孤高の2人が手を繋ぐとき

 「可能な限り早いうちに行こう」、という共通認識の上で夜泣き峠に行く日が決定した。週末まで待つ、という悠長なことも言っていられないため、授業は無視して日程が組まれた。必然的に2日後の水曜日よいうことになった。天気予報の降水確率が0パーセントであったことも理由の1つではあるが、真の理由は別のところにあった。

「水曜日は英語の小テストがあるんだけど、燈矢は満点取れそう?」
「3割なら自信があるぜ!!」
 春斗は高校に入学して以降、小テストで間違ったことがない。中間や期末テストでは、担当の先生達が意地になって教えていない問題を入れるため満点でないこともあるが、小テストは未だに全教科満点以外の答案は無い。折角なので、春斗はこのままパーフェクトで卒業したいと思っている。
「じゃあ、水曜日に病欠だね」
「了解」


「それで、夜泣き峠までどうやって行くつもりなんだ? 調べてみないと分からないが、あそこ、路線バスとか通ってなかったと思うぞ」
 ちゃっかり自分だけ弁当持参の燈矢は、早起きして自分で作った弁当を頬張っている。
「バイクで行こうかと思ってるよ。16歳になってすぐに小型二輪の免許を取りに行ったんだよ。祖父ちゃんの手伝いで結構遠い所に行かされたりするからさ、自転車だとキツイし。バイクは、二人乗りができる125のバイクがあるからそれに乗って―――って、どうなのこれ?」
 身体が入れ替わっていることに気付き、春斗が困惑する。外見的には問題ないものの、倫理的にどうかと考える。

 しかし、その問題は瞬時に解決する。
「大丈夫だ、春斗。16歳になった時に、オレも小型二輪の免許を取りに行ったんだ。基本的に父親(オヤジ)は年中留守にしているから、何かあった時のために免許は持っておいた方が良いと思ってな。まあ、ほぼペーパーだが、すぐに慣れるだろ」
「じゃあ、バイクが置いてある場所とキーの保管場所を教えるから、今日からチョット練習しといて」
「大丈夫だ。春斗は心配性だな」
 春斗はバイクの停めてある場所とキーの保管場所を燈矢に伝えた。

 当日の待ち合わせ場所は大道寺の最寄り駅に決定。そこから、夜泣き峠に向かうことにした。距離は30キロ余りであるが、ほぼ上り坂の山道である。到着には1時間以上かかるだろう。出発時刻は燈矢のたっての希望により10時になった。昼前には到着する予定だ。
 春斗は事前準備として燈矢に御札の追加作成を指示し、当日は絶対に持参すように何度も言い含めた。


 勝負の日(仮)はすぐに訪れた。
 今日が本当に勝負の日になるのか、仮のままになるのかは分からない。それでも、現状で考えられる最も確率が高い原因は、あの忌まわしい交通事故しかないのである。事故現場に行けていないことが負い目でもあったため、春斗の表情には緊張の色が見えた。それでも、春斗は覚悟して家を出た。

 いつものように春日台駅で電車に乗ると、いつもは下車する駅を通過する。そして、それから2駅目で降りた。
 見慣れた無人駅の自動改札を抜けると、タクシーが1台も停まっていない駅前に出る。駅前といっても、コンビにがあったりということもなく、本当に何も無い。

「5分遅刻だぞ」
「ちょうどいい電車が無かったんだよ」
 声がした方を向くと、そこにはピンク色のナンバープレートのスーパーカブが停まっていた。シートにはジジ臭い白いヘルメットを被った燈矢の姿がある。妙に似合っているところが可笑しいが、それが自分の身体だと思い出して春斗は左右に首を振った。
「ほら、メットは被れよ」
「分かってるよ」
 燈矢から手渡された紺色の半キャップ型のヘルメットを被ると、春斗はバックミラーで自分の姿を確認する。春斗が購入した少しシャレたデザインのヘルメットが、元の自分以上に似合っていることに項垂れた。
「よし、とりあえずオレが運転するから後ろに乗れよ。よし、今すぐ出発するぞ。暗くなる前に絶対に帰るからな!!」

 春斗が後ろのシート、と言っても荷台であるが、そこに座って燈矢の身体に手を回すと出発する。
 普通のバイクであれば後部座席にグリップなどが装備されていたりするが、二人乗りができるだけのカブである。運転する者にしがみ付く以外に落ちない方法はないのだ。燈矢は事前に練習をしていたのか、それとも元来の運動能力の高さなのかは分からないが、危なげなく運転する。
「ヒャッホー!!」
 という掛け声だけは止めて欲しいと、後部座席の春斗は思った。

 大道寺が在るエリアは郊外であるが、そこから更に山に向かって進む。
 信号はほとんど無く、自動車の交通量も少ない。この先が難所である峠道であることを知っているトラックドライバーは、基本的に霞山を避けて迂回するルートを利用するようだ。やがて、周囲に民家が少なくなり、新緑に覆われた山道になった。そして、ついに道路標識に直進すると「霞峠」であると表示された。

 その文字を目にした瞬間、燈矢の身体にしがみ付いていた春斗の力が強くなった。