その日から数日後。
あの保健室での一件以来、俺からも宵衣くんからもメッセージはしていなかった。その場の熱と勢いだけで動きたくなかったのもある。少し時間を置いて、真剣に向き合って考えたかったから。宵衣くんは、きっと俺が悩んでると思って落ち着くのを待ってくれていたんだろう。
そうしていつも俺のことを考えてくれていたから…。
俺も、落ち着いて時間を置いて考えたからこそ、自分の気持ちが明確に決まった。
そして、すっかり体調も復活して今日はホワイトデー当日。
俺は勇気を出して、「今日の放課後、いつもの空き教室へ来てほしい」と宵衣くんへメッセージを送った。
「あれ、香夜そんな急いでどうした?なんか用事?」
「うん!すっごく大事な用事があるんだ!慧人、また明日ね!」
「おーまた明日」
HRが終わり、鞄を急いで担ぎ一目散に教室を出た。そしてよく日記を一緒に書いていたいつもの空き教室へ向かった。到着するとまだ中には誰もいない。俺は中へと入り、いつもの席へ腰掛けた。
「ふーっ」
やばいくらい緊張してる…。
今まで生きてきた中で、どれの比でもないくらいに。胸の鼓動が早くて息を吸うのも苦しいくらい。
今思えば、ここで日記を読む本人が目の前にいるのに内容を相談しながら書いてたなんて…気恥ずかしいし、でも楽しかったな、なんて考えてしまう。
それに、ここでキスもした…。
初めてのキス…。
そして、俺は今日ここで…。
「…っあ、」
そうやって物思いにふけっていると、突然引き戸が音を立てて開かれた。そこには、宵衣くんが髪の毛を乱れさせ、息を切らしながら立っていた。その様子から、勢いよく走ってきたんだとすぐに分かった。
「あ、えっと…ごめんね、急に呼び出しで」
「いや…大丈夫…。もう体は平気?」
「あ、う、うん!知恵熱だったみたい。すぐ治ったよ」
よく一緒にいたせいか、少しの間会っていないだけでも久しぶりに感じる。そして、やはり会話がぎこちない。お互い気まずさを感じているのが空気から伝わってきた。
ダメだ、俺から動くんだ。勇気を出せ…!
「香夜く…」
「あ!!こ、これ!読んでほしい!!」
「…え?」
「日記の返事…か、書いたから!」
やっとの思いで勢いよく差し出した交換日記。緊張のせいで手がぷるぷる震えてしまう。宵衣くんは驚きながらも、それをそっと受け取った。そして覚悟を決めたかのようにふーっと息を整えてからページを開く。
「そ、それ…おれの気持ち…」
「…っ」
日記の最後のページには、時間をかけて書いた俺の気持ちが全て綴ってある。宵衣くんほど綺麗な字と文章ではないけれど…何度も書き直して、精一杯に書いた思いだ。
「……っこれ、ほんとに?」
「うん…!今の俺の気持ち…。伝えたかったこと…!たくさん考えて、時間かけて書いたんだ」
「夢、じゃないよね?」
「現実だよ…ぅわ!?よ、宵衣くん!?」
日記を読んだ宵衣くんは、その場に膝から崩れ落ちるかのように座り込んだ。腰が抜けた、という表現も合っているかもしれない。
「だ、大丈夫!?どうし…!?」
俺も慌てて近くに寄り、しゃがみこんだ瞬間。力強く体が引き込まれ、一瞬で宵衣くんの腕の中に収められた。締め付けられるほどの強さと、全身を包み込むような温かさ。鼻をくすぐるクセ毛の髪の毛と、バニラみたいな甘い香りが意識ごと支配してくるようだ。
「…っちょ、ちょっとぉ!?」
「……よかった、嬉しい。本当に本当に嬉しい…!お、俺…無理やりキスもしちゃったし、嘘ついてたし、香夜くんをたくさん困らせたし…っ、前は俺のこと意識してくれてたけど、もうダメになったかもしれないと思った…!」
「宵衣くん…」
「怒られても距離置かれても仕方ないって思ってたのに…、香夜くんに会えなくて、このままずっと会えなくなったらどうしようって…嫌われたらどうしようって、すごく不安で…!!」
「うん…」
子供みたいに言葉を連ねながら、ぐずっ…と涙ぐんでいる声。あのカッコよくて落ち着いててダウナー気味な宵衣くんじゃない。抱きしめる力も、その声色も全部が俺のことを好きだと叫んでいるみたいだ。俺のことでこんな風になってしまうこの人が、どうしようもなく愛おしく感じた。
「ずっと…俺のこと想ってくれて、そばにいてたくさん大切にしてくれてありがとう。甘えたいと思うのも、ずっと一緒にいたいと思うのも宵衣くんだけだ。こんな気持ち、他の人には思わないよ」
「…っ本当に?」
「うん。俺も…宵衣くんのことが好きだよ」
嘘じゃない、本当の気持ち。やっと認めることができた…初めての感情。
その全部は宵衣くんに向いている。
「…っありがとう、香夜くん。好き、」
「うん…」
「好き、好き…!本当に大好き、好き…」
「ちょちょ!そんなに言わなくても聞こえてるよ!は、恥ずかしいよ…!」
「どれだけ言っても足りないよ…。好き!!本当に…大好き」
「…っふふ、俺も、好きだよ」
俺も大きな背中に手を添わせ、きゅっと宵衣くんの背中を抱きしめた。お互いの心臓の音が密着して共鳴してるみたい。
「香夜くん、俺と…付き合ってくれる?」
「…うん!!よろしく、お願いします!」
「ありがとう…!」
顔を離してから、こつんと付けられたおでこ。その間近で見た宵衣くんの笑顔は、今まで見たどれよりも優しくて明るくて、無邪気だった。
「香夜くん…香夜くん…!」
「うぅ…!く、苦しいよ!ははっ、もう…泣かないで?」
「うん…っ、好き…」
触れてドキドキするのも、嬉しくなるのも、怖くなる時があるのも…全部好きだから。
初めての気持ちをこんなに知ることができた。
きっと、これからもたくさんの初めてがあるはずだけど…宵衣くんとなら大丈夫って思えるよ。
「これからも…俺のそばにいてください!」
