途中で何度も給油し、6時間15分かけて2人は姫ヶ岳がある山間の集落に入った。
交通量と反比例するかのような無駄に広い道路は快適そのものであったものの、その必要性が2人には全く感じられなかった。集落の入り口には草木に埋もれるように小さな標識が設置されており、右に下りる小道を進むと目的地があるようだった。深い緑の谷間に民家が点在し、その数倍はある田畑が狭い平地部分に広がっている。まるで忍者の隠れ里のような集落は奥里と表記されているが、町名なのか地域名なのかは分からない。
2人は躊躇うことなく右折し、奥里に続く道を進んだ。
小道をしばらく進むと、集落の入口付近に自動販売機が2台並んでいた。そのすぐ側には土が剥き出しの駐車スペースがあり、そこに薄汚れた白いライトバンが停まっている。先頭を走っていた燈矢が自動販売機の前にバイクを停め、ヘルメットを脱いでその車に近付いて行った。
「オヤジ、心愛がいなくなったんだ。知っていることを、全部話してもらうぞ!!」
運転席に座っていた男性が声を掛けてきた人物を確認し、口を開けた状態で固まる。その視線が後方から歩いてくる春斗に向けられた。本来、「オヤジ」と呼ぶのは後ろを歩く春斗なのだ。
その様子を見ていた春斗は、大きくため息を吐いた。
「信じられないかも知れませんけど、ボクと燈矢君は中身が入れ替わっているんです」
意味不明な説明をする春斗に対しても、燈矢の父親は口をパクパクさせるだけで、しばらく何も言葉にすることができなかった。
それから父親が落ち着くまで待ち、イライラする燈矢を外して春斗が再度説明を試みた。「そんなファンタジーなことが起きるはずがないだろう」と疑ってみたところで、事実が目の前にあるため父親は頭を抱えながらも納得した。そもそも、山姫という妖怪が存在するのである。こういうことがあっても、何ら不思議ではない。
「それで、姫ヶ岳ってのはどれだ?行こう。今すぐ、心愛を捜しに行こう!!」
同じ場所をグルグル回る燈矢を無視し、春斗が父親に訊ねる。
「心愛の父親が発見されたのは、どの辺りなんですか?登山道とかあるんですか?何分くらいで辿り着けますか?」
平静を保とうとしている春斗も、質問が直線的になっている。父親はその問いに対し、順番に説明を始めた。
「まず、姫ヶ岳というのは、あの山のことだ」
父親の指先が示す方向に、一際高い山が聳えていた。山間部からでも見上げるような山は、山頂付近は緑が無い岩山だった。
「ここから見ると、姫ヶ岳の左側にダムの工事現場がある。そこがオレが監督している工事現場になる。雨が降った後には山崩れなどの災害が発生する可能性があるから、3ヶ月に1度は近隣の山を調査する必要がある。その日、偶然姫ヶ岳を調査している途中で、心愛と父親を発見したんだよ」
「おお、あれか、そうか。行くぞ、春斗!!」
「ちょっと、燈矢は黙っててくれるかな」
複雑な表情の父親。まさか、いつもクールな様子しか見せなかった息子が、こんな我がまま放題の言動をするとは思ってもいなかったのだろう。
「登山道はあったと思う。だが、正直なところ、集落のことは分かっても姫ヶ岳のことはほとんど知らない。2人を見付けた場所も、正確な場所は全く分からない。元々土地勘が無い山中で、しかもそれ以降行ったこともないからな」
「ったく、オヤジは全く役に立たないじゃないか!!」
「ああ、煩い!!」
もっと役に立たない燈矢を、春斗が後方に追いやる。そのやり取りを見ていた父親が、苦笑いしながら続ける。
「この道を進んで行くと、この集落で唯一のお寺がある。そこの住職に聞けば、詳しい話が聞けるはずだ。オレからの紹介だと言えば、話しをしてもらえると思う」
父親はそう告げると、天を仰ぎ見た。
「ひと雨くるかも知れないから、現場の指示をしなければならない。すぐには一緒に行ってやれないが、無理をしない範囲で先に行動していてくれ。もし、心愛を見付けて助力が必要な時は迷わず連絡しろよ。すぐに飛んで行く。あと、よく言っておくが、絶対に山で無理はするなよ」
「ありがとうございます」
春斗が礼を言って頭を下げると、父親は三度複雑な表情で笑った。
「今度こそ行くぞ、春斗!!」
「よし、行こうか」
逸る気持ちを抑え続けていた燈矢が、父親に対して言葉を掛けないままバイクを走らせる。春斗もその後に続いてスロットルを回した。2人の走り去る様子を見送って、父親は工事現場へと戻って行った。
自動販売機が設置されていた場所から、対向車が来たら間違いなくすれ違うことができない小道を進んで行く。すると10分もしないうちに、2人の視界に白い土塀に囲まれた黒瓦の建物が写った。反り返った屋根から判断しても、それが目指している寺であることは間違いなかった。
交通量と反比例するかのような無駄に広い道路は快適そのものであったものの、その必要性が2人には全く感じられなかった。集落の入り口には草木に埋もれるように小さな標識が設置されており、右に下りる小道を進むと目的地があるようだった。深い緑の谷間に民家が点在し、その数倍はある田畑が狭い平地部分に広がっている。まるで忍者の隠れ里のような集落は奥里と表記されているが、町名なのか地域名なのかは分からない。
2人は躊躇うことなく右折し、奥里に続く道を進んだ。
小道をしばらく進むと、集落の入口付近に自動販売機が2台並んでいた。そのすぐ側には土が剥き出しの駐車スペースがあり、そこに薄汚れた白いライトバンが停まっている。先頭を走っていた燈矢が自動販売機の前にバイクを停め、ヘルメットを脱いでその車に近付いて行った。
「オヤジ、心愛がいなくなったんだ。知っていることを、全部話してもらうぞ!!」
運転席に座っていた男性が声を掛けてきた人物を確認し、口を開けた状態で固まる。その視線が後方から歩いてくる春斗に向けられた。本来、「オヤジ」と呼ぶのは後ろを歩く春斗なのだ。
その様子を見ていた春斗は、大きくため息を吐いた。
「信じられないかも知れませんけど、ボクと燈矢君は中身が入れ替わっているんです」
意味不明な説明をする春斗に対しても、燈矢の父親は口をパクパクさせるだけで、しばらく何も言葉にすることができなかった。
それから父親が落ち着くまで待ち、イライラする燈矢を外して春斗が再度説明を試みた。「そんなファンタジーなことが起きるはずがないだろう」と疑ってみたところで、事実が目の前にあるため父親は頭を抱えながらも納得した。そもそも、山姫という妖怪が存在するのである。こういうことがあっても、何ら不思議ではない。
「それで、姫ヶ岳ってのはどれだ?行こう。今すぐ、心愛を捜しに行こう!!」
同じ場所をグルグル回る燈矢を無視し、春斗が父親に訊ねる。
「心愛の父親が発見されたのは、どの辺りなんですか?登山道とかあるんですか?何分くらいで辿り着けますか?」
平静を保とうとしている春斗も、質問が直線的になっている。父親はその問いに対し、順番に説明を始めた。
「まず、姫ヶ岳というのは、あの山のことだ」
父親の指先が示す方向に、一際高い山が聳えていた。山間部からでも見上げるような山は、山頂付近は緑が無い岩山だった。
「ここから見ると、姫ヶ岳の左側にダムの工事現場がある。そこがオレが監督している工事現場になる。雨が降った後には山崩れなどの災害が発生する可能性があるから、3ヶ月に1度は近隣の山を調査する必要がある。その日、偶然姫ヶ岳を調査している途中で、心愛と父親を発見したんだよ」
「おお、あれか、そうか。行くぞ、春斗!!」
「ちょっと、燈矢は黙っててくれるかな」
複雑な表情の父親。まさか、いつもクールな様子しか見せなかった息子が、こんな我がまま放題の言動をするとは思ってもいなかったのだろう。
「登山道はあったと思う。だが、正直なところ、集落のことは分かっても姫ヶ岳のことはほとんど知らない。2人を見付けた場所も、正確な場所は全く分からない。元々土地勘が無い山中で、しかもそれ以降行ったこともないからな」
「ったく、オヤジは全く役に立たないじゃないか!!」
「ああ、煩い!!」
もっと役に立たない燈矢を、春斗が後方に追いやる。そのやり取りを見ていた父親が、苦笑いしながら続ける。
「この道を進んで行くと、この集落で唯一のお寺がある。そこの住職に聞けば、詳しい話が聞けるはずだ。オレからの紹介だと言えば、話しをしてもらえると思う」
父親はそう告げると、天を仰ぎ見た。
「ひと雨くるかも知れないから、現場の指示をしなければならない。すぐには一緒に行ってやれないが、無理をしない範囲で先に行動していてくれ。もし、心愛を見付けて助力が必要な時は迷わず連絡しろよ。すぐに飛んで行く。あと、よく言っておくが、絶対に山で無理はするなよ」
「ありがとうございます」
春斗が礼を言って頭を下げると、父親は三度複雑な表情で笑った。
「今度こそ行くぞ、春斗!!」
「よし、行こうか」
逸る気持ちを抑え続けていた燈矢が、父親に対して言葉を掛けないままバイクを走らせる。春斗もその後に続いてスロットルを回した。2人の走り去る様子を見送って、父親は工事現場へと戻って行った。
自動販売機が設置されていた場所から、対向車が来たら間違いなくすれ違うことができない小道を進んで行く。すると10分もしないうちに、2人の視界に白い土塀に囲まれた黒瓦の建物が写った。反り返った屋根から判断しても、それが目指している寺であることは間違いなかった。



