2026-03-13
『愛してるよ、と文字』
東京の或る高架下を散歩していたとき
何か文字が書かれている箇所があって。
時間に余裕があった僕は
それを見たくて近付いた。
「愛してるよ」
凄く大きな壁の一部にそれが書かれていて
あまりにも小さくて、可愛らしいと思った。
愛している対象が誰なのか
もしくは人ではない何かを
この人は愛していると思い。
出会ったこともないというのに
その人のことを少し好きになる。
壁に「愛してるよ」と書くことはあまり
良いことではないと思ったりするけれど。
書かなければならない理由があったとか
どうしようもなくて書いてしまったとか
真相を知りたくて仕方がない。
季節は春、壁はひんやりとしていて
「愛してるよ」という文字は冷たい。
当人は熱い思いを心の中で抱いていて
わざわざペンを持ってきて書いたのに。
次第に冷えていく文字に触れていると
この人の思いも冷えてしまうのか、と
少し悲しくて、どうしようもなかった。
振り返って、今来た道を戻るように
歩み始めた僕とすれ違うようにして
1人の女性が、その文字を見つける。
どこかハッとした表情を浮かべていて
煌めく涙が、頬を伝っているみたいで
何かしら関係があるのだと僕は察した。
例えばの話として。
この女性は過去に付き合っていた人がいて
その人が女性に向けての思いを壁に書いた。
嬉しくて、嬉しくて、女性は喜び
その壁の前で、恋人に抱きついた。
そして今、別れに至った恋人の残した文字を
わざわざ足を運んでまで見に来て、思い出す。
そして、気付かぬうちに涙を流していて
誰にもバレないようにハンカチで拭った。
違うかもしれないけど
そうかもしれないお話。
少し遠くからその女性のことを眺めていた僕は
きっと、不審者に間違えられるだろうと思って
女性から視線を外して近くにあるカフェを見た。
カフェのテラス席には男性が座っていて
僕と同じように女性のことを眺めている。
あ、と思った。
例えばの話として浮かべていた
別れた恋人が今、女性を見つけ
話しかけずに眺めているようで。
1本の映画を、シアターに行くことなく
僕は目の当たりにしている気分だった。
が、男性が「おーい」と女性に話しかけ
女性は「おっ」と男性の呼びかけに応え。
そそくさと女性はカフェのテラス席へ行った。
女性は男性に「花粉で目が痒くてさ」と言う。
僕はもう一度、壁に書かれた文字を見たくて
振り返って、あれが書かれた箇所へと進むが。
「愛してるよ」と聞こえた。
その言葉を発した人を探そうとするのだけど
それは行き交う人の喧騒に搔き消されていき。
「愛してるよ」と書かれた箇所に着く。
誰かに愛されてみたい、と心底思った。
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『愛してるよ、と文字』
東京の或る高架下を散歩していたとき
何か文字が書かれている箇所があって。
時間に余裕があった僕は
それを見たくて近付いた。
「愛してるよ」
凄く大きな壁の一部にそれが書かれていて
あまりにも小さくて、可愛らしいと思った。
愛している対象が誰なのか
もしくは人ではない何かを
この人は愛していると思い。
出会ったこともないというのに
その人のことを少し好きになる。
壁に「愛してるよ」と書くことはあまり
良いことではないと思ったりするけれど。
書かなければならない理由があったとか
どうしようもなくて書いてしまったとか
真相を知りたくて仕方がない。
季節は春、壁はひんやりとしていて
「愛してるよ」という文字は冷たい。
当人は熱い思いを心の中で抱いていて
わざわざペンを持ってきて書いたのに。
次第に冷えていく文字に触れていると
この人の思いも冷えてしまうのか、と
少し悲しくて、どうしようもなかった。
振り返って、今来た道を戻るように
歩み始めた僕とすれ違うようにして
1人の女性が、その文字を見つける。
どこかハッとした表情を浮かべていて
煌めく涙が、頬を伝っているみたいで
何かしら関係があるのだと僕は察した。
例えばの話として。
この女性は過去に付き合っていた人がいて
その人が女性に向けての思いを壁に書いた。
嬉しくて、嬉しくて、女性は喜び
その壁の前で、恋人に抱きついた。
そして今、別れに至った恋人の残した文字を
わざわざ足を運んでまで見に来て、思い出す。
そして、気付かぬうちに涙を流していて
誰にもバレないようにハンカチで拭った。
違うかもしれないけど
そうかもしれないお話。
少し遠くからその女性のことを眺めていた僕は
きっと、不審者に間違えられるだろうと思って
女性から視線を外して近くにあるカフェを見た。
カフェのテラス席には男性が座っていて
僕と同じように女性のことを眺めている。
あ、と思った。
例えばの話として浮かべていた
別れた恋人が今、女性を見つけ
話しかけずに眺めているようで。
1本の映画を、シアターに行くことなく
僕は目の当たりにしている気分だった。
が、男性が「おーい」と女性に話しかけ
女性は「おっ」と男性の呼びかけに応え。
そそくさと女性はカフェのテラス席へ行った。
女性は男性に「花粉で目が痒くてさ」と言う。
僕はもう一度、壁に書かれた文字を見たくて
振り返って、あれが書かれた箇所へと進むが。
「愛してるよ」と聞こえた。
その言葉を発した人を探そうとするのだけど
それは行き交う人の喧騒に搔き消されていき。
「愛してるよ」と書かれた箇所に着く。
誰かに愛されてみたい、と心底思った。
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