪意と善意の区別もつかない熱量。

 この3人は、そんな変な性質を持った3人組だった。

 だからこそ、『変な人ホイホイ』なんて異名をつけられていた。1周回って笑うしかない異常性こそが、3人にとっては日常だった。

「ねえ」

 最初に口を開いたのは、真ん中を歩くロングヘア―の少女だった。長い髪が夕日を吸い込んで、赤銅色に光っている。その姿は、他の2人から見ても美しいものだった。彼女は、盗撮とストーカーの被害が特に多かった。

「私たちさ、死んだらどこかの収集家にバラされるのかな?」

 さらりとした口調。まるで冗談みたいに軽い。それでも、嫌に現実味を帯びてしまうのは、この3人だからだろうか。「そんなことあるはずない」なんて無責任なことを、この3人に言える人はいないだろう。
 彼女の言葉に、右側を歩く少年が肩をすくめる。

「ホルマリン漬けとか?3体セットでお買い得~♪」
「3体セットはやだ。せめて単品販売にしてほしい」

 左側のボブカットの少女が、真面目な顔で言う。
 そして3人は同時に吹き出し、声を上げて笑った。

 死を口にしても重さがない。悲壮もない。むしろ、軽やかだ。
 自分たちがどれだけ願っても『普通』を望めないことを、とっくの昔に知っているからだろうか。

 彼らは異常に人目を引く。
 放課後、車に腕を引かれたことだって何度もある。ことごとく捕まった犯人は、口を揃えてこう言った。
 保護しようとしただけだ、と。

__保護。

 その言葉が3人は嫌いだった。
 守られる対象にされること。所有される対象にされること。守る側は、いつだって善意の顔をしている。それがエゴの押し付けである可能性なんて、微塵も考えていない。

 それでも、3人は他者からの愛を拒めない。

 拒絶すると、壊れてしまう人がいることを知っているからだ。泣き崩れる人も、怒鳴る人も、逆上する人も、みんな「好きだった」と言う。そして、壊れた人の数以上に3人は被害に遭ってきていた。歪んだ愛情が鎖のように絡みつく。

「今日もさ、下駄箱に手紙が入ってたんだよね~」

 ロングの少女が鞄を軽く叩く。きっと、その中に手紙が入っているのだろう。
 手紙という言葉に不穏な空気が流れる。

「…今度はどんな感じだった?っていうか、そもそも読んだ?」
「読んだ読んだ!20枚ぐらいの告白文だったよ。ま、血で書いてなかっただけマシかな」
「ハードル低いなぁ」
「20枚でも異常だろ」

 苦い顔でツッコむ少年は、誘拐未遂の回数が3人の中で断トツだった。
 「偶然、変な趣味の奴が多いだけ」と彼は言うが、男女問わず人を狂わせてしまう魅力は何とも言えないもの。罪というべきか、才能というべきか。どちらの言葉で表しても、きっと彼は顔を顰めることだろう。

 ボブの少女は、笑いながらも目だけは冷めたいままだった。それを少年は目敏く見つめる。しかし、わざわざ指摘しない。きっと、自分も同じ目をしているだろうから。

「でもさ」

 ロングの少女は、窓越しに夕日を見つめる。沈みかけの太陽が、目に痛いほどに赤い。目に悪いと分かりながらも無意識に目を引く夕日。それは、3人の同じ性質を持っていると同じと言っても過言ではなかった。
 目を伏せて、噛みしめるように少女は呟いた。

「愛されるって、本来は悪いことじゃないんだよね」
「本来は、な」

 少年が強調すると、ロングの少女は小さく笑う。彼が何を含めるのか分かったのだろう。

「俺たちの場合は、愛っていうより欲望の捌け口だろ」
「それでも、相手は本気なんだよ」

 ロングの少女は、屈託のない笑顔で言う。
 3人の中で最も無垢な彼女。人を信じて、数多の罪を許してしまう。無償の愛がどれだけ罪なことなのか。時代が時代なら聖母では留まらず、神と崇められていたことだろう。

「本気で好きで、本気で独占したくて、本気で手に入れたいって思ってる」
「だから怖い」
「だから拒めない」

 3人の足音が廊下に響く。誰もいない廊下は、彼らにとって息を抜くことのできる数少ない空間だった。

 彼らは優しい。優しすぎるのだ。
 自分たちを消耗させてでも、相手の感情を踏み潰さないようにしてしまう。
 人を壊す恐怖を知っているから。人を壊してしまう力があることを、痛い程に理解しているから。

 だから、曖昧に笑う。やんわり断る。逃げる。
 でも、決して相手を「気持ち悪い」とは言わない。

「俺たち、死んだら楽になるかな」

 少年がぽつりと言う。
 夕日が、彼の横顔を彫刻のように照らしている。美しさにおいて、この3人は別ベクトルで抜きん出ていた。優劣なんて付けられない。それぞれがえも言えぬ美しさをしていることは、3人に魅せられていないまともな人間でも思うことだった。

「楽って何?」

 ボブの少女が問う。
 彼女には、特殊な収集家が多かった。髪の毛から切った爪、中には口に出すのが憚られる物まで集めている収集家もいるという。先日、海外の違法カジノのオーナーが逮捕された際、彼の家からこの少女の体液が見つかったらしい。警察から事情を聞いた彼女から「ついに海外進出した」と淡々と報告された2人は、何と返すべきだったのか。その答えは未だに見つかっていない。

「見られなくなること?」
「見られなくなるのは、ちょっと寂しいかも」

 ロングの少女がクスリと笑う。

「矛盾してるな~」
「してるよ。だって私たち、人に見られることで存在を確認してる部分も少なからずあるでしょ」

 彼女は立ち止まり、窓に映る自分たちを見つめる。

「ねえ、もしさ」

 彼女は続ける。

「誰も私たちを見なくなったら、私たちってちゃんと生きてるって言えるのかな?」

 本日何度目かの沈黙。グラウンドの声が、遠くで途切れる。
 少年は、少し考えてから口を開いた。

「俺はさ、死ぬのは別に怖くないんだよ」
「うん」
「でも、死んでからも愛されるのは嫌だ」
「分かる」
「私たち、そんなに綺麗じゃないしね」

 ロングの少女が笑う。

「ちょっとだけ性格悪いし」
「ちょっと~???」
「ちょっとだよ!あとー…結構計算高い!」

 声を揃えて、また笑う。

 3人は達観している。
 生きることも、死ぬことも、どこか他人事みたいに眺めている。自分たちが消費される側であることを、もう理解してしまっているから。決して、高校生がもっていい価値観ではないだろう。

 それでも、諦めてはいない。そのしぶとさは、同じ境遇の人間が他にもいると知ることができたからだ。高校に入学して奇跡的に集まった3人。あまりにも特殊な似た悩みを抱える3人がお互いに信頼を置くようになるまで、そう時間はかからなかった。

「さ、」

 ロングの少女が元気に声を発する。2人がきょとんとする中、

「今日も無事に帰ろう」

 堂々と宣言した。
 無事に帰る。それは3人のささやかな願いだった。

「目標低いな」
「でも大事だよ」

 外の世界は、夕闇に溶けかけている。

「私たちさ、」

 昇降口で靴を履きながら、ボブの少女は口を開く。

「普通は無理でも、平凡くらいは目指してもいいよね」
「平凡って何?普通と何が違うの?」
「今日も無事だね、って言い合えることかな」

 少年は、その言葉に少しだけ目を細める。それが、この少女にとっての『平凡』の認識だった。
 世の中の大半の人とはズレてしまっている感覚を持つ彼女を、少年は親のような目で見つめた。でも、残酷なことは言わない。そもそも少数派に分類される自分たちが、今更定義の1つや2つを改める必要なんてないように思えた。

「いいな、それ」
「ふふっ、でしょ」
「私もそれを目標にしよっかな」

 3人は校門の前で立ち止まる。
 外には、また視線が待っているかもしれない。カメラも甘い言葉も身勝手な愛も、容赦なく待っている可能性がある。3人の望む愛はそこにはない。学校はある程度守ってくれるが、1歩でも出てしまえば自衛しなければならない。

 それでも、3人は並んで歩く。
 例えそれでリスク型が高まるとしても、3人は仲間を手放すことはない。自分を守ってくれる仲間。自分が助けたいと思える仲間。

__自分よりも先に死なせない。

 口に出したことはないが、それは各々が思っていたことだった。

「よし、いい?」
「ああ」
「うん!無事に帰れますよーに!」

「「「せーの」」」

 一緒に学校外の敷地へと踏み出した。
 それだけで、世界に対抗できる気がするから。

「もしさ、本当に死んだら」

 少年が言う。

「3人で同時に一緒のオークションに出品されるのも嫌だな」
「単品販売だとしても嫌だよね」
「でも、誰が1番高いんだろう?」
「それは気になる」
「正直、最終的に3人セットにされそう」
「マジで嫌だ」

 笑い声が、夕日に溶ける。

 消費されながらも、観察されながらも、彼らは確かに生きている。

 それでも、自分たちだけの会話がある。自分たちだけの歩幅がある。自分たちだけの、夕日の色がある。

 望まない愛を受け取りながら、彼らは今日も歩く。
 赤い校舎を背にして迷いなく帰路につく。

 明日もまた、きっと誰かに見られる。

 それでもいい。

 青春なんて青に染まらないための、赤い紅い選択だった。