時が止まるまで、君と

 隆平は、初めこそ瀬川らしくないと周囲に不思議がられていたが、すぐに誰からも愛される存在になった。
 生きていた頃もそうだった。いつもクラスの中心にいる存在だけれど、決して(おご)ったりせず、教室の隅にいる人間にも声をかける。
 だから、俺も隆平が好きで、いつも一緒にいたかった。
「皐月、一緒に弁当食べよう」
 昼休みになると、隆平は必ず他の誘いを断って俺を誘う。
「りゅ……瀬川君。うん!」
 俺は周囲に悪いと思いつつも、やっぱり隆平に誘われるのは嬉しく、即答する。
 隆平も瀬川の顔で笑い返すと、俺の腕を引いて屋上へと導いた。
「風、気持ちいい」
「な」
 もう5月下旬だが、爽やかな風が吹いていて心地いい。
 風で髪を(なび)かせながら隆平を見やる。
 実は隆平が瀬川に取り憑いてから、今日でひと月近く経とうとしていた。
 満月は今日で、今日あれをやらなくてはいけないのに、体が瀬川のままというのは、何だか嫌な気がする。
「皐月?どうした」
「隆平、俺、その姿のお前と……その、するのは嫌なんだけど」
 俺がそう言えば、隆平は顔を顰めた。
「それは俺もそうだ。だけどなぜか、瀬川のやつ、このまま俺を解放しないつもりみたいなんだ」
「どういうこと?」
「対話はできるし、離れようとするんだけど、その度に拒絶される。俺のことを利用して、皐月を自分のものにでもしようとしてるんじゃないかな」
「自分のものにって……瀬川も俺も男だけど」
「……」
 隆平が俺を見て苦く笑う。
「そうだな。俺はそんなものは関係ないと思うけど」
「隆平?」
 隆平が俺の方を見て、指先を伸ばしてくる。
 唇にそっと触れて来た途端、ぴくりと肩が震えた。
「この間の答え、分かった?」
「この間の……」
 ――さっきのキスの意味、よく考えて。
「キスの、意味?」
「そう」
 俺はざわざわする胸元を押さえて、答えを探す。
 本当に分からないわけではない。
 キスは家族愛や親愛を意味するものでもあるけど、唇にするものが意味するところは、それ以外にないのだと気づいている。
 ただ。
「隆平、俺はお前のこと、大切な友達で、幼馴染みで、家族とか兄弟みたいに思ってる」
「うん、知ってる」
「だから、その。そういう風に見るのは」
「嫌だ」
「りゅ……っ」
 その時、一陣の風が吹き、目を閉じた一瞬のうちに何かが倒れる音と、唇に柔らかなものが触れてくるのが分かった。
「んぅ、んっ」
 技巧も何もない、ただひたすらに合わさっては離れ、を繰り返すだけのキスなのに、相手はあの隆平だと分かっているのに、掻き乱される。
「りゅう、へい、やめっ」
 中身は隆平でも、体は瀬川のもので、中身の隆平は俺の親友、なのに。
 俺は隆平を突き放そうとしたけれど、力が抜けて掴むくらいしかできない。
 なんで。
 なんで、俺は。
 キスが。
 気持ちいい、だなんて。
 自分の中に沸き上がる感覚に困惑し、動揺でどうにかなりそうになる中、唇に触れる感触がより鮮明になるのが分かった。
 これは、この感触は。
 瀬川のものじゃ、ない。
 恐る恐る目を開くと、間近に隆平の整った顔がある。
 普段は優しいのに、今は俺を奪い尽くそうとするような強い眼差しとぶつかり、抵抗するのを忘れた。
「ん、んぅ」
 俺は自分の中で動き始める感情の意味をまだ名づけられないまま、隆平の胸に手を添え、そっと押した。
「皐月」
 隆平はこの前よりもよりくっきりとしてきていて、でも体の向こうに透けている青空が見えて、俺はその光景を眺める。
「隆平、俺は」
 言葉を続けようとした時、誰かが足元で唸り声を上げた。
「ううーん」
 見ると、瀬川が倒れている。
「皐月、話は帰り道でも」
 ちょうどチャイムが鳴ったのを機に、俺と隆平は頷き合って瀬川を置き去りにしたまま教室に戻った。