仏壇に向かい、春斗はしばらく振りに手を合わせる。実際には数日前に最後の別れをしたが、だからといって両親への思いが途絶えた訳ではない。心の中で何度も感謝の気持ちを伝えると、仏間にある戸棚に向かった。
春斗は戸棚から幾つものファイルを取り出し、その全てを畳の上に広げる。A4サイズのファイルは几帳面に綴じられており、表紙にはタイトルが記入されていた。その中から1冊を手に取った春斗が、パラパラと捲って内容の確認を始めた。
「ボクの父親はさ、国城大学の助教授だったんだよ。文学部、日本文学科。専門は民俗学。大学を卒業したら祖父ちゃんの手伝いをして、将来的には寺を継ぐことになっていたんだ。だけど、日本各地の伝承や民話の研究に没頭してしまったらしくて、そのまま大学院に進んで研究者になってしまった。お祖父ちゃんは激怒したらしいよ。
そんな感じだったから、家族旅行とかのレクリエーションも、民俗学関連の調査に行ったついでだったんだ。いつも何も無い山奥のキャンプ場とか、よく分からない地域の資料館とか。まあ、それはそれで面白かったけどね。だから、あの日も、姫ヶ岳近辺のレジャー施設に行った帰りだったんだよ・・・あ、あった!!」
幼い頃の話しをしながらも、常に動いていた春斗の手が止まる。
「ほら、ここに書いてあるよ」
春斗に促されてファイルの覗き込んだ燈矢の目が、ファイリングされている資料に記入されている「姫ヶ岳」の文字を捉えた。
「伝承や民話の大半は教訓だったり、地域の禁忌が題材になっていることが多いんだ。つまり、その地域に住んでいる人達による創作ってこと。だけど、ほんの一部ではあるけど真実が含まれている。これを見る限り、姫ヶ岳の伝承は本物なんだよ。実際に、姫ヶ岳に山姫は存在している、ということなんだと思う」
―――――姫ヶ岳の山姫伝説について。
山姫の伝承は日本各地に存在する。多くの場合は絶世の美女と伝えられているが、日没後に山越えをすると襲ってくる老婆、所謂「山姥」も山姫に含まれるとさえれている。基本的には、特定の山に棲む和装美人の外見をした、人食い、もしくは人間と敵対関係にある妖怪である。多くの場合、山姫に出会うと山から下りられなくなる。または、生気を吸われてしまうと言われている。
姫ヶ岳地区の伝承は他地域のものとほぼ同じ内容ではあるが、1つだけ大きく違う点がある。山姫を山の神様として崇めているというところだ。なぜ、そうなったのか。それには明確な理由がある。数百年前から稀に、姫ヶ岳で行方不明になった者が、遭難した地点とは全く違う場所で、無事に発見されることがあった。それを地域の人達は、山の神様のお陰だと、山の神が助けてくれたのだと感謝した。実際に助かった者が、着物姿の美女に救われたと証言した記録も残っている。
ただし、山姫は必ず代償を求めた。それが、助けた者の親族や子供である。突如いなくなった子供の数は二桁近いものの、地域の者達は山の神様による「神隠し」と呼んで黙認してきたようだ。
地区の寺院に残されている書物には、助かった者達の情報が細かく書き留められている。その記述内容を検証した結果からも、「姫ヶ岳に山姫は存在する」と考えることが妥当である。また、山姫が出現する際には先に山彦が現れることが多く、眷属あるいは仲間として協力関係にあるのではないかと推測される。やまびこが先に聞こえてくる、あるいは限られた者にしか聞こえない場合は注意が必要である。
その内容から、春斗の父親が姫ヶ岳の山姫についてまとめたレポートで間違いない。
「・・・なるほどね」
春斗が頷きながら呟くと、レポートを覗き込んでいた燈矢が勢い良く立ち上がった。
「よし、行こう!!今すぐ行こう!!行くぞ、春斗!!」
「気持ちは分かるけど、落ち着いて。手ぶらで行っても何もできないから準備しないと。それに、何となく状況は分かったけど、詳しい話が聞きたいから、燈矢のお父さんに連絡して。近くの工事現場にいるんだよね?」
広げたファイルの中から姫ヶ岳に関するレポートが挟まっている1冊だけ手にし、春斗は残りのを全てを元に戻す。
「姫ヶ岳はかなり山奥だし、山間部はネットが繋がらないかも知れないから地図は必須だよ。それと、一応御札もあるだけ持って行こう。何かの役に立つかも知れないしね」
春斗の部屋に移動しながら、燈矢が父親に連絡を取る。その間に、春斗が勝手知ったる自分の部屋の中から、地図や必要と思われる物をリュックに押し込んで背負った。
「あっちに着いたら連絡してくれって」
燈矢の言葉に頷いて、春斗が外に向かって歩き始める。燈矢も御札を胸ポケットに入れると、慌ててその後を追った。
大道寺から姫ヶ岳まで、距離から計算するとバイクで約6時間前後かかると予想される。今すぐに集発すれば、昼過ぎには到着する計算になる。
春斗は戸棚から幾つものファイルを取り出し、その全てを畳の上に広げる。A4サイズのファイルは几帳面に綴じられており、表紙にはタイトルが記入されていた。その中から1冊を手に取った春斗が、パラパラと捲って内容の確認を始めた。
「ボクの父親はさ、国城大学の助教授だったんだよ。文学部、日本文学科。専門は民俗学。大学を卒業したら祖父ちゃんの手伝いをして、将来的には寺を継ぐことになっていたんだ。だけど、日本各地の伝承や民話の研究に没頭してしまったらしくて、そのまま大学院に進んで研究者になってしまった。お祖父ちゃんは激怒したらしいよ。
そんな感じだったから、家族旅行とかのレクリエーションも、民俗学関連の調査に行ったついでだったんだ。いつも何も無い山奥のキャンプ場とか、よく分からない地域の資料館とか。まあ、それはそれで面白かったけどね。だから、あの日も、姫ヶ岳近辺のレジャー施設に行った帰りだったんだよ・・・あ、あった!!」
幼い頃の話しをしながらも、常に動いていた春斗の手が止まる。
「ほら、ここに書いてあるよ」
春斗に促されてファイルの覗き込んだ燈矢の目が、ファイリングされている資料に記入されている「姫ヶ岳」の文字を捉えた。
「伝承や民話の大半は教訓だったり、地域の禁忌が題材になっていることが多いんだ。つまり、その地域に住んでいる人達による創作ってこと。だけど、ほんの一部ではあるけど真実が含まれている。これを見る限り、姫ヶ岳の伝承は本物なんだよ。実際に、姫ヶ岳に山姫は存在している、ということなんだと思う」
―――――姫ヶ岳の山姫伝説について。
山姫の伝承は日本各地に存在する。多くの場合は絶世の美女と伝えられているが、日没後に山越えをすると襲ってくる老婆、所謂「山姥」も山姫に含まれるとさえれている。基本的には、特定の山に棲む和装美人の外見をした、人食い、もしくは人間と敵対関係にある妖怪である。多くの場合、山姫に出会うと山から下りられなくなる。または、生気を吸われてしまうと言われている。
姫ヶ岳地区の伝承は他地域のものとほぼ同じ内容ではあるが、1つだけ大きく違う点がある。山姫を山の神様として崇めているというところだ。なぜ、そうなったのか。それには明確な理由がある。数百年前から稀に、姫ヶ岳で行方不明になった者が、遭難した地点とは全く違う場所で、無事に発見されることがあった。それを地域の人達は、山の神様のお陰だと、山の神が助けてくれたのだと感謝した。実際に助かった者が、着物姿の美女に救われたと証言した記録も残っている。
ただし、山姫は必ず代償を求めた。それが、助けた者の親族や子供である。突如いなくなった子供の数は二桁近いものの、地域の者達は山の神様による「神隠し」と呼んで黙認してきたようだ。
地区の寺院に残されている書物には、助かった者達の情報が細かく書き留められている。その記述内容を検証した結果からも、「姫ヶ岳に山姫は存在する」と考えることが妥当である。また、山姫が出現する際には先に山彦が現れることが多く、眷属あるいは仲間として協力関係にあるのではないかと推測される。やまびこが先に聞こえてくる、あるいは限られた者にしか聞こえない場合は注意が必要である。
その内容から、春斗の父親が姫ヶ岳の山姫についてまとめたレポートで間違いない。
「・・・なるほどね」
春斗が頷きながら呟くと、レポートを覗き込んでいた燈矢が勢い良く立ち上がった。
「よし、行こう!!今すぐ行こう!!行くぞ、春斗!!」
「気持ちは分かるけど、落ち着いて。手ぶらで行っても何もできないから準備しないと。それに、何となく状況は分かったけど、詳しい話が聞きたいから、燈矢のお父さんに連絡して。近くの工事現場にいるんだよね?」
広げたファイルの中から姫ヶ岳に関するレポートが挟まっている1冊だけ手にし、春斗は残りのを全てを元に戻す。
「姫ヶ岳はかなり山奥だし、山間部はネットが繋がらないかも知れないから地図は必須だよ。それと、一応御札もあるだけ持って行こう。何かの役に立つかも知れないしね」
春斗の部屋に移動しながら、燈矢が父親に連絡を取る。その間に、春斗が勝手知ったる自分の部屋の中から、地図や必要と思われる物をリュックに押し込んで背負った。
「あっちに着いたら連絡してくれって」
燈矢の言葉に頷いて、春斗が外に向かって歩き始める。燈矢も御札を胸ポケットに入れると、慌ててその後を追った。
大道寺から姫ヶ岳まで、距離から計算するとバイクで約6時間前後かかると予想される。今すぐに集発すれば、昼過ぎには到着する計算になる。



