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あれ…視界がボヤける。頭がふわふわして、目の前に天井が見える…。何してたんだっけ…。
目をしっかり開けられない。頬は熱いけど、おでこは何だか冷たくて心地いい。
俺は…。
「…!あ、れ?」
徐々に覚醒した意識を辿って、状況を飲み込んでいった。ここは保健室。そして俺はベッドの上で寝ているようだ。
「あ…起きた?大丈夫?冷えピタ温まってきてるから新しいのに変えるね…」
声のする方に顔を横に向けると、宵衣くんがベッドの隣で椅子に座り心配そうに俺を覗き込んでいた。そうだ、さっき2人の会話を聞いてしまってクラクラしてきて倒れたんだ。宵衣くんがベッドに寝かせてくれたのかな。
「…うん、ありがとう」
少し眠ったおかげか、さっきより少し体が楽になっているように感じる。まだ熱はあるみたいだけど、幾分かマシだ。そして宵衣くんが優しくおでこの冷えピタを剥がしてから新しいものに変えてくれたおかげで、すぅーっと頭がスッキリしてきた。
辺りは静かで、園原さんの姿はない。時計を見ると既に4時間目が始まっている時間だ。
「宵衣くん…授業は、いいの?」
「うん、それどころじゃない…。香夜くんのことはA組の先生に伝えておいたから大丈夫だよ」
「…ありがとう」
ボーッとしている頭でも、宵衣くんがどれだけ俺を心配してくれているか分かる。掛布団から出ている俺の手を両手で優しく握ってはーっと息をつきながら項垂れているから。
さっき、2人の話を聞いてしまったことは覚えている。園原さんが名前を貸したと言ってたことも。未だに信じ難いけど、じゃあ今まで交換日記をしていたのは…。
「…そのままでいいから、俺の話聞いてほしい」
ちょうど考え始めたタイミングで、宵衣くんが口を開いた。弱々しくて力のない声量で。それだけで緊張感と真剣さがひしひしと伝わってくる。
「本当にごめん。今まで香夜くんに嘘ついてた。本当は交換日記をしていたのも、ラブレターを書いたのも…園原じゃなくて俺なんだ」
全部嘘だった…。
始まりのラブレターも、交換日記も、あの文章も全部園原さんからじゃなかったんだ…。
やっぱりさっき聞いた話は本当なんだと、実感が湧いてくる。でも、宵衣くんの口からしっかり話してくれているからか、立ち聞きしてしまった時よりも落ち着いて飲み込めた。
「ずっと…俺は宵衣くんと交換日記をしてたってことだよね…?」
「うん…。騙すようなことして本当にごめん」
こんなの、ずっと嘘つかれてたなんて、と怒るに決まってる。なのに、なんでだろう。日記を読んでなぜ園原さんの姿が思い浮かばなかったのかも、今までの違和感の正体がハッキリした納得感の方が怒りを上回ってくる。
たくさん悩んだのに…と愚痴を零したくなる気持ちはあるが、それと同時にホッとしている。
でも、あれ?
そもそも、なんで宵衣くんはこんな嘘をついてまでそんなことを…。
「でも、どうしても香夜くんに意識してもらいたくて、友達止まりになるのは嫌で…。好きに、なってもらいたかった。からかったりするためじゃなくて、俺は男だから…女の子が好きな香夜くんの対象になるためにはどうしたらいいだろうって考えてやったことなんだ…」
「…宵衣くん、それって」
「本当にごめん。俺、ずっと香夜くんのことが好き…。覚えてないかもしれないけど、1年生の時、体育館裏で俺にチョコをくれた時からずっと…」
宵衣くんが、俺のことを好き…?
体育館裏でチョコをあげた時って…。
「それ、もしかして…」
「思い出してくれた…?」
「…うん。そういえば確かに、1年の時体育館裏でずっと座り込んでる人がいて…気になって声をかけた、気がする」
「そうだよ、それが俺なんだ。あの時、彼氏に浮気されて殴られてさ。もう悲しい通り越して虚無感しかなくて…ずっとあそこで授業サボってた。そしたら香夜くんが声をかけてくれたんだ」
じわじわと1つずつ辿るように、その時の情景が頭に浮かんできた。なんで今まで忘れてたんだろう。
あの長くて黒いクセ毛も、濡れたような静かな目線も、体育座りしていた長い手足も、髪の隙間から光っていたピアスも全部…。
そして、悲しげで相手を威嚇するような表情。まさか恋人にそんなひどいことをされてたなんて思いもしなかった。
あの時の男子が、宵衣くん…。
「ずっと香夜くんのことを見てたら、女子に慣れてなさそうとか彼女はいなさそうとか色々気付いて…。でも男の俺が普通に声かけて恋愛に発展するなんて難しいに決まってたから…どうにか近くにいて特別になれるように…意識してもらえるように考えて、園原に協力してもらってたんだ」
「でも…園原さんと宵衣くんは、あんなに仲良くて…」
「…誤解を解くために香夜くんなら言っていいって言われたから話すけど、園原は女子が恋愛対象なんだ」
「…っえ!?」
「だから…俺達は似た境遇で何でも相談できる仲だけど、それ以上になることは100%有り得ないよ。お互い」
今日は衝撃的なことが多い。まさか園原さんが女の子を好きだったなんて…。あんな風に肩を組んでも、お互い何とも思わないってことなんだ。だから女子に対して冷たいのに、園原さんだけは仲がいいのか…。
「俺は…香夜くんのことが好き」
「…っ」
「目じりが垂れた可愛い笑顔も、美味しそうにご飯を食べてる姿も、子供みたいに無邪気なところも、素直で真っ直ぐなところも…優しくてお人好しなところも、少し自己肯定感低くて脆いところも…全部好きだよ」
それ…日記で俺のどこが好きなんですかって聞いた時に書いてくれた返事と同じ…。
そうか、あの時の言葉も全部宵衣くんがくれたものだったんだ。見惚れるような綺麗な字も、胸が温かくなって思わず日記を抱き締めたくなるほどの文章も全部…。
「急にこんなこと話して困惑するって分かってる。ずっと話す勇気が出なかった。こんな形で伝えることになってごめん…。それに俺のことが頭から離れないって言っくれた時、嘘みたいに嬉しかったから…気持ちが抑えられなかった。勝手にキスしたこともごめんね。たくさん悩ませちゃったよね」
あのキスの時も…。ゲームセンターに行った時も、一緒にお昼を食べていた時も、宵衣くんはずっと…どんな思いで…。
「不快だったって言われても、どれだけ怒られても、距離を置かれても仕方ないって思ってる。でも…」
いつかの昼休み、屋上で宵衣くんが言っていたことを思い出した。「好きな人にモテないと意味がない」と。その時は分からなかった言葉の意味も、なんで寂しげな笑顔を見せていたのかも、ようやく納得できた。
宵衣くんは、ずっと俺のことを…。
「どうか嫌わないで、お願い…」
こんなに声を震わせて、今にも号泣してしまいそうなほど。縋るように俺の手を握りしめて、神様にお願いごとをしているのかと思ってしまうほど…。
好きでいてくれてたんだ…。
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あれ…視界がボヤける。頭がふわふわして、目の前に天井が見える…。何してたんだっけ…。
目をしっかり開けられない。頬は熱いけど、おでこは何だか冷たくて心地いい。
俺は…。
「…!あ、れ?」
徐々に覚醒した意識を辿って、状況を飲み込んでいった。ここは保健室。そして俺はベッドの上で寝ているようだ。
「あ…起きた?大丈夫?冷えピタ温まってきてるから新しいのに変えるね…」
声のする方に顔を横に向けると、宵衣くんがベッドの隣で椅子に座り心配そうに俺を覗き込んでいた。そうだ、さっき2人の会話を聞いてしまってクラクラしてきて倒れたんだ。宵衣くんがベッドに寝かせてくれたのかな。
「…うん、ありがとう」
少し眠ったおかげか、さっきより少し体が楽になっているように感じる。まだ熱はあるみたいだけど、幾分かマシだ。そして宵衣くんが優しくおでこの冷えピタを剥がしてから新しいものに変えてくれたおかげで、すぅーっと頭がスッキリしてきた。
辺りは静かで、園原さんの姿はない。時計を見ると既に4時間目が始まっている時間だ。
「宵衣くん…授業は、いいの?」
「うん、それどころじゃない…。香夜くんのことはA組の先生に伝えておいたから大丈夫だよ」
「…ありがとう」
ボーッとしている頭でも、宵衣くんがどれだけ俺を心配してくれているか分かる。掛布団から出ている俺の手を両手で優しく握ってはーっと息をつきながら項垂れているから。
さっき、2人の話を聞いてしまったことは覚えている。園原さんが名前を貸したと言ってたことも。未だに信じ難いけど、じゃあ今まで交換日記をしていたのは…。
「…そのままでいいから、俺の話聞いてほしい」
ちょうど考え始めたタイミングで、宵衣くんが口を開いた。弱々しくて力のない声量で。それだけで緊張感と真剣さがひしひしと伝わってくる。
「本当にごめん。今まで香夜くんに嘘ついてた。本当は交換日記をしていたのも、ラブレターを書いたのも…園原じゃなくて俺なんだ」
全部嘘だった…。
始まりのラブレターも、交換日記も、あの文章も全部園原さんからじゃなかったんだ…。
やっぱりさっき聞いた話は本当なんだと、実感が湧いてくる。でも、宵衣くんの口からしっかり話してくれているからか、立ち聞きしてしまった時よりも落ち着いて飲み込めた。
「ずっと…俺は宵衣くんと交換日記をしてたってことだよね…?」
「うん…。騙すようなことして本当にごめん」
こんなの、ずっと嘘つかれてたなんて、と怒るに決まってる。なのに、なんでだろう。日記を読んでなぜ園原さんの姿が思い浮かばなかったのかも、今までの違和感の正体がハッキリした納得感の方が怒りを上回ってくる。
たくさん悩んだのに…と愚痴を零したくなる気持ちはあるが、それと同時にホッとしている。
でも、あれ?
そもそも、なんで宵衣くんはこんな嘘をついてまでそんなことを…。
「でも、どうしても香夜くんに意識してもらいたくて、友達止まりになるのは嫌で…。好きに、なってもらいたかった。からかったりするためじゃなくて、俺は男だから…女の子が好きな香夜くんの対象になるためにはどうしたらいいだろうって考えてやったことなんだ…」
「…宵衣くん、それって」
「本当にごめん。俺、ずっと香夜くんのことが好き…。覚えてないかもしれないけど、1年生の時、体育館裏で俺にチョコをくれた時からずっと…」
宵衣くんが、俺のことを好き…?
体育館裏でチョコをあげた時って…。
「それ、もしかして…」
「思い出してくれた…?」
「…うん。そういえば確かに、1年の時体育館裏でずっと座り込んでる人がいて…気になって声をかけた、気がする」
「そうだよ、それが俺なんだ。あの時、彼氏に浮気されて殴られてさ。もう悲しい通り越して虚無感しかなくて…ずっとあそこで授業サボってた。そしたら香夜くんが声をかけてくれたんだ」
じわじわと1つずつ辿るように、その時の情景が頭に浮かんできた。なんで今まで忘れてたんだろう。
あの長くて黒いクセ毛も、濡れたような静かな目線も、体育座りしていた長い手足も、髪の隙間から光っていたピアスも全部…。
そして、悲しげで相手を威嚇するような表情。まさか恋人にそんなひどいことをされてたなんて思いもしなかった。
あの時の男子が、宵衣くん…。
「ずっと香夜くんのことを見てたら、女子に慣れてなさそうとか彼女はいなさそうとか色々気付いて…。でも男の俺が普通に声かけて恋愛に発展するなんて難しいに決まってたから…どうにか近くにいて特別になれるように…意識してもらえるように考えて、園原に協力してもらってたんだ」
「でも…園原さんと宵衣くんは、あんなに仲良くて…」
「…誤解を解くために香夜くんなら言っていいって言われたから話すけど、園原は女子が恋愛対象なんだ」
「…っえ!?」
「だから…俺達は似た境遇で何でも相談できる仲だけど、それ以上になることは100%有り得ないよ。お互い」
今日は衝撃的なことが多い。まさか園原さんが女の子を好きだったなんて…。あんな風に肩を組んでも、お互い何とも思わないってことなんだ。だから女子に対して冷たいのに、園原さんだけは仲がいいのか…。
「俺は…香夜くんのことが好き」
「…っ」
「目じりが垂れた可愛い笑顔も、美味しそうにご飯を食べてる姿も、子供みたいに無邪気なところも、素直で真っ直ぐなところも…優しくてお人好しなところも、少し自己肯定感低くて脆いところも…全部好きだよ」
それ…日記で俺のどこが好きなんですかって聞いた時に書いてくれた返事と同じ…。
そうか、あの時の言葉も全部宵衣くんがくれたものだったんだ。見惚れるような綺麗な字も、胸が温かくなって思わず日記を抱き締めたくなるほどの文章も全部…。
「急にこんなこと話して困惑するって分かってる。ずっと話す勇気が出なかった。こんな形で伝えることになってごめん…。それに俺のことが頭から離れないって言っくれた時、嘘みたいに嬉しかったから…気持ちが抑えられなかった。勝手にキスしたこともごめんね。たくさん悩ませちゃったよね」
あのキスの時も…。ゲームセンターに行った時も、一緒にお昼を食べていた時も、宵衣くんはずっと…どんな思いで…。
「不快だったって言われても、どれだけ怒られても、距離を置かれても仕方ないって思ってる。でも…」
いつかの昼休み、屋上で宵衣くんが言っていたことを思い出した。「好きな人にモテないと意味がない」と。その時は分からなかった言葉の意味も、なんで寂しげな笑顔を見せていたのかも、ようやく納得できた。
宵衣くんは、ずっと俺のことを…。
「どうか嫌わないで、お願い…」
こんなに声を震わせて、今にも号泣してしまいそうなほど。縋るように俺の手を握りしめて、神様にお願いごとをしているのかと思ってしまうほど…。
好きでいてくれてたんだ…。
