——本能寺を中心に、数千はいる妖怪との闘争が始まった。数としては人間も劣ってはいない。明智の軍勢千三百と、信長に仕える家臣が妖怪退治屋を呼んでいるので、もう少し増えるだろう。
朝焼けと共に今も尚燃え盛る本能寺は、いつぞやの山火事を思い出させる。
あれから、私と白夜の旅が始まった。
物言いや態度は冷たいけれど、白夜の優しいところに触れ、その本質を知った。きっと、白夜はこんな戦争は望んでいない。
とはいえ、妖怪になれるかどうかは別の話だ。今までは人間になる選択肢しか知らなかったから、その道を目指した。けれども、真の妖怪になれるのであれば、白夜にとってはそれが一番なのではないかと思ってしまう。
――雷牙の大剣は、兜丸が作った防御をも破壊する。
「先程の話、聞いていたであろう? 白夜のことを思うなら、月の石を寄越せ」
どの道、この月の石の欠片は白夜に渡す予定だ。それでも、何故だか私の手から渡したかった。あっさりと誰かの手から渡って欲しくなかった。
「申し訳ありません」
「それはつまり、力ずくで奪い取れと?」
「いえ、私が白夜様に直接お渡し致します。ですので、あなたのそれを私に下さい」
「貴様から渡すのであれば同じこと。ここで痛い目を見たくないのであれば、即刻寄越せ」
地面に突き刺さっている大剣を雷牙が手に取ろうとしたので、私も震える手で腰に付けている片手サイズの三又鍬を手に持った。
これは、我が家の武器庫からこっそり拝借したもの。妖怪の骨で作られたそれは、普通の鍬と違って妖怪の再生能力を遅らせる効果がある。柄の部分に紐が付いており、飛び道具として使える代物だ。
兜丸が、胸ポケットから顔だけ出して私に訴える。
「お前馬鹿なのか!? 相手はあの雷牙だぞ!? 妖怪ん中じゃ、最強と謳われる犬の妖怪、雷牙だぞ!?」
「分かってる」
私が敵う相手でないのは明らかだ。しかし、きっと白夜はすぐに来てくれる。それまで繋ぐことが出来れば良い。
「ほぅ。この我に楯突くとは、いつぞやの巫女そっくりだ!」
雷牙が大剣を振り上げるや否や、私は走った。雷牙の後ろに回るようにして走り、三又鍬を投げつける。
——キンッ。
容易く鋭い爪で弾かれた。
すぐに紐をクイッと引っ張り、紐を操りながら再び攻撃を仕掛ける。
(自分の手足だと思え……)
皮肉にも、昔父から習った教えを頭の中で繰り返す。
思ったよりも体は覚えているようで、自由自在に動く三又鍬は雷牙の紺色の着物の裾を引っ掻いた。
「ただの小娘ではないようだな」
「これでも、元妖怪退治屋の端くれですから!」
「ほぅ、妖怪退治屋か。やはり、あの忌まわしき巫女と同じではなないか!」
怒りを露わにした雷牙は、名前の如く雷を落としてきた。
「あっぶねー」
「ありがとう。兜丸」
間一髪のところで、兜丸の防御によって、それは防がれた。
「それより、半妖のやつはどこ行ったんだよ! オイラがピンチだぞ!」
「白夜は暫く立てんだろうな。なんたって、穢れた血が混ざった半妖だ」
冷笑を浮かべる雷牙に苛立ちを覚える。
私は拳をギュッと握って、雷牙を睨みつけた。
「自分の息子を良くも……」
「なんだ? まだ戦うか?」
「自分の息子を愚弄して楽しいですか!? 仮にも父親ですよね!? 白夜様を認めてあげようとか思わないんですか!?」
「認めているから、こうやって我直々に月の石を探してやったんだ」
「それは、認めた内に」
「そして、我は其方に感謝をしておる。これ以上、我に逆らわなければ命だけは助けてやってもいい」
「感謝?」
怪訝な顔で見ながら、戦闘態勢を整える。けれど、雷牙は余裕そうな顔で語りだす。
「この石を打ち壊した後、忌々しいことに、その一つが我の手元に戻ってきてしまった。腹立たしくてしょうがない時、この世で唯一時を移動できる妖狐が、時を超えて捨てに行ったのだ。絶対に戻って来ぬように」
「それって……」
未来で出会い、六年間共に過ごした狐のような糸目の祖母を思い出す。
「しかし、その後になって月の石の別の使い道を知った。だが、妖狐はかなり年を重ねており、往復は困難だったようだ。半分諦めておったその時……」
「私が……」
「そう、どうやったのか知らんが、貴様が月の石の欠片を持って帰ってきよった。故に、貴様だけは褒美として最後の最後に殺してやろうと考えている。嬉しかろう?」
どのみち殺されるのだ。嬉しいはずがない。嬉しいはずはないのだが、私の口元は自然と上がる。
「おばあちゃん、ありがとう」
忌まわしいはずの妖怪退治屋の娘を可愛がってくれて、月の石の欠片を捨てずに取っていてくれて、白夜と引き合わせてくれて……ありがとう。
辺りを見渡せば、妖怪は人間を人間は妖怪を——彼らは互いを憎んでいる。
雷牙のように人間に騙された妖怪は五万といるだろう。そして、逆も然り。けれど、妖怪と人間は共存出来る。それを祖母が証明してくれた。それだけで、私の決意は固まった。
私は、スカートのポケットから月の石の欠片を二つ取り出した。
「やはり人間だな。結局は自分の命が惜しいか」
「はい。私は、まだまだ長生きしなければなりませんので。こんな所で死ぬ訳には参りません」
大剣を鞘に戻した雷牙が近付いてくる。
「何せ、私は後何百年生きるか分からない半妖……いいえ、『妖怪』と共に生きていくのですから。ここで意地を張るのはやめました」
「貴様、本気で……?」
私の手の平の上にある二つのそれを雷牙が取ろうとしたその時——。
「父上、私の嫁に触れないで頂けますか」
傷だらけの白夜が、雷牙の腕を掴んだ。
「白夜様!」
私の顔は、パァッと明るくなる。
力任せに雷牙の腕を遠ざけた白夜は、私の顔を見るなり、泣きそうな顔で抱きしめてきた。
「白夜……様?」
初めて見るその顔と態度に動揺が隠せない。
「すまない。遅くなった」
「えっと……」
「父上と戦うなど、どうかしている」
「それは、ごめんなさい。でも」
「雅に何かあったら……私は、生きていけない」
「そんな大袈裟な」
苦笑で返すが、それほどまでに愛されていたのだと実感し、胸が温かくなる。
普段は全くそんな素振りを見せないので、私はいつから白夜に好かれていたのかすら分からない。それでも、大切に思われているのがその温もりから伝わってくる。
私は白夜の背をトントンと叩いてから、少し体を離し、月の石の欠片を二つ白夜に手渡した。
「白夜様、これで妖怪になって下さい」
「雅、私は」
その言葉を遮って、私は続ける。
「白夜様なら、最強の妖怪になれます。白夜様にとってそれが最善……いいえ、これはある種、私の願望です」
「願望?」
「これまで、白夜様を罵り、嘲ってきた者らを見返したいのです! 白夜様なら、それが可能です! 妖怪の頂点に立って、ざまぁしちゃって下さい!」
意気込んで訴えれば、雷牙も愉快そうに白夜に月の石の欠片を放り投げた。反射的に白夜はそれを受け取る。
「さぁ、白夜。それを体内へ取り込め。さすれば、我同様に最強の妖怪になれる」
三つのそれを白夜の手の上で月の形にした私は、躊躇いがちに付け足した。
「ですが、白夜様……人間を駆逐するのは、やめて頂けると助かります。穏便に、その威厳で妖怪らをお鎮め下さいませ」
「雅、私は其方と共に在りたいのだ」
「私もです。ですから、白夜様は妖怪として、私は人間として、共に生きていきましょう」
白夜が人間にならなくとも、愛し合うことは可能だ。
半妖と罵られてきた白夜が人間になったとしても、その待遇は変わらないのではないかと思う。むしろ、妖力を失った白夜をチャンスとばかりに叩くこと間違いなしだ。そんなことは、絶対にさせない。
「白夜様。最強の、誰もが平伏すほどの妖怪になって下さい!」
「断る」
怒りを孕んだ物言いに、そして、その冷ややかな金色の瞳に見下ろされ、ドキリとする。
「な、なんで!? どうしてですか!? 白夜様を嘲ってきた者らを」
「そんなものはどうでも良い」
辟易したように息を吐く白夜。
そんな中、斬りかかってくる兵士を雷牙は返り討ちにし、私を狙おうとする妖怪らには他を狙うよう命令している。それを横目に、白夜は静かに私の名を呼んだ。
「雅」
「は、はい!」
思わず背筋が伸びる。
「其方は、私以外の妖怪と暮らしたいのか?」
「へ……?」
「私以外の人間と暮らしたいのか? 私は、其方と二人きりで暮らしたいと思っている」
「わ、私もですよ」
「ならば、外野が何を言おうと関係ない。し返す必要もない」
「そうですけど……」
「それに、私は」
白夜と私の周りに、ブワッと風が巻き起こった。その風は、朱色の妖力と青色の霊力で出来ているよう。二つの力が混ざり合い、紫色になる。
「白夜様、何を……?」
「私は、誰よりも強い」
その力は、私たちを中心に放射状に放たれた。それは雷牙をも吹き飛ばし、騒がしかった戦場が一瞬にして静寂と化した。あるのは、今も燃え続ける火の爆ぜる音だけだった——。
「チートすぎる……」
呆気に取られる私に、白夜は微笑した。
「これで満足か?」
「は、はい……」
それ以上何も言えないでいると、白夜は辛辣な表情で西の方角を向いた。
「ただ、私にも許せん者がいる」
「お父様ですか?」
「あれはどうでも良い」
実の父を“あれ”扱いとは……。
気持ちは分からなくもないが、白夜に対する周りからの仕打ちを雷牙も気にしていた節があるので、少しばかり同情してしまう。
それはさて置き、白夜の許せない相手は誰だろうと、その視線の先を目を凝らして見た。
「――ッ」
その先にいたのは、今の衝撃波を喰らって木に背中を打ち付けられたであろう律の姿だった。
「呼ばれたの、お姉ちゃん達だったんだ」
妖怪退治屋が来るのは知っていたが、それを生業としているのは私達家族だけではない。出来れば違う妖怪退治屋に依頼していて欲しかったと、視線を逸らす。
「白夜様、行きましょう」
「先に行っていろ」
そう言って、白夜は律の方へと歩き出す。
「ちょ、白夜様。一人にしないで下さいよ! そして、あっちに行きましょう!」
律がいるということは、両親もどこかにいるはず。
少しは大人になって心も強くなったと思っている私だが、いざ家族に会うとなると、過去の不当な扱いをされていた頃を思い出す。会いたくない……その気持ちが優り、息苦しさを覚える。
「案ずるな。少々お灸を据えるだけだ」
そう言って、白夜は気絶している律の手から刀を奪い取った。
その時だった。父が白夜に刃を向けた。
「この半妖め! 律から離れろ!」
「お、お父ちゃん……お母ちゃんまで」
やや離れた位置から、母も弓をこちらに向けていた。そして、律も目を覚ます。
「んんッ、何事」
惚けた声を出していた律だが、すぐに状況を察知したのか、刀を構えようとする。が、白夜の手の中にある自身の刀を見て、すぐに半歩下がって防御の体勢を取る。
「あたしの武器、返しなさいよ!」
目の前にいる家族よりも、雷牙の方が圧倒的に強かったはずなのに、足がすくんで動けない。震える私の背中を白夜はポンポンと撫でてくれた。
「私が付いている」
「……うん」
不安げに頷けば、小馬鹿にするように父が言った。
「なんだ? 半妖と旅をしているというイカれた人間は、雅。お前のことだったのか?」
「……」
俯いて何も言えない私の代わりに、白夜が応えた。
「私の嫁を愚弄するとは、良い度胸だ」
「嫁? ハハハッ、半妖の嫁になるなど、完全に常軌を逸したか」
「罵詈雑言を並べられるのも今だけだ」
「戯けたことを。半妖の攻撃など、痛くも痒くもなかったぞ。貴様もこの数年で弱くなったのではないか?」
確かに、周りの妖怪や人間らは気絶する程の衝撃を受けている。あの雷牙ですら、よろめいている。それなのに、父はどうしてこうもピンピンしているのか。
(もしかして、白夜様。うちの家族にだけ手加減した?)
そんなことも出来るとは流石白夜だと感心しつつ、何故? と疑問が残る。そして、雷牙までこちらに向かって歩いてきているので、手に汗を握る。
「犬の雷牙か……」
父も雷牙には警戒しているようで、冷や汗を流している。
「ひとまず先に貴様を葬ってやる!」
父が刀を振り上げれば、白夜は律の刀ではなく、腕でそれを受け止めた。
「え、白夜様!?」
白夜の腕からは、血が滴り落ちる。
「ハッ、戦い方も忘れたか?」
「これで良いんだ」
白夜はニヤリと笑った。そして、腕から青い炎が噴き出した。それは父の刀を覆った。
「何かと思えば、見せかけか? 何ともない……え」
その場にいた皆が唖然と立ち尽くす。
何故なら、父の刀が跡形もなく消えたのだ。反対の手に持っていた律の刀も同様に、青い炎によって、その姿を消した。
「武器のない妖怪退治屋など、弱小の妖怪にも敵わんだろうな」
「なッ」
その時、母の矢が白夜に放たれた。しかし、それも白夜は青い炎を出して消し去った。軽快な身のこなしで跳んだかと思えば、母の後ろに回って弓ごと燃やし尽くした。
「さ、出てきていいぞ」
白夜の声と共に、草陰から狸の妖怪が顔を出した。そして、猫にうさぎ、子熊の妖怪等、ありとあらゆる妖怪が出てくる。数にして五十はいそうだ。彼らは、雷牙が先導していた妖怪らとは違い、妖力の少ない弱小に部類される妖怪だ。
「よくも雅に酷いことしたな」
「わたし達の雅の仇よ!」
「え、私?」
呆気に取られる私を他所に、彼らは父と母、律を襲う。武器を持たない妖怪退治屋は、俊敏さこそあるが、ただの人間と同じ。五十の妖怪らを前に、あっという間に袋叩きにされてしまった。
「雅! これは、お前の差し金か!?」
「私はそんなこと……」
しかし、妖怪らは皆、私の名を言っている。その疑問に、白夜が応えてくれた。
「此奴らは、雅に助けられた妖怪達だ」
「私に?」
「妖怪退治をするフリをして、逃がしていたのだろう?」
「あー、そうだった……かも」
「その時の妖怪らが、どうにかして復讐したいと煩くてな」
「そう……なんですね」
白夜は、私をひょいッと抱っこした。
「さ、ゆくぞ」
「え、何処へ?」
「此奴らの武器庫だ。全て浄化すれば、何も出来んだろ」
「浄化? え、さっきの青い炎って……」
「妖怪退治屋の……いや、この国の武器は、主に妖怪の骨が混じっている。それらは、私の霊力で浄化できる」
白夜がそこに倒れている兵士らを一瞥したので、私もそちらを見た。
「あ、ない」
兵士らの周りには、あるはずの刀が一本もない。
「まさか、さっきの攻撃で全て……?」
「ああ、目を覚ました時に、再び戦闘が起こっては敵わんからな…………ということです。父上」
白夜は、雷牙と向かい合う。
朝日に照らされた雷牙の顔は険しく、再び緊迫した空気が流れる。そして次の瞬間、諦めたように雷牙は笑った。
「我の負けだ。好きにしろ」
「はい」
「……って、え!? どういうことですか?」
もう一波乱起きるのかと思ったのだが、一件落着したのだろうか。
きょとんとしていると、雷牙が応えた。
「我ら犬の妖怪の一族は、古来より強者に絶対服従という決まりがある」
「強者に……」
「一瞬でも気絶させられた我の負けだ」
「てことは、白夜様。妖怪の頂点に立っちゃった感じですか?」
「そんなものに興味はないが、雅との安寧な生活に支障が出たら困る。故に――――」
白夜は、何かを決意したように月の石を手に握りしめた。
「人間になるのは、もう少し先でもよいか? 先にこの世を平和に導く」
「白夜様……」
私は、破顔した。
「もちろんです!」
――私の行った未来には、妖怪はいなかった。けれど、もしかしたら、白夜の思い描く人間と妖怪が共存する優しい世界になるかもしれない。そうであって欲しいと切に願う。
朝焼けと共に今も尚燃え盛る本能寺は、いつぞやの山火事を思い出させる。
あれから、私と白夜の旅が始まった。
物言いや態度は冷たいけれど、白夜の優しいところに触れ、その本質を知った。きっと、白夜はこんな戦争は望んでいない。
とはいえ、妖怪になれるかどうかは別の話だ。今までは人間になる選択肢しか知らなかったから、その道を目指した。けれども、真の妖怪になれるのであれば、白夜にとってはそれが一番なのではないかと思ってしまう。
――雷牙の大剣は、兜丸が作った防御をも破壊する。
「先程の話、聞いていたであろう? 白夜のことを思うなら、月の石を寄越せ」
どの道、この月の石の欠片は白夜に渡す予定だ。それでも、何故だか私の手から渡したかった。あっさりと誰かの手から渡って欲しくなかった。
「申し訳ありません」
「それはつまり、力ずくで奪い取れと?」
「いえ、私が白夜様に直接お渡し致します。ですので、あなたのそれを私に下さい」
「貴様から渡すのであれば同じこと。ここで痛い目を見たくないのであれば、即刻寄越せ」
地面に突き刺さっている大剣を雷牙が手に取ろうとしたので、私も震える手で腰に付けている片手サイズの三又鍬を手に持った。
これは、我が家の武器庫からこっそり拝借したもの。妖怪の骨で作られたそれは、普通の鍬と違って妖怪の再生能力を遅らせる効果がある。柄の部分に紐が付いており、飛び道具として使える代物だ。
兜丸が、胸ポケットから顔だけ出して私に訴える。
「お前馬鹿なのか!? 相手はあの雷牙だぞ!? 妖怪ん中じゃ、最強と謳われる犬の妖怪、雷牙だぞ!?」
「分かってる」
私が敵う相手でないのは明らかだ。しかし、きっと白夜はすぐに来てくれる。それまで繋ぐことが出来れば良い。
「ほぅ。この我に楯突くとは、いつぞやの巫女そっくりだ!」
雷牙が大剣を振り上げるや否や、私は走った。雷牙の後ろに回るようにして走り、三又鍬を投げつける。
——キンッ。
容易く鋭い爪で弾かれた。
すぐに紐をクイッと引っ張り、紐を操りながら再び攻撃を仕掛ける。
(自分の手足だと思え……)
皮肉にも、昔父から習った教えを頭の中で繰り返す。
思ったよりも体は覚えているようで、自由自在に動く三又鍬は雷牙の紺色の着物の裾を引っ掻いた。
「ただの小娘ではないようだな」
「これでも、元妖怪退治屋の端くれですから!」
「ほぅ、妖怪退治屋か。やはり、あの忌まわしき巫女と同じではなないか!」
怒りを露わにした雷牙は、名前の如く雷を落としてきた。
「あっぶねー」
「ありがとう。兜丸」
間一髪のところで、兜丸の防御によって、それは防がれた。
「それより、半妖のやつはどこ行ったんだよ! オイラがピンチだぞ!」
「白夜は暫く立てんだろうな。なんたって、穢れた血が混ざった半妖だ」
冷笑を浮かべる雷牙に苛立ちを覚える。
私は拳をギュッと握って、雷牙を睨みつけた。
「自分の息子を良くも……」
「なんだ? まだ戦うか?」
「自分の息子を愚弄して楽しいですか!? 仮にも父親ですよね!? 白夜様を認めてあげようとか思わないんですか!?」
「認めているから、こうやって我直々に月の石を探してやったんだ」
「それは、認めた内に」
「そして、我は其方に感謝をしておる。これ以上、我に逆らわなければ命だけは助けてやってもいい」
「感謝?」
怪訝な顔で見ながら、戦闘態勢を整える。けれど、雷牙は余裕そうな顔で語りだす。
「この石を打ち壊した後、忌々しいことに、その一つが我の手元に戻ってきてしまった。腹立たしくてしょうがない時、この世で唯一時を移動できる妖狐が、時を超えて捨てに行ったのだ。絶対に戻って来ぬように」
「それって……」
未来で出会い、六年間共に過ごした狐のような糸目の祖母を思い出す。
「しかし、その後になって月の石の別の使い道を知った。だが、妖狐はかなり年を重ねており、往復は困難だったようだ。半分諦めておったその時……」
「私が……」
「そう、どうやったのか知らんが、貴様が月の石の欠片を持って帰ってきよった。故に、貴様だけは褒美として最後の最後に殺してやろうと考えている。嬉しかろう?」
どのみち殺されるのだ。嬉しいはずがない。嬉しいはずはないのだが、私の口元は自然と上がる。
「おばあちゃん、ありがとう」
忌まわしいはずの妖怪退治屋の娘を可愛がってくれて、月の石の欠片を捨てずに取っていてくれて、白夜と引き合わせてくれて……ありがとう。
辺りを見渡せば、妖怪は人間を人間は妖怪を——彼らは互いを憎んでいる。
雷牙のように人間に騙された妖怪は五万といるだろう。そして、逆も然り。けれど、妖怪と人間は共存出来る。それを祖母が証明してくれた。それだけで、私の決意は固まった。
私は、スカートのポケットから月の石の欠片を二つ取り出した。
「やはり人間だな。結局は自分の命が惜しいか」
「はい。私は、まだまだ長生きしなければなりませんので。こんな所で死ぬ訳には参りません」
大剣を鞘に戻した雷牙が近付いてくる。
「何せ、私は後何百年生きるか分からない半妖……いいえ、『妖怪』と共に生きていくのですから。ここで意地を張るのはやめました」
「貴様、本気で……?」
私の手の平の上にある二つのそれを雷牙が取ろうとしたその時——。
「父上、私の嫁に触れないで頂けますか」
傷だらけの白夜が、雷牙の腕を掴んだ。
「白夜様!」
私の顔は、パァッと明るくなる。
力任せに雷牙の腕を遠ざけた白夜は、私の顔を見るなり、泣きそうな顔で抱きしめてきた。
「白夜……様?」
初めて見るその顔と態度に動揺が隠せない。
「すまない。遅くなった」
「えっと……」
「父上と戦うなど、どうかしている」
「それは、ごめんなさい。でも」
「雅に何かあったら……私は、生きていけない」
「そんな大袈裟な」
苦笑で返すが、それほどまでに愛されていたのだと実感し、胸が温かくなる。
普段は全くそんな素振りを見せないので、私はいつから白夜に好かれていたのかすら分からない。それでも、大切に思われているのがその温もりから伝わってくる。
私は白夜の背をトントンと叩いてから、少し体を離し、月の石の欠片を二つ白夜に手渡した。
「白夜様、これで妖怪になって下さい」
「雅、私は」
その言葉を遮って、私は続ける。
「白夜様なら、最強の妖怪になれます。白夜様にとってそれが最善……いいえ、これはある種、私の願望です」
「願望?」
「これまで、白夜様を罵り、嘲ってきた者らを見返したいのです! 白夜様なら、それが可能です! 妖怪の頂点に立って、ざまぁしちゃって下さい!」
意気込んで訴えれば、雷牙も愉快そうに白夜に月の石の欠片を放り投げた。反射的に白夜はそれを受け取る。
「さぁ、白夜。それを体内へ取り込め。さすれば、我同様に最強の妖怪になれる」
三つのそれを白夜の手の上で月の形にした私は、躊躇いがちに付け足した。
「ですが、白夜様……人間を駆逐するのは、やめて頂けると助かります。穏便に、その威厳で妖怪らをお鎮め下さいませ」
「雅、私は其方と共に在りたいのだ」
「私もです。ですから、白夜様は妖怪として、私は人間として、共に生きていきましょう」
白夜が人間にならなくとも、愛し合うことは可能だ。
半妖と罵られてきた白夜が人間になったとしても、その待遇は変わらないのではないかと思う。むしろ、妖力を失った白夜をチャンスとばかりに叩くこと間違いなしだ。そんなことは、絶対にさせない。
「白夜様。最強の、誰もが平伏すほどの妖怪になって下さい!」
「断る」
怒りを孕んだ物言いに、そして、その冷ややかな金色の瞳に見下ろされ、ドキリとする。
「な、なんで!? どうしてですか!? 白夜様を嘲ってきた者らを」
「そんなものはどうでも良い」
辟易したように息を吐く白夜。
そんな中、斬りかかってくる兵士を雷牙は返り討ちにし、私を狙おうとする妖怪らには他を狙うよう命令している。それを横目に、白夜は静かに私の名を呼んだ。
「雅」
「は、はい!」
思わず背筋が伸びる。
「其方は、私以外の妖怪と暮らしたいのか?」
「へ……?」
「私以外の人間と暮らしたいのか? 私は、其方と二人きりで暮らしたいと思っている」
「わ、私もですよ」
「ならば、外野が何を言おうと関係ない。し返す必要もない」
「そうですけど……」
「それに、私は」
白夜と私の周りに、ブワッと風が巻き起こった。その風は、朱色の妖力と青色の霊力で出来ているよう。二つの力が混ざり合い、紫色になる。
「白夜様、何を……?」
「私は、誰よりも強い」
その力は、私たちを中心に放射状に放たれた。それは雷牙をも吹き飛ばし、騒がしかった戦場が一瞬にして静寂と化した。あるのは、今も燃え続ける火の爆ぜる音だけだった——。
「チートすぎる……」
呆気に取られる私に、白夜は微笑した。
「これで満足か?」
「は、はい……」
それ以上何も言えないでいると、白夜は辛辣な表情で西の方角を向いた。
「ただ、私にも許せん者がいる」
「お父様ですか?」
「あれはどうでも良い」
実の父を“あれ”扱いとは……。
気持ちは分からなくもないが、白夜に対する周りからの仕打ちを雷牙も気にしていた節があるので、少しばかり同情してしまう。
それはさて置き、白夜の許せない相手は誰だろうと、その視線の先を目を凝らして見た。
「――ッ」
その先にいたのは、今の衝撃波を喰らって木に背中を打ち付けられたであろう律の姿だった。
「呼ばれたの、お姉ちゃん達だったんだ」
妖怪退治屋が来るのは知っていたが、それを生業としているのは私達家族だけではない。出来れば違う妖怪退治屋に依頼していて欲しかったと、視線を逸らす。
「白夜様、行きましょう」
「先に行っていろ」
そう言って、白夜は律の方へと歩き出す。
「ちょ、白夜様。一人にしないで下さいよ! そして、あっちに行きましょう!」
律がいるということは、両親もどこかにいるはず。
少しは大人になって心も強くなったと思っている私だが、いざ家族に会うとなると、過去の不当な扱いをされていた頃を思い出す。会いたくない……その気持ちが優り、息苦しさを覚える。
「案ずるな。少々お灸を据えるだけだ」
そう言って、白夜は気絶している律の手から刀を奪い取った。
その時だった。父が白夜に刃を向けた。
「この半妖め! 律から離れろ!」
「お、お父ちゃん……お母ちゃんまで」
やや離れた位置から、母も弓をこちらに向けていた。そして、律も目を覚ます。
「んんッ、何事」
惚けた声を出していた律だが、すぐに状況を察知したのか、刀を構えようとする。が、白夜の手の中にある自身の刀を見て、すぐに半歩下がって防御の体勢を取る。
「あたしの武器、返しなさいよ!」
目の前にいる家族よりも、雷牙の方が圧倒的に強かったはずなのに、足がすくんで動けない。震える私の背中を白夜はポンポンと撫でてくれた。
「私が付いている」
「……うん」
不安げに頷けば、小馬鹿にするように父が言った。
「なんだ? 半妖と旅をしているというイカれた人間は、雅。お前のことだったのか?」
「……」
俯いて何も言えない私の代わりに、白夜が応えた。
「私の嫁を愚弄するとは、良い度胸だ」
「嫁? ハハハッ、半妖の嫁になるなど、完全に常軌を逸したか」
「罵詈雑言を並べられるのも今だけだ」
「戯けたことを。半妖の攻撃など、痛くも痒くもなかったぞ。貴様もこの数年で弱くなったのではないか?」
確かに、周りの妖怪や人間らは気絶する程の衝撃を受けている。あの雷牙ですら、よろめいている。それなのに、父はどうしてこうもピンピンしているのか。
(もしかして、白夜様。うちの家族にだけ手加減した?)
そんなことも出来るとは流石白夜だと感心しつつ、何故? と疑問が残る。そして、雷牙までこちらに向かって歩いてきているので、手に汗を握る。
「犬の雷牙か……」
父も雷牙には警戒しているようで、冷や汗を流している。
「ひとまず先に貴様を葬ってやる!」
父が刀を振り上げれば、白夜は律の刀ではなく、腕でそれを受け止めた。
「え、白夜様!?」
白夜の腕からは、血が滴り落ちる。
「ハッ、戦い方も忘れたか?」
「これで良いんだ」
白夜はニヤリと笑った。そして、腕から青い炎が噴き出した。それは父の刀を覆った。
「何かと思えば、見せかけか? 何ともない……え」
その場にいた皆が唖然と立ち尽くす。
何故なら、父の刀が跡形もなく消えたのだ。反対の手に持っていた律の刀も同様に、青い炎によって、その姿を消した。
「武器のない妖怪退治屋など、弱小の妖怪にも敵わんだろうな」
「なッ」
その時、母の矢が白夜に放たれた。しかし、それも白夜は青い炎を出して消し去った。軽快な身のこなしで跳んだかと思えば、母の後ろに回って弓ごと燃やし尽くした。
「さ、出てきていいぞ」
白夜の声と共に、草陰から狸の妖怪が顔を出した。そして、猫にうさぎ、子熊の妖怪等、ありとあらゆる妖怪が出てくる。数にして五十はいそうだ。彼らは、雷牙が先導していた妖怪らとは違い、妖力の少ない弱小に部類される妖怪だ。
「よくも雅に酷いことしたな」
「わたし達の雅の仇よ!」
「え、私?」
呆気に取られる私を他所に、彼らは父と母、律を襲う。武器を持たない妖怪退治屋は、俊敏さこそあるが、ただの人間と同じ。五十の妖怪らを前に、あっという間に袋叩きにされてしまった。
「雅! これは、お前の差し金か!?」
「私はそんなこと……」
しかし、妖怪らは皆、私の名を言っている。その疑問に、白夜が応えてくれた。
「此奴らは、雅に助けられた妖怪達だ」
「私に?」
「妖怪退治をするフリをして、逃がしていたのだろう?」
「あー、そうだった……かも」
「その時の妖怪らが、どうにかして復讐したいと煩くてな」
「そう……なんですね」
白夜は、私をひょいッと抱っこした。
「さ、ゆくぞ」
「え、何処へ?」
「此奴らの武器庫だ。全て浄化すれば、何も出来んだろ」
「浄化? え、さっきの青い炎って……」
「妖怪退治屋の……いや、この国の武器は、主に妖怪の骨が混じっている。それらは、私の霊力で浄化できる」
白夜がそこに倒れている兵士らを一瞥したので、私もそちらを見た。
「あ、ない」
兵士らの周りには、あるはずの刀が一本もない。
「まさか、さっきの攻撃で全て……?」
「ああ、目を覚ました時に、再び戦闘が起こっては敵わんからな…………ということです。父上」
白夜は、雷牙と向かい合う。
朝日に照らされた雷牙の顔は険しく、再び緊迫した空気が流れる。そして次の瞬間、諦めたように雷牙は笑った。
「我の負けだ。好きにしろ」
「はい」
「……って、え!? どういうことですか?」
もう一波乱起きるのかと思ったのだが、一件落着したのだろうか。
きょとんとしていると、雷牙が応えた。
「我ら犬の妖怪の一族は、古来より強者に絶対服従という決まりがある」
「強者に……」
「一瞬でも気絶させられた我の負けだ」
「てことは、白夜様。妖怪の頂点に立っちゃった感じですか?」
「そんなものに興味はないが、雅との安寧な生活に支障が出たら困る。故に――――」
白夜は、何かを決意したように月の石を手に握りしめた。
「人間になるのは、もう少し先でもよいか? 先にこの世を平和に導く」
「白夜様……」
私は、破顔した。
「もちろんです!」
――私の行った未来には、妖怪はいなかった。けれど、もしかしたら、白夜の思い描く人間と妖怪が共存する優しい世界になるかもしれない。そうであって欲しいと切に願う。



