その日以来、彼のことが忘れられなかった。上履きの色で同じ学年だとは気づいたが、せめてクラスを聞けばよかったのに。でも「こうや」と友達が呼んでいたのが聞こえたので、その名前を手がかりに彼を探した。
やっと見つけた時は、廊下からさり気なく見ているしかなかった。彼はA組の江崎香夜くん。教室の隅の席で眠そうに机にうなだれながら、友達と話しているところをよく見かけていた。
ずっと見ているうちに彼女がいないことは分かったが、女子と話しているところも見たことがない。たまに廊下や購買でたまたま女子と話していた時もあったが、分かりやすくしどろもどろになっていた。
慣れていなさそうだと気付いた。きっと恋愛経験もそこまでなさそうだと。それに、当たり前に恋愛対象は女の子だということも。
むしろ、俺と同類を学校内で見つける方が難しい。香夜くんもきっと女の子が好きで、その上耐性が無いんだって。
観察していて彼について分かったことはたくさんあったが、ずっと声はかけられないまま。代わりに、香夜くんのふにゃっとした笑顔やあくびをしている所、寝癖のついた髪の毛や美味しそうに食べている所…たくさんの姿が目に焼き付いて。
話してみたい、どんな人かもっと知りたい、もう一度あの笑顔を自分に向けてほしい。
頭の中が、そんな欲求でいっぱいになっていた。
そして、高2の冬。俺はついに香夜くんに近付くことを決心する。そこで小学校からの付き合いで、俺と同じ同性が好きな園原という女子に相談と頼み事をした。お互い似た境遇だと中学の時に知り、意気投合してセクシュアリティのことを相談できる仲だった。
園原に頼んだのは名前を貸してもらうこと。バレンタインデーに俺が香夜くんを呼び出して、ラブレターを渡す。でもそれは園原からだと伝える。そして交換日記をするように促して、俺は慣れない2人の橋渡しになると言って近い存在になる。
きっかけは俺じゃなくてもいい。
ただ、友達止まりにならないように意識してもらう必要があった。だから手助けをするという条件で1番そばにいられる状況を作ったんだ。
でも、ラブレターも日記も園原からだと嘘をついて、もし香夜くんが園原を好きになってしまったらどうする?という危険もあった。そこは賭けでしかない。俺が、限られた時間の中でどれだけ香夜くんを意識させられるかにかかっている。
だから、園原の姿を見たがる香夜くんをできるだけ遠ざけたかったし、2回目にうちのクラスに来た時は教室にいたのに「いない」と嘘をついてしまった。
好きな人に嘘をつき続けるのは思った以上に苦しくて、だけどそばにいられるのが幸せで…香夜くんと空き教室で日記を書いた後、いつも残って余韻に浸っていた。目の前に香夜くんがいて、俺を見て、俺に笑いかけてくれる。それが嘘みたいに嬉しかったから。
