それは、音もなく近づいて…

最終章:編者あとがき…「資料室の湿り気」について

最後のページをめくる私の指先は、自分でも驚くほどに濡れていた。「最終章」と書かれたその紙は、他の公文書とは異なり、ごく最近、私宛に書かれた手紙のような体裁をとっていた。

【最終資料:編纂担当者への辞令と警告】
「…資料の通読、お疲れ様でした。あなたがこれを読んでいるということは、全ての記録 をその脳内に『保存』したということです。
昭和の時代、我々は粘菌を物理的に封じ込めようとして失敗しました。現代において、奴 らを制御する唯一の方法は、奴らの存在を『ただの記録』として定義し、人間の意識の中 に閉じ込めることだけです。奴らは情報の伝達そのものを苗床とします。あなたが資料を 読み、理解し、戦慄したその瞬間、あなたという人間そのものが、新しい『情報のキャリ ア(運び手)』となったのです」

地下三階の資料室。外界から隔絶されたこの冷たい壁の向こう側から、今まで気づかなかった音が聞こえ始めた。何万、何億という微細な細胞が、壁を叩くような、あるいは喉を 鳴らすような低い震動を立てている。袖口からのぞく皮膚の下に、細い、黄金色の「脈」 が、心拍とは異なるリズムでかすかに蠢いているのが見えた。

私は、資料室の照明を消した。 暗闇のなかで、私の体は、そしてこの膨大な資料たちは、 淡い黄金色の光を放ち始めている。



資料室の扉の隙間から、甘い、花の腐ったような匂いが染み出していく。 そう、それは、 もうどこにでもいるのだ。地上では、まだ何も知らない人々が、雨の日のアスファルトを 「柔らかい足取り」で歩いているだろう。 私はゆっくりと目を閉じ、自分のなかに流れ 込む、膨大な知性の拍動に身を委ねた。


(「謎のイエロー菌事案記録」編纂終了。以後、閲覧禁止)

(了)

(注)文章中の写真は、すべて「AIによる生成」です。