気がつかないで

不意に彼の表情が気になって見ると、俺を冷たい目で見下ろしていた。
でも、俺はどこかホッとした。
このアルファになにもされないという安心感からくるものだろう。
「いっとくけど、俺は本能には絶対抗ってやるって決めてるから。俺はオメガが嫌いなんだよ」
オメガが嫌い。
そう聞いて、力が抜けた。
そんな言葉が嘘かもしれないってことはわかってるけど、でも目をつけられなかったことに安心した。
「わかったらさっさといけよ」
俺を睨んできたけど、俺は構わず彼に聞いた。
「あの、職員室の場所教えてほしいな!迷っちゃって…」
俺の言葉に目を見開いた後、大きなため息をついた。
まるで呆れているように。
「あんたの精神どうなってんだよ」
「え?」
「まあいい。職員室の場所だっけ?今行くのオススメしないけど。授業中だから怒られる」
俺はハッとした。
そっか、この子俺を生徒だと勘違いしてるんだ。
俺は慌てて言った。
「俺、在校生じゃないよ!制服着てないでしょ?」
「あ?…ほんとだ。じゃあ転校生?」
俺は乾いた笑みを見せた。
中性的な容姿と相まって、俺が高校生に見えているみたいだ。
「俺は今年19だから、高校生じゃないよ。特別教諭になるんだ」
「は…?特別教諭?その年齢で?」
「あ、えっと…」
俺は視線を落とした。
そうだよな、普通は不思議に思うよな。
教員なんてものは大学卒業が絶対必須だから、19歳で教員になれるわけがない。
「…やっぱいい。なんかあんだろ。ほら、立てよ。職員室まで案内する」
「え。あ、案内してくれるの…?」
断られると思っていたから、少し驚いた。
それから、彼がため息をついて言った。
「あんたが頼んだんだろ。さっさとしろ」
そう言って教室を出て行ってしまった。
おいていかれないように、俺もその後を追いかけた。
ずっと奥まで廊下を進んだ後、1階分上に上がるとすぐに職員室に着いた。
彼は壁に寄りかかって俺を見た。
「入れよ」ってことなんだと思う。
俺は職員室の扉をノックし、中に入った。
「失礼します。明日から特別教諭を任されている一条とあと申します。えっと、校長先生はいらっしゃいますか?」
俺の声にひとりの男の先生が立ち上がった。
それから、俺の方に来て言った。
「ああ、一条くん。隣に校長室があるから、そこで待っててくれるかな?俺が校長先生を呼んでくるから。あ、ちなみに俺は2年の主任の神坂理仁(こうさかりひと)だよ。よろしく」
神坂先生は黒髪黒目で目尻がキッと吊り上がってるからちょっと怖い雰囲気があるけど、話してみると意外と優しそうな人だ。
そして、神坂先生が横に視線を向けるとピシッと固まった。
それから大きな声で。
霜降(しもふり)!?おっ前、またサボってんのか!!」
どうやら彼は霜降くんというらしい。
そういえば、お互い名前すら名乗ってなかったよな。
あと、サボり常習犯ということがわかった。
やっぱり関わるべき人じゃないな。
「うるさ。せんせー、今授業中」
「その授業に参加してないのは誰なんだ!?全く…。って、お前どうして職員室なんかに?」
神坂先生のその質問に、霜降くんは俺を指差した。
「え、一条くんと知り合い…?」
俺は首を横に振った。
「いえ!今日初めて会いました!!」
「案内頼まれたんだよ。じゃあ、俺行くから」
そう言って階段を降りていった。
その背中を、神坂先生がポカンとした顔で見つめながら言った。
「あいつ、そんなことするような奴じゃないのに…。よっぽど一条くんが気に入ったみたいだね」
その言葉に、俺は苦笑いするしかなかった。