【side 高瀬】
イタリア人と日本人のハーフでほりの深い顔。顎の髭と黒髪が大人の男性として魅力的だと、テレビカメラの前で俺をそう紹介した女性リポーターに笑顔を作り、頭を下げた。
(俺はどうでもいいから店を紹介してくれよ)
心の中で毒づいているとも知らずに、女性リポーターは少し頬を赤らめテンション高く声を出す。人気カフェ店を紹介する番組の取材を受けたのは、オーナー兼店長である俺、高瀬晃紀ではなく、マネージャーの中村伸だった。俺が経営する店、【プロメッサ】は、都内にあるカフェだ。コンクリート打ちっ放しの無機質インテリアで沢山の観葉植物を飾っている。落ち着いた店内で美味しいコーヒーやスイーツを味わえると人気が高い。それとSNSではもう一つ、人気の理由があげられていた。黒のソムリエエプロンで給仕する男性スタッフがかっこいいと評判なのだ。それは特に意図していなかったが来店のきっかけになるなら良い誤算だ。
カフェスペースの横ではチョコレートを販売している。パティシエの免許を持つ俺が思案し、店内で作っているオリジナルチョコレートだ。このチョコレートがかなり評判が良く、最近ではデパートに卸すようになったほど。
それにしても取材が入り知名度が上がるのは嬉しいのだが、俺は愛想がいい方ではない。女性レポーターの質問にのらりくらりと答えながら、早く終わらないかなとため息をつく。
「ちゃんと女相手に愛想よく話せてたじゃん」
取材が終わって数時間後。中村がエプロンをつけながらそう言ってきた。中村と俺は高校で知り合い、そこからの腐れ縁だ。二人で【プロメッサ】を立ち上げた。マネージャーとして店の売り上げ管理など裏方をメインにしているが給仕が忙しい時は表に出ることもある。
「なんだよそれ」
「だってお前女嫌いの三十代顔だけイケメン店長じゃん。しかも年下のバイトくんに惚れてる、冴えない男」
「〜〜っ!」
さあさあ仕事だと中村が背伸びをして事務室から出ていく。そう俺はゲイで、片想いしている相手は【プロメッサ】で給仕のアルバイトをしている大学生、三田洋輔なのだ。
【side中村】
半年前。給仕の募集をかけていたところ、連絡をしてきたのが三田だった。チラシを見て連絡してきた彼は、少し緊張した顔で【プロメッサ】に来た。少し赤みがかった髪と愛嬌のある笑顔。そしてクリクリした大きな瞳に俺は、すぐに気がついたのだ。
(あー、高瀬の好きなタイプだな)
高校生の頃から高瀬を知る俺は、奴の好みまで熟知していた。あの頃の高瀬はゲイである事に悩んでいたが俺は特に気にする必要はないと思っていたから、普通に接していた。恋愛相談も受けていたし。大学生になった頃には自分の生き方に自信がついたようで、それは俺のお陰だと一度だけ礼を言われたことがある。
そんな間柄だからタイプも分かる訳で実際、高瀬に三田の履歴書を見せると、目を輝かせていたのを俺は見逃さなかった。そして即、三田は採用となったのだ。
「お疲れ様です」
可愛らしい姿の割にはハスキーボイスな三田。その声が聞こえて、高瀬が鼻の下を伸ばしている。
「高瀬、顔」
横で突っ込むと、高瀬は慌てて咳払いをした。
三田がアルバイトを始めた頃は週二日のシフトだったが、その後一人辞めてしまった為、今は週四日出勤してくる。取材が来るほどの繁盛店なので、少し三田に負担がかかっているのは否めない。それを踏まえて本当はもう一人欲しいところだが募集はしていない。募集をしないのは人件費を増やしたくないというもっともらしい理由をつけているが、単に高瀬のわがままなのだ。
『どうせ三田に一日でも多く会いたいとか、そんな理由だろ。職権乱用じゃねえか』
かわいそうに三田くん、と言ってやると反論できず高瀬は小さくなる。しかし、俺も高瀬の職権濫用を知っていながら募集を出さない。費用が抑えられるならやむなし。経営とはシビアなものなのだ。
そんなことがあったとは知らず、三田は今日も忙しそうにリスのようにあちこち動き回っていた。
【side高瀬】
平日の午後。少しだけ忙しさが緩和された時間に、俺はレジ横のチョコレート専用のショーケースを見ていた。
「三田くん」
テーブルを拭いていた三田を呼びつける。
「今年のバレンタインデーのチョコレート、試作品を作っているんだけど、よかったら協力してくれない? 若い子の意見が聞きたくてさ」
「俺で良いんですか」
「甘いものは嫌いかな?」
「嫌いならここで働いてないですよ。俺でよかったら」
それを聞きやった、と心の中でガッツポーズをする。実は試作品を作るという名目にしておいて、バレンタインデーにはそっと本気のチョコレートを三田に渡す、というのが俺の作戦だ。三十代の男が立てた、まるで高校生のような計画。中村にそれを打ち明けると眉をひそめ小さくため息をついていたが、気にしない。
しかし浮かれて本業を怠るわけにはいかない。パッケージはシンプルなデザイン性のあるものを。見栄えより口に入れたときの美味しさを追求。【プロメッサ】のチョコレートを渡した子たちの恋が叶うようなチョコレートを作らなければならない。俺と三田は閉店後、数週間にわたって試行錯誤し、三種類のチョコレートの試作品を作り上げた。
一つ目、【スイートバージョン】はミルクチョコをふんだんに使って、口の中で甘く溶ける。主に若い子をターゲットにしたものだ。それに対して二つ目は【ビターバージョン】は甘さはなく苦みが特徴。甘いのが苦手な男性にも好かれるようなすっきりとした味わい。そして三つ目の【アダルトバージョン】はブランデーを混ぜ込んだ香りが強い大人向けのチョコレート。それぞれ贈る相手を思いながら選んで貰えるように考えて作ったものだ。
「うーん、商品名どうしようかな。いつも名前考えるのが大変なんだよなあ」
出来上がった三種類のチョコレートをテーブルに置いて腕組みをする。隣で三田も一緒に商品名を考えてくれていた。バレンタインデーまであと少し。顎の髭を触っていると、三田が呟いた。
「あなたが好きです」
突然の言葉にぎょっとした。
(え、今なんて?)
三田は俺を見る。身長差があるので少し三田が見上げるような形だ。
「あなたが好きです、ってイタリア語でどう言うんですか? それを商品名にしたら」
そう言われて肩を落とした。
(なんだ、そうか、そうだよな)
あなたが好きですという言葉を言われただけで、意識してしまうなんて。我ながらピュアすぎる。
「……僕はハーフだけどイタリア語は喋れないんだよ」
「あ! そうなんですか、すみません」
「それならいっそそのままにしてみようか。日本語で『あなたが好きです』って」
試作品を手に取りそう言うと、三田は少し時間をあけていいですねと呟いた。
【side中村】
「ちょっと、もう一回言ってくれる? 三田くん」
メガネを外してテーブルに置き、目頭を押さえながら目の前にいる三田に質問した。
「高瀬店長の可愛いところ、見つけたんですよ」
俺と三田はたまに昼食を事務所で一緒にすることがある。今日も俺はコンビニ弁当を、三田は自作の弁当を食べていた。そして冒頭の発言に頭を抱えそうになった。試作品の名前を考えていたときの出来事を興奮ぎみに語る。
「いつもはあんなにかっこいいのに、急に真っ赤になって」
「……まあ好きですって言われたら驚くだろ」
(ホントにこの二人、どうにかしてくれ)
実は俺は高瀬と三田、両方からそれぞれ熱い想いを聞かされている。三田からは高瀬の憧れを、高瀬からは三田への可愛さを。耳にタコができそうなほど聞いているからもううんざりだ。
(お前ら二人早くくっつけってば)
それでも俺は二人をくっつけてやるような助言はしない。なぜならめんどくさいからである。人様の恋愛に付き合っている場合ではない。来週のバレンタインデーまでにやらないといけないことはたくさんあるのだ。
「店長もたくさんチョコ、貰うんでしょうね」
三田が高瀬に抱いている感情は憧れだと本人は思っているようだが、どうもそれ以上なのかもしれないと俺は感じている。明らかに憧れの域を超えた事を言ってくるのだ。高瀬が聞いたら泣いて喜ぶだろう。だけど中村は言ってやらない。構ってやる暇などない。
【side高瀬】
バレンタインデーの一週間前くらいからチョコレートを求めてくるお客が多くなり、前日や当日はてんてこ舞い。さすがに人手が足らず助っ人を呼んだ。助っ人は三田の友人たちで【プロメッサ】が好きだという女の子もいた。その子を見てモヤモヤしていたのは言うまでもない。
「なあ、中村。あの子彼女なのかなあ」
「頼むから働け、高瀬!」
怒濤のバレンタインデー最終日。ヘトヘトになりながら、片付けをしているともう十九時になっていた。これ以上遅くなるのはよくない。彼女たちを集めバイト代と心ばかりのチョコレートを手渡すとみんな喜んでくれた。
「ありがとうございます。また声かけてください! 手伝いに来ます」
そう言ってくれたのは、今日一日、三田と仲良くしていた彼女疑惑の子だ。俺は疑念を隠しながら笑顔で手を振るとお辞儀をして、三田へ近寄った。
「じゃあね、お兄ちゃん。先、帰っておくね」
そして手を振り他の子たちと一緒に店を出て行った。
「お兄ちゃん、かあ」
肩を揺らしながら中村が笑っている。
「……言うな、中村」
中村はしばらく笑ったのち、こう言った。
「レジ締めも終わったし、俺先に帰るけど。いいよな」
中村がいなくなれば、店に残るのは三田の二人きりとなる。口の悪い天使に俺は手を合わせた。
二人きりなって数分後。帰ろうとしたときに、作戦通りに手元に置いていたチョコレートを取り出す。今日のチョコレートは三種類とも完売。三田はそれを少し残念がっていた。一つ欲しかったなーと帰り間際に呟いていたのだ。
「三田くん、これ」
俺が取り出したチョコレートは『あなたが好きです』の【スイートバージョン】。三田は試作品を作っていたときに一番気に入っていた。これに手を加えて、三田だけの【スペシャルバージョン】を作ったのだ。
「あの……」
「色々助けてくれたから残しておいたんだ。ありがとうね」
見た目は【スイートバージョン】と何ら変わらないが、食べたら分かるはずだ。それが【スペシャルバージョン】になっていることを。きっと三田は食べて驚くだろう。
「店長、ありがとうございます」
チョコレートを手にして小声で三田がそう言う。ふと見てみると、その顔が何故か真っ赤になっている。
(……あれ?)
バイト先の店長にチョコレートを貰っただけで、こんなに真っ赤になる? 三田は耳まで真っ赤になっている。
「大切に食べますね! ありがとうございました! お先に失礼しますっ」
突然、三田はお辞儀をしてそのまま、走って帰って行ってしまった。この反応、もしかして……? なんだか頬が熱くなってきた。自意識過剰かもしれない。だけど、期待せずにはいられなくて、俺は店内で一人ニヤついていた。
【side三田】
僕は帰宅後、自室で店長がくれたチョコレートを眺めていた。試作品で何度も食べた【スイートバージョン】。完売になる前にわざわざ店長が手元に置いていたくれたことが嬉しくて。食べるのはもったいないなあと思いつつも少しだけ割って、口の中に入れた瞬間、僕は驚いた。
口の中に広がる甘さとともに柑橘の香りと芳醇なカカオの香り。何度も食べた試作品と、明らかに違う。もしかして、別にわざわざ作ってくれたのだろか。
僕は居ても立っても居られなくなり、ベッドに潜り込んだ。何を思ってこの一枚を作ったんだろう。憧れの店長から手の込んだチョコレートをバレンタインデーに貰ってしまって、明日からまともに店長の顔が見れるかな……
そんな事を考えているうちに、以前からなんとなく感じていた気持ちがまた湧き上がってきた。――憧れだけでこんなに悶えるものかな? それに、胸の動悸と顔の火照りが尋常じゃない。単なるバイト先の店長に対する反応にしてはおかしい! これもう、ほんと、やばい。
そしてバレンタインデーから一週間後。僕はとある決意を胸に秘め【プロメッサ】でいつも通り働いた。
「お疲れ様」
帰る時間となり作業場にいた店長に声をかけられ、僕は拳を握り自分に言い聞かせる。落ち着いて話をするんだ。
「あ、あの店長。少しだけ時間いいですか」
それを聞いた店長は手にしていた木ベラを落としてしまった。
「えっ、何? 神妙な顔して……もしかしてバイト辞めるとか」
「それはないです。ここ大好きですし」
よかった、と笑う店長に僕は胸の高鳴りを抑えられない。【スペシャルバージョン】のチョコレートをもらって以来――いやそれ以前から、どうにも自分の想いが憧れではなく恋愛感情ではないかと日を追うごとに感じていた。悶々とする時間がつらくて、僕は今日実力行使に出ることにした。戸惑っている店長の前に立ち、ほりの深い顔をじっと見つめる。
「な、何……」
心に決めていたけれど、いざとなると尻込みしてしまう。本当に聞いても良いだろうか。でもこのままじゃ――店長の顔が見れなくなってしまう。僕は決心した。思い切り両手を開き、店長の体を抱きしめた。
ふんわりとカカオの香り。あぁ癒される。そのまま自分の顔を店長の胸に埋めると、彼の体が固くなったことを感じた。
「みみみ三田くん?」
しばらくして僕は顔を上げ、店長の顔を覗き込む。
「この前いただいたチョコレート、食べました。……僕のために、一枚だけ特別に作ってくれたんですよね?」
「う、うん」
「……僕は自惚れていいんですか?」
これが一番聞きたかったこと。店長は僕をどう思ってくれているのか――。
【side高瀬】
三田からの言葉に、俺は天に昇る気持ちで雄叫びをあげそうになった。しかしそれをグッと我慢し、代わりに三田の体を強く抱きしめた。
言葉にできない年上の男の想いを受け止め、ストレートに言葉を投げてきてくれたことが嬉しい。それに自分も答えなければ。
「……ごめんね、まわりくどいことして。もちろん、自惚れて――欲しいな」
それを聞き、三田はパァッと笑顔を見せる。
「最高のバレンタインありがとうございます」
照れながらお互いの顔を見つめ合う。まさか本当に両想いだったとは、なんて奇跡なんだろう! ああ中村に報告しないと。
それにしても――いまこの状況なら……、と俺は三田の頬をそっと包み込む。大きな瞳がじっとこちらを見つめてきて俺は吸い寄せられるように、その唇にキスをした。柔らかい唇の感触に体が温かくなっていく。
「……好きだよ、三田くん」
耳元で囁くと、三田くんはさらに顔を赤くして、俺の胸にすりすりとほおを擦り付けた。
「僕もです、店長」
レジ締めを終え、作業場に入ってきた中村が抱き合っている二人を目撃したが口元を少し緩め、何事もなかったように、ドアを閉めた。
【了】
イタリア人と日本人のハーフでほりの深い顔。顎の髭と黒髪が大人の男性として魅力的だと、テレビカメラの前で俺をそう紹介した女性リポーターに笑顔を作り、頭を下げた。
(俺はどうでもいいから店を紹介してくれよ)
心の中で毒づいているとも知らずに、女性リポーターは少し頬を赤らめテンション高く声を出す。人気カフェ店を紹介する番組の取材を受けたのは、オーナー兼店長である俺、高瀬晃紀ではなく、マネージャーの中村伸だった。俺が経営する店、【プロメッサ】は、都内にあるカフェだ。コンクリート打ちっ放しの無機質インテリアで沢山の観葉植物を飾っている。落ち着いた店内で美味しいコーヒーやスイーツを味わえると人気が高い。それとSNSではもう一つ、人気の理由があげられていた。黒のソムリエエプロンで給仕する男性スタッフがかっこいいと評判なのだ。それは特に意図していなかったが来店のきっかけになるなら良い誤算だ。
カフェスペースの横ではチョコレートを販売している。パティシエの免許を持つ俺が思案し、店内で作っているオリジナルチョコレートだ。このチョコレートがかなり評判が良く、最近ではデパートに卸すようになったほど。
それにしても取材が入り知名度が上がるのは嬉しいのだが、俺は愛想がいい方ではない。女性レポーターの質問にのらりくらりと答えながら、早く終わらないかなとため息をつく。
「ちゃんと女相手に愛想よく話せてたじゃん」
取材が終わって数時間後。中村がエプロンをつけながらそう言ってきた。中村と俺は高校で知り合い、そこからの腐れ縁だ。二人で【プロメッサ】を立ち上げた。マネージャーとして店の売り上げ管理など裏方をメインにしているが給仕が忙しい時は表に出ることもある。
「なんだよそれ」
「だってお前女嫌いの三十代顔だけイケメン店長じゃん。しかも年下のバイトくんに惚れてる、冴えない男」
「〜〜っ!」
さあさあ仕事だと中村が背伸びをして事務室から出ていく。そう俺はゲイで、片想いしている相手は【プロメッサ】で給仕のアルバイトをしている大学生、三田洋輔なのだ。
【side中村】
半年前。給仕の募集をかけていたところ、連絡をしてきたのが三田だった。チラシを見て連絡してきた彼は、少し緊張した顔で【プロメッサ】に来た。少し赤みがかった髪と愛嬌のある笑顔。そしてクリクリした大きな瞳に俺は、すぐに気がついたのだ。
(あー、高瀬の好きなタイプだな)
高校生の頃から高瀬を知る俺は、奴の好みまで熟知していた。あの頃の高瀬はゲイである事に悩んでいたが俺は特に気にする必要はないと思っていたから、普通に接していた。恋愛相談も受けていたし。大学生になった頃には自分の生き方に自信がついたようで、それは俺のお陰だと一度だけ礼を言われたことがある。
そんな間柄だからタイプも分かる訳で実際、高瀬に三田の履歴書を見せると、目を輝かせていたのを俺は見逃さなかった。そして即、三田は採用となったのだ。
「お疲れ様です」
可愛らしい姿の割にはハスキーボイスな三田。その声が聞こえて、高瀬が鼻の下を伸ばしている。
「高瀬、顔」
横で突っ込むと、高瀬は慌てて咳払いをした。
三田がアルバイトを始めた頃は週二日のシフトだったが、その後一人辞めてしまった為、今は週四日出勤してくる。取材が来るほどの繁盛店なので、少し三田に負担がかかっているのは否めない。それを踏まえて本当はもう一人欲しいところだが募集はしていない。募集をしないのは人件費を増やしたくないというもっともらしい理由をつけているが、単に高瀬のわがままなのだ。
『どうせ三田に一日でも多く会いたいとか、そんな理由だろ。職権乱用じゃねえか』
かわいそうに三田くん、と言ってやると反論できず高瀬は小さくなる。しかし、俺も高瀬の職権濫用を知っていながら募集を出さない。費用が抑えられるならやむなし。経営とはシビアなものなのだ。
そんなことがあったとは知らず、三田は今日も忙しそうにリスのようにあちこち動き回っていた。
【side高瀬】
平日の午後。少しだけ忙しさが緩和された時間に、俺はレジ横のチョコレート専用のショーケースを見ていた。
「三田くん」
テーブルを拭いていた三田を呼びつける。
「今年のバレンタインデーのチョコレート、試作品を作っているんだけど、よかったら協力してくれない? 若い子の意見が聞きたくてさ」
「俺で良いんですか」
「甘いものは嫌いかな?」
「嫌いならここで働いてないですよ。俺でよかったら」
それを聞きやった、と心の中でガッツポーズをする。実は試作品を作るという名目にしておいて、バレンタインデーにはそっと本気のチョコレートを三田に渡す、というのが俺の作戦だ。三十代の男が立てた、まるで高校生のような計画。中村にそれを打ち明けると眉をひそめ小さくため息をついていたが、気にしない。
しかし浮かれて本業を怠るわけにはいかない。パッケージはシンプルなデザイン性のあるものを。見栄えより口に入れたときの美味しさを追求。【プロメッサ】のチョコレートを渡した子たちの恋が叶うようなチョコレートを作らなければならない。俺と三田は閉店後、数週間にわたって試行錯誤し、三種類のチョコレートの試作品を作り上げた。
一つ目、【スイートバージョン】はミルクチョコをふんだんに使って、口の中で甘く溶ける。主に若い子をターゲットにしたものだ。それに対して二つ目は【ビターバージョン】は甘さはなく苦みが特徴。甘いのが苦手な男性にも好かれるようなすっきりとした味わい。そして三つ目の【アダルトバージョン】はブランデーを混ぜ込んだ香りが強い大人向けのチョコレート。それぞれ贈る相手を思いながら選んで貰えるように考えて作ったものだ。
「うーん、商品名どうしようかな。いつも名前考えるのが大変なんだよなあ」
出来上がった三種類のチョコレートをテーブルに置いて腕組みをする。隣で三田も一緒に商品名を考えてくれていた。バレンタインデーまであと少し。顎の髭を触っていると、三田が呟いた。
「あなたが好きです」
突然の言葉にぎょっとした。
(え、今なんて?)
三田は俺を見る。身長差があるので少し三田が見上げるような形だ。
「あなたが好きです、ってイタリア語でどう言うんですか? それを商品名にしたら」
そう言われて肩を落とした。
(なんだ、そうか、そうだよな)
あなたが好きですという言葉を言われただけで、意識してしまうなんて。我ながらピュアすぎる。
「……僕はハーフだけどイタリア語は喋れないんだよ」
「あ! そうなんですか、すみません」
「それならいっそそのままにしてみようか。日本語で『あなたが好きです』って」
試作品を手に取りそう言うと、三田は少し時間をあけていいですねと呟いた。
【side中村】
「ちょっと、もう一回言ってくれる? 三田くん」
メガネを外してテーブルに置き、目頭を押さえながら目の前にいる三田に質問した。
「高瀬店長の可愛いところ、見つけたんですよ」
俺と三田はたまに昼食を事務所で一緒にすることがある。今日も俺はコンビニ弁当を、三田は自作の弁当を食べていた。そして冒頭の発言に頭を抱えそうになった。試作品の名前を考えていたときの出来事を興奮ぎみに語る。
「いつもはあんなにかっこいいのに、急に真っ赤になって」
「……まあ好きですって言われたら驚くだろ」
(ホントにこの二人、どうにかしてくれ)
実は俺は高瀬と三田、両方からそれぞれ熱い想いを聞かされている。三田からは高瀬の憧れを、高瀬からは三田への可愛さを。耳にタコができそうなほど聞いているからもううんざりだ。
(お前ら二人早くくっつけってば)
それでも俺は二人をくっつけてやるような助言はしない。なぜならめんどくさいからである。人様の恋愛に付き合っている場合ではない。来週のバレンタインデーまでにやらないといけないことはたくさんあるのだ。
「店長もたくさんチョコ、貰うんでしょうね」
三田が高瀬に抱いている感情は憧れだと本人は思っているようだが、どうもそれ以上なのかもしれないと俺は感じている。明らかに憧れの域を超えた事を言ってくるのだ。高瀬が聞いたら泣いて喜ぶだろう。だけど中村は言ってやらない。構ってやる暇などない。
【side高瀬】
バレンタインデーの一週間前くらいからチョコレートを求めてくるお客が多くなり、前日や当日はてんてこ舞い。さすがに人手が足らず助っ人を呼んだ。助っ人は三田の友人たちで【プロメッサ】が好きだという女の子もいた。その子を見てモヤモヤしていたのは言うまでもない。
「なあ、中村。あの子彼女なのかなあ」
「頼むから働け、高瀬!」
怒濤のバレンタインデー最終日。ヘトヘトになりながら、片付けをしているともう十九時になっていた。これ以上遅くなるのはよくない。彼女たちを集めバイト代と心ばかりのチョコレートを手渡すとみんな喜んでくれた。
「ありがとうございます。また声かけてください! 手伝いに来ます」
そう言ってくれたのは、今日一日、三田と仲良くしていた彼女疑惑の子だ。俺は疑念を隠しながら笑顔で手を振るとお辞儀をして、三田へ近寄った。
「じゃあね、お兄ちゃん。先、帰っておくね」
そして手を振り他の子たちと一緒に店を出て行った。
「お兄ちゃん、かあ」
肩を揺らしながら中村が笑っている。
「……言うな、中村」
中村はしばらく笑ったのち、こう言った。
「レジ締めも終わったし、俺先に帰るけど。いいよな」
中村がいなくなれば、店に残るのは三田の二人きりとなる。口の悪い天使に俺は手を合わせた。
二人きりなって数分後。帰ろうとしたときに、作戦通りに手元に置いていたチョコレートを取り出す。今日のチョコレートは三種類とも完売。三田はそれを少し残念がっていた。一つ欲しかったなーと帰り間際に呟いていたのだ。
「三田くん、これ」
俺が取り出したチョコレートは『あなたが好きです』の【スイートバージョン】。三田は試作品を作っていたときに一番気に入っていた。これに手を加えて、三田だけの【スペシャルバージョン】を作ったのだ。
「あの……」
「色々助けてくれたから残しておいたんだ。ありがとうね」
見た目は【スイートバージョン】と何ら変わらないが、食べたら分かるはずだ。それが【スペシャルバージョン】になっていることを。きっと三田は食べて驚くだろう。
「店長、ありがとうございます」
チョコレートを手にして小声で三田がそう言う。ふと見てみると、その顔が何故か真っ赤になっている。
(……あれ?)
バイト先の店長にチョコレートを貰っただけで、こんなに真っ赤になる? 三田は耳まで真っ赤になっている。
「大切に食べますね! ありがとうございました! お先に失礼しますっ」
突然、三田はお辞儀をしてそのまま、走って帰って行ってしまった。この反応、もしかして……? なんだか頬が熱くなってきた。自意識過剰かもしれない。だけど、期待せずにはいられなくて、俺は店内で一人ニヤついていた。
【side三田】
僕は帰宅後、自室で店長がくれたチョコレートを眺めていた。試作品で何度も食べた【スイートバージョン】。完売になる前にわざわざ店長が手元に置いていたくれたことが嬉しくて。食べるのはもったいないなあと思いつつも少しだけ割って、口の中に入れた瞬間、僕は驚いた。
口の中に広がる甘さとともに柑橘の香りと芳醇なカカオの香り。何度も食べた試作品と、明らかに違う。もしかして、別にわざわざ作ってくれたのだろか。
僕は居ても立っても居られなくなり、ベッドに潜り込んだ。何を思ってこの一枚を作ったんだろう。憧れの店長から手の込んだチョコレートをバレンタインデーに貰ってしまって、明日からまともに店長の顔が見れるかな……
そんな事を考えているうちに、以前からなんとなく感じていた気持ちがまた湧き上がってきた。――憧れだけでこんなに悶えるものかな? それに、胸の動悸と顔の火照りが尋常じゃない。単なるバイト先の店長に対する反応にしてはおかしい! これもう、ほんと、やばい。
そしてバレンタインデーから一週間後。僕はとある決意を胸に秘め【プロメッサ】でいつも通り働いた。
「お疲れ様」
帰る時間となり作業場にいた店長に声をかけられ、僕は拳を握り自分に言い聞かせる。落ち着いて話をするんだ。
「あ、あの店長。少しだけ時間いいですか」
それを聞いた店長は手にしていた木ベラを落としてしまった。
「えっ、何? 神妙な顔して……もしかしてバイト辞めるとか」
「それはないです。ここ大好きですし」
よかった、と笑う店長に僕は胸の高鳴りを抑えられない。【スペシャルバージョン】のチョコレートをもらって以来――いやそれ以前から、どうにも自分の想いが憧れではなく恋愛感情ではないかと日を追うごとに感じていた。悶々とする時間がつらくて、僕は今日実力行使に出ることにした。戸惑っている店長の前に立ち、ほりの深い顔をじっと見つめる。
「な、何……」
心に決めていたけれど、いざとなると尻込みしてしまう。本当に聞いても良いだろうか。でもこのままじゃ――店長の顔が見れなくなってしまう。僕は決心した。思い切り両手を開き、店長の体を抱きしめた。
ふんわりとカカオの香り。あぁ癒される。そのまま自分の顔を店長の胸に埋めると、彼の体が固くなったことを感じた。
「みみみ三田くん?」
しばらくして僕は顔を上げ、店長の顔を覗き込む。
「この前いただいたチョコレート、食べました。……僕のために、一枚だけ特別に作ってくれたんですよね?」
「う、うん」
「……僕は自惚れていいんですか?」
これが一番聞きたかったこと。店長は僕をどう思ってくれているのか――。
【side高瀬】
三田からの言葉に、俺は天に昇る気持ちで雄叫びをあげそうになった。しかしそれをグッと我慢し、代わりに三田の体を強く抱きしめた。
言葉にできない年上の男の想いを受け止め、ストレートに言葉を投げてきてくれたことが嬉しい。それに自分も答えなければ。
「……ごめんね、まわりくどいことして。もちろん、自惚れて――欲しいな」
それを聞き、三田はパァッと笑顔を見せる。
「最高のバレンタインありがとうございます」
照れながらお互いの顔を見つめ合う。まさか本当に両想いだったとは、なんて奇跡なんだろう! ああ中村に報告しないと。
それにしても――いまこの状況なら……、と俺は三田の頬をそっと包み込む。大きな瞳がじっとこちらを見つめてきて俺は吸い寄せられるように、その唇にキスをした。柔らかい唇の感触に体が温かくなっていく。
「……好きだよ、三田くん」
耳元で囁くと、三田くんはさらに顔を赤くして、俺の胸にすりすりとほおを擦り付けた。
「僕もです、店長」
レジ締めを終え、作業場に入ってきた中村が抱き合っている二人を目撃したが口元を少し緩め、何事もなかったように、ドアを閉めた。
【了】



