いつか、ふたりで

 夕食後、コーヒーを飲みながらふたりでのんびりとした時間を過ごしていた。

 2杯目のコーヒーを淹れに行った橙真(とうま)を追いかけて、オレもキッチンへ向かう。

「なあ、昨日買ったチョ――」

 唇を開ければ、言おうとしていたチョコレートが口の中に滑り込んできた。程よい苦味と甘さが橙真の好みだ。

「ここのチョコ、今回は新宿しかなかったのに買ってきてくれたんだ?」

 橙真が箱のリボンに目を落として、頬を緩める。そりゃあ、橙真が気に入ってるんだから買いにも行くだろ。

 そんなことは言わずに「会社の子からもらったやつも開けるか」と、さもついでのように言った。

「ねえ、光佑(こうすけ)
「んー?」

 どこに置いたかな、と電子レンジの周辺を探す。橙真の顔を見ないようにしていたのに、伸びてきた指先にがっしり顎をつかまれた。

 わかってる。これは、オレが悪い。

「殺すか、殺されるかならどっち? 俺を殺すか、俺に殺されるかの二択で選んで」

 振り向かされると、橙真の大きな目が細くなる。和やかさの欠片もない質問。

 思わず笑ってしまう。いきなり物騒なこと言うな、こいつ。

 まあいいか、と考えてみる。

 橙真を殺すか、橙真に殺されるか。そのふたつしかなかったらオレはどっちにするだろう。

 橙真を殺すことなんてできるわけない。つまりは、オレが殺される方を選ぶってことになる。

 こいつがいなくなってしまうくらいなら、殺されたほうがずっといい。

 それも橙真に殺されるというなら、存外悪くないのかも。もし、オレのいない未来で他の誰かと笑いあっていてもいい。

 死んだオレがそれを見ることはないわけだし。

「オレは殺されるほうを選ぶかなー。橙真はどっち?」
「決まってんじゃん」

 にっこり。橙真の綺麗で薄めの唇が弧を描く。

「殺すよ。俺が死んだ後、光佑がひとりで生きていくなんて考えられない。光佑が誰かと生きる未来があるとしたら、そんなの絶対に許せない」

 そう言うだろうと思った。

「……とか言ってみたけど、殺したくないなぁ。大好きな光佑が死んだ後なんて、つまらないし。でも、二択しかなかったら迷わず俺に殺されてね」
「うん。いーよ」

 うなずくと、橙真は目を細めて笑った。

「……じゃあ、その会社の子からもらったとか言うチョコは明日にしてこっち食べよう」

 橙真の視線を追いかけて、電子レンジの裏から会社の子からもらったほうのチョコを取り出す。橙真は気まずそうに下唇を噛む。

「言っておくけど、これは全員もらってるやつだからな。お返しが大変だから来年からなしになったし」
「わかってるけど今はいらないでしょ」
「オレが買ったの先なら、会社の子からもらったのとっとくの?」

 やっぱこっちにする、と唇を尖らせる橙真の肩をよしよしと擦った。

「わ、おいしそうでムカつく」
「そこに腹を立てるなよ。これも来年の候補にしとくか」

 口に放り込んだチョコレートはまろやかで溶けやすかった。コーヒーの香りを感じる。

「光佑が買ってきてくれたら喜んで食べる」
「じゃあこれはオレが全部食べようかな」

 橙真に背を向けて箱を抱えると、後ろから腕を回して押さえられた。

「ダメ。俺も食べる」

 ん、と突き出された唇にオレはつまんだチョコレートを近づける。文句を言ってたくせに口に入れた瞬間の目が輝いていた。

「見た目通りおいしい」
「よかったな。お礼買わないと」
「ほんとそういうの嫌」
「だから来年からはないってさ」

 殺すか、殺されるか。お前とだったら、もうひとつ選択肢があるかな。

 後ろに寄りかかってやると、橙真は「わっ」と声をあげてちょっとバランスを崩した。おかげでオレも危うく後ろに倒れかけた。

 どうにか受け止めてくれた橙真を振り向けば、言葉にしなくても痛いと言わんばかりの目をしていた。それはスルーして、口を開く。

「ふたりで死ぬのも、悪くないかも」
「あ、さっきの話の続き? 選択肢3つ目だね。いいよ、光佑と一緒なら。そのかわり、絶対一緒に死んでね。裏切ったら殺すからね」
「ははは。うん。仕方ないから一緒でもいーよ」

 ココアパウダーがついたままの指先で橙真の頬を触ろうとして「人の顔で拭こうとしないで」と苦笑された。

「じゃあ拭いて」

 これで顔に触れたら絶対怒るくせに。舌の熱が指先にまとわりついて、背中がぞくりとした。

「オレは拭いてって頼んだんだけど」
「洗ったほうが早い。はい、行くよ」

 すぐそこの洗い場まで肩を押されて、橙真が水道のレバーを上げて水を出してくれた。橙真の手がオレの両手を持ち上げて、一緒に手を洗う。何してんだこれ。

「洗ってー、拭いたら触ってもいいよ」
「別にもう触んなくてもいいよ」
「じゃあ俺が触る」

 タオルで手を拭くなり、耳たぶをなぞられた。くすぐったさに目を伏せて息を吐くと、次の息はもう奪われてしまった。少しだけ冷えた橙真の指先に対して、オレの口内は熱い。

「さすがにここはイヤなんだけど」と、唇が離れた隙にそう言った。

「じゃあ寝室行こ」

 差し伸べられたその手に触れる。答えなくても、了承の合図だった。

 いつか本当にふたりで死ねたなら、それはどんなにしあわせなんだろう。

 ぼんやりとそう思いながら、橙真の手をきゅっと握りしめた。

 あ、コーヒー忘れた。オレが漏らした呟きに、ふっ、と頬を緩めた橙真は、なぜだかとても満足そうにしていた。