それから、随分と月日は経った。
私は十八歳になり、白夜は……知らないが、今も尚、私と共に行動してくれている。
未だ制服姿の私は、麻で出来た胴乱を斜めにかけ、背中には弓と腰には片手で扱える三又鍬を携え、森の中へと入っていく。
「白夜様、私は一人でも平気ですよ」
何年かかるか分からない月の欠片の捜索。一人ですると申し出るのだが、決まって返事はこうだ。
「私の行きたい方に、雅がいるだけだ」
「そうですか」
二年以上も行きたい所が被るわけがないのは私にも分かる。やはり、白夜は優しいのだ。
そして、一緒にいて白夜が村人らを襲っていた理由が分かった。彼は、人間に捕まった力のない妖怪を助けていただけだった。それを私含め人間らは、白夜が一方的に村人を襲う極悪非道の半妖だと決めつけていた。
私は、半歩後ろを歩く白夜の方を振り返って、ニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「礼は聞き飽きた」
相変わらず冷徹な顔付きの白夜だが、これだけ一緒にいると、少し動揺したのが見て取れた。
「白夜様? どうかなさいました?」
「どうもしないが」
「そうですか? 今、少し目が泳ぎましたよ」
「泳いでなどおらん」
「泳ぎまし……キャッ」
後ろを向いて歩いていたせいで、石に躓いてしまった。転びそうになったところを白夜が背中に手を回して助けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
まるで抱き合っているような体勢になってしまい、ドキドキが止まらない。しかも、顔面破壊力の強いこと。
「びゃ、白夜様。もう大丈夫ですので」
「ああ」
白夜がそっと離れると、安堵する反面、寂しいような気分になる。
(もしや、これが俗に言う恋ってやつ?)
なんて、自己分析してみるが、恋をしたことがないので、それが正解なのかは分からない。
しかし、もしも仮に万が一にも、私が白夜を好きだと仮定する。そして、白夜も私のことが好きなら、月の石の欠片が全て揃った時、晴れて願いは届き、白夜は人間になれるのではないだろうか。
(いやいやいや、それはそうかもだけど、白夜様がこんな私を好きになんてならないって。それに、好き同士だとすると、私は白夜様とキ、キ……)
キスシーンなんて想像してしまった私は、真っ赤になる顔をブンブンと横に振る。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
誤魔化すように、私は草むらをかきわけ、地面を見渡した。
私の目的は月の石の欠片を見つけること。どこにあるかも分からない小さなそれを見逃してはならない。
目を凝らして探していると、小さなカブトムシの妖怪が現れた。
「おい! オイラの縄張りで何やってんだ?」
「ひッ」
咄嗟に白夜の後ろに隠れた。
何を隠そう、私は虫が苦手だ。昔は平気だったはずなのに、これも未来に行ってしまったことが原因だろう。周りにそういう人が多かった為、感化されたようだ。
白夜は、そんな私を一瞥してから、カブトムシの妖怪に耳飾りを見せた。
「これと同様の物を見なかったか?」
「んなもん、知ってても半妖なんかに教えるもんか!」
「左様か」
腰に付けている刀を静かに握る白夜。それを見たカブトムシの妖怪は、焦ったように羽を羽ばたかせて飛んだ。
「ちょ、そんな物騒なもん振るなよ!?」
そう言って、私の背に隠れた。しかも、背中にピタリとくっ付いている感覚がして、ゾッとする。
「びゃ、白夜様……」
半泣き状態で白夜を見れば、呆れたように溜め息を吐かれた。
「イノシシや狼などの妖怪には、友好的に会話をしていただろう。何故コレに怯える?」
「コレって言うな! 兜丸様と呼べ!」
私の背で虚勢を張る兜丸。それを取ってと言わんばかりに、白夜に背を向ける。
「だ、だって、お腹のところが、お腹のところが、あれみたいですし! そもそもカブトムシって、あれみたいですし!」
「あれとは何だ」
「あれって言ったらあれですよ! 言葉にするのも悍ましいあれですよ!」
「これで一人で大丈夫などと、よく言えたものだな」
白夜は、兜丸を掴んでポイッと投げた。そして、私の頭を安心させるようにポンポンと撫でてくれた。
「もう大丈夫だ」
「ありがとうございます」
心底安堵した私は、感極まって白夜に抱きつきそうになるが、そこは我慢。そんな恥ずかしいことは出来ない。
けれど、こういう時の白夜の顔は至極穏やかで、いつもの冷徹な顔とは真逆の微笑みを見せてくれる。そのギャップに、胸がキュンとせずにはいられない。
ただ、これを独り占め出来るのは今だけ。私が月の石の欠片を見つけ出せば、お役御免となる。それ以降は、白夜は愛する者と生涯を共にするのだ。未来のことを考えると、胸がチクリと痛む。
「どうした?」
「いえ……月の石の欠片が見つかれば、白夜様ともお別れだと思うと寂しくて」
「左様か。しかし、私は」
白夜が何か言いかけた時、兜丸が突如私の顔の近くに飛んできた。
「キャッ!!」
驚きのあまり、思わず白夜に抱き付いた。
(結局、抱きついちゃったよ……)
羞恥でいっぱいになりながらも、白夜も抱きしめ返してくれるので、兜丸の姿が見えないよう、私はそのまま白夜の胸に顔を埋めた。
「雅、案ずるな。此奴は人を害せない」
「なッ、害せないんじゃなくて、害さないんだ! そこんとこ、履き違えんなよ!」
害さないでも害せないでもどちらでも良いが、そのビジュアルが苦手なのだ。むしろ、人間を襲ってくれた方が、正当防衛として倒せるというものだ。
そんなことを考えていると、兜丸が不機嫌そうに言った。
「せっかく、それのありか、教えてやろうと思ったのにな」
「え?」
「それ、月の石だろ? あれは二十年くらい前だったかな。見かけたんだよ」
私は、顔を上げて兜丸を見た。
やはりビジュアルは苦手で、目を逸らしたい気持ちでいっぱいだ。しかし、この二年半、何の情報も得られなかったのだ。これがガセでも手に入れたい。
「どこで、どこで見かけたの!?」
「尾張国の桶狭間だ」
「尾張国……」
「天下の織田信長が拾ってたんだぜ。『なんとも美しい輝きだ』とかなんとか言ってさ」
得意げに話す兜丸を怪訝な顔で白夜は見据えた。
「何故、急に話す気になった?」
「だってさ……」
兜丸は、やや気を落としたように続ける。
「そんなに毛嫌いされたら、オイラだって傷付くんだぜ。こんなオイラでも役に立つんだぞって、表明してやろうかと」
「左様か」
兜丸にも心があるのに、それを私は……。
白夜からそっと離れ、私は頭を下げた。
「ごめんなさい。傷付くようなことをして」
「フンッ、別に気にしちゃいねぇよ」
「今、自ら傷付くと言っておったではないか」
「うるさい! 半妖が!」
「ご、ごめんなさい。私が悪いの。喧嘩しないで」
仲介に入りつつ、私は聞いた。
「ところで白夜様、今って何年でしたっけ?」
「人間の間では、天正十年と言われているな」
「天正十年ってことは……千五百八十二年だから……」
私は、過去に暗記した記憶を呼び起こす。
「とはいえ、半妖とお前のような変な身なりの女、天下の織田信長が会っちゃくれねぇだろうけどな」
ひひひ、と悪戯に笑う兜丸。
「それに、二十年も前だ。持ってるかどうかも分かんねぇぞ」
「今が六月一日だから……え、明日じゃん」
「雅?」
「白夜様、今すぐに織田信長様に会いに行きましょう!」
「そんなに焦らずとも、城はすぐそこだ。癪だが、此奴の言うとおり身なりも整えて行かねば、会ってもくれぬやもしれん」
「そんな悠長なことを言っていては、織田信長様に一生会えません! 今すぐに、京へ行きましょう!」
まさか、ここで未来での知識が役に立つことになろうとは。明日天正十年六月二日は、本能寺の変だ。織田信長は、そこで命を落とす。
そうは言っても、歴史を変えるのはいけないような気がするので、あくまでも月の石の欠片の回収をするだけ。
「白夜様。申し訳ありませんが、背に乗せて下さい。私の足では間に合いません」
「京に行くのか? そこにある城ではなくて?」
「ええ、京の本能寺へお願いします」
凛とした態度で言えば、白夜は何も言わずに背を向けて屈んだ。
「ありがとうございます」
私は、その背に乗った。そして、目にも止まらぬ速さで走り出した————。
◇◇◇◇
本能寺に辿り着いたのは、夜明け前だった。
静まり返った境内にそっと足を踏み入れた私は、中の様子を窺いながら呟いた。
「ぎりセーフかな……」
「相変わらず、妙な言葉だな。未来の人間はバ」
白夜は言葉をそこで遮った。
「今、馬鹿と仰いました?」
「言ってはおらん」
「言いかけましたよね? こう見えて、この時代の女性……いいえ、女性だけでなく男性よりも教養はありますからね」
「静かにせんと、奇襲と間違われるぞ」
「そうですね」
一旦黙ることにした私だが、ここからどうやって信長に接触しようか悩む。
(明智光秀の軍勢が現れる前にって思ったけど、織田信長を起こして良いのかな……)
頭を抱えていると、本堂にポッと灯りが灯った。
目を凝らして見れば、障子の隙間から金色の刺繍が施された白い着物姿の信長の姿があった。
(あれ? 普通に起きてる)
確か、明智光秀に寝込みを襲撃され、勝ち目のない織田信長は、火を放って自害したはず。
とはいえ、歴史の教科書の内容も度々変わるので、絶対そうだったとは言い切れないところがある。妖怪のことが記されていない時点で、私からしたら、あの教科書は大半が嘘っぱちだ。
「白夜様、行きま」
「待て」
緊迫するその声に、肩が跳ねる。
白夜を見れば、シッと人差し指を口元に当てられた。
「今は喋るな」
コクコクと頷き、白夜と共に木の影に隠れた。
静まり返った境内に、白い霧が現れた。それは本堂に近くなるほど濃くなっている。
(もしや、妖怪?)
白夜に目線を送ると、小さく頷かれた。そして、本堂の中から信長が出てきた。
「遅かったではないか」
「来るとは一言も言っておらん」
「だが、来たな。やはり、これを探しているとは本当だったようだな。雷牙」
(雷牙……って、白夜のお父さん!?)
目を丸くした私は、木の影から、じっと二人の様子を窺った。霧は徐々に薄くなり、その姿が露わになっていく。
襟足まである白銀の髪は、月明かりに反射して輝きを一層増しており、吉祥文様が描かれた紺色の着物と首元に巻かれたふわふわの白い毛が高貴さを漂わせている。
横から見ると、白夜に瓜二つだ。髪の長さが違わなかったら、どちらか見分けがつかないかもしれない。
そんな雷牙は、信長から何かを受け取り、月明かりに照らした。
「確かに」
それは、正に月の石の欠片。
しかし、何故、雷牙が月の石の欠片を? 自分で捨てたはずなのに……。
私の疑問を他所に、信長は話を続ける。
「では、約束通り、毛利攻めに力を貸してもらおう」
「そうしたいのは山々だが、生憎人間は大嫌いなんだ」
そう言って、雷牙は妖力を柱に向かって放った。それは盛大に破壊され、そこから煙が立ち上がった。
「貴様、謀ったな!」
「謀るも何も、我がいつ貴様と交渉した?」
「チッ」
「案ずるな。人間は皆、我が殺す。その毛利とやらもな」
その笑みに、背筋が凍った。人間に裏切られ、人間を恨む雷牙の心情が、そのまま顔に出ているようだった。
「誰か、妖怪退治屋を呼んで来い」
「御意」
どこから共なく信長の手勢らが数十名現れ、その内の一人が走り出す。雷牙はそれを阻むことなく見送った。
「すんなり行かせるとは、人間も舐められたものだな」
「妖怪を見下しているのは、そちらも同じであろう?」
「当たり前だ。皆の者、かかれ!」
信長の一声で、一斉に雷牙に斬りかかる。が、それはいとも簡単に防がれ、雷牙が大剣を一振りしただけで、全員がその場に倒れた。
燃え盛る火の粉は、消えることを知らないかのように建物を真っ赤に染めていく。
震える手を白夜がそっと包んでくれた。
「ここで待っていろ」
「白夜様……ダメ」
行かせてはいけない気がした。ここで行かせたら、白夜はもう戻って来ないような気がした。
そんな私の不安を払拭するように、白夜は空いた方の手で頭を優しく撫でてくれた。
「少々親子喧嘩をしてくるだけだ」
「白夜様……」
「ただ、大量の人間の匂いがこちらに近付いている。兜丸、雅を頼む」
「え、兜丸……?」
兜丸が、私の胸ポケットからヒョコッと顔を出した。
「——ッ!?」
驚きのあまり、声にならない悲鳴を漏らす。
先程和解はしたが、苦手なものはそう簡単には変わらない。邪険には扱わないものの、背筋が凍る。
私の頭に乗ったままの白夜の手が、もう一度よしよしと撫でてくれる。
「この兜丸は、攻撃力こそないが、防御力は私以上だ」
「攻撃力だって、虫の中じゃ最強なんだぜ」
「虫の中ならな」
白夜は、耳飾りを取って私の手の中に収めた。
「これを頼む。全て揃ったら、共に願って欲しい」
「共にって……」
この月の石は、愛する者同士が願うことで人間になれる。つまり————。
顔がボンッと真っ赤になるのが分かった。
「わ、わ、私で良いんですか!?」
「雅が良い」
微笑む白夜は、それはもうこの世のものとは思えない程に美しくて、絶対に失いたくないと思った。
「約束ですよ」
「ああ、約束だ」
そう言って、真剣な表情になった白夜は木陰から出て、雷牙に向き直った——。
「父上、お久しぶりです」
「いつになったら出てくるのかと思えば……人間なんぞにうつつを抜かしおって」
「雅は、母上とは違います」
「人間なんぞ、皆同じだ。そして、その血が混じったお前もな!」
刹那、金属音が鳴り響いた。
白夜と雷牙の剣が交わり、二人は睨み合う。
「月の石は、あの小娘が持っているのか?」
「何故、月の石を? 父上は、人間にはなりたくないのでは?」
雷牙は鼻で笑った。
「月の石を使うのは、我ではない。其方だ」
「私……?」
「白夜。其方には言っていなかったが、あれは体内に取り込めば妖怪になれるのだ。半妖などとふざけたものではなく、完全な妖怪にな」
「私が、妖怪に……」
一瞬隙が出来た白夜に、雷牙は妖力を纏わせた大剣を力強く振り下ろす。なんとか防いだ白夜だが、迷いが現れているのが見て取れる。
「我と共に、人間を滅ぼそう。そして、妖怪の世で天下を取れ!」
「私は、そんなことに興味は」
「これまでの仕打ちを忘れたとは言わせんぞ。人間からも妖怪からも疎まれ、辛い思いをしたのは其方自身であろう?」
それを聞いた私は、二つの月の石の欠片をギュッと握りしめた。
私は、白夜に幸せになってもらいたい。だから、人間になりたい白夜を応援した。恩返ししようと思った。人間の世が無くなってしまうのは見過ごせないが、白夜が妖怪になりたいと願うなら、それも一つだ。
「雅。お前、あの半妖を妖怪にする気か? 生涯共に生きて共に死ぬって決めたばっかだろ?」
「そう……だけど。私は、白夜様に幸せになってもらいたい」
「ま、オイラは何でも良いけど、一旦こっから出るぞ」
火の粉がこちらにも近付いており、隠れていた木に燃え移った。
兜丸に促されるまま、私は境内の外へと走る。しかし、外は既に明智の軍勢に包囲されていた。
「奇妙ななりをして、何者だ?」
兵士数名に刀を向けられた。
「わ、私は……」
「俺、聞いたことありますよ。なんでも、半妖と一緒に黄色い石を探してるとか何とかって」
「半妖と? ってことは、引っ捕えて明智様に差し出すか」
「だな」
冷や汗を流しながら一歩後ずさるが、後ろは火の手がそこまで来ており逃げ場がない。前には大量の兵士。そして、白夜は戦闘真っ只中。
(これ、詰んだんじゃ……)
兵士の一人が私の腕を掴もうとしたその時——私は薄っすらと黒い何かに覆われた。
「何だ、これ!? 近付けねぇ」
「貴様、何をした!?」
刀を振り下ろされたが、シールドのようなそれは、刃をも通さず、弾き飛ばした。
「もしかして、兜丸の力?」
「凄いだろ?」
私の胸ポケットから得意げに顔を出す兜丸の頭をツンツンと撫でた。
「ありがとう」
「平気なのかよ。触っても」
「ちょっと怖いけど、大丈夫」
「怖いのかよ!」
へへへと笑う私だが、上空に立ち込める唯ならぬ気配に気付き、表情がこわばる。兜丸も同様に。
「これは、大戦争が始まるな」
「ある意味、明智の軍勢がいてくれて助かった……のかな。これ、一万三千人いるらしいよ」
「すげぇな……」
「とにかく、私たちは白夜様が戻って来るまで生き延びよう!」
そう意気込んだ矢先、目の前に雷牙の大剣が突き刺さった。
「小娘。白夜の為を思うなら、月の石を渡せ」
私は十八歳になり、白夜は……知らないが、今も尚、私と共に行動してくれている。
未だ制服姿の私は、麻で出来た胴乱を斜めにかけ、背中には弓と腰には片手で扱える三又鍬を携え、森の中へと入っていく。
「白夜様、私は一人でも平気ですよ」
何年かかるか分からない月の欠片の捜索。一人ですると申し出るのだが、決まって返事はこうだ。
「私の行きたい方に、雅がいるだけだ」
「そうですか」
二年以上も行きたい所が被るわけがないのは私にも分かる。やはり、白夜は優しいのだ。
そして、一緒にいて白夜が村人らを襲っていた理由が分かった。彼は、人間に捕まった力のない妖怪を助けていただけだった。それを私含め人間らは、白夜が一方的に村人を襲う極悪非道の半妖だと決めつけていた。
私は、半歩後ろを歩く白夜の方を振り返って、ニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「礼は聞き飽きた」
相変わらず冷徹な顔付きの白夜だが、これだけ一緒にいると、少し動揺したのが見て取れた。
「白夜様? どうかなさいました?」
「どうもしないが」
「そうですか? 今、少し目が泳ぎましたよ」
「泳いでなどおらん」
「泳ぎまし……キャッ」
後ろを向いて歩いていたせいで、石に躓いてしまった。転びそうになったところを白夜が背中に手を回して助けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
まるで抱き合っているような体勢になってしまい、ドキドキが止まらない。しかも、顔面破壊力の強いこと。
「びゃ、白夜様。もう大丈夫ですので」
「ああ」
白夜がそっと離れると、安堵する反面、寂しいような気分になる。
(もしや、これが俗に言う恋ってやつ?)
なんて、自己分析してみるが、恋をしたことがないので、それが正解なのかは分からない。
しかし、もしも仮に万が一にも、私が白夜を好きだと仮定する。そして、白夜も私のことが好きなら、月の石の欠片が全て揃った時、晴れて願いは届き、白夜は人間になれるのではないだろうか。
(いやいやいや、それはそうかもだけど、白夜様がこんな私を好きになんてならないって。それに、好き同士だとすると、私は白夜様とキ、キ……)
キスシーンなんて想像してしまった私は、真っ赤になる顔をブンブンと横に振る。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
誤魔化すように、私は草むらをかきわけ、地面を見渡した。
私の目的は月の石の欠片を見つけること。どこにあるかも分からない小さなそれを見逃してはならない。
目を凝らして探していると、小さなカブトムシの妖怪が現れた。
「おい! オイラの縄張りで何やってんだ?」
「ひッ」
咄嗟に白夜の後ろに隠れた。
何を隠そう、私は虫が苦手だ。昔は平気だったはずなのに、これも未来に行ってしまったことが原因だろう。周りにそういう人が多かった為、感化されたようだ。
白夜は、そんな私を一瞥してから、カブトムシの妖怪に耳飾りを見せた。
「これと同様の物を見なかったか?」
「んなもん、知ってても半妖なんかに教えるもんか!」
「左様か」
腰に付けている刀を静かに握る白夜。それを見たカブトムシの妖怪は、焦ったように羽を羽ばたかせて飛んだ。
「ちょ、そんな物騒なもん振るなよ!?」
そう言って、私の背に隠れた。しかも、背中にピタリとくっ付いている感覚がして、ゾッとする。
「びゃ、白夜様……」
半泣き状態で白夜を見れば、呆れたように溜め息を吐かれた。
「イノシシや狼などの妖怪には、友好的に会話をしていただろう。何故コレに怯える?」
「コレって言うな! 兜丸様と呼べ!」
私の背で虚勢を張る兜丸。それを取ってと言わんばかりに、白夜に背を向ける。
「だ、だって、お腹のところが、お腹のところが、あれみたいですし! そもそもカブトムシって、あれみたいですし!」
「あれとは何だ」
「あれって言ったらあれですよ! 言葉にするのも悍ましいあれですよ!」
「これで一人で大丈夫などと、よく言えたものだな」
白夜は、兜丸を掴んでポイッと投げた。そして、私の頭を安心させるようにポンポンと撫でてくれた。
「もう大丈夫だ」
「ありがとうございます」
心底安堵した私は、感極まって白夜に抱きつきそうになるが、そこは我慢。そんな恥ずかしいことは出来ない。
けれど、こういう時の白夜の顔は至極穏やかで、いつもの冷徹な顔とは真逆の微笑みを見せてくれる。そのギャップに、胸がキュンとせずにはいられない。
ただ、これを独り占め出来るのは今だけ。私が月の石の欠片を見つけ出せば、お役御免となる。それ以降は、白夜は愛する者と生涯を共にするのだ。未来のことを考えると、胸がチクリと痛む。
「どうした?」
「いえ……月の石の欠片が見つかれば、白夜様ともお別れだと思うと寂しくて」
「左様か。しかし、私は」
白夜が何か言いかけた時、兜丸が突如私の顔の近くに飛んできた。
「キャッ!!」
驚きのあまり、思わず白夜に抱き付いた。
(結局、抱きついちゃったよ……)
羞恥でいっぱいになりながらも、白夜も抱きしめ返してくれるので、兜丸の姿が見えないよう、私はそのまま白夜の胸に顔を埋めた。
「雅、案ずるな。此奴は人を害せない」
「なッ、害せないんじゃなくて、害さないんだ! そこんとこ、履き違えんなよ!」
害さないでも害せないでもどちらでも良いが、そのビジュアルが苦手なのだ。むしろ、人間を襲ってくれた方が、正当防衛として倒せるというものだ。
そんなことを考えていると、兜丸が不機嫌そうに言った。
「せっかく、それのありか、教えてやろうと思ったのにな」
「え?」
「それ、月の石だろ? あれは二十年くらい前だったかな。見かけたんだよ」
私は、顔を上げて兜丸を見た。
やはりビジュアルは苦手で、目を逸らしたい気持ちでいっぱいだ。しかし、この二年半、何の情報も得られなかったのだ。これがガセでも手に入れたい。
「どこで、どこで見かけたの!?」
「尾張国の桶狭間だ」
「尾張国……」
「天下の織田信長が拾ってたんだぜ。『なんとも美しい輝きだ』とかなんとか言ってさ」
得意げに話す兜丸を怪訝な顔で白夜は見据えた。
「何故、急に話す気になった?」
「だってさ……」
兜丸は、やや気を落としたように続ける。
「そんなに毛嫌いされたら、オイラだって傷付くんだぜ。こんなオイラでも役に立つんだぞって、表明してやろうかと」
「左様か」
兜丸にも心があるのに、それを私は……。
白夜からそっと離れ、私は頭を下げた。
「ごめんなさい。傷付くようなことをして」
「フンッ、別に気にしちゃいねぇよ」
「今、自ら傷付くと言っておったではないか」
「うるさい! 半妖が!」
「ご、ごめんなさい。私が悪いの。喧嘩しないで」
仲介に入りつつ、私は聞いた。
「ところで白夜様、今って何年でしたっけ?」
「人間の間では、天正十年と言われているな」
「天正十年ってことは……千五百八十二年だから……」
私は、過去に暗記した記憶を呼び起こす。
「とはいえ、半妖とお前のような変な身なりの女、天下の織田信長が会っちゃくれねぇだろうけどな」
ひひひ、と悪戯に笑う兜丸。
「それに、二十年も前だ。持ってるかどうかも分かんねぇぞ」
「今が六月一日だから……え、明日じゃん」
「雅?」
「白夜様、今すぐに織田信長様に会いに行きましょう!」
「そんなに焦らずとも、城はすぐそこだ。癪だが、此奴の言うとおり身なりも整えて行かねば、会ってもくれぬやもしれん」
「そんな悠長なことを言っていては、織田信長様に一生会えません! 今すぐに、京へ行きましょう!」
まさか、ここで未来での知識が役に立つことになろうとは。明日天正十年六月二日は、本能寺の変だ。織田信長は、そこで命を落とす。
そうは言っても、歴史を変えるのはいけないような気がするので、あくまでも月の石の欠片の回収をするだけ。
「白夜様。申し訳ありませんが、背に乗せて下さい。私の足では間に合いません」
「京に行くのか? そこにある城ではなくて?」
「ええ、京の本能寺へお願いします」
凛とした態度で言えば、白夜は何も言わずに背を向けて屈んだ。
「ありがとうございます」
私は、その背に乗った。そして、目にも止まらぬ速さで走り出した————。
◇◇◇◇
本能寺に辿り着いたのは、夜明け前だった。
静まり返った境内にそっと足を踏み入れた私は、中の様子を窺いながら呟いた。
「ぎりセーフかな……」
「相変わらず、妙な言葉だな。未来の人間はバ」
白夜は言葉をそこで遮った。
「今、馬鹿と仰いました?」
「言ってはおらん」
「言いかけましたよね? こう見えて、この時代の女性……いいえ、女性だけでなく男性よりも教養はありますからね」
「静かにせんと、奇襲と間違われるぞ」
「そうですね」
一旦黙ることにした私だが、ここからどうやって信長に接触しようか悩む。
(明智光秀の軍勢が現れる前にって思ったけど、織田信長を起こして良いのかな……)
頭を抱えていると、本堂にポッと灯りが灯った。
目を凝らして見れば、障子の隙間から金色の刺繍が施された白い着物姿の信長の姿があった。
(あれ? 普通に起きてる)
確か、明智光秀に寝込みを襲撃され、勝ち目のない織田信長は、火を放って自害したはず。
とはいえ、歴史の教科書の内容も度々変わるので、絶対そうだったとは言い切れないところがある。妖怪のことが記されていない時点で、私からしたら、あの教科書は大半が嘘っぱちだ。
「白夜様、行きま」
「待て」
緊迫するその声に、肩が跳ねる。
白夜を見れば、シッと人差し指を口元に当てられた。
「今は喋るな」
コクコクと頷き、白夜と共に木の影に隠れた。
静まり返った境内に、白い霧が現れた。それは本堂に近くなるほど濃くなっている。
(もしや、妖怪?)
白夜に目線を送ると、小さく頷かれた。そして、本堂の中から信長が出てきた。
「遅かったではないか」
「来るとは一言も言っておらん」
「だが、来たな。やはり、これを探しているとは本当だったようだな。雷牙」
(雷牙……って、白夜のお父さん!?)
目を丸くした私は、木の影から、じっと二人の様子を窺った。霧は徐々に薄くなり、その姿が露わになっていく。
襟足まである白銀の髪は、月明かりに反射して輝きを一層増しており、吉祥文様が描かれた紺色の着物と首元に巻かれたふわふわの白い毛が高貴さを漂わせている。
横から見ると、白夜に瓜二つだ。髪の長さが違わなかったら、どちらか見分けがつかないかもしれない。
そんな雷牙は、信長から何かを受け取り、月明かりに照らした。
「確かに」
それは、正に月の石の欠片。
しかし、何故、雷牙が月の石の欠片を? 自分で捨てたはずなのに……。
私の疑問を他所に、信長は話を続ける。
「では、約束通り、毛利攻めに力を貸してもらおう」
「そうしたいのは山々だが、生憎人間は大嫌いなんだ」
そう言って、雷牙は妖力を柱に向かって放った。それは盛大に破壊され、そこから煙が立ち上がった。
「貴様、謀ったな!」
「謀るも何も、我がいつ貴様と交渉した?」
「チッ」
「案ずるな。人間は皆、我が殺す。その毛利とやらもな」
その笑みに、背筋が凍った。人間に裏切られ、人間を恨む雷牙の心情が、そのまま顔に出ているようだった。
「誰か、妖怪退治屋を呼んで来い」
「御意」
どこから共なく信長の手勢らが数十名現れ、その内の一人が走り出す。雷牙はそれを阻むことなく見送った。
「すんなり行かせるとは、人間も舐められたものだな」
「妖怪を見下しているのは、そちらも同じであろう?」
「当たり前だ。皆の者、かかれ!」
信長の一声で、一斉に雷牙に斬りかかる。が、それはいとも簡単に防がれ、雷牙が大剣を一振りしただけで、全員がその場に倒れた。
燃え盛る火の粉は、消えることを知らないかのように建物を真っ赤に染めていく。
震える手を白夜がそっと包んでくれた。
「ここで待っていろ」
「白夜様……ダメ」
行かせてはいけない気がした。ここで行かせたら、白夜はもう戻って来ないような気がした。
そんな私の不安を払拭するように、白夜は空いた方の手で頭を優しく撫でてくれた。
「少々親子喧嘩をしてくるだけだ」
「白夜様……」
「ただ、大量の人間の匂いがこちらに近付いている。兜丸、雅を頼む」
「え、兜丸……?」
兜丸が、私の胸ポケットからヒョコッと顔を出した。
「——ッ!?」
驚きのあまり、声にならない悲鳴を漏らす。
先程和解はしたが、苦手なものはそう簡単には変わらない。邪険には扱わないものの、背筋が凍る。
私の頭に乗ったままの白夜の手が、もう一度よしよしと撫でてくれる。
「この兜丸は、攻撃力こそないが、防御力は私以上だ」
「攻撃力だって、虫の中じゃ最強なんだぜ」
「虫の中ならな」
白夜は、耳飾りを取って私の手の中に収めた。
「これを頼む。全て揃ったら、共に願って欲しい」
「共にって……」
この月の石は、愛する者同士が願うことで人間になれる。つまり————。
顔がボンッと真っ赤になるのが分かった。
「わ、わ、私で良いんですか!?」
「雅が良い」
微笑む白夜は、それはもうこの世のものとは思えない程に美しくて、絶対に失いたくないと思った。
「約束ですよ」
「ああ、約束だ」
そう言って、真剣な表情になった白夜は木陰から出て、雷牙に向き直った——。
「父上、お久しぶりです」
「いつになったら出てくるのかと思えば……人間なんぞにうつつを抜かしおって」
「雅は、母上とは違います」
「人間なんぞ、皆同じだ。そして、その血が混じったお前もな!」
刹那、金属音が鳴り響いた。
白夜と雷牙の剣が交わり、二人は睨み合う。
「月の石は、あの小娘が持っているのか?」
「何故、月の石を? 父上は、人間にはなりたくないのでは?」
雷牙は鼻で笑った。
「月の石を使うのは、我ではない。其方だ」
「私……?」
「白夜。其方には言っていなかったが、あれは体内に取り込めば妖怪になれるのだ。半妖などとふざけたものではなく、完全な妖怪にな」
「私が、妖怪に……」
一瞬隙が出来た白夜に、雷牙は妖力を纏わせた大剣を力強く振り下ろす。なんとか防いだ白夜だが、迷いが現れているのが見て取れる。
「我と共に、人間を滅ぼそう。そして、妖怪の世で天下を取れ!」
「私は、そんなことに興味は」
「これまでの仕打ちを忘れたとは言わせんぞ。人間からも妖怪からも疎まれ、辛い思いをしたのは其方自身であろう?」
それを聞いた私は、二つの月の石の欠片をギュッと握りしめた。
私は、白夜に幸せになってもらいたい。だから、人間になりたい白夜を応援した。恩返ししようと思った。人間の世が無くなってしまうのは見過ごせないが、白夜が妖怪になりたいと願うなら、それも一つだ。
「雅。お前、あの半妖を妖怪にする気か? 生涯共に生きて共に死ぬって決めたばっかだろ?」
「そう……だけど。私は、白夜様に幸せになってもらいたい」
「ま、オイラは何でも良いけど、一旦こっから出るぞ」
火の粉がこちらにも近付いており、隠れていた木に燃え移った。
兜丸に促されるまま、私は境内の外へと走る。しかし、外は既に明智の軍勢に包囲されていた。
「奇妙ななりをして、何者だ?」
兵士数名に刀を向けられた。
「わ、私は……」
「俺、聞いたことありますよ。なんでも、半妖と一緒に黄色い石を探してるとか何とかって」
「半妖と? ってことは、引っ捕えて明智様に差し出すか」
「だな」
冷や汗を流しながら一歩後ずさるが、後ろは火の手がそこまで来ており逃げ場がない。前には大量の兵士。そして、白夜は戦闘真っ只中。
(これ、詰んだんじゃ……)
兵士の一人が私の腕を掴もうとしたその時——私は薄っすらと黒い何かに覆われた。
「何だ、これ!? 近付けねぇ」
「貴様、何をした!?」
刀を振り下ろされたが、シールドのようなそれは、刃をも通さず、弾き飛ばした。
「もしかして、兜丸の力?」
「凄いだろ?」
私の胸ポケットから得意げに顔を出す兜丸の頭をツンツンと撫でた。
「ありがとう」
「平気なのかよ。触っても」
「ちょっと怖いけど、大丈夫」
「怖いのかよ!」
へへへと笑う私だが、上空に立ち込める唯ならぬ気配に気付き、表情がこわばる。兜丸も同様に。
「これは、大戦争が始まるな」
「ある意味、明智の軍勢がいてくれて助かった……のかな。これ、一万三千人いるらしいよ」
「すげぇな……」
「とにかく、私たちは白夜様が戻って来るまで生き延びよう!」
そう意気込んだ矢先、目の前に雷牙の大剣が突き刺さった。
「小娘。白夜の為を思うなら、月の石を渡せ」



