孤高の2人が手を繋ぐとき

 看板が掲げられている信号の無い十字路を過ぎると、急激に勾配が厳しくなる。
 2人が乗るバイクは、大きく蛇行する道を唸り声を上げて登って行く。
 山頂から吹き下ろす風が、苦しそうにマフラーが吹き出していた白煙を吹き飛ばした。
 徐々に速度が落ちるバイク。
 2人乗りでは、この峠道に耐えれないように見える。

「これだと、峠までは上がれないかも知れないな」
 限界までスピードが落ちたバイクを操作しながら、燈矢が後部座席の春斗に声を掛ける。
 春斗は燈矢の肩越しに峠を見据え、手を震わせながら答える。
「余計な気を遣う必要はないよ。覚悟を決めて来たんだからさ」
 それを聞いた燈矢が、フラついていた車体のバランスを取るとアクセルを回した。
「そうかよ。それなら、気にせず行くぜ」


 それから5分もしないうちに、バイクは2人の乗せたまま峠に到着した。
 緩やかな左カーブ。弧を画く曲がり角の外側には5メートル近い路肩があり、その一番端には交通全然祈願の地蔵が設置されている。路肩のスペースとカーブの角度を考えると、この場所が交通事故の多発地点とはとえも思えない。

 路肩にバイクを停めた燈矢は、落ち着き無く周囲を見渡している。
 その近くで、春斗は地蔵越しにカーブの向こう側を見詰めた。
 初めて訪れる霞峠。通称、夜泣き峠と呼ばれる、春斗の両親が崖から転落した場所だ。あの日、目にしたであろう、目の前に広がる緑に染まった森。しかし、春斗は何も思い出せなかった。深い記憶の底から浮かんできたのは、振り返った両親の表情だけだった。笑っている訳でもなく、泣いている訳でもなく、振り返っただけだった。でも、その表情が今の春斗にできるとは思えなかった。

 不思議と感傷的になることもなく、春斗は冷静に状況分析できている。春斗自身が危惧していたように、平静でいられない可能性が高いと思っていた。しかし、実際に現地を訪れてみると特別な感情を抱くことはなかった。それが、時間の経過が心を癒したためなのか、春斗自身が大人になったからなのか分からない。

「燈矢、手」
 春斗が燈矢に向かって右手を差し出した。その手の平に、燈矢がちょこんと手を乗せた。
「いや、それは、『お手』だよね。そうではなくて、『ボクの手を握って』ということだよ」
 春斗の言葉を聞いた燈矢が、プルプルと首を左右に振る。その態度は、完全に幼児の「イヤイヤ」だった。
「分かってる。ずっと聞こえてるんだよね、すすり泣きが。声は聞こえないけど、ボクにも泣いている霊が見えてるから、そうなんだろうなとは思ってる。でもね、燈矢の背中には、いつもの霊がずっと貼り付いたままなんだよ。だからさ、その泣いている霊は、違う。ソレ(・・)より完全に格下。見れば分かるよ」
 再度、差し出される春斗の手。今度は躊躇しながらも、燈矢がゆっくりとその手を握った。

 バチバチと音を立てながら、「見える力」と「聞こえる力」が閃光を放って繋がる。
 春斗も燈矢も、この瞬間から見えて、聞こえる力を得た。


 夜泣き峠の主な心霊現象は、「すすり泣きが聞こえる」と「助手席から伸びる手」の2つだ。死亡事故というのは副次的な出来事であり本質ではないと思われている。しかし、それが間違いであることは、この状況を見れば一目瞭然だ。

「うおっ」
 周囲が見えるようになった燈矢が、唐突に声を出して飛び上がる。ほんの2メートルほど離れた場所に、蹲ってか細い声で泣いている中年男性(・・・・)の霊がいたからだ。その霊を眺めながら、春斗がため息を吐いた。
「完全に、霊の悪ふざけだね。大して強い霊ではないし、御札3枚くらいで消せるんじゃないかな。迷惑だし、この場で祓ってしまった方が良いと思うよ」
「・・・マジで?」
 振り返る燈矢に、春斗が清々しいまでの笑顔で応える。
「悪質な愉快犯だから」
 
 燈矢は言われた通りに懐から御札を3枚取り出すと、完全に腰が引けた状態で泣き続けているオッサ・・・中年男性の霊の背後に回り込む。そして、春斗と繋いでいる手とは逆の手に御札を持つと、まるでトランプのように広げた。このまま近付いて、後頭部から手を回してバシと貼れば完了―――
「わっ!!」
「うぎゃああああっ」
 近付いた瞬間、霊が振り返って大声を上げる。それに驚いた燈矢が、情けない声を上げてひっくり返った。
 そんな燈矢を目にして大声で笑う中年男性の霊。その一部始終を見ていた春斗は燈矢が落とした御札を拾うと、素早く霊に御札を貼り付けた。作成する者に素養が有りさえすれば、誰が使用しても効果があることは燈矢の部屋で実験済みである。不意を突かれた霊は避けることもできず、額に3枚の御札を貼られて苦悶の表情を見せた。
「バイバイ」
 春斗のお別れの言葉を受け取ったのか、人型を保っていた中年男性の霊が薄くなっていき空気に溶け込むように消えた。

「とりあえず、これで呼称の原因になってる、すすり泣く女性(・・)ぽい声は聞こえなくなったと思うよ」
「確かに、声も聞こえなくなったし、あの霊の姿もどこにも見当たらないな」
 明らかに表情が明るくなった燈矢を見て、春斗が苦笑いする。
「助手席から伸びる手ってのは見当たらないし、本当かどうかも分からないけど、それはどうでもいい。ここじゃない。たぶん崖の下・・・だと思う」

 春斗の言葉に燈矢が首肯する。
「よし、崖の下に行ってみよう」