事務所の灯りは落としてある。
外から見れば、営業終了。
看板も消え、ブラインドも下ろされている。
内部では、モニターだけが光っていた。
青白い光が、壁と机の輪郭を削る。
村木は端末に向かっている。
「ナンバー照会、完了しました」
「早いな」
マイクはソファに沈んだまま。
靴は脱がない。
すぐ動ける姿勢。
「登録情報は公開範囲内で取得可能です。法人名義ですので、所有者名と本店所在地までは確認できます」
画面を回す。
――クンストロジスティクス株式会社。
設立三年。
資本金五百万円。
事業目的、美術品の保管・輸送・売買仲介。
「いかにもだな」
菜々緒が缶コーヒーを開ける。
乾いた音が小さく響く。
「所在地は都内のバーチャルオフィスです」
「実体は」
「現時点では確認できません」
村木は登記事項証明書の履歴を開く。
代表取締役の欄。
そこに、見覚えのある姓。
「副代表と同姓です」
マイクが目を細める。
「珍しい姓か」
「一般的ではありません」
「親族か」
「断定はできません。ただし――」
役員変更履歴を拡大する。
「代表就任は三年前です」
三年前。
画廊が海外大型作家の取り扱いを始めた時期と重なる。
「偶然が続くな」
「はい」
村木は保険証券データを並べる。
「輸送契約の一次受託がこの法人。再委託条項あり」
「再委託先は」
「空欄です」
また、空白。
「保険は包括動産総合保険。保険価額一億二千万円」
「引受先は」
「副代表が理事を務める団体と資本関係のある保険会社です」
菜々緒が小さく笑う。
「回ってるね」
法人。
輸送。
保険。
内部監査。
閉じた輪。
「古物商許可番号も登録されています」
「公安は」
「埼玉県公安委員会。画廊と同じ管轄です」
「取引台帳の保存義務は」
「三年」
設立年数と一致する。
「帳簿が見られれば」
「任意では困難です」
「強制は」
「できません。我々には権限がありません」
沈黙。
だが、構造は見えてきている。
「動機は」
菜々緒。
「差し替え、もしくは来歴操作」
「プロヴェナンス改竄の可能性があります」
村木の声は低い。
「来歴を補強し、市場価値を吊り上げる。あるいは、真正性を偽装する」
「証拠は」
「ありません」
同じ言葉。
だが、重みが増している。
「資金の流れは追えないか」
「決算公告は確認できません。小規模会社のため、官報掲載義務がない可能性があります」
「銀行は」
「非公開です」
壁に表示された関連図が、静かに線を増やしていく。
副代表。
法人。
保険。
輸送工程。
空白の四時間。
一本に、収束しつつある。
「会うか」
「副代表に、ですか」
「いや」
短い間。
「代表取締役だ」
菜々緒が立ち上がる。
「バーチャルオフィスなら、郵便物の転送先があるはず」
「調べます」
村木は一瞬だけ目を閉じる。
「……本件は、私の契約範囲を超えつつあります」
「逃げるか」
マイクは淡々と問う。
沈黙。
「いいえ」
村木は顔を上げる。
「期間内です。調査は正当な範囲です」
「範囲外だ」
「承知しています」
短い間。
「覚悟はあるか」
「あります」
「続けろ」
そのとき。
外で、低いエンジン音。
一定回転を保つ振動。
マイクがブラインドの隙間をわずかに上げる。
黒い車両。
停車。
ヘッドライトは消えている。
エンジンだけが生きている。
「同じ車か」
「違います」
「だが、同じ匂いだ」
数分。
車は動かない。
監視。
存在を示すだけの圧。
やがて、静かに去る。
エンジン音が遠ざかる。
「向こうも動いています」
「だが、兆候は出た」
マイクは言った。
菜々緒がバイクの手元を確認する。
「次は?」
「現物だ」
マイク。
「科学鑑定ですか」
「それしかない」
村木はうなずく。
「顔料分析。支持体繊維の年代測定。X線透過撮影。赤外線リフレクトグラフィ」
「派手じゃない」
「ですが、嘘は残ります」
証拠がなければ、
証拠を取りに行く。
合法の範囲で。
夜は深い。
だが、核心は近い。
外から見れば、営業終了。
看板も消え、ブラインドも下ろされている。
内部では、モニターだけが光っていた。
青白い光が、壁と机の輪郭を削る。
村木は端末に向かっている。
「ナンバー照会、完了しました」
「早いな」
マイクはソファに沈んだまま。
靴は脱がない。
すぐ動ける姿勢。
「登録情報は公開範囲内で取得可能です。法人名義ですので、所有者名と本店所在地までは確認できます」
画面を回す。
――クンストロジスティクス株式会社。
設立三年。
資本金五百万円。
事業目的、美術品の保管・輸送・売買仲介。
「いかにもだな」
菜々緒が缶コーヒーを開ける。
乾いた音が小さく響く。
「所在地は都内のバーチャルオフィスです」
「実体は」
「現時点では確認できません」
村木は登記事項証明書の履歴を開く。
代表取締役の欄。
そこに、見覚えのある姓。
「副代表と同姓です」
マイクが目を細める。
「珍しい姓か」
「一般的ではありません」
「親族か」
「断定はできません。ただし――」
役員変更履歴を拡大する。
「代表就任は三年前です」
三年前。
画廊が海外大型作家の取り扱いを始めた時期と重なる。
「偶然が続くな」
「はい」
村木は保険証券データを並べる。
「輸送契約の一次受託がこの法人。再委託条項あり」
「再委託先は」
「空欄です」
また、空白。
「保険は包括動産総合保険。保険価額一億二千万円」
「引受先は」
「副代表が理事を務める団体と資本関係のある保険会社です」
菜々緒が小さく笑う。
「回ってるね」
法人。
輸送。
保険。
内部監査。
閉じた輪。
「古物商許可番号も登録されています」
「公安は」
「埼玉県公安委員会。画廊と同じ管轄です」
「取引台帳の保存義務は」
「三年」
設立年数と一致する。
「帳簿が見られれば」
「任意では困難です」
「強制は」
「できません。我々には権限がありません」
沈黙。
だが、構造は見えてきている。
「動機は」
菜々緒。
「差し替え、もしくは来歴操作」
「プロヴェナンス改竄の可能性があります」
村木の声は低い。
「来歴を補強し、市場価値を吊り上げる。あるいは、真正性を偽装する」
「証拠は」
「ありません」
同じ言葉。
だが、重みが増している。
「資金の流れは追えないか」
「決算公告は確認できません。小規模会社のため、官報掲載義務がない可能性があります」
「銀行は」
「非公開です」
壁に表示された関連図が、静かに線を増やしていく。
副代表。
法人。
保険。
輸送工程。
空白の四時間。
一本に、収束しつつある。
「会うか」
「副代表に、ですか」
「いや」
短い間。
「代表取締役だ」
菜々緒が立ち上がる。
「バーチャルオフィスなら、郵便物の転送先があるはず」
「調べます」
村木は一瞬だけ目を閉じる。
「……本件は、私の契約範囲を超えつつあります」
「逃げるか」
マイクは淡々と問う。
沈黙。
「いいえ」
村木は顔を上げる。
「期間内です。調査は正当な範囲です」
「範囲外だ」
「承知しています」
短い間。
「覚悟はあるか」
「あります」
「続けろ」
そのとき。
外で、低いエンジン音。
一定回転を保つ振動。
マイクがブラインドの隙間をわずかに上げる。
黒い車両。
停車。
ヘッドライトは消えている。
エンジンだけが生きている。
「同じ車か」
「違います」
「だが、同じ匂いだ」
数分。
車は動かない。
監視。
存在を示すだけの圧。
やがて、静かに去る。
エンジン音が遠ざかる。
「向こうも動いています」
「だが、兆候は出た」
マイクは言った。
菜々緒がバイクの手元を確認する。
「次は?」
「現物だ」
マイク。
「科学鑑定ですか」
「それしかない」
村木はうなずく。
「顔料分析。支持体繊維の年代測定。X線透過撮影。赤外線リフレクトグラフィ」
「派手じゃない」
「ですが、嘘は残ります」
証拠がなければ、
証拠を取りに行く。
合法の範囲で。
夜は深い。
だが、核心は近い。


