孤高の2人が手を繋ぐとき

「そんな荒唐無稽な話しを信じろと!?」
 拳を握り締めて小刻みに震える燈矢に、春斗が肩に手を置いて諭す。
「燈矢、心愛ちゃんは、最愛の娘なんだぞ」
 心愛は愛する人が遺した愛娘なのだ。千鶴が嘘を吐くはずがない。
「ごめん・・・千鶴さん」
 千鶴は燈矢の謝罪を受けて左右に首を振る。

「それに、燈矢にはヤッホーの声が聞こえていたみたいだけど、ボクには全く聞こえていなかったんだ。ボクには見えていた着物姿の女性が目の前にいても、燈矢は全く気付かなかったよね」
 燈矢が勢い良く春斗の方に向き直った。
「くそっ!!」
 燈矢はポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ急いで電話を掛けた。コール音が漏れて春斗の耳にも届く。2回、3回、4回目でようやく相手の声が聞こえた。低い男性の声音だった。
父親(オヤジ)、心愛がいなくなった。どういうことが、説明してくれるよな?」
 そう告げられた父親は、言葉に詰まり黙り込む。

 「これからは一緒に暮らすようになった」と、千鶴と心愛を連れ帰った日に父親は言った。
 「一緒に生活はするけれど、気にしなくても良い」と、千鶴は燈矢に告げた。

「千鶴さんから話は聞いた。真実を、オヤジの口からも教えてくれ」
 父親は深く息を吐き出し、重い口を開いた。
「千鶴さんが言ったことは全て本当のことだ。
 千鶴さんの遺体と心愛ちゃんを発見したのはオレだ。工事現場から少し離れた場所で倒れているところを、偶然、周辺の調査をしていた時に見付けた。すぐに救急隊や警察に連絡をしたが、すでに事切れていた。まだ首が座ったばかりの赤子を抱きかかえ、夫に泣き縋る妻。誰もが同情するはずの場面にも関わらず、集落の人達は冷ややかな視線を向けていた。その理由を訊ねて驚いたよ。亡くなった夫は山の神に見初められた。その娘は(ニエ)として連れ去られるだろう。それは仕方がないことだと、な」

「今の時代にそんな―――――」
 燈矢の言葉を遮るように、父親の話しは続く。
「今の時代に、そんなことがあるはずがないだろ。オレもそう思った。だが、集落の伝承を教えられ、夫が遭難して助かった時の話しを聞くと、自分の中にあった常識が崩れた。本当のことかも知れない、と思った。だから、母子には助けが必要だと感じた。だが、山の神に萎縮している集落の者達は当てにはならない。
 それなら、オレが、何とかするしかないだろう。
 遠く離れた地に匿い、山とは関係ない生活を送れば、山の神から逃げ切れるのではないかと思ってな。それで、連れて帰ったんだ。赤の他人であるオレが一緒に暮らす訳にもいかないだろう。だから、オマエには寂しい思いをさせてしまったが、オレは山の工事現場に行って帰らないようにしていたんだ。便宜上、心愛ちゃんが幼稚園に入る時に籍は入れたがな」
「それじゃあ、千鶴さんはオレの母親で、心愛はオレの妹で間違いないじゃないか」
 そう言い切った燈矢に、一拍置いて父親が答える。
「ああ、そうだな」
「心愛はどこにいると思う?」
 燈矢の問いに、今度は躊躇することなく父親が答える。
「姫ヶ岳だ」
「分かった」

 通話を切った燈矢が、千鶴に向かって力強く言い放つ。
「絶対に連れて帰りますから、待っていて下さい」
 目を見開く千鶴に、燈矢が大袈裟に頷いて見せた。そして、すぐに春斗に顔を向ける。
「よし、行くぞ、春斗!!」
「分かってるよ」
 意思の確認も行われない強制参加に、春斗は笑顔を見せる。

「と言うかさ、姫ヶ岳って言ったよね?そこなら、何度か行ったことがあるんだ。あの事故に遭った日も、姫ヶ岳に行った帰り道だったんだよ」
「どういうことだ?」
 春斗は立ち上がると、そのまま玄関に向かって歩き始める。
「とりあえず、移動しながら話そう。ここからだと公共交通機関だと本数も少ないし、時間も余計にかかる。それに、向こうでの移動手段を考えるとバイクで行った方が良い。まあ、6時間くらいかかるけど。あと、途中で大道寺に寄るよ」


 すぐに出発した2人は大道寺に向かう。姫ヶ岳の方向的にも大道寺を経由して、そのまま霞山を越えるルートが一番早い。もう問題は解決されているため、霞峠を通り抜けても何の問題も起きない。はずだ。

 大道寺に到着した2人は、門の外にバイクを停めると境内に駆け込む。そして、そのまま春斗が先導する形で社務所に飛び込んだ。勝手に上がり込んだ外見が燈矢の春斗に対し、顔を出した住職が注意しようとして口を開ける。しかし、春斗はそんなことを気にすることもなく住職に訊ねた。
「父さんの遺品はどこにあるの?」
 その口調と問いを聞いた住所が目を見開いた。
「は、春斗、なのか?」
「遺品はどこ?」
「あ、ああ、仏間の棚に保管してある・・・」
「行こう、燈矢」

 なぜか自分の家である春斗が、友達の燈矢に従うという構図に混乱する住職であったが、早々に考えることを放棄した。世の中は摩訶不思議であることを、住職本人がよく理解していたからだ。