今年もサンタはやってきた
目が覚めた時まだカーテンの向こうは暗くて、部屋の空気もシンと冷えていた。
肩口の布団を握り締め、口許まで引き上げて二度寝を試みるけれどもどうやら睡魔はとっくに僕を置いてどこかに行ってしまったらしい。
微睡むことも出来ず、モゾモゾと布団の中で足先を擦り合わせていたけれど、落ち着かなくなった僕はそっと布団から抜け出した。
足音を立てないよう静かに廊下を歩み、リビングに踏み込む。チラリと見た壁時計の針は五時過ぎを示していた。まだ早朝過ぎるな、と明かりは点けないでおく。
窓際の片隅にある低いチェストの上では小さなクリスマスツリーの電飾がパッ、パッ、と規則的なリズムで点滅を繰り返している。
青と白、赤と金のふた組が交互に。パッ、パッ、と鼓動を刻む。
クリスマスツリーの横には薄型のドールハウスのようなものが並べて置いてある。
小窓を模した抽斗は二十四個。それぞれ一から二十四まで数字が振ってあるそれはアドベントカレンダー。
僕が佐伯家にお世話になり始めて一年と少し。
佐伯家でクリスマスを過ごすのは二回目だ。
去年初めてその存在を知ったアドベントカレンダーは、佐伯家ではクリスマスツリーと同列の扱いにあるらしい。
数年前に亡くなったという零司さんのお母さんがクリスチャンだったから、クリスマスの恒例行事をそのまま続けているのだとか何とか。
去年、思い付きのようにアドベントカレンダーを開ける役割を僕に振ってきた佐伯家の一人息子、零司さんは、今年も当たり前のような顔をして、
「これ、ツリーの横に飾っといて。あと今年もお前が開ける係な」
と、佐伯さん(僕のことを拾ってくれた家主……零司さんのお父さんのことだ)が買ってきたアドベントカレンダーを僕の胸に押し付けてきたのだった。
パッ、パッ、と点滅するクリスマスツリーを横目に、アドベントカレンダーの数字をひとつずつ指先でなぞる。
今日はいよいよ最後の抽斗を開ける日。
もう開けても良いかな。
まだ早いかな。
せめて佐伯さんか零司さんが起きてきてからの方が良いかな。
もう中身を取り出して空になった抽斗を僅かに開けては閉め、僅かに開けては閉め、を繰り返す。
小さなお菓子が入っていたら、それは僕が食べて良いやつ。
小さなオーナメントが入っていたら、それはツリーに飾る。
今日は何が出てくるだろう。
コツ、と指先で二十四番目の抽斗を軽く叩くように撫でる。
去年のアドベントカレンダーでは最後にサンタクロースのオーナメントが出てきた。
今年はどうだろう。
アドベントカレンダー自体は去年とは違うもの。
チョコレートの味の感じが全然違ったから、ほぼ間違いなく今年のアドベントカレンダーは去年のものとは別のメーカーのものだろう。
何が入っているか、開けるまで中身が判らないそれは毎朝僕の胸の奥をムズムズさせていた。
嫌なムズムズじゃない。
多分、普通ならワクワク、とすんなり表現出来るのであろう感覚が、僕の中でまだ馴染んでいないだけ。
ソファの背凭れに掛けてあるブランケットを広げて肩に掛け、ダイニングテーブルの椅子のひとつをチェストの目の前まで移動させる。
椅子の上で膝を抱えた僕は吊るされていないてるてる坊主みたいな格好でまたぼんやりツリーの電飾とアドベントカレンダーを交互に見詰める。
こんな風に自分がクリスマスを特別な日だと思うようになるとは思わなかった。
一昨年までの僕にとってはクリスマスなんて他人がやたら浮かれているだけの日だったから。
暫くぼんやりしていたら、カチッ、と離れた所で小さな音。秒差でリビングの電気が点いて、また秒差で「うわっ!」と咄嗟に潜めたのであろう声量の驚いた声。
ゆっくり首を回したら、零司さんが微かに呆れた顔をしながら僕に近付いて来た。
「お前さぁ……座敷童子じゃねーんだから、居るなら電気ぐらい点けろよ」
びっくりした、と肩を竦めながら、零司さんは流れるような動作で手の甲を軽く僕の首に当ててきた。
僕が一人で早く起きていた朝によくされるそれは、どうやら体温を確かめる行動らしい。
その証拠に、
「ん、平気だな」
と零司さんは小さな独り言。
「で? 今日は何が出た?」
アドベントカレンダーの中身のことを問われているのだと察し、今日はまだ開けてないですと正直に答える。
「は〜、お前よく我慢出来るな? 俺なんかガキの頃は起きたらすぐ開けてたぞ」
「……僕、ガキ、という歳ではないので……」
いや、二十歳を超えている零司さんからしたら、まだ十六歳の僕は『ガキ』なのかも知れないけれど。
零司さんがここで云った『ガキ』というのは、小さな子供……せいぜい小学生までのことを指す意味合いだと思う。
僕の反論に零司さんは軽く肩を揺らし、アドベントカレンダーを指差した。
「俺も中身気になるから、今日の分開けろよ」
悪戯に急かす手がくしゃりと僕の頭を撫でる。
それを合図にするよう、僕は抱えていた膝を下ろして姿勢を正し、いっそ恭しくとまで云える手付きで今日の分の抽斗を開けた。
「……あ、」
抽斗の中にコロンと寝転がっているものを見て、僕の心臓がひとつ跳ねる。
ほんの僅かにだけ、口許が緩んだ気がした。
「ん? 何が入ってた?」
高い位置から僕の手元に視線を落としてくる零司さんにも出てきたものがちゃんと判るよう、手の平にそれを取り出す。
「お、今年もサンタきたじゃん」
「……はい。きてくれました」
手の平の上で僕たちを見上げているのは、親指くらいの大きさをしたサンタクロースのオーナメントだった。
零司さんが「今年も」と云ったのは、去年のアドベントカレンダーのラストもサンタクロースのオーナメントが出てきたのを覚えていたのだろう。
「それ、気が済むまで眺めてて良いけど、眺め終わったらツリーの特等席に飾っておけよ」
僕が暫くサンタクロースのオーナメントを手から離さないのを大前提にした零司さんの手がまたくしゃりと僕の頭を撫でてから離れていく。
「湯、沸かすけどお前も温かいの飲むか?」
「あ、はい……飲みたい、です」
「ん、おっけ」
ふぁ、と大きな欠伸をしながらキッチンに向かう零司さん。
ヤカンでお湯を沸かしながら、あぁそうだと彼はさっき閉めたばかりのリビングの戸を少しだけ開けて、その隙間からガラリと何かを廊下から引き入れた。
それは少し大きめの紙袋だった。無地の紺色の紙袋。持ち手は薄い茶色だ。
「燈、これ」
「……? なんですか? その大きな紙袋……」
キョトンと首を傾げる僕に零司さんは何食わぬ顔。
「サンタが来たなら、当然プレゼント置いてってるだろ」
ほら、燈へ、って名前貼ってある、なんて。
僕はサンタクロースのオーナメントをツリーに引っ掛け、椅子を元の位置に戻しがてら零司さんの側へ歩む。
確かに紙袋の持ち手の部分には『燈へ』と書かれた小さなタグが結び付けられていた。
零司さんが用意してくれたのだろうか? それとも佐伯さんが?
紙袋に飛び付かない僕に、零司さんが小さく苦笑する。
「お前に、ってタグまで付いてんだからお前にしか開ける権利ねーんだよ。ほら、さっさと開けろ。サンタが何くれたか見せてみ」
火にかけたヤカンはまだお湯を沸かしきれていないらしいのを横目に確認した零司さんが、僕に紙袋の中身を確かめさせようと視線で促してくる。
床にしゃがんで、紙袋の真ん中を留めてあるシールを剥がす。
紙袋の中に手を入れると、最初にヒンヤリとした温度が指に触れ、その後ふかふかな感触を捉える。
中身を引っ張り出してみると、表面がシャカシャカした生地(何ていう素材なのか僕は名称を知らない)の、ふかふかと柔らかくて軽い上着が出てきた。ちなみに色はクリーム色っぽい白。
「お前それちょい羽織ってみ」
零司さんに云われるがまま、引っ張り出した上着を部屋着の上から羽織ってみる。ほんの少し、大きい気がする。
片袖を通してみたら、やっぱり手の半分までが隠れてしまった。
それでも、零司さんは満足そうな笑みをひとつ。
「いーじゃん、似合う似合う。サンタのセンスも中々だな。お前去年から背ぇ伸びたろ? これからまた伸びるだろーし、多少オーバーサイズでもどうせすぐ丁度良くなる」
良いモン貰えたな、と目を細める零司さんはあくまでもコレをサンタクロースからのプレゼントだと云い張るつもりのようだ。
満足そうな笑顔を見て、多分これは零司さんが選んでくれたんだろうな、って判ったけれど、零司さんがサンタクロースからということにするなら、僕もそのつもりで受け取るべきなんだろう。
「それ、まあまああったかそうだな」
「風を通さなさそうで、冬の外出でも無敵になれそうです……」
「無敵、って……そんなにか?」
クスクスと笑う零司さんのそれは、茶化すというより嬉しそう、な色の方が濃かった。
「あ、お湯沸いたな……お前それ、部屋のハンガーに掛けてきな。その間に飲み物入れといてやる」
その言葉に素直に従い、僕は自室のクローゼットのハンガーに上着を掛けてまたリビングに戻る。
テーブルの上にはふわふわ湯気が立ち上るマグカップが既に用にされていて、座れと視線で促される。
椅子に腰を落ち着けてマグカップを両手で包むと、指先から背筋の方へとじんわり温かさが神経を震わせながら伝わった。
顔を近付ければ、ふんわり甘い牛乳の香りが紅茶の香りに溶け込んでいる。
ひと口、舐めるように啜ったそれは、ちょっと甘めのミルクティー。
僕に安心をくれる味だ。
「おいしい……あったかい……」
湯気に溶けてしまう程小さな声で呟いた声を、零司さんの聴覚神経はきちんと拾ったらしく。
「そりゃ良かった」
と、自分もマグカップを傾けた。
「あ、そーいや燈。今夜父さんが夕飯張り切ってっから、覚悟しとけよ」
「へ? 張り切って……?」
「おう。冷蔵庫ん中。仕込み中の鳥がそのまんまの姿で突っ込んであった。夜中にやったんだろーな。あの人たまに手が込んだの作るの好きだから」
確かに、普段零司さんの方がご飯を作ることが多いけれど、佐伯さんが作る時は何だか外食で出てきそうなご飯がテーブルに並ぶ確率が高い。
「鳥丸々、ってことは多分ダシも取ってるだろーからポトフもほぼ確定だな」
「すごい……クリスマス、って感じですね……」
「まぁ、クリスマスだからな」
ケーキは夕方買いに行くぞ。
これは俺とお前の担当だって父さんからの命令。
ふっ、と目を細めて笑う零司さんに、命令なら責任重大ですねと淡く笑い返す。
去年の僕は、まだこんな風には笑えなかったと思う。
クリスマスというイベントは一昨年まで煩わしいとさえ思っていたのに、今年はクリスマスというイベントが胸を弾ませる。
僕のこうした心境の変化は佐伯さんと零司さんのお陰であるのは勿論のこと。
このクリスマスの家庭内行事を彼らに続けさせているのは亡くなった零司さんのお母さん——壱華︽ いちか ︾さんあってのことだろうから。
そっと、クリスマスツリーの横に立て掛けてある写真立てに視線を流す。
写真で見る笑顔しか知らないけれど、僕はこの佐伯家三人に心を救われているんだな、としみじみ思った。
目が覚めた時まだカーテンの向こうは暗くて、部屋の空気もシンと冷えていた。
肩口の布団を握り締め、口許まで引き上げて二度寝を試みるけれどもどうやら睡魔はとっくに僕を置いてどこかに行ってしまったらしい。
微睡むことも出来ず、モゾモゾと布団の中で足先を擦り合わせていたけれど、落ち着かなくなった僕はそっと布団から抜け出した。
足音を立てないよう静かに廊下を歩み、リビングに踏み込む。チラリと見た壁時計の針は五時過ぎを示していた。まだ早朝過ぎるな、と明かりは点けないでおく。
窓際の片隅にある低いチェストの上では小さなクリスマスツリーの電飾がパッ、パッ、と規則的なリズムで点滅を繰り返している。
青と白、赤と金のふた組が交互に。パッ、パッ、と鼓動を刻む。
クリスマスツリーの横には薄型のドールハウスのようなものが並べて置いてある。
小窓を模した抽斗は二十四個。それぞれ一から二十四まで数字が振ってあるそれはアドベントカレンダー。
僕が佐伯家にお世話になり始めて一年と少し。
佐伯家でクリスマスを過ごすのは二回目だ。
去年初めてその存在を知ったアドベントカレンダーは、佐伯家ではクリスマスツリーと同列の扱いにあるらしい。
数年前に亡くなったという零司さんのお母さんがクリスチャンだったから、クリスマスの恒例行事をそのまま続けているのだとか何とか。
去年、思い付きのようにアドベントカレンダーを開ける役割を僕に振ってきた佐伯家の一人息子、零司さんは、今年も当たり前のような顔をして、
「これ、ツリーの横に飾っといて。あと今年もお前が開ける係な」
と、佐伯さん(僕のことを拾ってくれた家主……零司さんのお父さんのことだ)が買ってきたアドベントカレンダーを僕の胸に押し付けてきたのだった。
パッ、パッ、と点滅するクリスマスツリーを横目に、アドベントカレンダーの数字をひとつずつ指先でなぞる。
今日はいよいよ最後の抽斗を開ける日。
もう開けても良いかな。
まだ早いかな。
せめて佐伯さんか零司さんが起きてきてからの方が良いかな。
もう中身を取り出して空になった抽斗を僅かに開けては閉め、僅かに開けては閉め、を繰り返す。
小さなお菓子が入っていたら、それは僕が食べて良いやつ。
小さなオーナメントが入っていたら、それはツリーに飾る。
今日は何が出てくるだろう。
コツ、と指先で二十四番目の抽斗を軽く叩くように撫でる。
去年のアドベントカレンダーでは最後にサンタクロースのオーナメントが出てきた。
今年はどうだろう。
アドベントカレンダー自体は去年とは違うもの。
チョコレートの味の感じが全然違ったから、ほぼ間違いなく今年のアドベントカレンダーは去年のものとは別のメーカーのものだろう。
何が入っているか、開けるまで中身が判らないそれは毎朝僕の胸の奥をムズムズさせていた。
嫌なムズムズじゃない。
多分、普通ならワクワク、とすんなり表現出来るのであろう感覚が、僕の中でまだ馴染んでいないだけ。
ソファの背凭れに掛けてあるブランケットを広げて肩に掛け、ダイニングテーブルの椅子のひとつをチェストの目の前まで移動させる。
椅子の上で膝を抱えた僕は吊るされていないてるてる坊主みたいな格好でまたぼんやりツリーの電飾とアドベントカレンダーを交互に見詰める。
こんな風に自分がクリスマスを特別な日だと思うようになるとは思わなかった。
一昨年までの僕にとってはクリスマスなんて他人がやたら浮かれているだけの日だったから。
暫くぼんやりしていたら、カチッ、と離れた所で小さな音。秒差でリビングの電気が点いて、また秒差で「うわっ!」と咄嗟に潜めたのであろう声量の驚いた声。
ゆっくり首を回したら、零司さんが微かに呆れた顔をしながら僕に近付いて来た。
「お前さぁ……座敷童子じゃねーんだから、居るなら電気ぐらい点けろよ」
びっくりした、と肩を竦めながら、零司さんは流れるような動作で手の甲を軽く僕の首に当ててきた。
僕が一人で早く起きていた朝によくされるそれは、どうやら体温を確かめる行動らしい。
その証拠に、
「ん、平気だな」
と零司さんは小さな独り言。
「で? 今日は何が出た?」
アドベントカレンダーの中身のことを問われているのだと察し、今日はまだ開けてないですと正直に答える。
「は〜、お前よく我慢出来るな? 俺なんかガキの頃は起きたらすぐ開けてたぞ」
「……僕、ガキ、という歳ではないので……」
いや、二十歳を超えている零司さんからしたら、まだ十六歳の僕は『ガキ』なのかも知れないけれど。
零司さんがここで云った『ガキ』というのは、小さな子供……せいぜい小学生までのことを指す意味合いだと思う。
僕の反論に零司さんは軽く肩を揺らし、アドベントカレンダーを指差した。
「俺も中身気になるから、今日の分開けろよ」
悪戯に急かす手がくしゃりと僕の頭を撫でる。
それを合図にするよう、僕は抱えていた膝を下ろして姿勢を正し、いっそ恭しくとまで云える手付きで今日の分の抽斗を開けた。
「……あ、」
抽斗の中にコロンと寝転がっているものを見て、僕の心臓がひとつ跳ねる。
ほんの僅かにだけ、口許が緩んだ気がした。
「ん? 何が入ってた?」
高い位置から僕の手元に視線を落としてくる零司さんにも出てきたものがちゃんと判るよう、手の平にそれを取り出す。
「お、今年もサンタきたじゃん」
「……はい。きてくれました」
手の平の上で僕たちを見上げているのは、親指くらいの大きさをしたサンタクロースのオーナメントだった。
零司さんが「今年も」と云ったのは、去年のアドベントカレンダーのラストもサンタクロースのオーナメントが出てきたのを覚えていたのだろう。
「それ、気が済むまで眺めてて良いけど、眺め終わったらツリーの特等席に飾っておけよ」
僕が暫くサンタクロースのオーナメントを手から離さないのを大前提にした零司さんの手がまたくしゃりと僕の頭を撫でてから離れていく。
「湯、沸かすけどお前も温かいの飲むか?」
「あ、はい……飲みたい、です」
「ん、おっけ」
ふぁ、と大きな欠伸をしながらキッチンに向かう零司さん。
ヤカンでお湯を沸かしながら、あぁそうだと彼はさっき閉めたばかりのリビングの戸を少しだけ開けて、その隙間からガラリと何かを廊下から引き入れた。
それは少し大きめの紙袋だった。無地の紺色の紙袋。持ち手は薄い茶色だ。
「燈、これ」
「……? なんですか? その大きな紙袋……」
キョトンと首を傾げる僕に零司さんは何食わぬ顔。
「サンタが来たなら、当然プレゼント置いてってるだろ」
ほら、燈へ、って名前貼ってある、なんて。
僕はサンタクロースのオーナメントをツリーに引っ掛け、椅子を元の位置に戻しがてら零司さんの側へ歩む。
確かに紙袋の持ち手の部分には『燈へ』と書かれた小さなタグが結び付けられていた。
零司さんが用意してくれたのだろうか? それとも佐伯さんが?
紙袋に飛び付かない僕に、零司さんが小さく苦笑する。
「お前に、ってタグまで付いてんだからお前にしか開ける権利ねーんだよ。ほら、さっさと開けろ。サンタが何くれたか見せてみ」
火にかけたヤカンはまだお湯を沸かしきれていないらしいのを横目に確認した零司さんが、僕に紙袋の中身を確かめさせようと視線で促してくる。
床にしゃがんで、紙袋の真ん中を留めてあるシールを剥がす。
紙袋の中に手を入れると、最初にヒンヤリとした温度が指に触れ、その後ふかふかな感触を捉える。
中身を引っ張り出してみると、表面がシャカシャカした生地(何ていう素材なのか僕は名称を知らない)の、ふかふかと柔らかくて軽い上着が出てきた。ちなみに色はクリーム色っぽい白。
「お前それちょい羽織ってみ」
零司さんに云われるがまま、引っ張り出した上着を部屋着の上から羽織ってみる。ほんの少し、大きい気がする。
片袖を通してみたら、やっぱり手の半分までが隠れてしまった。
それでも、零司さんは満足そうな笑みをひとつ。
「いーじゃん、似合う似合う。サンタのセンスも中々だな。お前去年から背ぇ伸びたろ? これからまた伸びるだろーし、多少オーバーサイズでもどうせすぐ丁度良くなる」
良いモン貰えたな、と目を細める零司さんはあくまでもコレをサンタクロースからのプレゼントだと云い張るつもりのようだ。
満足そうな笑顔を見て、多分これは零司さんが選んでくれたんだろうな、って判ったけれど、零司さんがサンタクロースからということにするなら、僕もそのつもりで受け取るべきなんだろう。
「それ、まあまああったかそうだな」
「風を通さなさそうで、冬の外出でも無敵になれそうです……」
「無敵、って……そんなにか?」
クスクスと笑う零司さんのそれは、茶化すというより嬉しそう、な色の方が濃かった。
「あ、お湯沸いたな……お前それ、部屋のハンガーに掛けてきな。その間に飲み物入れといてやる」
その言葉に素直に従い、僕は自室のクローゼットのハンガーに上着を掛けてまたリビングに戻る。
テーブルの上にはふわふわ湯気が立ち上るマグカップが既に用にされていて、座れと視線で促される。
椅子に腰を落ち着けてマグカップを両手で包むと、指先から背筋の方へとじんわり温かさが神経を震わせながら伝わった。
顔を近付ければ、ふんわり甘い牛乳の香りが紅茶の香りに溶け込んでいる。
ひと口、舐めるように啜ったそれは、ちょっと甘めのミルクティー。
僕に安心をくれる味だ。
「おいしい……あったかい……」
湯気に溶けてしまう程小さな声で呟いた声を、零司さんの聴覚神経はきちんと拾ったらしく。
「そりゃ良かった」
と、自分もマグカップを傾けた。
「あ、そーいや燈。今夜父さんが夕飯張り切ってっから、覚悟しとけよ」
「へ? 張り切って……?」
「おう。冷蔵庫ん中。仕込み中の鳥がそのまんまの姿で突っ込んであった。夜中にやったんだろーな。あの人たまに手が込んだの作るの好きだから」
確かに、普段零司さんの方がご飯を作ることが多いけれど、佐伯さんが作る時は何だか外食で出てきそうなご飯がテーブルに並ぶ確率が高い。
「鳥丸々、ってことは多分ダシも取ってるだろーからポトフもほぼ確定だな」
「すごい……クリスマス、って感じですね……」
「まぁ、クリスマスだからな」
ケーキは夕方買いに行くぞ。
これは俺とお前の担当だって父さんからの命令。
ふっ、と目を細めて笑う零司さんに、命令なら責任重大ですねと淡く笑い返す。
去年の僕は、まだこんな風には笑えなかったと思う。
クリスマスというイベントは一昨年まで煩わしいとさえ思っていたのに、今年はクリスマスというイベントが胸を弾ませる。
僕のこうした心境の変化は佐伯さんと零司さんのお陰であるのは勿論のこと。
このクリスマスの家庭内行事を彼らに続けさせているのは亡くなった零司さんのお母さん——壱華︽ いちか ︾さんあってのことだろうから。
そっと、クリスマスツリーの横に立て掛けてある写真立てに視線を流す。
写真で見る笑顔しか知らないけれど、僕はこの佐伯家三人に心を救われているんだな、としみじみ思った。



