「え、雨降ってね?」
午後五時の自習室。下校時刻の放送が流れる中、鞄に参考書を押し込んでいると、そんな声が聞こえた。
声の主――絹本はノートや参考書を広げたまま、席を立って窓に張り付いていた。
自習室といっても空いた教室を開放しているだけだから、何に遮られることもなく教室を見渡すことができる。少し離れた席からその様子を見ていると、彼が窓の鍵に手を伸ばしたのがわかった。
がら、という音と共に窓が開けられると、雨音がよりクリアになって憂鬱な心地がした。それは絹本も同様らしく、「うわ」と声を発したようだった。雨の音は弱くはなかったから、彼の声がはっきり聞こえたわけではなかったけど。
今更だが、自習室には俺と絹本しかいなかったから、俺は彼の言葉に対して返答をすべきだったのかもしれない。だが、どうせ雨で聞こえないだろうし、接点のない相手に話しかけられても、と思うし、正直面倒だった。よって、別にいいか、と結論づけた。
参考書が入った鞄にペンケースをねじ込んだところで、絹本は窓を閉めて再び独り言を言った。
「やば、どうしよ」
今度は誰かに問いかけるようなものでもなく、俺が彼を意識していたから聞こえたような声量のものだった。もちろん聞いていないふりもできた。
でも、なんとなく答えなければならない気がして、鞄のファスナーをしめる手を止めて「どした」と訊ねてみた。
彼は少し目を見開いて俺の方を見た。キモがられたか、と思った俺が目を逸らそうとすると、彼は表情を緩めた。
「傘忘れて。濡れて帰るしかないかーって」
なるほど。音からしても小降りではないから、傘無しに外を歩くのには少し勇気が要るだろう。
「じゃあ俺の傘入ってく?」
まるで準備していたかのような、自分でも驚くほどスムーズに出た言葉だった。
彼は近くの机に手をつくと、さっき以上に目を丸くした。
「マジで?」
「嘘ついてどうすんだ」
「いや、上崎ってこう、クールなイメージあるから。なんかびっくりしたっていうか」
「どういう意味だよ」
絹本は「ウォームだなって」と言った。ウォームってなに、と聞き返す前に、彼は確認するように「傘、入れてもらっていい?」と首を傾げた。
俺は頷いて、彼の支度が整うのを待った。「上崎マジ神〜」と歌うように呟いているのを聞くと、くすぐったい心地がした。
それから、どうしてあの提案を瞬発的にできたのかを少し考えた。
母親に言われなければ自分も傘を忘れていただろうし、そうだったらきっと困った。そういう共感のような何かだったのかもしれない。あるいは、善行を積んでテストの点数を上げたかったのかもしれない。
でもそんな理屈の外で、彼は喜んでくれた。それを思えば、すべてがどうでもよくなった。
靴箱に行く途中、二週間後に控えているテストの話をした。世界史の範囲がエグい、とか、英熟語覚えらんない、とか。絹本とはあまり話したことがなかったが、話してみればわりとわかり合えることもあった。向こうが俺のレベルに合わせてくれただけかもしれないが。
絹本と並んで靴を履き終え、傘立てから回収した傘を開く。絹本は俺より背が高いから、俺が持つとなると少し負担が大きい。彼は「持つよ」と提案してくれたが、俺は意地を張ってそれを退けた。
午後五時の自習室。下校時刻の放送が流れる中、鞄に参考書を押し込んでいると、そんな声が聞こえた。
声の主――絹本はノートや参考書を広げたまま、席を立って窓に張り付いていた。
自習室といっても空いた教室を開放しているだけだから、何に遮られることもなく教室を見渡すことができる。少し離れた席からその様子を見ていると、彼が窓の鍵に手を伸ばしたのがわかった。
がら、という音と共に窓が開けられると、雨音がよりクリアになって憂鬱な心地がした。それは絹本も同様らしく、「うわ」と声を発したようだった。雨の音は弱くはなかったから、彼の声がはっきり聞こえたわけではなかったけど。
今更だが、自習室には俺と絹本しかいなかったから、俺は彼の言葉に対して返答をすべきだったのかもしれない。だが、どうせ雨で聞こえないだろうし、接点のない相手に話しかけられても、と思うし、正直面倒だった。よって、別にいいか、と結論づけた。
参考書が入った鞄にペンケースをねじ込んだところで、絹本は窓を閉めて再び独り言を言った。
「やば、どうしよ」
今度は誰かに問いかけるようなものでもなく、俺が彼を意識していたから聞こえたような声量のものだった。もちろん聞いていないふりもできた。
でも、なんとなく答えなければならない気がして、鞄のファスナーをしめる手を止めて「どした」と訊ねてみた。
彼は少し目を見開いて俺の方を見た。キモがられたか、と思った俺が目を逸らそうとすると、彼は表情を緩めた。
「傘忘れて。濡れて帰るしかないかーって」
なるほど。音からしても小降りではないから、傘無しに外を歩くのには少し勇気が要るだろう。
「じゃあ俺の傘入ってく?」
まるで準備していたかのような、自分でも驚くほどスムーズに出た言葉だった。
彼は近くの机に手をつくと、さっき以上に目を丸くした。
「マジで?」
「嘘ついてどうすんだ」
「いや、上崎ってこう、クールなイメージあるから。なんかびっくりしたっていうか」
「どういう意味だよ」
絹本は「ウォームだなって」と言った。ウォームってなに、と聞き返す前に、彼は確認するように「傘、入れてもらっていい?」と首を傾げた。
俺は頷いて、彼の支度が整うのを待った。「上崎マジ神〜」と歌うように呟いているのを聞くと、くすぐったい心地がした。
それから、どうしてあの提案を瞬発的にできたのかを少し考えた。
母親に言われなければ自分も傘を忘れていただろうし、そうだったらきっと困った。そういう共感のような何かだったのかもしれない。あるいは、善行を積んでテストの点数を上げたかったのかもしれない。
でもそんな理屈の外で、彼は喜んでくれた。それを思えば、すべてがどうでもよくなった。
靴箱に行く途中、二週間後に控えているテストの話をした。世界史の範囲がエグい、とか、英熟語覚えらんない、とか。絹本とはあまり話したことがなかったが、話してみればわりとわかり合えることもあった。向こうが俺のレベルに合わせてくれただけかもしれないが。
絹本と並んで靴を履き終え、傘立てから回収した傘を開く。絹本は俺より背が高いから、俺が持つとなると少し負担が大きい。彼は「持つよ」と提案してくれたが、俺は意地を張ってそれを退けた。
