孤高の2人が手を繋ぐとき

 帰宅した春斗は、すぐに机の引き出しを取り外して確認を始めた。「見られて困る物は無い」と燈矢が言っていた通り、使い古された文房具や使用済みのノート等が詰め込まれているだけで特別変わった物は入っていなかった。
 下段の大きい引き出しの中身を取り出し、古いノートを並べている時にソレ(・・)は見付かった。飾り気の無い白い封筒の表には、無骨な文字でここの住所と小金井燈矢様という名前が書いてある。そして封筒の裏面には、差出人の住所と名前が記入されていた。

 春斗は申し訳ないと思いつつ、封筒から便箋を抜き取る。そして、その文面に目を通す。そこには、封筒に書かれたものと同じ字体で、切々と反省の言葉が書かれていた。
 あの日、燈矢をはねてしまったことへの謝罪。
 当初、飲酒運転ではなかったと虚偽の証言をしてしまったことへの後悔。
 そして最後に、燈矢の母に対する敬意。


 春斗からの連絡は、燈矢が写経を終えて御札の作成に取り掛かった頃だった。
 燈矢が御札に書いた自分の字を眺めながら、我ながら毛筆が上手くなったと納得していると、畳の上に投げ出していたスマートフォンから通知音が鳴った。完成した御札を机の上に並べると、スマートフォンを手に取る。連絡相手は、予想通り春斗だった。
>手紙が見付かったよ。明日、早速行ってみよう。桜が丘中央駅の裏側に駐輪場があるから、そっちに停めるとウチの生徒に見付からないから。
 送信されてきたメッセージを読むと、燈矢はすぐに返事をする。
>了解。じゃあ、また明日な。

 再びスマートフォンを畳の上に転がして、燈矢は予定の数に達していない御札の作成に戻る。
 手紙が見付かったことで、状況が大きく動き出した気がした。しかし、その手紙のことを燈矢は何一つ思い出すことができない。どのような封筒だったのか、どういう内容が書かれていたのか。一度流し読みをしただけだったのか、机の中に押し込んだことは覚えていても、それ以外のことは全く記憶になかった。ただ、覚えていないということは、重要な内容ではなかったのだろうと勝手に解釈した。


 翌日、霞峠に向かった時に乗ったバイクを引っ張り出し、燈矢は学校に向かった。運転免許を取得しているため問題はないが、制服姿という点でどうにも落ち着かない。いつもなら30分以上かかる距離が、バイクだと10分ほどで到着した。
「おはよう」
 指定された駐輪場に向かうと、既に小金井家のスクーターに乗った春斗が到着していた。
「おっす」
「おっす、じゃないよ。長い間乗ってなかったよね?もう、全然エンジンがかからなくて苦労したよ」
 朝一番で春斗のクレームが燈矢に突き刺さる。しかし、その内容は燈矢のせいだとは到底思えなかった。単なる八つ当たりである。
「いや、オマエ、それは言い掛かりだろ。普通、前日に試運転しないか?」
「ぐっ」
 余りの正論に春斗が押し黙る。ぐぬぬ顔になっている春斗を目にし、燈矢は笑みを浮かべた。

「それはそうと、どの辺りなんだ?」
 2人で並んで登校しながら、燈矢が今日の目的地について確認をする。
 周囲の生徒達が珍しい組み合わせに注目しているが、2人とも完全にスルーしている。孤高の2人が揃っているためか、燈矢の取り巻きの女子生徒も遠巻きに見詰めているだけで近付いてこない。
「北側の地区にある住宅地。ここからだと、バイクで20分余りってところかな」
「そうか。絶対、何か繋がりがあると思うぞ」
「ボクもそう思う」
 そう言って、春斗が自分の右隣に視線を移す。他の人には見えていないが、そこには笑顔が消えた女子高生が佇んでいる。そして、燈矢の耳には、「殺してやる」から「殺す」に変化した言葉が聞こえ続けていた。2人は顔を見合わせると苦笑いした。


 放課後、恒例と化した終礼ダッシュによって教室を飛び出した春斗を見送り、燈矢は優雅に歩いて駅の駐輪場に向かった。いつものように「遅いよ」と春斗が文句を言っているが、一緒に全力疾走で移動する理由が燈矢には無い。
「場所は確認してあるから、燈矢はボクの後について来てくれればいいよ」
「オッケー」
 春斗のバイクに燈矢が乗り、燈矢のスクーターに春斗が乗るといった奇妙な状況ではあるが、2人は封筒の裏面に記入されていた住所に向かって移動を開始した。

 エリア的には20年ほど前に開発された住宅地で、今はもうだいぶ高齢化が進んでいる。街の中心部を通り抜け、しばらく直進すると目的地である住宅地が見えてくる。あとは、起点になるコンビニで左折するともう目の前だ。地図アプリで確認しながら移動していき、ついに2人は住所と合致する住宅に辿り着いた。
 目的地の近くにバイクを停め、目指して来た住宅を見上げる。

「これは・・・」
「誰もいない、よな」

 2人の目には、草に覆われた庭と色褪せた外壁、何年も開けた形跡がない玄関。そして、カーテンすら掛かっていない窓からは、放置されたままの薄汚れた家具が写っていた。