プロローグ 南紀の雨の日に
その日、紀伊半島の南は朝から細かな雨が降っていた。 山から海へ抜ける風は湿り気を 帯び、白浜の空は低く、雲が幾重にも重なっていた。 小学生たちは、観光バスの座席でレ インコートを膝に丸め、窓ガラスを流れる雨筋を指で追っていた。雨の日の校外学習は、 いつも少しだけ退屈だ。前の席の子が「このへん、海近いんだって」と言い、後ろの席の 子が「でも雨だし見えないじゃん」と返す。引率の教師は通路に立って、「濡れた靴で走ら ない」「勝手に先に行かない」と、いつもの注意を繰り返している。 誰もが、これから何 を見せられるのかより、昼に何を食べるのかの方に興味がある顔をしていた。
バスを降りると、フロントガラスを叩いていた雨音が途切れ、代わりに潮の匂いが漂ってきた。色の揃わないレインコートが、駐車場の灰色の地面の上に並ぶ。引率の教師が名 簿を手に人数を確認し、「足元に気をつけて」と声をかける。 和歌山県・南方熊楠記念 館。 白い外壁の建物は松林に囲まれ、雨に濡れて少し暗く見えた。入口のガラス扉には 無数の雨粒が貼りつき、背後の木々が歪んで映っている。
「今日は、ちょっと変わった生き物のお話をします」 館内に入ると、学芸員の女性が そう言って子どもたちを迎えた。声は穏やかで、修学旅行や校外学習で何度も繰り返して きた説明の調子だった。教師が配布プリントを配り、紙の束がぱらぱらと鳴った。プリン トの表紙には大きく書いてある。 ~『変形菌(粘菌)を見てみよう』 ~「森の中のふしぎな生き物」
展示室は外の天気に比べて明るく、乾いていた。壁には写真と図解、中央のケースには 小さな乾燥標本が並んでいる。 変形菌。あるいは、粘菌。 「名前に“菌”ってついていま すけど、ばい菌ではありませんよ。キノコの仲間でもありません。植物でも、動物でもないんです。」 子どもたちは首を傾げる。学芸員は笑って続けた。 「でも、生きています。 しかも、動くんですよ。それも、お腹を空かせた動物のように」
スクリーンに映し出された映像では、黄色い網のようなものが、ゆっくりと形を変えながら広がっていく。落ち葉の上を這うように進み、枝の影を避け、餌に向かって伸びていく。 映像の隅に小さな字幕が出ていた。「※早送り映像(数時間を数十秒にしていま す)」。 「これ、全部ひとつの細胞なんです。心臓も脳もありません。でも、全身が筋肉 であり、神経なんです」 ざわ、と小さな声が上がった。一つの細胞。それなのに、迷路を 解いたり、効率のいい道を選んだりする。

「この動いている状態を『変形体』と呼びます。彼らは好物を見つけると、逃げられな いようにじわじわと包み込みます。細胞そのものが相手に覆いかぶさり、時間をかけて溶 かすようにして、自分の体の中に吸い込んでしまうんです」 映像の中の黄色い網が、小さなキノコを包囲し、数秒後にはその姿が消えていた。 「彼らが好むのは、栄養がたっぷり と詰まった、柔らかいものです。例えば、若くて新鮮な菌糸や、生まれたばかりの小さな 虫の幼虫。殻や皮がまだ薄くて、自分たちの細胞が入り込みやすい相手を、敏感に嗅ぎ分 けるんですよ」
プリントには、粘菌の不思議な一生(サイクル)が図解されていた。「お腹がいっぱいに なると、彼らは形を変えます」 学芸員がパネルを指す。そこには、地面からニョキニョキ と生える小さなマッチ棒のような突起が写っていた。 「エサを食べ尽くしたり、環境が悪くなったりすると、彼らは動くのをやめて、小さなキノコのような姿になります。これを『子実体(しじったい)』と呼びます。この頭の中には、目に見えないほど小さな『胞子』 が数えきれないほど詰まっています」
誰かが「死んじゃうの?」と聞いた。学芸員は少しだけ目を細めて微笑んだ。 「いい え。死ぬのではなく、眠るんです。胞子はとても硬い殻に守られていて、何十年経っても 死にません。どんなに乾燥しても、強い薬をかけられても、ただじっと『次のチャンス』 を待つんです。そして雨が降り、湿度が戻り、周りに『柔らかいエサ』が現れたその瞬間 に…」 彼女は指をぱっと広げた。 「胞子は一斉に目覚め、またアメーバーのように溶け 合い、ひとつの巨大な『変形体』となって動き出すんです」
子どもたちは鉛筆を止めて、その図をじっと見つめた。 永遠に死なず、眠りながら、獲 物が近づくのを待つ。安全なはずの知識が、急に冷たい感触を帯びた気がした。 別の映 像では、二つの餌の間に置かれた変形菌が、遠回りでも条件の良い道を選ぶように伸びて いく。 「まるで考えているみたいだ」と誰かが言い、学芸員は「考えているように見える だけです」と笑った。 「彼らには、私たちのような『境界線』がありません。ひとつの 細胞がどこまでも広がり、つながり続ける。つまり、彼らが広がる場所すべてが『彼らの 体の中』になるということなんです」
教師が「ほら、理科の授業でやっただろ」と言う。子どもたちは、やったかどうか曖昧 な顔をしながら頷いた。 展示パネルには南方熊楠(みなかた くまぐす)の名前があっ た。 日本人で、世界的に有名な博物学者。森や山に分け入り、当時ほとんど顧みられていなかった小さな生き物を丹念に観察し、記録した人物だ。 古い写真には、和服姿の男が虫眼鏡を手に地面を覗き込む姿が写っている。派手な発見ではなく、誰も見向きもしないものを根気よく見続けた人だった。 学芸員は「南方先生は、ここらの森で何日も寝泊 まりして、名前もないような小さなものを記録しました」と言い、子どもたちは「虫とか 多そう」と顔をしかめた。教師が「そのおかげで今の研究があるんだよ」と真面目な声で 補足する。
「危険な生き物なんですか?」 誰かが聞いた。学芸員は間を置かずに首を振った。 「いいえ。人に害はありません。むしろ、とても繊細で、乾燥や強い光が苦手です。だか ら森の中の湿った落ち葉の裏とか、木の影みたいなところにいます」 子どもたちは安心 したように頷いた。危なくない。触ってもいい。観察していい。 ケースの中の乾燥標本 は、小さく、軽そうに見えた。森の落ち葉の裏に隠れていそうな大きさだ。

「大きいのは、いないんですか?」 一番後ろにいた男の子が、何気なく聞いた。質問 に特別な意図はなかった。ただ、画面の中で広がっていく様子が印象に残っていただけ だ。 学芸員は、一瞬だけ言葉を探すように視線をずらした。ほんの一瞬だった。 「自然 の中では、だいたいこのくらいの大きさです。普通、子実体では大きさがせいぜい二ミリ 以下、大きいもので一・五センチですが、変形体になると、スライムのようなシート状に なって数メートルにも広がるものもあります。でも、人間に危害を及ぼすものではありま せん」 そう言って展示の写真を指した。それ以上の説明はなかった。教師が「はい次」と 促し、子どもたちはプリントをめくった。最後に、学芸員は「粘菌についてもっと詳しく 知りたい人は、『粘菌図鑑』という本がありますから、図書館や大きな書店で見てみて下 さい」と言った。
見学が終わり、子どもたちは土産物コーナーを通って出口へ向かった。鉛筆や絵はが き、小さな図鑑のような冊子も並んでいる。誰かが「粘菌って書いてある」と笑い、別の 誰かが「気持ち悪い名前」と言った。学芸員は笑って「でも、可愛いでしょう」と返し た。 外はまだ雨が降っている。軒先の水たまりに松の葉が浮かんでいた。 バスに乗り込む前、トイレ休憩の列ができ、教師が「忘れ物ないか」と声をかける。子どもたちはさっき見た映像の話よりも、濡れた靴下の不快さを話題にしていた。
照明が落とされる時間になり、展示室のガラスケースに自分たちの姿が映り込んだ。 そのとき、乾燥標本の表面が、照明の角度のせいか、少しだけ濡れているように見えた気 がした。ガラスの内側か外側かも、よく分からない。 もちろん、気のせいだ。雨の日 は、何でも湿って見える。 外に出ると潮の匂いがした。子どもたちは振り返って建物を見 上げた。記念館の屋根を伝って、雨水が静かに流れ落ちていた。
雨水は、どこへ行くのだろう。 排水溝へ。地面へ。海へ。森へ。 変形菌は、森の中の小さな生き物だ。人の暮らしとは関係のない、不思議で、無害な存在だ。 その日、誰も疑わなかった。疑う理由は、どこにもなかった。
その日、紀伊半島の南は朝から細かな雨が降っていた。 山から海へ抜ける風は湿り気を 帯び、白浜の空は低く、雲が幾重にも重なっていた。 小学生たちは、観光バスの座席でレ インコートを膝に丸め、窓ガラスを流れる雨筋を指で追っていた。雨の日の校外学習は、 いつも少しだけ退屈だ。前の席の子が「このへん、海近いんだって」と言い、後ろの席の 子が「でも雨だし見えないじゃん」と返す。引率の教師は通路に立って、「濡れた靴で走ら ない」「勝手に先に行かない」と、いつもの注意を繰り返している。 誰もが、これから何 を見せられるのかより、昼に何を食べるのかの方に興味がある顔をしていた。
バスを降りると、フロントガラスを叩いていた雨音が途切れ、代わりに潮の匂いが漂ってきた。色の揃わないレインコートが、駐車場の灰色の地面の上に並ぶ。引率の教師が名 簿を手に人数を確認し、「足元に気をつけて」と声をかける。 和歌山県・南方熊楠記念 館。 白い外壁の建物は松林に囲まれ、雨に濡れて少し暗く見えた。入口のガラス扉には 無数の雨粒が貼りつき、背後の木々が歪んで映っている。
「今日は、ちょっと変わった生き物のお話をします」 館内に入ると、学芸員の女性が そう言って子どもたちを迎えた。声は穏やかで、修学旅行や校外学習で何度も繰り返して きた説明の調子だった。教師が配布プリントを配り、紙の束がぱらぱらと鳴った。プリン トの表紙には大きく書いてある。 ~『変形菌(粘菌)を見てみよう』 ~「森の中のふしぎな生き物」
展示室は外の天気に比べて明るく、乾いていた。壁には写真と図解、中央のケースには 小さな乾燥標本が並んでいる。 変形菌。あるいは、粘菌。 「名前に“菌”ってついていま すけど、ばい菌ではありませんよ。キノコの仲間でもありません。植物でも、動物でもないんです。」 子どもたちは首を傾げる。学芸員は笑って続けた。 「でも、生きています。 しかも、動くんですよ。それも、お腹を空かせた動物のように」
スクリーンに映し出された映像では、黄色い網のようなものが、ゆっくりと形を変えながら広がっていく。落ち葉の上を這うように進み、枝の影を避け、餌に向かって伸びていく。 映像の隅に小さな字幕が出ていた。「※早送り映像(数時間を数十秒にしていま す)」。 「これ、全部ひとつの細胞なんです。心臓も脳もありません。でも、全身が筋肉 であり、神経なんです」 ざわ、と小さな声が上がった。一つの細胞。それなのに、迷路を 解いたり、効率のいい道を選んだりする。

「この動いている状態を『変形体』と呼びます。彼らは好物を見つけると、逃げられな いようにじわじわと包み込みます。細胞そのものが相手に覆いかぶさり、時間をかけて溶 かすようにして、自分の体の中に吸い込んでしまうんです」 映像の中の黄色い網が、小さなキノコを包囲し、数秒後にはその姿が消えていた。 「彼らが好むのは、栄養がたっぷり と詰まった、柔らかいものです。例えば、若くて新鮮な菌糸や、生まれたばかりの小さな 虫の幼虫。殻や皮がまだ薄くて、自分たちの細胞が入り込みやすい相手を、敏感に嗅ぎ分 けるんですよ」
プリントには、粘菌の不思議な一生(サイクル)が図解されていた。「お腹がいっぱいに なると、彼らは形を変えます」 学芸員がパネルを指す。そこには、地面からニョキニョキ と生える小さなマッチ棒のような突起が写っていた。 「エサを食べ尽くしたり、環境が悪くなったりすると、彼らは動くのをやめて、小さなキノコのような姿になります。これを『子実体(しじったい)』と呼びます。この頭の中には、目に見えないほど小さな『胞子』 が数えきれないほど詰まっています」
誰かが「死んじゃうの?」と聞いた。学芸員は少しだけ目を細めて微笑んだ。 「いい え。死ぬのではなく、眠るんです。胞子はとても硬い殻に守られていて、何十年経っても 死にません。どんなに乾燥しても、強い薬をかけられても、ただじっと『次のチャンス』 を待つんです。そして雨が降り、湿度が戻り、周りに『柔らかいエサ』が現れたその瞬間 に…」 彼女は指をぱっと広げた。 「胞子は一斉に目覚め、またアメーバーのように溶け 合い、ひとつの巨大な『変形体』となって動き出すんです」
子どもたちは鉛筆を止めて、その図をじっと見つめた。 永遠に死なず、眠りながら、獲 物が近づくのを待つ。安全なはずの知識が、急に冷たい感触を帯びた気がした。 別の映 像では、二つの餌の間に置かれた変形菌が、遠回りでも条件の良い道を選ぶように伸びて いく。 「まるで考えているみたいだ」と誰かが言い、学芸員は「考えているように見える だけです」と笑った。 「彼らには、私たちのような『境界線』がありません。ひとつの 細胞がどこまでも広がり、つながり続ける。つまり、彼らが広がる場所すべてが『彼らの 体の中』になるということなんです」
教師が「ほら、理科の授業でやっただろ」と言う。子どもたちは、やったかどうか曖昧 な顔をしながら頷いた。 展示パネルには南方熊楠(みなかた くまぐす)の名前があっ た。 日本人で、世界的に有名な博物学者。森や山に分け入り、当時ほとんど顧みられていなかった小さな生き物を丹念に観察し、記録した人物だ。 古い写真には、和服姿の男が虫眼鏡を手に地面を覗き込む姿が写っている。派手な発見ではなく、誰も見向きもしないものを根気よく見続けた人だった。 学芸員は「南方先生は、ここらの森で何日も寝泊 まりして、名前もないような小さなものを記録しました」と言い、子どもたちは「虫とか 多そう」と顔をしかめた。教師が「そのおかげで今の研究があるんだよ」と真面目な声で 補足する。
「危険な生き物なんですか?」 誰かが聞いた。学芸員は間を置かずに首を振った。 「いいえ。人に害はありません。むしろ、とても繊細で、乾燥や強い光が苦手です。だか ら森の中の湿った落ち葉の裏とか、木の影みたいなところにいます」 子どもたちは安心 したように頷いた。危なくない。触ってもいい。観察していい。 ケースの中の乾燥標本 は、小さく、軽そうに見えた。森の落ち葉の裏に隠れていそうな大きさだ。

「大きいのは、いないんですか?」 一番後ろにいた男の子が、何気なく聞いた。質問 に特別な意図はなかった。ただ、画面の中で広がっていく様子が印象に残っていただけ だ。 学芸員は、一瞬だけ言葉を探すように視線をずらした。ほんの一瞬だった。 「自然 の中では、だいたいこのくらいの大きさです。普通、子実体では大きさがせいぜい二ミリ 以下、大きいもので一・五センチですが、変形体になると、スライムのようなシート状に なって数メートルにも広がるものもあります。でも、人間に危害を及ぼすものではありま せん」 そう言って展示の写真を指した。それ以上の説明はなかった。教師が「はい次」と 促し、子どもたちはプリントをめくった。最後に、学芸員は「粘菌についてもっと詳しく 知りたい人は、『粘菌図鑑』という本がありますから、図書館や大きな書店で見てみて下 さい」と言った。
見学が終わり、子どもたちは土産物コーナーを通って出口へ向かった。鉛筆や絵はが き、小さな図鑑のような冊子も並んでいる。誰かが「粘菌って書いてある」と笑い、別の 誰かが「気持ち悪い名前」と言った。学芸員は笑って「でも、可愛いでしょう」と返し た。 外はまだ雨が降っている。軒先の水たまりに松の葉が浮かんでいた。 バスに乗り込む前、トイレ休憩の列ができ、教師が「忘れ物ないか」と声をかける。子どもたちはさっき見た映像の話よりも、濡れた靴下の不快さを話題にしていた。
照明が落とされる時間になり、展示室のガラスケースに自分たちの姿が映り込んだ。 そのとき、乾燥標本の表面が、照明の角度のせいか、少しだけ濡れているように見えた気 がした。ガラスの内側か外側かも、よく分からない。 もちろん、気のせいだ。雨の日 は、何でも湿って見える。 外に出ると潮の匂いがした。子どもたちは振り返って建物を見 上げた。記念館の屋根を伝って、雨水が静かに流れ落ちていた。
雨水は、どこへ行くのだろう。 排水溝へ。地面へ。海へ。森へ。 変形菌は、森の中の小さな生き物だ。人の暮らしとは関係のない、不思議で、無害な存在だ。 その日、誰も疑わなかった。疑う理由は、どこにもなかった。

