孤高の2人が手を繋ぐとき

 目的地は視界に収めているものの、春斗だけではなく、あれほど急いでいた燈矢も慎重に登って行く。心愛を連れ去った山姫の姿を、まだ確認していないからだ。
 徐々に近づいてい来る朱色の鳥居。その先は十段余りの石段が続き、その上には先ほど雨宿りをした岩とは比べ物にならい大きさの岩が折り重なっている。おそらく、あそには山の神様を祀る祠があり、その場所に心愛がいるはずなのだ。2人は逸る気持ちを抑え付け、一歩ずつ確実に歩を進めた。

 20分近くかけて2人は鳥居に辿り着いた。この場所は登山道から逸れた場所で、姫ヶ岳の頂上へと続く稜線上になる。両側が崖になっているため危険な場所ではあるが、それだけに非常に目立つ。
 2人の視界には遮蔽物が何も見当たらず、先ほどの通り雨の名残なのか、気を抜くと飛ばされそうになるほどの強風が吹いている。その中を、2人は腰を屈めて高さが1.5メートルほどの鳥居を潜った。その先にある石段は両手を広げた幅よりも狭く、石積みであるため安定感が不足している。それでも、滑りやすい砂利を歩くよりは随分とマシだろう。10段余りの石段を上がり切ると、人の手によって整地された広場に出た。そこに長さが5メートルはある平たい巨石が、人の字のように折り重なっていた。

「心愛!!」
 風の音しか聞こえなかった空間に、燈矢の声が響く。
 巨石が作った隙間に祠が祀られており、その前に心愛が横たわっていた。燈矢はそれを目にし、心愛に向かって駆け出す。
「待って、燈矢!!」
 しかし、燈矢の目には、心愛の前に立つ着物姿の女性が見えていなかった。
 次の瞬間、燈矢は春斗の所まで吹き飛んで転がった。意味が分からず困惑する燈矢の手を、春斗が掴んだ。
「・・・なるほど、そういうことか」
 今の燈矢には春斗と同じように、心愛の前に立ち塞がる山姫が見えていた。

「どうすれば良いんだ?オレが作った御札とか、効きそうな気配が無いんだけど」
 山姫を捉えながら、燈矢が苦笑いを浮かべる。
「だよね・・・でも、山姫はどうにもできなくても、心愛ちゃんを助けることはできると思う。だから、持ってきた御札の半分を渡してくれる?」
「マジか!!早く、その方法を教えろよ!!」
 燈矢は懐から御札を取り出しながら春斗に詰め寄った。
「声が大きいよ、耳が痛い。アレだよ、よく見て。山姫から出ている黒い紐状のモノが心愛ちゃんと繋がっているよね。たぶん、アレが山姫と心愛ちゃんを繋ぐ絆のようなモノだと思う。あの紐を切断できれば縁が切れると思う、たぶん。アレなら、この御札でも切れる、気がする」
「了解だぜ!!」

 御札を手にした燈矢が山姫に向き直り、態勢を整える。身構えて、振り返る。
「おい、山姫を突破できる気が全くしないんだが」
「奇遇だね、ボクもそう思うよ」
 春斗は数秒思案し、作戦を燈矢に伝える。
「左右から同時に攻めよう。手を放すとボクにしか見えなくなるから、チョットだけ先に動き出して牽制する。その隙に心愛ちゃんを助け出して欲しい。見て分かる通り、黒い紐は首に巻き付いている。だから、首の周りに御札を貼れば、切れると思うよ」
 燈矢は首肯することにより作戦を承諾し、身構えてその時を待つ。隣に立つ春斗が燈矢の手を放した。そして、同時に山姫の右側から心愛を目指して走り出す。その反対、左側からは一拍置いた燈矢が駆けた。

 右側から心愛に向かう春斗は囮である。それでも、万に1つでも辿り着ければと全力で走る。しかし、次の瞬間、春斗の身体が宙を舞った。まるで見えない壁にぶつかったように、山姫に弾き飛ばされたのだ。


 「山姫の伝承が残る地域には、必ずと言ってもいいほど悲劇的な母子の記録が残っています」。そう言った後で、住職は少しだけ補足をしていた。

 ―――――この地に残る母子の悲劇。
 その昔、ある大店(オオダナ)の娘が使用人と駆け落ちをした。夜陰に紛れて逃亡し、その果てに辿り着いた場所がこの山間の集落だった。当然のように2人は夫婦となり、この集落で慎ましやかな生活を送る。やがて娘が誕生した夫婦は、このまま家族3人の幸せな生活が続いていく。そう信じていた。

 しかしある日、道に迷って偶然この集落に立ち寄った者が、大店に出入りする行商人だった。行商人は妻が駆け落ちをした大店の娘であることに気付き、帰郷した後で密かに実家の大旦那に報告をする。面子を気にした大旦那は、連れ戻すために5人の使用人を派遣した。追っ手に気が付いた夫婦は娘を連れて姫ヶ岳に逃げ込む。
 山に入れば諦めると思っていたが、険しい山道にも関わらず執拗に追い掛けてくる。やがて岩場に出た3人は稜線を辿って山頂を目指した。頂上を越え、反対側に逃げようとしたのだ。しかし、幼子を抱いたままでは移動速度を上げることができず、9合目付近で追い付かれてしまう。そこで揉み合いになり、バランスを崩した夫は、娘を抱いたまま谷底に転落する。それを目にした妻は、掴まれた手を振り解き、2人の名を呼びながら身投げした。