第十一章:休眠・年単位の影…待つという生存戦略
私は「第十一章」の封を切った。 そこには、騒乱が収束した後の、不気味なほど静かな 数年間の記録が収められている。 粘菌は死滅したのではない。彼らはただ、次の季節 (とき)が来るまで、私たちの生活の「隙間」で息を潜めることを選んだのだ。
【事案終結宣言・内部検討資料(19██年 3 月)】 「…昨年末を境に、大規模な構造物の 出現、および乳幼児の不審な失踪報告は激減した。表面上、脅威は去ったと判断して差し 支えない。今後は『謎のイエロー菌』の呼称を公文書から順次抹消し、一連の事態を『局 地的な環境汚染による健康被害』として再定義する」
【ある精神科医の往診記録(19██年 5 月)】 「…患者の多くは、あの時期のことを『集団的な悪夢だった』と語り始めている。だが、雨が降る夜になると、彼らは一様に窓を閉め切り、空気清浄機の音を異常に恐れる。彼らの心の奥底では、あの黄金の網が今も脈打 っている。
【建設コンサルタントによる定期点検報告(数年後)】 「…都内古い下水管の内部に、異 常な硬度の堆積物を確認。それは管の壁面に密着し、まるでインフラの一部であるかのように、都市の動脈を締め上げている。 堆積物の表面に耳を当てると、地鳴りのような、微かな振動が伝わってくる。
粘菌図鑑には、「じっと待つんです。何年も、何十年も」と書かれている。その「待つ」と いう行為の残酷さを、私は今、皮膚を刺すような悪寒とともに理解した。
彼らにとっての数年は、一呼吸に過ぎない。人間が忘れ、油断し、再び「柔らかい命」を 社会が満たすその時を、彼らはただ、都市のコンクリートのなかで楽しみに待っているの だ。
私は「第十一章」の封を切った。 そこには、騒乱が収束した後の、不気味なほど静かな 数年間の記録が収められている。 粘菌は死滅したのではない。彼らはただ、次の季節 (とき)が来るまで、私たちの生活の「隙間」で息を潜めることを選んだのだ。
【事案終結宣言・内部検討資料(19██年 3 月)】 「…昨年末を境に、大規模な構造物の 出現、および乳幼児の不審な失踪報告は激減した。表面上、脅威は去ったと判断して差し 支えない。今後は『謎のイエロー菌』の呼称を公文書から順次抹消し、一連の事態を『局 地的な環境汚染による健康被害』として再定義する」
【ある精神科医の往診記録(19██年 5 月)】 「…患者の多くは、あの時期のことを『集団的な悪夢だった』と語り始めている。だが、雨が降る夜になると、彼らは一様に窓を閉め切り、空気清浄機の音を異常に恐れる。彼らの心の奥底では、あの黄金の網が今も脈打 っている。
【建設コンサルタントによる定期点検報告(数年後)】 「…都内古い下水管の内部に、異 常な硬度の堆積物を確認。それは管の壁面に密着し、まるでインフラの一部であるかのように、都市の動脈を締め上げている。 堆積物の表面に耳を当てると、地鳴りのような、微かな振動が伝わってくる。
粘菌図鑑には、「じっと待つんです。何年も、何十年も」と書かれている。その「待つ」と いう行為の残酷さを、私は今、皮膚を刺すような悪寒とともに理解した。
彼らにとっての数年は、一呼吸に過ぎない。人間が忘れ、油断し、再び「柔らかい命」を 社会が満たすその時を、彼らはただ、都市のコンクリートのなかで楽しみに待っているの だ。

