死に魅せられた高校生たちは今日も誰かと生きている

 放課後の旧校舎、3階の踊り場。
 ここは、清掃用具入れと今は使われていない壊れた机が積み上げられた、誰も知らない空白地帯だ。

 僕は机に腰かけ、剥げかけたペンキを指で引っ掻く。その隣では、明人(あきと)が半分凍ったスポーツ飲料を飲んでいた。各々が各々のことをしている中、ふと明人が口を開いた。

「なあ、ハル。昨日の夜、ちょっと考えたんだけどさ」
「何?飛び降りる高さの話か?」

 明人が慣れた手つきで制服の第一ボタンを外した。鎖骨のあたりに、真新しい熱い痣がある。父親の拳が掠めた跡だろうか。ロクに手当てをしていないのが端目にも分かった。

「違う違う。死ぬ瞬間に何を着てたいか、意見を貰おうと思ったんだよ」

 まるで放課後にゲーセンへ行く相談でもするような、屈託のない声で言われる。暴力によってボロボロにされている身体だが、その瞳だけは飢えを知らない猫のように澄んでいた。

「…着るもの?どっかの古着とかでもいいから綺麗なの期待かな」
「えー、古着ぃ?真っ白なシャツとかにしないか?誰にも汚されてない糊のきいたやつ。ハルに似合うと思うよ、淡いブルーとか」

 その言葉にピンときた。明人が何を言わせようとしているのか察し、口を開く。
 
「アンチブルーってこと?」

 思わず口角が上がる。すると明人も笑い、大きく頷いた。
 
 2人の間で流行っている言葉。何気なく立ち寄った書店に掲げてあったポップの言葉に自分たちを重ねてしまったのだ。
 自分たちを縛り付けるこの陰鬱な日常を、真っ向から否定して、塗りつぶすための合言葉。

「こんな青春、さっさと無くなればいいのに」

 空のペットボトルを投げながら明人は言う。軽い音が響く中、小さな笑い声が混ざった。

「まあまあ。でもさ、その青春のおかげで僕たちの打ち合わせは進んでるんだよ」

 そう言いながら、鞄からボロボロになった学習ノートを取り出した。
 その中には数式でも英単語でもなく、全国の『死に場所候補』が丁寧な文字で書き込まれている。2人で作っている大切なノートだ。

「大学の寮に入るフリをして、そのまま新幹線に乗る案もいいなって思うんだよね。3月の末なら、まだ北の方は雪が残ってるかもね」
「いいなあ。雪の中に沈んだら、自分の体温が消えていくのが分かりやすそうだ」

 ノートの余白に、手持無沙汰に小さく花の絵を描く。
 家では、息を殺してクローゼットに隠れている。学校では、痣が見えないように常に周囲の顔色を伺って笑っている。
 そんな僕たちの、唯一の我が儘が『幸福な死』だった。

「そういえば、大学の合格通知書は親に見せた?」
「見せたよ。あいつ、テレビ見たまま『勝手にしろ』って。俺が明日、死体になって転がってても、テレビのチャンネル変える方が優先なんだろうな」

 明人は、面白くてたまらないという風に肩を揺らした。

「ハルの所はまあ、」
「うん。僕の家は無関心だし放置だから」

 所謂、ネグレクト家庭。
 物心ついた時からそんなものだから、何とも思わない。むしろ、明人のように痛い思いをしないだけマシなのかもしれない。ネグレクト家庭でも、きっと平和な方。この世にはもっと酷い状況に追い込まれている子どもが沢山いるに違いない。

「大学近くの海も、候補に入れておかないか?崖があるんだってさ。そこから飛び込んだら、海が空に見えるかな」
「明人、泳げないでしょ」
「死ぬんだから、泳げなくていいんだよ」

 それもそうだ。
 1人は殴られ、1人は無視される。形は違えど、僕たちの心は等しく削り取られていた。そんな苦しみは、割り切れたとしても

「ねえ、明人。死ぬ時って何を思うのかな」
「何も思わねぇだろ。何か思うような人生歩んでないし」

 何となく寂しくなり、明人の冷え切った指先を握った。
 2人の指には、未来を掴むための力は残っていない。けれど、互いの終わりを祝福するための熱は、確かにそこにあった。

「死ねるまで、あと少し。それまでは、ちゃんと『いい子』でいようね」
「ああ。完璧な生徒を演じて、最高のタイミングで、世界を裏切ってやろう」

 部活動に励む生徒たちの声が、遠くから聞こえてくる。
 その健全な音から切り離された空白の踊り場で、僕たちは『死』という名の輝かしい卒業式を夢見て、笑い合っていた。