それは、音もなく近づいて…

第十二章:再燃の予兆…沈黙を破るもの

私は最後から二番目のファイル、「第十二章」を手に取った。かつての犠牲を知る者たち は世を去り、あるいは沈黙を守ったまま、世界は新しく、そして「柔らかく」なりすぎて いた。

【某 IT インフラ管理会社・保守作業記録(202█年)】 「…都心部の光ファイバー網において、原因不明の信号減衰を確認。絶縁体であるはずの被覆を、黄金色の『網目』がびっ しりと覆い尽くしている。それは信号が発する微かな熱を栄養にしているかのように、サーバー室の床下へ向かって伸びていた。

【最新型スマートホーム・ユーザーからの問い合わせログ(202█年 6 月)】 「…家を建て替えてから、不思議なことが続いています。最近、家中に『甘い、花の腐ったような匂 い』が漂うようになりました。掃除をしても、翌朝には壁の隙間から黄色い筋のようなものが染み出している。 何より、AI 搭載の見守りカメラが、夜中に誰もいないはずの子供 部屋の隅に向かって『認識中』のインジケーターを点滅させ続けているのが、不気味でなりません」

【都市環境学者の未発表論文(草稿)】 「…ヒートアイランド現象による地下温度の上 昇。そして、高密度に張り巡らされた電子ネットワーク。彼らは数十年の休眠を経て、単 なる生物学的増殖だけでなく、都市の『情報系』をも自らの一部として取り込み始めている。



粘菌図鑑には、「迷路を解くことができるんです」と書かれている。昭和の粘菌が解いた のがプラスチックの迷路だったとすれば、現代の彼らが解こうとしているのは、この国そのものを覆う巨大なデジタル迷路なのだ。

赤外線で捉えた東京の地下。そこには、網の目のように広がるインフラをなぞるようにし て、巨大な「脈打つ黄金の龍」のような熱源が、かつてない密度で横たわっていた。 ター ゲットはもはや、個々の家庭ではない。この文明そのものが、一つの巨大な「柔らかいエ サ」として認識されている。