孤高の2人が手を繋ぐとき

 御札を手にした大道寺は自宅から他人の家に帰る、という奇妙な行動を開始する。学校までは自転車で30分であるが、最寄の駅までは徒歩で10分程度だ。その駅までの道を大道寺と小金井の2人が並んで歩く。小金井から、少し家庭の状況を説明しておきたい、という申し出があったためだ。

 薄暗くなった田舎道を歩きながら小金井が口を開いた。
「言っておかないといけない事情(コト)がある。本当は他人に話すよう内容ではないんだけどな」
「心愛ちゃんのことがあるから、かな」
「そうだ。そうじゃなけりゃ、危ない霊に取り憑かれてるオマエなんかに教えたくはない」
 小金井の挑発的な言葉に、大道寺は深いため息を吐く。
ソレ(・・)は今、キミの首に手を回しているけどね」
 大道寺が言い放った瞬間、小金井の顔色が真っ青になる。見えていないために、すっかり忘れていたらしい。

 やがて遠くに線路が見え始め、自動改札のみの小さい無人駅が道の先に現れる。
「分かっているとは思うが、オレと心愛に血の繋がりがない。年が離れ過ぎているから分かるよな」
 想像していたのか、大道寺は軽く頷いただけだった。
「オレの父親(オヤジ)が再婚して、今の母親が生後間もない赤ちゃんを連れてきた。それが心愛なんだ。詳しい事情は知らないが、オヤジの子供ではないらしい。
 それで今、オヤジは単身赴任で月に1度帰って来るかどうか。母は看護師で夜勤があったりしてな、勤務時間が不規則で心愛を幼稚園に連れて行けないことも、迎えに行けないこともある。だから、その時には代わりにオレが行っているんだ・・・だから、悪いんだが、今のオレは行けないから、心愛のことをよろしく頼む」
 そう言って小金井は立ち止まると、深々と頭を下げた。
「うん、いいよ」
 悲壮感が漂う小金井の依頼を大道寺は笑顔で快諾した。あからさまにホッとする小金井を目にし、大道寺は少し羨ましく思う。大道寺には縁が無い思いだからだ。

「それはそうと」
 切符を購入した大道寺が、自動改札の前で立ち止まった。
「心愛ちゃんなんだけど、昨日ボクを見て『誰?』って言ったんだよ。見た目は間違いなく兄なのに、心愛ちゃんはボクを他人だと断定したんだ。何か心当たりがある?」
 そう問い掛ける大道寺に、小金井は恍惚の表情を浮かべて心愛ちゃんがいるであろう方向を見詰める。
「これが、愛の力ってもんだよ。家族愛。素晴らしいな!!」
「はいはい。とりあえず、明日はお迎えの日だよね。幼稚園に一緒に行ってみる?会っておいた方がいいよ思うんだよね」
「だな!!」
 ちょうど近くの踏切からカンカンという警鐘が響き始め、ホームにアナウンスが流れる。大道寺は改札を抜けてホームに入った。
「じゃあ、また明日」
 小金井は奇妙な縁で繋がった協力者を見送った後、仮の住まいに足を向けた。


 大道寺は目に入る霊達に怯えながら帰宅すると、早速持ち帰った御札を取り出した。
 見えていることを理解した霊が2体ほどついて来たため、部屋の中には合計で3対の霊がいる。御札を貼っていなくなれば成功だ。隣に佇んでいる女性がいなくなれば、これ以上ない大成功なのだが。

 大道寺は経典を暗唱しながら御札を部屋の四隅に貼っていく。この身体に法力など有りはしないが、気休めくらいにはなるからだ。
 最後の1枚を貼った瞬間、部屋の雰囲気が一変した。この部屋の中にいた低級霊がいなくなったからだ。低級霊(・・・)のみであるため、当然のように隣には女性の霊がいつもと同じように微笑みを湛えている。嫌過ぎる―――と、いくら大道寺がそう思っても、状況は一向に変わらない。この程度で祓えるのであれば、四六時中怨嗟の声を上げているはずがないのだ。

 隣で微笑んでいる女性の霊をチラ見して、大道寺は考える。
 確かに、この様子でいれば怨霊だという解釈は難しい。しかし、だ。これほどの霊に憑かれるには理由があるはずだ。この霊はいったいどこから来たのか。なぜ、小金井を恨んでいるのか。どうにかしなければ、いずれ連れて行かれるだろう。
 そして、それは自分にも言えることだった。本当の自分の身体、しかも首に手を回しているアレ(・・)はいったい何なのか。自分の場合は除霊に出向くこともあるし、葬式や法事の手伝いをすることもある。だから、どこかに行った時に連れて帰ったのだろうと想像する。いずれにしても、早期に対処しなければ戻る身体が失ってしまうだろう。


 その頃、小金井も同じことを考えていた。
 入れ替わりを解消することが最重要課題であるが、それと平行して除霊をしなければならない。本来の自分の身体に取り憑いていた女性の霊。常に微笑んでいたため気にしていなかったが、あの穏やかな表情で「殺してやる」と囁き続けられていたかと思うと生きた心地がしない。早期に対処しなければ戻る身体を失ってしまう。

 小金井は座卓に向かうと、黙々と写経を始める。
 この身体でいくら頑張っても意味がないことは理解しているが、何かをしなければ落ち着かなかったのだ。