山間の集落に在るにしては荘厳な建物に、春斗は古い記憶が呼び覚まされていた。10年間、両親と一緒に訪問して聞き取りをした寺はここではないかと、春斗は思い始めていた。
2人は門の横にバイクを停め、ヘルメットを脱いで門を潜った。
境内は清浄に掃き清められ、この寺の住職の心掛けが表れていた。門から10メートルほどの距離に本堂があり、その奥に住居になっている建物が見える。2人は奥の建物に向かうために、境内を横切ろうとした。
「どちら様ですか?」
不意に背後から声を掛けられた2人が驚いて振り返る。すると、そこには剃髪した青いジャージ姿の男性が立っていた。
春斗は1歩前に出ると、軽く頭を下げる。
「父、小金井からの紹介で参りました。山姫についてお話を聞かせて頂ければと思いまして」
そこまで口にして顔を上げると、なぜか男性の視線が燈矢に止まっていた。
「・・・キミは、もしかして、大道寺さんの息子さんではないのかな?」
その言葉を耳にし、春斗はここが10年前に訪れた寺だと確信した。
燈矢の視線が春斗に向けられる。
それに気付いた春斗が、分かりやすく大袈裟に頷く。
燈矢はそれを確認して、軽く頷き返した。
春斗の事情を、燈矢は全て知っている。10年前の交通事故のことから、山姫のファイルのことまで何でも知っている。そして春斗は、自分の考えていることを燈矢が理解していると信じている。
「小学1年生でしたので余り覚えていませんが、一度両親と一緒に訪れたことがあるような気がします」
春斗が想定していた完璧な回答だった。
ジャージ姿の男性は、この寺の住職だった。さすがに朝夕のお勤めの時には着替えているようだが、法事が無い日は動きやすいこの格好らしい。老齢の住職は2人を本堂の廊下に案内し、そこにお茶を持参して腰を下ろした。
「もう10年以上お会いしていませんが、大道寺さんはお元気ですか?」
住職の問いに燈矢が有りのまま答える。
それを聞いた住職は、その場で両手を合わせて黙祷した。
一通り当たり障り無く挨拶を交わし、表向きのやり取りを済ませた後で燈矢は満を持して本題に入った。
「それで、今日は父がお聞きしたことと同様に、山姫についてお教え頂ければと思いまして」
そこまで話して、視線を春斗に向ける。これは、これ以降の質問は春斗が行うようにという意思表示だ。話しを向けられた春斗は頷くと、住職に対して軽く頭を下げる。
「6年前、この集落に住む若い男性が、姫ヶ岳で亡くなったと思います。発見された時に抱かれていた赤ちゃんは、今、ボクの妹になっています」
今まで淡々とした対応をしていた住職の表情が一変する。その変化に気付かないふりをして、春斗が話しを続ける。
「今朝、姿見えなくなりました。何の痕跡も残さず、忽然と姿を消しました。まるで、神隠しにでも遭ったかのように。
教えて下さい。妹の父親はどこで亡くなったんですか?ボクは、そこに妹がいると思っています」
春斗の推測を聞き、住職は目を閉じて腕を組んだ。そして、そのまま少し考えた後、目を開いて断言した。
「そう、だと思います」
その回答を聞き、反射的に2人は顔を見合わせた。
「普段は、山姫と遭難者の関わりについてお話しすることはないのですが、大道寺さんとの交流と当事者の家族ということで少しお話ししましょう」
そう前置きをして、住職は春斗の父親が残したレポートに載っていないことを話し始めた。
「あくまでも、私の見解です。山姫という存在は、一体何なのか?地方によって伝承は微妙に違いますが、共通していることは生者に対する執着です。ただ、基本的に狙われるのは若い男性ばかりで、女性が襲われたという情報はありません。そして、山姫の伝承が残る地域には、必ずと言ってもいいほど悲劇的な母子の記録が残っています。
つまり、山姫とは子供に対する執着と、男に対する歪んだ情と憎悪を抱く悪霊ではないかと考えられます」
住職が少しだけ補足の説明をした後、春斗は「なるほど」と頷いた。妖怪の類ではなく霊であるのであれば、春斗にだけ「見える」ことにも納得できた。
すると、静かに耳を傾けていた燈矢が口を挟んだ。
「では、山彦の存在はどう説明するのですか?心愛が、彼の妹がいなくなる直前まで、何者かの声が聞こえていたそうです」
住職は燈矢の問いに頷くと、山彦についての見解を述べる。
「山彦は山姫によって殺された、或いは遭難した者達の霊だと考えるのが自然ではないでしょうか。生に対する執着によって悪霊となったものの、その場に上位の霊的存在である山姫がいたため、支配されたのではないかと思います。遭難して生命を失った時のことに縛られ、常に大声で助けを呼んでいるのだと考えれば辻褄も合うでしょう」
住職の説明を聞き、2人とも反論することができなかった。燈矢は実際にその声を耳にしたが、確かに「ヤッホー」と明瞭に聞こえた訳ではなかった。心愛の声に合わせて、微かに叫び声が聞こえていただけだった。
「ありがとうございます。色々と勉強になりました。
最後に1つだけお聞きしたいのですが、妹の父親が見付かったのは、どの辺りでしょうか?」
春斗の質問に対し、住職は登山道の場所と登山ルート、そして心愛が見付かった場所も細かく手製の地図に書き込んでいった。それを受け取った2人は、このまま山に登ることを決めた。
2人は門の横にバイクを停め、ヘルメットを脱いで門を潜った。
境内は清浄に掃き清められ、この寺の住職の心掛けが表れていた。門から10メートルほどの距離に本堂があり、その奥に住居になっている建物が見える。2人は奥の建物に向かうために、境内を横切ろうとした。
「どちら様ですか?」
不意に背後から声を掛けられた2人が驚いて振り返る。すると、そこには剃髪した青いジャージ姿の男性が立っていた。
春斗は1歩前に出ると、軽く頭を下げる。
「父、小金井からの紹介で参りました。山姫についてお話を聞かせて頂ければと思いまして」
そこまで口にして顔を上げると、なぜか男性の視線が燈矢に止まっていた。
「・・・キミは、もしかして、大道寺さんの息子さんではないのかな?」
その言葉を耳にし、春斗はここが10年前に訪れた寺だと確信した。
燈矢の視線が春斗に向けられる。
それに気付いた春斗が、分かりやすく大袈裟に頷く。
燈矢はそれを確認して、軽く頷き返した。
春斗の事情を、燈矢は全て知っている。10年前の交通事故のことから、山姫のファイルのことまで何でも知っている。そして春斗は、自分の考えていることを燈矢が理解していると信じている。
「小学1年生でしたので余り覚えていませんが、一度両親と一緒に訪れたことがあるような気がします」
春斗が想定していた完璧な回答だった。
ジャージ姿の男性は、この寺の住職だった。さすがに朝夕のお勤めの時には着替えているようだが、法事が無い日は動きやすいこの格好らしい。老齢の住職は2人を本堂の廊下に案内し、そこにお茶を持参して腰を下ろした。
「もう10年以上お会いしていませんが、大道寺さんはお元気ですか?」
住職の問いに燈矢が有りのまま答える。
それを聞いた住職は、その場で両手を合わせて黙祷した。
一通り当たり障り無く挨拶を交わし、表向きのやり取りを済ませた後で燈矢は満を持して本題に入った。
「それで、今日は父がお聞きしたことと同様に、山姫についてお教え頂ければと思いまして」
そこまで話して、視線を春斗に向ける。これは、これ以降の質問は春斗が行うようにという意思表示だ。話しを向けられた春斗は頷くと、住職に対して軽く頭を下げる。
「6年前、この集落に住む若い男性が、姫ヶ岳で亡くなったと思います。発見された時に抱かれていた赤ちゃんは、今、ボクの妹になっています」
今まで淡々とした対応をしていた住職の表情が一変する。その変化に気付かないふりをして、春斗が話しを続ける。
「今朝、姿見えなくなりました。何の痕跡も残さず、忽然と姿を消しました。まるで、神隠しにでも遭ったかのように。
教えて下さい。妹の父親はどこで亡くなったんですか?ボクは、そこに妹がいると思っています」
春斗の推測を聞き、住職は目を閉じて腕を組んだ。そして、そのまま少し考えた後、目を開いて断言した。
「そう、だと思います」
その回答を聞き、反射的に2人は顔を見合わせた。
「普段は、山姫と遭難者の関わりについてお話しすることはないのですが、大道寺さんとの交流と当事者の家族ということで少しお話ししましょう」
そう前置きをして、住職は春斗の父親が残したレポートに載っていないことを話し始めた。
「あくまでも、私の見解です。山姫という存在は、一体何なのか?地方によって伝承は微妙に違いますが、共通していることは生者に対する執着です。ただ、基本的に狙われるのは若い男性ばかりで、女性が襲われたという情報はありません。そして、山姫の伝承が残る地域には、必ずと言ってもいいほど悲劇的な母子の記録が残っています。
つまり、山姫とは子供に対する執着と、男に対する歪んだ情と憎悪を抱く悪霊ではないかと考えられます」
住職が少しだけ補足の説明をした後、春斗は「なるほど」と頷いた。妖怪の類ではなく霊であるのであれば、春斗にだけ「見える」ことにも納得できた。
すると、静かに耳を傾けていた燈矢が口を挟んだ。
「では、山彦の存在はどう説明するのですか?心愛が、彼の妹がいなくなる直前まで、何者かの声が聞こえていたそうです」
住職は燈矢の問いに頷くと、山彦についての見解を述べる。
「山彦は山姫によって殺された、或いは遭難した者達の霊だと考えるのが自然ではないでしょうか。生に対する執着によって悪霊となったものの、その場に上位の霊的存在である山姫がいたため、支配されたのではないかと思います。遭難して生命を失った時のことに縛られ、常に大声で助けを呼んでいるのだと考えれば辻褄も合うでしょう」
住職の説明を聞き、2人とも反論することができなかった。燈矢は実際にその声を耳にしたが、確かに「ヤッホー」と明瞭に聞こえた訳ではなかった。心愛の声に合わせて、微かに叫び声が聞こえていただけだった。
「ありがとうございます。色々と勉強になりました。
最後に1つだけお聞きしたいのですが、妹の父親が見付かったのは、どの辺りでしょうか?」
春斗の質問に対し、住職は登山道の場所と登山ルート、そして心愛が見付かった場所も細かく手製の地図に書き込んでいった。それを受け取った2人は、このまま山に登ることを決めた。



