孤高の2人が手を繋ぐとき

 数日ぶりに会った心愛と春斗の3人でコンビニに寄り、アイスクリームを一緒に食べた後、後ろ髪が抜ける思いで燈矢は大道寺に帰宅した。門の手前でバイクを降り、押しながら境内に入ると突然声を掛けられた。

「春斗、今日学校に行かなかったそうだな」
 振り返らなくても、その声が住職のものだと燈矢にも判別できた。
 しばらく一緒に生活しているため分かったが、住職は善人であるが筋を通す厳しい人物である。燈矢は今日、学校を無断で欠席して出掛けていたのである。当然、長い説教になることを覚悟した。しかし、住職は予想とは全く違う反応を示す。
「まあ、たまには息抜きに遊びに行くのも良いだろう。勉強ばかりしていても仕方がない。もう、春斗しか後を継ぐ者はいないしな。アイツは勉強ばかりして、結局は大学に居座ってしまった。・・・まあ、今となっては」
 燈矢が振り返ると、住職はすでに本堂に向かって歩き始めていた。

 ひとまず説教を回避できたことに安堵し、燈矢はバイクを置いてあった場所に戻すと社務所に上がる。乾いたとはいえ、一度は雨でびしょ濡れになったのだ。最低でもシャワーは浴びたいし、着ている服も着替えたい。ジャージとTシャツを用意して、燈矢は浴室に飛び込んだ。社務所兼居宅の浴室は最新式のユニットバスであり、外観と違い近代化されている。
 シャンプーを全開で頭を荒い、ザバザバと身体を洗う。ずっと聞こえていた「愛してる」の声が聞こえないだけで。心は随分と安らかになった。

 スッキリした燈矢はドライヤーで髪を乾かしながら、自分自身のことを考え始める。
 春斗に憑いていた霊がいなくなった今、次の目標は自分の身体に憑いている霊をどうにかすることだ。強烈な執着を見せるているということは、明らかに燈矢をターゲットにしている。しかし燈矢には、本当に心当たりが無かった。燈矢が生まれた時から、アノ霊は隣で笑っていた訳ではない。燈矢が霊を見えるようになった当初、アノ霊はいなかったのだ。記憶が正しければ、夏休みが終わった頃に現れたような気がする。

 ―――――なぜ?

 それが、どんなに考えても分からない。
 当時はまだ小学1年生だ。早々に父親がダム工事の現場に戻ったため、燈矢は祖父母の家に預けられた。そこで何かあったという可能性が高いが、状況がそれを許さない。母親に捨てられた子どもが簡単に前を向くはずがない。燈矢も心の傷が癒せなかったため、祖父母の家から一歩も外に出ることなく夏休みを過ごした。だから、どう考えてもアノ女子高生に憑かれる理由が見当たらないのだ。

「もう、春斗に期待するしかないな」
 燈矢はそう呟くと、畳の上で大の字になって寝転んだ。


 翌日、すっかり慣れた自転車に乗って登校した燈矢の前方に、廊下で女子生徒に囲まれている春斗が見えた。手に紙を持っているところを見ると、制服のイラストを見せて心当たりがないか訊ねているのだろう。
 女子生徒に纏わり付かれている春斗を目にし、本格的に他人事ではないため助け舟を出した。

「おはよう、小金井君」
 自分自身を君付けで呼ぶ気持ち悪さに耐えながら、燈矢が春斗に声を掛ける。すると、春斗はチャンスとばかりに女子生徒の囲みを突破して燈矢に歩み寄った。
「おっす。そろそろ予鈴が鳴りそうだな」
 春斗の言葉に女子生徒達が時計を確認し、「また後でね」と勝手な要求を言い放ってその場を離れて行った。
「ふう」
 教室の中に逃げ込んだ春斗が、大きなため息を吐いた。それを見た燈矢が浅く笑った。
「見てるだけだと分からないけど、結構大変だろ?」
 春斗は眉尻を下げたまま首肯した。

 昼休み、視聴覚室で恒例となりつつある2人きりの会議が始まった。学習した春斗も今日は昼食を用意している。早速といった感じで、春斗が口を開いた。
「いつも逃げていたから初めて体験したけど、本当に面倒臭いね。同時に喋り始めるし、お互いがマウントを取ろうとするし、会話は擬音ばかりで意味が分からないし。でも、情報収集する必要はあるし、他に方法が浮かばないし・・・ああ、面倒臭い」
 春斗のコメントを聞いた燈矢が声を出して笑う。
「周囲の男どもから妬まれたりするが、当の本人は嬉しくも何ともないんだよ。それはそれとして、何か収穫はあったのか?」
 コンビニのビニール袋からパンを取り出した春斗が、左右に首を振りながら答える。
「無いね。少なくとも、この学校に通っている生徒に知っている人はいないんじゃないかな。あの口振りだと、この街の学校ではない可能性も考える必要があるかも知れないね」

 燈矢は春斗の返事を聞いて首を捻る。小学生の時に預けられていた祖父母の家も、この街の中に在る。アノ霊が見えるようになった頃から、ずっと燈矢の生活圏はこの街なのだ。外の人との接点など有り得ない。
 春斗もパンを齧りながら考えるが、何の手掛かりもないため妙案など浮かぶはずもなかった。


 2人がどんなに考えて掴めなかった答えは、思い掛けないところから提供された。