周囲を見渡し、耳を澄ませ、お互いの手を放してアスファルトの上にへたり込んだ。
「呆気なかったな」
アスファルトに手を突いて身体を支える燈矢が呟いた。
「終わったからそう思うだけだよ。10年越しだから十分に霊の思いは強かったし、ひとつでも対応を間違えていたら、ホクはこの世にいなかったと思う」
春斗が首を左右に振って答えると、燈矢は「そうかもな」と言って苦笑いした。
もう「愛してる」の囁きも、「殺してやる」の呻き声も聞こえない。
怨嗟に沈んだ漆黒の双眸も、復讐の炎を宿して微笑む少女もいない。
春斗も燈矢も、除霊に成功した。
もう、生命を脅かす霊は存在しない。
「後は、この身体をどうにかするだけだね」
自分の身体を人差し指で突きながら、春斗がわざとらしいため息を吐く。
「とりあえず、学校の階段から落ちてみるか?今回はオレが落ちるから、春斗は受け止めるんだぞ」
おどける様に燈矢は口にするが、目が全く笑っていない。
その目を見た陽斗は、視線を逸らして立ち上がった。
確かに、ここ最近は入れ替わりを解消する方法を全く考えていなかった。前例が無いため、どんな方法で元に戻れるのか分からない。方法が全く見付からない場合は、もう一度階段を転がり落ちてみるしかない。しかし、あの行為がどんなに危険かを知っている春斗からすれば、簡単には承諾できなかった。
「とりあえず、帰ろうか」
回答に窮した春斗が、スクーターに乗ってセルモーターを回した。スクターのエンジン音を耳にした燈矢も立ち上がり、スパーカブのキックスターターを蹴り込む。
「じゃあ、ウチの近くにあるラーメン屋に行くぞ。そこの味噌が美味いんだよ。今日は、オレ達のインディペンデンス・デイだから、ラーメンくらい食ってお祝いしても許されるだろ」
そう言うと、燈矢の乗るバイクが先陣を切って走り始めた。春斗は慌ててスロットルを回して、燈矢の後を追って出発した。
燈矢が案内した祝勝会の会場は、心愛が通う幼稚園から徒歩で5分ほどの場所にあった。質素な赤いのれんがぶら下がっただけの店構え。のれんの端に小さく店舗名が書かれているだけで、看板も無ければ幟も見当たらない。「知る人ぞ知る」レベルの名店ぽい雰囲気を醸し出している。実際に、2週間ほど通学路として近くを通っていた春斗は、この店の存在には全く気が付いていなかった。
店の前にスクターを停めた春斗の視界に、最近よく目にする和装の女性が掠めた。ハッとした春斗が女性に顔を向け、視界の真ん中に捉える。そのまま目を離さないように、燈矢に声を掛けた。
「また、着物姿の女の人がいるよ。いったい何をしてる人なんだろうね」
バイクから降りた燈矢が、春斗の視線を追って首を傾げる。
「どこにいるんだ?」
燈矢の反応に、今度は春斗が首を傾げた。今は学校の下校時間と重なっているし、通勤している人達もいるため普段よりも人通りは多い。しかし、あれほど目立つ人物が分からないはずがない。
「まあ、いいや。腹減ったし、早く中に入ろうぜ。ヤッホーとか叫んでる子どもが煩わしいし、もうオレは先に入るぞ」
そう言って、燈矢は春斗を振り返ることもなく、ガラガラと引き戸を開けて中に入って行く。
置いていかれた春斗は耳を済ませて再び首を傾げた。
「ヤッホー?」
結論から言うと、春斗も燈矢も、替え玉を注文するほど味噌ラーメンを堪能した。燈矢は久し振りの味に満足した様子で何度も頷いていたし、春斗は身体が元に戻った後も通うことを明言していた。
当然、ラーメンを味わっただけではなく、今後の方針についても話し合った。早期に入れ替わりを解消することで合意はしたものの、その方法が分からない。ひとまずはインターネットによる検索が主体になるだろう。しかし、重大な問題があった。期末試験が10日間後に迫っていることだ。それまでに、春斗はどうしても自分の身体に戻る必要がある。
「じゃあ、明日と明後日、この土日は活動しない、ということでいいんだな?」
確認してくる燈矢に、春斗が頷きながら答える。
「さすがに疲れたよね。それに、燈矢には除霊という仕事があるし」
「うわあ、そうだった」
打ちひしがれる燈矢の横で、春斗が快活に笑う。
「まあ、面倒なパターンだったら連絡してくれれば、手伝いに行くからさ」
春斗の言葉に対し、燈矢がウンウンと何度も繰り返し頷いた。
揃って替え玉まで平らげ、どんぶりを空にした2人は、満足して店を後にした。
外に出てバイクに跨った燈矢は、春斗に向けて拳を突き出す。その拳に、春斗が自分の拳をコツンと当てる。
「じゃあな、春斗。また月曜日な」
そう言ってエンジンをかける燈矢に、春斗が応える。
「うん、また月曜日にね、燈矢」
その言葉を聞いた燈矢は、親指を立ててグッドポーズをすると、エンジンを吹かして立ち去った。
テールランプを見送った春斗も、ヘルメットをかぶりスロットルを回した。
「呆気なかったな」
アスファルトに手を突いて身体を支える燈矢が呟いた。
「終わったからそう思うだけだよ。10年越しだから十分に霊の思いは強かったし、ひとつでも対応を間違えていたら、ホクはこの世にいなかったと思う」
春斗が首を左右に振って答えると、燈矢は「そうかもな」と言って苦笑いした。
もう「愛してる」の囁きも、「殺してやる」の呻き声も聞こえない。
怨嗟に沈んだ漆黒の双眸も、復讐の炎を宿して微笑む少女もいない。
春斗も燈矢も、除霊に成功した。
もう、生命を脅かす霊は存在しない。
「後は、この身体をどうにかするだけだね」
自分の身体を人差し指で突きながら、春斗がわざとらしいため息を吐く。
「とりあえず、学校の階段から落ちてみるか?今回はオレが落ちるから、春斗は受け止めるんだぞ」
おどける様に燈矢は口にするが、目が全く笑っていない。
その目を見た陽斗は、視線を逸らして立ち上がった。
確かに、ここ最近は入れ替わりを解消する方法を全く考えていなかった。前例が無いため、どんな方法で元に戻れるのか分からない。方法が全く見付からない場合は、もう一度階段を転がり落ちてみるしかない。しかし、あの行為がどんなに危険かを知っている春斗からすれば、簡単には承諾できなかった。
「とりあえず、帰ろうか」
回答に窮した春斗が、スクーターに乗ってセルモーターを回した。スクターのエンジン音を耳にした燈矢も立ち上がり、スパーカブのキックスターターを蹴り込む。
「じゃあ、ウチの近くにあるラーメン屋に行くぞ。そこの味噌が美味いんだよ。今日は、オレ達のインディペンデンス・デイだから、ラーメンくらい食ってお祝いしても許されるだろ」
そう言うと、燈矢の乗るバイクが先陣を切って走り始めた。春斗は慌ててスロットルを回して、燈矢の後を追って出発した。
燈矢が案内した祝勝会の会場は、心愛が通う幼稚園から徒歩で5分ほどの場所にあった。質素な赤いのれんがぶら下がっただけの店構え。のれんの端に小さく店舗名が書かれているだけで、看板も無ければ幟も見当たらない。「知る人ぞ知る」レベルの名店ぽい雰囲気を醸し出している。実際に、2週間ほど通学路として近くを通っていた春斗は、この店の存在には全く気が付いていなかった。
店の前にスクターを停めた春斗の視界に、最近よく目にする和装の女性が掠めた。ハッとした春斗が女性に顔を向け、視界の真ん中に捉える。そのまま目を離さないように、燈矢に声を掛けた。
「また、着物姿の女の人がいるよ。いったい何をしてる人なんだろうね」
バイクから降りた燈矢が、春斗の視線を追って首を傾げる。
「どこにいるんだ?」
燈矢の反応に、今度は春斗が首を傾げた。今は学校の下校時間と重なっているし、通勤している人達もいるため普段よりも人通りは多い。しかし、あれほど目立つ人物が分からないはずがない。
「まあ、いいや。腹減ったし、早く中に入ろうぜ。ヤッホーとか叫んでる子どもが煩わしいし、もうオレは先に入るぞ」
そう言って、燈矢は春斗を振り返ることもなく、ガラガラと引き戸を開けて中に入って行く。
置いていかれた春斗は耳を済ませて再び首を傾げた。
「ヤッホー?」
結論から言うと、春斗も燈矢も、替え玉を注文するほど味噌ラーメンを堪能した。燈矢は久し振りの味に満足した様子で何度も頷いていたし、春斗は身体が元に戻った後も通うことを明言していた。
当然、ラーメンを味わっただけではなく、今後の方針についても話し合った。早期に入れ替わりを解消することで合意はしたものの、その方法が分からない。ひとまずはインターネットによる検索が主体になるだろう。しかし、重大な問題があった。期末試験が10日間後に迫っていることだ。それまでに、春斗はどうしても自分の身体に戻る必要がある。
「じゃあ、明日と明後日、この土日は活動しない、ということでいいんだな?」
確認してくる燈矢に、春斗が頷きながら答える。
「さすがに疲れたよね。それに、燈矢には除霊という仕事があるし」
「うわあ、そうだった」
打ちひしがれる燈矢の横で、春斗が快活に笑う。
「まあ、面倒なパターンだったら連絡してくれれば、手伝いに行くからさ」
春斗の言葉に対し、燈矢がウンウンと何度も繰り返し頷いた。
揃って替え玉まで平らげ、どんぶりを空にした2人は、満足して店を後にした。
外に出てバイクに跨った燈矢は、春斗に向けて拳を突き出す。その拳に、春斗が自分の拳をコツンと当てる。
「じゃあな、春斗。また月曜日な」
そう言ってエンジンをかける燈矢に、春斗が応える。
「うん、また月曜日にね、燈矢」
その言葉を聞いた燈矢は、親指を立ててグッドポーズをすると、エンジンを吹かして立ち去った。
テールランプを見送った春斗も、ヘルメットをかぶりスロットルを回した。



