孤高の2人が手を繋ぐとき

 大道寺は確かに人間嫌いではあるが、その中でも特に小金井とは関わりたくなかった。
 それには明白な理由があった。小金井が近くにいると絶え間なく声が聞こえてくるのだ。低い女性の声で―――

 殺してやる

 ―――と。大道寺は常に様々な声が聞こえているし、葬式や法事で祖父に同行した際には怨嗟声を耳にすることもある。しかし、この声は全く異質のものだ。その声を耳にする度に背筋にゾワゾワとした悪寒が走り、激しい不快感に支配される。ノイズキャンセラーを素通りし脳に直接響く声。明らかに異常だった。大道寺が霊の声を聞くことができるようになって10年余りになるが、こんな経験は始めてのことだった。
 だから、小金井に関わることを極端に避けた。小金井自体も常に女子生徒に取り囲まれていたため、話したこともなければ近付くこともできなかった。不幸中の幸いと言えた。

 小金井と入れ替わっていることに気付いた時、大道寺は愕然とした。あの声の主が近くにいるのだ。全身の血の気が引き、目の前が真っ暗になった。規格外の霊が「殺してやる」と常に囁き掛けているのだ。
 しかし、不思議なことに、大道寺の耳にはあの声が聞こえなかった。「アレ(・・)が消えたのか?」と一瞬思ったが、すぐにその考えが間違いだと気付く。あの声だけではなく、全ての声が聞こえなくなっているのだ。つまり、「声が聞こえる」能力は大道寺の身体に連動しているのだろう。常に存在していたとしても、聞こえなければ存在していないこと同じだ。大道寺はそう思い込むことに決めるた。

 心愛とともに帰宅し自室に戻った時、その考えが間違いだったことを大道寺は理解する。
 自分1人しかいないはずの部屋に、若い女性が佇んでいたからだ。あれだけモテるのだ。彼女がいても不思議ではない。もしかすると、彼女が合鍵を持っていて、先に部屋で待っているなんてこと・・・があるはずがない。そもそも、浮いている。よく見ると、向こう側の壁が透けて見える。

 まさか、と思い、大道寺は窓に駆け寄って外を見た。
 その瞬間、窓枠を握り締めて項垂れる。
 窓の外からこちらを覗きこんでいる人がいたのだ。
 小金井は自分と同じ霊能力者であり、「見える人」なのだと理解する。自分と同じように声は聞こえない。つまり、「見えるだけの人」だ。

「イヤ過ぎる・・・」

 おそらく、この部屋の中にいる女性の霊が「殺してやる」と言い続けているのだ。それを知らなければ、慣れれば気にならないのかも知れない。しかし、大道寺はこの女性の声を聞いてしまっているのだ。



 小金井は当たり前のように人間嫌いであるが、大道寺とだけは擦れ違うことさえ我慢できなかった。
 それには明白な理由があった。大道寺の背後に、ピタリと貼り付く女性が見えていたからだ。その細く骨ばった指は大道寺の首に回されている。その漆黒の相貌からも、その女性がいるも目にする霊とは全くの別物であることが理解できた。

 アレ(・・)はダメなヤツだ。

 生物としての本能が警鐘を鳴らす。関わってはいけない。絶対に触れてはいけない。
 そう思っていた小金井は、大道寺からのメッセージを受け取って愕然とした。最初は冗談かとも思ったが、何の関わりもない大道寺がそんなことを言うはずがない。スマートフォンが違う。制服の着こなしが違う。身体が違う。

 ベッドから起き上がり、周囲を見渡してあることに気が付いた。いつも側にいる霊がいない。いや、根本的にいつもチラホラと見える霊の姿が全く見えない。そこで小金井は気が付いた。あの「霊が見える」能力は、小金井の身体に宿っているものなのだと。霊が見え始めて10年余りの間、ずっと悩まされていた憂いが消え去ったのだ。
 大道寺には申し訳ないな、と思いながらも小金井の気分は少しばかり高揚した。

 いや、おかしいとは思っていたんだ。何か妙に騒がしいなって。
 写経と読経をどうにか済ませ、静かに夕食を摂って部屋に戻った頃にようやく小金井は理解した。既に21時を過ぎているにも関わらず、部屋の中が騒がしいのだ。窓の外を見ても誰の姿も見えない。普通の人であれば気が付かないかも知れないが、小金井は自分が「見える人」なのである。だから、否応無しに分かってしまった。これは霊の声だと。しかし、周囲を見渡しても何も見えない。大道寺の背後にいるはずの女性の姿も見えない。つまり、大道寺は「見えるだけの人」なのだ。ただ―――

 愛してる

 ―――と囁いていくる声の主がアレ(・・)だと知っている小金井にとって、その声は地獄への導きにしか思えなかった。

 シャレにならない。
 大道寺は好意を示す言葉を気にしていないのかも知れないが、その声を耳にする度に小金井は身震いした。早く元の身体に戻らなければならないと、小金井は本気で思った。