教えられた通りの道を進む。
女性と別れた後、春斗も燈矢も全く口を開いていない。
一度木々の隘路になった道を通り抜けると、ほんの数十メートル先に目的地が姿を現した。
これまで平静を保っていた春斗の手が震える。
それに気付いた燈矢は前を向いたままだった。
バイクを降りた春斗は、ヘルメットを脱いで崖を見上げる。
あの日の記憶は無い。
それでも春斗は、あの日の光景を幻視する。
激しい衝突音が静寂を突き破る。
浮遊感を想像して吐き気がした。
前面に広がる新緑を綺麗だと思った自分を呪う。
母の悲鳴が聞こえる。
寡黙な父は最期までいつも通り静かだった。
永遠にも感じる一瞬。
ああ、思い出した。
振り返った父も母もボクを守りたかったんだ。
意味などないかも知れないのに、ボクに手を伸ばした。
手を伸ばして、シートに押し付けたんだ。
少しでも衝撃が小さくなるように願って。
不安にならないように笑みを湛えていたんだ。
愛する者のために全てを託した。
―――――春斗は笑った。
大丈夫だよ。
ひとりになっても、大丈夫だよ。
こんなに強くなったよ。
頑張っているよ。
一生懸命に生きているよ、と証明するように。
その時、周囲を飲み込むように暗くなった。
夜になった訳ではない。
稲光とともに遠雷が響く。今朝から晴れていたが、今は梅雨時期のど真ん中である。弱体化しているとはいえ、梅雨前線は日本列島を横断したままだ。朝の天気予報も厳密に言えば「晴れ」ではなく、「晴れ、ところにより一時雨が降ることも」だ。
「これは、かなり降りそうな感じだな」
燈矢が言葉にすると同時に、足下にポツポツと大きめの雨粒が落ちてきた。
「ひとまず、枝が張っている木の下に入るしかないかな」
周囲を見渡した春斗が、屋根代わりになる広葉樹を見付けて走る。燈矢も慌てて春斗の後に続いた。
2人が木の下に飛び込んだ瞬間、すぐ近くにいる互いの声が聞こえないほどの音を立てて雨が降り注いだ。遠くにいたはずの雷が、稲光と同時に轟音を響かせる。シャワーのような雨ではない。本当に、バケツを引っくり返したような量の水が天から落ちてくる。雨量に地面の吸水量が圧倒的に不足し、辺り一面の地面が瞬時に水溜りになっていく。濡れないように木の下に移動したはずの2人も、すでに頭のてっぺんから爪先まで水浸しだ。
幾重にも重なる入道雲によって光は遮られ、まるで夕方のような景色になっている。明暗の曖昧さに雨音による外界からの遮断。まるで黄昏時のような雰囲気を漂わせて、いや、その禍々しい気配は逢魔ヶ刻と呼ぶべきかも知れない。全てを純白に染める稲光と同時に、稲妻が崖の上から駆け下りた。地面を伝う衝撃と轟音。パラパラと小石が転がり、次の瞬間、数百年間崩れなかった崖が小規模に崩落した。
雨雲は上空に停滞しているものの、雨量が徐々に衰え、稲光と雷鳴の感覚が開いていく。飽和した水滴によって煙っていた空気が少しずつ晴れていくと、2人の目の前の崖が崩れ、高さが1メートルほどの洞窟が現れていた。
まだ雨が降りしきる中、2人は木の下から出ると、クツを地面に埋めながら洞窟に近付いた。その壁面を確認すると、何かの道具で掘った形跡が見受けられた。これが何のために掘られたものであるのか、2人は瞬時に理解した。2人は無意識に手を繋ぐと、目を閉じて洞窟の壁面に手を添える。
―――――周囲を暗闇が支配している。その中を、数十人の人達が各々に松明を手にして移動してきた。先頭を歩く高位らしき者の後を、白い布に包まれた人間らしきモノが運ばれてくる。何重にも巻かれているため、中がどうなっているのかも分からない。あの状態では、身動きひとつできないに違いない。
急遽作られたであろう簡素な造りの祭壇に運び込んだモノを乗せると、明らかに祭祀を司る衣装に身を包んだ人物が何かを唱える。それが終わると、全員が祭壇に向かって両手を合わせた。集った者達が祈りを捧げる中、2人の男が白い布で巻かれたモノを立てた状態で洞窟の中に運んで行く。すぐに手ぶらで出てくると、その2人が洞窟を何も無かった状態まで埋めた。再び、祭祀を司る人物が何かを唱え始めると、その他の者達は跪いて頭を地面に押し付けた。
その時、森の方角からこの場所に走って来る者がいた。
それは、まだ若い女性だった。
祭壇の向こう側に何があるのかを知っている様子の女性は、人々の間を駆け抜けようとした。しかし、行く手を阻んだ者達の手によって、即座に組み伏せられた。それでも、決死の表情で叫び、必死の抵抗を見せて暴れる。だが、抑え付けているのは女性よりも大柄な3人の男性である。動きを封じられたまま、口に布を押し込まれ、背中で手を縛られ、太股から足首まで紐で括られた。そして、そのまま、女性が駆けて来た方向へ連れ去られて行った。
組み伏せられた彼女が叫んだ言葉。
「絶対に助けてあげるから!!」
「オマエ達は絶対に赦さない!!」
そして、最後に祭壇の向こう側を見詰めながら口にした言葉。
―――――愛してる―――――
女性と別れた後、春斗も燈矢も全く口を開いていない。
一度木々の隘路になった道を通り抜けると、ほんの数十メートル先に目的地が姿を現した。
これまで平静を保っていた春斗の手が震える。
それに気付いた燈矢は前を向いたままだった。
バイクを降りた春斗は、ヘルメットを脱いで崖を見上げる。
あの日の記憶は無い。
それでも春斗は、あの日の光景を幻視する。
激しい衝突音が静寂を突き破る。
浮遊感を想像して吐き気がした。
前面に広がる新緑を綺麗だと思った自分を呪う。
母の悲鳴が聞こえる。
寡黙な父は最期までいつも通り静かだった。
永遠にも感じる一瞬。
ああ、思い出した。
振り返った父も母もボクを守りたかったんだ。
意味などないかも知れないのに、ボクに手を伸ばした。
手を伸ばして、シートに押し付けたんだ。
少しでも衝撃が小さくなるように願って。
不安にならないように笑みを湛えていたんだ。
愛する者のために全てを託した。
―――――春斗は笑った。
大丈夫だよ。
ひとりになっても、大丈夫だよ。
こんなに強くなったよ。
頑張っているよ。
一生懸命に生きているよ、と証明するように。
その時、周囲を飲み込むように暗くなった。
夜になった訳ではない。
稲光とともに遠雷が響く。今朝から晴れていたが、今は梅雨時期のど真ん中である。弱体化しているとはいえ、梅雨前線は日本列島を横断したままだ。朝の天気予報も厳密に言えば「晴れ」ではなく、「晴れ、ところにより一時雨が降ることも」だ。
「これは、かなり降りそうな感じだな」
燈矢が言葉にすると同時に、足下にポツポツと大きめの雨粒が落ちてきた。
「ひとまず、枝が張っている木の下に入るしかないかな」
周囲を見渡した春斗が、屋根代わりになる広葉樹を見付けて走る。燈矢も慌てて春斗の後に続いた。
2人が木の下に飛び込んだ瞬間、すぐ近くにいる互いの声が聞こえないほどの音を立てて雨が降り注いだ。遠くにいたはずの雷が、稲光と同時に轟音を響かせる。シャワーのような雨ではない。本当に、バケツを引っくり返したような量の水が天から落ちてくる。雨量に地面の吸水量が圧倒的に不足し、辺り一面の地面が瞬時に水溜りになっていく。濡れないように木の下に移動したはずの2人も、すでに頭のてっぺんから爪先まで水浸しだ。
幾重にも重なる入道雲によって光は遮られ、まるで夕方のような景色になっている。明暗の曖昧さに雨音による外界からの遮断。まるで黄昏時のような雰囲気を漂わせて、いや、その禍々しい気配は逢魔ヶ刻と呼ぶべきかも知れない。全てを純白に染める稲光と同時に、稲妻が崖の上から駆け下りた。地面を伝う衝撃と轟音。パラパラと小石が転がり、次の瞬間、数百年間崩れなかった崖が小規模に崩落した。
雨雲は上空に停滞しているものの、雨量が徐々に衰え、稲光と雷鳴の感覚が開いていく。飽和した水滴によって煙っていた空気が少しずつ晴れていくと、2人の目の前の崖が崩れ、高さが1メートルほどの洞窟が現れていた。
まだ雨が降りしきる中、2人は木の下から出ると、クツを地面に埋めながら洞窟に近付いた。その壁面を確認すると、何かの道具で掘った形跡が見受けられた。これが何のために掘られたものであるのか、2人は瞬時に理解した。2人は無意識に手を繋ぐと、目を閉じて洞窟の壁面に手を添える。
―――――周囲を暗闇が支配している。その中を、数十人の人達が各々に松明を手にして移動してきた。先頭を歩く高位らしき者の後を、白い布に包まれた人間らしきモノが運ばれてくる。何重にも巻かれているため、中がどうなっているのかも分からない。あの状態では、身動きひとつできないに違いない。
急遽作られたであろう簡素な造りの祭壇に運び込んだモノを乗せると、明らかに祭祀を司る衣装に身を包んだ人物が何かを唱える。それが終わると、全員が祭壇に向かって両手を合わせた。集った者達が祈りを捧げる中、2人の男が白い布で巻かれたモノを立てた状態で洞窟の中に運んで行く。すぐに手ぶらで出てくると、その2人が洞窟を何も無かった状態まで埋めた。再び、祭祀を司る人物が何かを唱え始めると、その他の者達は跪いて頭を地面に押し付けた。
その時、森の方角からこの場所に走って来る者がいた。
それは、まだ若い女性だった。
祭壇の向こう側に何があるのかを知っている様子の女性は、人々の間を駆け抜けようとした。しかし、行く手を阻んだ者達の手によって、即座に組み伏せられた。それでも、決死の表情で叫び、必死の抵抗を見せて暴れる。だが、抑え付けているのは女性よりも大柄な3人の男性である。動きを封じられたまま、口に布を押し込まれ、背中で手を縛られ、太股から足首まで紐で括られた。そして、そのまま、女性が駆けて来た方向へ連れ去られて行った。
組み伏せられた彼女が叫んだ言葉。
「絶対に助けてあげるから!!」
「オマエ達は絶対に赦さない!!」
そして、最後に祭壇の向こう側を見詰めながら口にした言葉。
―――――愛してる―――――



