翌朝、心愛を幼稚園に連れて行った後、急いで電車に乗り込んだ大道寺は、駅のホームから群がってくる女子生徒を振り払って学校に急いだ。そして、2年2組の教室に飛び込むと同時に、目の前に座っている黒髪の男子生徒の肩を掴んだ。
その男子生徒、小金井はどんよりとした雰囲気で振り返った。目の下にドズ黒いクマができていた。その様子を目の当たりにし、大道寺の勢いが急速に衰えていく。その理由に心当たりがあったからだ。
小金井はユラリと立ち上がると、大道寺に向き直って正面からガシリと両肩を掴んだ。
「ちょーっと話しがある。今から、と言いたいところだが、この身体でそんなことはできないだろ。仕方ないから昼休みまで待ってやる」
「ボク・・・オレもオマエに話しがあるんだ。昼休みにじっくりと聞かせてもらうよ」
大道寺はポケットから小金井のスマートフォンを取り出すと、机の上に置いてあったスマートフォンと交換して立ち去る。これまで会話をしたこともない2人が言葉を交わしていたため、意図せずクラスメートの視線を集めていた。それらの一切を無視し、大道寺は窓際の一番後ろの席に腰を下ろした。「尊い」とか口走ったのは誰だよ。どう見ても、そんなのではないから。
4時間目の数学が終わると同時に、大道寺は素早く席を立って移動を始める。いつも煩わしいと思いながら見ていたため、昼休みにはどこからともなく女子生徒が集まって来ることを知っているからだ。他人事、いや今は自分事であるが、いつも以上に大道寺には鬱陶しいことに違いなかった。
「体育館の裏」
教室を出る瞬間に、小金井の後頭部に声を掛けた。小金井は大道寺が廊下に出た後、30秒ほどして指定された場所に向かった。
昼休みの体育館裏に人気は無い。稀に告白という青春ぽイベントをしていることがあるらしいが、大半は放課後に行われる。
「ちょっと、全然シャレになってないんだけど!!」
少し遅れて姿を見せた小金井に、いきなり大道寺が噛み付いた。
「いや、それはオレが言いたいぜ。マジで、これはないわ。一睡もできなかったぞ!!」
睨み合う形で静止する2人。
昨夜、2人はそれぞれ経験したことのない恐怖に襲われた。いきなり人格が入れ替わったのだ。自分の特殊能力について、説明しておこうという発想は全く無かった。そもそも普通であれば、「霊がー」と説明したところで失笑されるだけだ。それなのに、相手に霊能力があり、逆にそれを体験することになるなど想像できるはずがない。
「まさか、霊が見えるなんて、思いもしなかったよ。部屋に人がいるからおかしいとは思ったんだよね。顔の半分が骨だと気付いた時は、さすがに言葉を失ったよ。ああ、人間ってさ、本当に驚いた時って声が出ないんだね。ホラー映画で霊が現れて叫ぶ人がいるけど、あれは嘘だなあ。咄嗟に大声なんて出ないもん。それにさ、あんなに大勢の人に覗き込まれながら寝るなんて、ボクには無理だよ。一旦自宅に帰って、御札を作ろうかなあ。そうだ、そうしよう・・・」
「おいおい、マジで声はヤバイぜ。何か五月蝿いとは思ってたんだよ。境内を歩いている時は法事でもやってるのかなって思ってたんだけど、オマエの部屋に入っても声が聞こえるんだよ。最初は、外で話してる人がいるのかなと思っていたんだ。だが、ずっと聞こえているんだぜ。おかしいだろ。写経と読経をしている時だけ聞こえない。寝ようと思って布団に入っても、ずっと耳元で声が聞こえる。あんな状態で寝られるはずがない。写経が心の拠り所になりそうだ・・・」
いつも「聞こえるだけ」だった大道寺は、小金井と入れ替わり「見えるだけ」の人になった。
ようやく大道寺は気が付いた。
小金井が煩わしいと思いながらも女子生徒に囲まれているのは、気を紛らわせるための手段だったのだ。そう考えるのは、昨日入れ替わってから今日まで、小金井のスマートフォンが鳴ったことがなかったからだ。
いつも「見えるだけ」だった小金井は、大道寺と入れ替わり「聞こえるだけ」の人になった。
ようやく小金井は気が付いた。
大道寺がいつもイヤホンを耳に挿し込んでいるのは、周囲の人との関係を絶ちたい訳ではなくかったのだ。あれはノイズキャンセラーが使用目的だった。あれがあれば、少しは声を軽減することができる。それでも、脳に直接響くような声を防ぐことはできない。
お互いの事情を知った現在、2人は同じように項垂れているが、これで関わりをもたない理由が無くなった。大道寺が小金井を、小金井が大道寺を避ける理由がこれで解消されたのだから。
これならば、協力関係を築くことができる。かも知れない。
その男子生徒、小金井はどんよりとした雰囲気で振り返った。目の下にドズ黒いクマができていた。その様子を目の当たりにし、大道寺の勢いが急速に衰えていく。その理由に心当たりがあったからだ。
小金井はユラリと立ち上がると、大道寺に向き直って正面からガシリと両肩を掴んだ。
「ちょーっと話しがある。今から、と言いたいところだが、この身体でそんなことはできないだろ。仕方ないから昼休みまで待ってやる」
「ボク・・・オレもオマエに話しがあるんだ。昼休みにじっくりと聞かせてもらうよ」
大道寺はポケットから小金井のスマートフォンを取り出すと、机の上に置いてあったスマートフォンと交換して立ち去る。これまで会話をしたこともない2人が言葉を交わしていたため、意図せずクラスメートの視線を集めていた。それらの一切を無視し、大道寺は窓際の一番後ろの席に腰を下ろした。「尊い」とか口走ったのは誰だよ。どう見ても、そんなのではないから。
4時間目の数学が終わると同時に、大道寺は素早く席を立って移動を始める。いつも煩わしいと思いながら見ていたため、昼休みにはどこからともなく女子生徒が集まって来ることを知っているからだ。他人事、いや今は自分事であるが、いつも以上に大道寺には鬱陶しいことに違いなかった。
「体育館の裏」
教室を出る瞬間に、小金井の後頭部に声を掛けた。小金井は大道寺が廊下に出た後、30秒ほどして指定された場所に向かった。
昼休みの体育館裏に人気は無い。稀に告白という青春ぽイベントをしていることがあるらしいが、大半は放課後に行われる。
「ちょっと、全然シャレになってないんだけど!!」
少し遅れて姿を見せた小金井に、いきなり大道寺が噛み付いた。
「いや、それはオレが言いたいぜ。マジで、これはないわ。一睡もできなかったぞ!!」
睨み合う形で静止する2人。
昨夜、2人はそれぞれ経験したことのない恐怖に襲われた。いきなり人格が入れ替わったのだ。自分の特殊能力について、説明しておこうという発想は全く無かった。そもそも普通であれば、「霊がー」と説明したところで失笑されるだけだ。それなのに、相手に霊能力があり、逆にそれを体験することになるなど想像できるはずがない。
「まさか、霊が見えるなんて、思いもしなかったよ。部屋に人がいるからおかしいとは思ったんだよね。顔の半分が骨だと気付いた時は、さすがに言葉を失ったよ。ああ、人間ってさ、本当に驚いた時って声が出ないんだね。ホラー映画で霊が現れて叫ぶ人がいるけど、あれは嘘だなあ。咄嗟に大声なんて出ないもん。それにさ、あんなに大勢の人に覗き込まれながら寝るなんて、ボクには無理だよ。一旦自宅に帰って、御札を作ろうかなあ。そうだ、そうしよう・・・」
「おいおい、マジで声はヤバイぜ。何か五月蝿いとは思ってたんだよ。境内を歩いている時は法事でもやってるのかなって思ってたんだけど、オマエの部屋に入っても声が聞こえるんだよ。最初は、外で話してる人がいるのかなと思っていたんだ。だが、ずっと聞こえているんだぜ。おかしいだろ。写経と読経をしている時だけ聞こえない。寝ようと思って布団に入っても、ずっと耳元で声が聞こえる。あんな状態で寝られるはずがない。写経が心の拠り所になりそうだ・・・」
いつも「聞こえるだけ」だった大道寺は、小金井と入れ替わり「見えるだけ」の人になった。
ようやく大道寺は気が付いた。
小金井が煩わしいと思いながらも女子生徒に囲まれているのは、気を紛らわせるための手段だったのだ。そう考えるのは、昨日入れ替わってから今日まで、小金井のスマートフォンが鳴ったことがなかったからだ。
いつも「見えるだけ」だった小金井は、大道寺と入れ替わり「聞こえるだけ」の人になった。
ようやく小金井は気が付いた。
大道寺がいつもイヤホンを耳に挿し込んでいるのは、周囲の人との関係を絶ちたい訳ではなくかったのだ。あれはノイズキャンセラーが使用目的だった。あれがあれば、少しは声を軽減することができる。それでも、脳に直接響くような声を防ぐことはできない。
お互いの事情を知った現在、2人は同じように項垂れているが、これで関わりをもたない理由が無くなった。大道寺が小金井を、小金井が大道寺を避ける理由がこれで解消されたのだから。
これならば、協力関係を築くことができる。かも知れない。



