孤高の2人が手を繋ぐとき

 ガードレール越しに恐る恐る下を覗いた春斗は、燈矢の方に振り返って首を横に振る。
「ここは、ヒマヤラヤギくらいしか下りられないね。垂直だよ、垂直」
「何だよ、ヒマヤラヤギって」
 春斗は燈矢の手を放すと、ヘルメットを被ってバイクの横に立った。
「でも、やっぱり下に何かある気がする。
 さっき、ここに来る途中に、看板が立っていた十字路があったよね。あそこを曲がれば下に行けるような雰囲気だった」
「ああ、あったな。あった気がする。じゃあ、引き返すか」
 雰囲気とか、気がする程度の言葉でしか表現しなかったものの、2人はその先に探しているモノがあることを確信していた。

 もう二度とすすり泣きが聞こえなくなった峠を下り、看板が立っている十字路まで下りる。
「ここを左ね」
「分かってるって」
 その十字路を左に曲がると、左側に夜泣き峠を見ながら走る。
 すると、すぐに視界が開け、田園風景の中に点在する瓦葺の民家が2人の目に飛び込んできた。
 更に中央線も無い狭い道を進んでいると、不意に春斗がハンドルを握っている燈矢のヘルメットを小突いた。その意味を燈矢も理解している様子で軽く頷く。燈矢はバイクのスピードを落とし、女性の近くで静かに停止させた。

「すいません、少しお訊ねしたいのですが」
 いつもとは違う丁寧な口調で燈矢が声を掛けた。すると、背を向けていた女性が振り返る。しかし、初対面にも関わらず、明らかに不快感を露にして睨み付けてきた。それでも燈矢は笑みを浮かべ、霞峠を指差しながら言葉を続ける。
「あの崖の下に行きたいのですが、道を教えて頂けますか?」
 燈矢が話している途中から、女性の表情が一層険しくなる。理由は分からないが、明らかに2人に対する拒絶の意志を示していた。

 その様子を見ていた春斗が後部座席から降りると、ヘルメットを脱いで頭を下げた。
「お忙しいところ申し訳ございません」
 今度は春斗に対し、女性が厳しい表情を見せる。それでも、春斗は譲れない思いと覚悟を持ってここまで来たのだ。
「ボクは、10年前に交通事故に遭い、あの崖から転落したんです。その時に両親が亡くなりまして、やっと慰霊のために訪れる気になれたのです」
 春斗の説明を聞いた瞬間、女性の表情が一変した。
「ああ、あの事故の・・・初めて助かった子供がいたことは覚えているよ。それが、アンタなのかい?」
「そうです」
 春斗が頷くと、女性は申し訳無さそうに視線を落とした。


 女性は失礼な態度を取ったことを謝罪し、その事情を説明した。
 霞峠では死亡事故が多発し、その全てが車ご崖下に転落した。テレビ局を始めとする各メディアが訪れるのは仕方がないと割り切れた。それだけの事故が発生したのだ。しかし、問題はそれではなかった。霞峠が心霊スポットとして有名になった頃がら、峠だけではなく崖下にも肝試しと称して訪れる者が増えた。深夜に大勢で、しかも、大きな騒音を響かせながら。それだけでも迷惑なのであるが、更に田畑を踏み荒らし、庭先に侵入する者までいたのだ。最近では、心霊ライバーなる者がライブ配信をするようになり、注意をしに行くと「心霊ライバー狩り」として敵認定される始末だという。警察に相談しても1日に1回パトカーによる巡回が行われるだけで、何の効果も無いらしい。

「怒って良いと思いますよ」
「当然、排除すべきですね」
 話しを聞いた2人は、女性の味方として憤慨する。その様子を、女性は穏やかな表情で眺める。
「両親の慰霊に行くのであれば、昼間のうちに行った方がいいよ。あそこは特別な場所だからね。この地区を荒らす者達はどうなっても構わないけど、アンタ達は無法者とは無関係だから」
 「特別な場所」の意味が分からず、2人は顔を見合わせる。
 春斗と燈矢の視線を感じた女性は、苦笑いしながらも2人んび説明をしてくれた。

 この集落の歴史は長く、数百年前に開かれた農村だったようだ。しかし、大雨の度に霞山が崩れ、この集落は多大な被害を受けてきた。実際、霞峠は崖などではなく山だったらしい。しかし、度重なる崩落により、今のような切り立った崖になってしまったのだ。そこで当時の領主が、山の崩落、崖崩れや土石流を防ぐために人柱を立て、天に祈りを捧げたという。

「―――――その場所が、あの崖の下なんだよ。それ以降、あの場所が崩れたことはない、と聞いている」

 女性の話を聞き終えた春斗は、思わず自分の身体を見詰めた。背後に取り憑いている霊の様子に変化はない。ただ、本当に人柱に関係があったとして、彼女にはもう人としての記憶は残っていないだろう。


 春斗は女性の話は真実だと感じた。
 人柱は基本的に子供の役目だ。そうなれば全ての辻褄が合う。ただ、春斗の予想通りであるのなら、アノ(・・)霊を祓う方法が無い。

 燈矢は女性の話を真実だと理解した。
 理由などというものはは無い。ただ、非常に強い未練や怨念がなければ、こんなになるまで現世に留まることはできない。「夜泣き峠」という名前の元凶になった霊ですら、3枚の御札によって消滅した。しかし、何百枚と御札を使用したとしても、コノ(・・)霊を除霊できるとは到底思えなかったからだ。