小金井は大道寺の姿で病院を出ると学校に引き返した。届いたメッセージによると大道寺は自転車通学であり、とてもではないが徒歩で通えるような場所に自宅がなかったからだ。幸いなことに怪我は大したことはなく、頭に巻いた包帯も「一応」といった感じだ。
小金井は学校までの道を、いつもとは違い快適に歩く。少しばかり声は聞こえるが、いつもの騒音に比べれば全く気にならなかった。どこに行くにも纏わり付いてくる女子生徒達。正直なところ小金井は、その存在にウンザリしていた。嫌味になるかも知れないが、別に注目を集めたい訳でもないし、モテたいと思っている訳でもないのだ。とうなっているに過ぎないのである。そういう意味では、この入れ替わりはリフレッシュできる機会なのかも知れない。心愛のことは気になるが・・・
学校まで戻ると体育館裏にある駐輪場に向かう。自転車が停めてある場所は説明に書いてあった。大道寺は几帳面な性格らしく、細かい位置と、自転車の特徴まで記載してあったのだ。迷う事なく自転車を見つけた小金井は、カバンの中からキーを探して開錠する。
もう何年も自転車に乗っていないが特に問題はない、と思いたい。いつもの感覚とは違い、視界が低い。若干、股下が短い気がする。それでも、自転車を引っ張り出し跨ると、どうにか乗ることはできた。前もって地図を見ておいたが、大道寺の自宅はそのまんま「大道寺」という名前のお寺のようだった。猛烈に嫌な予感がするが、帰らないという選択肢はない。
「自転車も悪くないな」
しばらくペダルをこいでいた小金井は、頬をすり抜ける風を感じ満足気に微笑んだ。
しかし、自転車で通学時間30分は意外に遠い。月花高校は街中にあるが、道は徐々に中心部から外れていく。やがて周囲は田園風景になり、少し先に立派な門構えの大きな建物が見えてきた。黒い屋根瓦の大棟からして、お寺であることは間違いない。荘厳な門の前に到着した小金井は、その横に設置してある看板を目にして間違いではないことを確認して頷いた。
自転車を降り、押しながら境内を進む。本堂の隣に建つ建物が社務所兼自宅であることはメッセージによって知っていた。
「おかえり、春斗。どうしたんだ、その包帯は?」
不意に声を掛けられ、小金井の肩が跳ねる。声がした方を向くと、本堂の階段に袈裟姿の老人が立っていた。この人物が大道寺の祖父で間違ないだろう。
「えっと、学校の階段で足を踏み外してしまって・・・大袈裟に包帯は巻いてあるけど、怪我は大したことないから」
大道寺の口調が分からないため、小金井は比較的控えめな雰囲気で返事をする。祖父はしばらく様子を窺っていたものの、入れ替わりに気付くこともなく頷いた。
「そうか。それなら、いつものように写経をして、その後、本堂で読経するようにな」
写経に読経?
聞き慣れない言葉に小金井の頭が混乱する。修行僧でもあるまいし、普通の高校生が日常的に写経だの読経だの意味が分からなかった。しかし、入れ替わりを誤魔化すためにも、やらないという選択肢はない。
小金井は承諾の意味で頷くと、自宅に向かって歩き始める。
「不穏な気配がしているからなあ。札も用意しておいた方がいいなあ」
「札」って何だ?
そう思って振り返ると、すでにそこに祖父の姿は無かった。
長文メッセージを再び表示し、大道寺の自室に向かう。その部屋は1階の一番奥にあった。
ようやく大道寺の部屋に到着した小金井は、カバンを床に置い座り込む。慣れない行動をすると、いつもの何倍も疲れるものだ。
大道寺の部屋は8畳の和室で、部屋の奥に窓があり、その横に勉強机が置いてあった。大きめの机には参考書が並んでいる。その様子を目にし、大道寺が自分とは違い「中身」で有名なことを思い出した。
「やっぱ、努力してるんだな」
感心しながら部屋の中をぐるりと見回していると、反対側の壁際にある座卓が目に写った。近付いて机上を確認すると、経典と書道道具が並んでいた。細い折り目がある半紙がセットしてあることから、小金井はこれが写経セットだと否応無しに理解する。
「・・・マジか」
郷に入っては郷に従え。それを実行するように小金井は写経を始める。偶然にも書道の経験があったため、どうにかなりそうな感じではあった。写経を始めてほんの数分で周囲の騒音が聞こえなくなり、目の前の文字に没頭していった。
どれ程の時間集中していたのか分からないが、自分なりにかなりの量を書いたと実感したため小金井は筆を置いた。
「ふむ、写経も意外に悪くないな」
小金井は、書き終えた分を眺めながら感慨に耽る。しかし、読経が残っていたことを思い出し瞬時に項垂れた。やっていることは完全に修行である。大道寺は将来的に住職を継ぐのかも知れないが、まだ随分と先のような気がする。そう思いながらも、小金井は立ち上がった。これから本堂に向かわなければいけないのだ。
自室を出ると、再び真っ直ぐに伸びる廊下を玄関に向かう。
その途中で、小金井は仏間の前を通り掛った。来た時には気が付かなかったが、仏壇には2人の遺影が飾られている。それは、30歳台と思われる男女のものだった。
小金井は学校までの道を、いつもとは違い快適に歩く。少しばかり声は聞こえるが、いつもの騒音に比べれば全く気にならなかった。どこに行くにも纏わり付いてくる女子生徒達。正直なところ小金井は、その存在にウンザリしていた。嫌味になるかも知れないが、別に注目を集めたい訳でもないし、モテたいと思っている訳でもないのだ。とうなっているに過ぎないのである。そういう意味では、この入れ替わりはリフレッシュできる機会なのかも知れない。心愛のことは気になるが・・・
学校まで戻ると体育館裏にある駐輪場に向かう。自転車が停めてある場所は説明に書いてあった。大道寺は几帳面な性格らしく、細かい位置と、自転車の特徴まで記載してあったのだ。迷う事なく自転車を見つけた小金井は、カバンの中からキーを探して開錠する。
もう何年も自転車に乗っていないが特に問題はない、と思いたい。いつもの感覚とは違い、視界が低い。若干、股下が短い気がする。それでも、自転車を引っ張り出し跨ると、どうにか乗ることはできた。前もって地図を見ておいたが、大道寺の自宅はそのまんま「大道寺」という名前のお寺のようだった。猛烈に嫌な予感がするが、帰らないという選択肢はない。
「自転車も悪くないな」
しばらくペダルをこいでいた小金井は、頬をすり抜ける風を感じ満足気に微笑んだ。
しかし、自転車で通学時間30分は意外に遠い。月花高校は街中にあるが、道は徐々に中心部から外れていく。やがて周囲は田園風景になり、少し先に立派な門構えの大きな建物が見えてきた。黒い屋根瓦の大棟からして、お寺であることは間違いない。荘厳な門の前に到着した小金井は、その横に設置してある看板を目にして間違いではないことを確認して頷いた。
自転車を降り、押しながら境内を進む。本堂の隣に建つ建物が社務所兼自宅であることはメッセージによって知っていた。
「おかえり、春斗。どうしたんだ、その包帯は?」
不意に声を掛けられ、小金井の肩が跳ねる。声がした方を向くと、本堂の階段に袈裟姿の老人が立っていた。この人物が大道寺の祖父で間違ないだろう。
「えっと、学校の階段で足を踏み外してしまって・・・大袈裟に包帯は巻いてあるけど、怪我は大したことないから」
大道寺の口調が分からないため、小金井は比較的控えめな雰囲気で返事をする。祖父はしばらく様子を窺っていたものの、入れ替わりに気付くこともなく頷いた。
「そうか。それなら、いつものように写経をして、その後、本堂で読経するようにな」
写経に読経?
聞き慣れない言葉に小金井の頭が混乱する。修行僧でもあるまいし、普通の高校生が日常的に写経だの読経だの意味が分からなかった。しかし、入れ替わりを誤魔化すためにも、やらないという選択肢はない。
小金井は承諾の意味で頷くと、自宅に向かって歩き始める。
「不穏な気配がしているからなあ。札も用意しておいた方がいいなあ」
「札」って何だ?
そう思って振り返ると、すでにそこに祖父の姿は無かった。
長文メッセージを再び表示し、大道寺の自室に向かう。その部屋は1階の一番奥にあった。
ようやく大道寺の部屋に到着した小金井は、カバンを床に置い座り込む。慣れない行動をすると、いつもの何倍も疲れるものだ。
大道寺の部屋は8畳の和室で、部屋の奥に窓があり、その横に勉強机が置いてあった。大きめの机には参考書が並んでいる。その様子を目にし、大道寺が自分とは違い「中身」で有名なことを思い出した。
「やっぱ、努力してるんだな」
感心しながら部屋の中をぐるりと見回していると、反対側の壁際にある座卓が目に写った。近付いて机上を確認すると、経典と書道道具が並んでいた。細い折り目がある半紙がセットしてあることから、小金井はこれが写経セットだと否応無しに理解する。
「・・・マジか」
郷に入っては郷に従え。それを実行するように小金井は写経を始める。偶然にも書道の経験があったため、どうにかなりそうな感じではあった。写経を始めてほんの数分で周囲の騒音が聞こえなくなり、目の前の文字に没頭していった。
どれ程の時間集中していたのか分からないが、自分なりにかなりの量を書いたと実感したため小金井は筆を置いた。
「ふむ、写経も意外に悪くないな」
小金井は、書き終えた分を眺めながら感慨に耽る。しかし、読経が残っていたことを思い出し瞬時に項垂れた。やっていることは完全に修行である。大道寺は将来的に住職を継ぐのかも知れないが、まだ随分と先のような気がする。そう思いながらも、小金井は立ち上がった。これから本堂に向かわなければいけないのだ。
自室を出ると、再び真っ直ぐに伸びる廊下を玄関に向かう。
その途中で、小金井は仏間の前を通り掛った。来た時には気が付かなかったが、仏壇には2人の遺影が飾られている。それは、30歳台と思われる男女のものだった。



